胃上皮内癌と内視鏡治療
胃上皮内癌の定義とTis・T1a深達度
胃上皮内癌は、病理学的に「粘膜固有層へ浸潤していない」病変としてTis(上皮内癌)に相当する概念で語られます。
一方で、わが国の院内がん登録の運用では、胃の上皮内癌(Tis)は用いず、病理でTis相当と確認できる場合もT1aとして扱うルールが示されています。
この“運用の差”は、紹介状の表記(Tis vs T1a)やステージ表記(Stage0相当の扱い)で混乱を生むため、カンファレンスや病理・内視鏡合同検討では「用語は何を指しているのか(浸潤の有無・深達度の根拠)」まで必ず確認します。
胃癌の深達度(T)は治療方針の根幹であり、T1aは粘膜内、T1bは粘膜下層浸潤という整理が一般に用いられます。
ただし、上皮内(Tis)をT1aに含める運用がある以上、「T1a=粘膜固有層まで浸潤あり」と短絡せず、“粘膜内のどこまでか”を病理レポートで読み解く姿勢が安全です。
参考)https://ganjoho.jp/med_pro/cancer_control/can_reg/hospital/pdf/stomach2025.pdf
現場では、病理診断名(例:高分化型腺癌、上皮内)と、深達度表記(pT1aなど)、そして脈管侵襲(ly/v)・断端(HM/VM)のセットで意味が決まる点を共有すると齟齬が減ります。
参考)C 内視鏡的切除
胃上皮内癌の内視鏡所見とNBI拡大内視鏡
表在型(0型)のうち、特に0-IIb型の早期胃癌は形状変化に乏しく、通常内視鏡(白色光)だけでは質的診断が難しいことがあると指摘されています。
このような病変では、NBI(narrow band imaging)併用拡大内視鏡が診断に有用となり得る、という整理は医療者向け用語解説でも明確です。
つまり「胃上皮内癌かもしれない」局面ほど、白色光での“それっぽさ”より、境界(demarcation)や微細血管・表面構造を意識した設計に寄せるのが合理的です。
さらに、内視鏡治療(ESD/EMR)を念頭に置くなら、術前内視鏡診断は「適応を決める診断」と「切除範囲を決める診断」に分けて考える、というガイドラインの考え方が実践的です。
範囲診断の基本として、色素散布を併用した通常内視鏡診断を原則に据える、という記載もあり、NBI拡大に加えて“古典的手法”が今も重要であることがわかります。
意外と盲点になるのは、病変が「小さい=簡単」ではない点で、微小IIbのように“目立たないまま存在する”タイプは、むしろ観察戦略(時間配分、撮影部位、胃内洗浄)が成否を左右します。
参考)0-IIb型早期胃癌 (ガストロ用語集 2023 「胃と腸」…
胃上皮内癌とESD/EMR適応病変
日本胃癌学会の「胃癌治療ガイドライン」では、リンパ節転移リスクが1%未満と推定され、外科的胃切除と同等の成績が得られると考えられる病変を「絶対適応病変」として定義しています。
同ガイドラインの内視鏡的切除(C 内視鏡的切除)では、たとえばcT1aで分化型、潰瘍所見(UL)陰性など、具体的な適応条件が記載されています。
実務上は、病理で“上皮内癌相当”が疑われても、術前はcT1aとして適応判断を組み立てることが多く、結果として「胃上皮内癌=ESDでよい」と単純化しがちですが、適応は深達度だけでなくUL、組織型、サイズなど複数要素の組合せで決まります。
切除後の評価でも、治癒切除の条件として一括切除、pT1a、断端陰性(HM0/VM0)、脈管侵襲陰性などを満たすことが示されています。
ここで重要なのは、胃上皮内癌(Tis相当)であっても「断端評価」「脈管侵襲」「病変範囲の取り切れ」が揃わなければ“治ったことにならない”という一点で、術前の範囲診断がそのまま根治性に直結します。
また、偶発症対応も含めた手技の安全性は医療従事者にとって必須で、ESD/EMR中の穿孔はまず内視鏡的閉鎖を考慮する、といった推奨もガイドラインに記載されています。
参考:内視鏡的切除の適応(絶対適応・ESD適応)の具体条件
胃上皮内癌の病理診断と低異型度分化型癌
胃の分化型腺癌の一部には、固有胃上皮や腸上皮化生に酷似し、異型が乏しい「超高分化腺癌」などが含まれ、形態だけでは悪性を見逃しやすいことがあります。
実際に、胃型分化型腺癌で、内視鏡でSM癌が疑われたにもかかわらず生検診断がGroup I相当で経過観察となった症例報告があり、「生検で陰性っぽい=安心」と言い切れない現実が示されます。
また、低異型度分化型胃癌は、再生上皮や腸上皮化生、過形成腺窩上皮、腺腫などとの鑑別に注意が必要で、病変境界が不明瞭など肉眼所見にもそれが反映される、と解説されています。
この“低異型度の罠”は、胃上皮内癌というキーワードと特に相性が悪い点が意外なポイントです。
参考)胃の低異型度癌と超高分化腺癌 (ガストロ用語集 2023 「…
なぜなら、上皮内(表層)に見えるほど、採取される検体も表層主体になりやすく、深部の情報(浸潤傾向、線維化、混在成分)を取りこぼす可能性があるからです。
参考)表層部に胃型粘液形質の低異型度分化型胃癌を伴った進行癌の1例
したがって、内視鏡医は「どこを、何本、どういう意図で採るか」を病理医に伝え、病理医は「鑑別困難な場合に何が鑑別点になるか(粘液形質、免疫染色の要否など)」を返す、という往復で診断精度が上がります。
参考:微細形態で目立ちにくい早期胃癌(0-IIb)とNBI拡大の有用性
胃上皮内癌の独自視点:院内がん登録と情報共有
胃の上皮内癌(Tis)の扱いは、現場の診療だけでなく「データの集計・比較」にも影響し、院内がん登録ではTisを用いずT1aとして登録する運用が示されています。
この運用を知らないまま他施設データと比較すると、「上皮内癌が多い/少ない」「早期胃癌の割合が違う」など、実態ではなく定義差を見て議論してしまう危険があります。
また、UICC第8版ではTisを「上皮内癌・高度異形成」として定義する一方、胃がん取扱い規約側の扱いとの差に触れ、Tis→T1aへ合わせる説明資料もあり、“分類の翻訳”が必要な領域であることがわかります。
医療安全の観点では、紹介元が「Tis(上皮内癌)」、受け側が「T1a(粘膜内)」と書く状況が起こり得るため、患者説明文書・同意書・退院サマリでは「どの分類を採用しているか」を明記し、チーム内で用語を統一することが再発防止策になります。
参考)https://onomichi-gh.jp/upload/cancernet/1669074749.pdf
さらに、症例検討では「内視鏡所見(0-IIbなど)」「範囲診断(色素散布/NBI拡大)」「病理(低異型度の鑑別)」を1枚の表にして同じ座標で議論すると、施設内の診断の再現性が上がります。
最後に、胃上皮内癌は“早期で予後がよい”というイメージに引っ張られがちですが、診断の揺れ(Tis/T1a)と病理の揺れ(低異型度)が重なる領域だからこそ、言葉と根拠の紐づけを徹底することが、結果的に患者利益と医療者の負担軽減の両方につながります。
