泡沫細胞とマクロファージの関係

泡沫細胞とマクロファージ

この記事で分かること
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泡沫細胞の正体

マクロファージが脂質を過剰に取り込んだ細胞で、動脈硬化の初期病変を形成します

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形成メカニズム

スカベンジャー受容体を介した酸化LDLの取り込みが泡沫細胞形成の鍵となります

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予防と対策

コレステロール流出機構の理解が新たな動脈硬化治療につながります

泡沫細胞とマクロファージの基本的な関係

泡沫細胞は、マクロファージが脂質を大量に取り込んで形成される特殊な細胞です。血管の内皮に脂肪が沈着している部位にマクロファージがやってきて、脂肪物質を取り囲み破壊しようとする過程で、マクロファージは脂質を取り込んで満たされ、「泡立った」外観を呈するようになります。顕微鏡で観察すると、細胞質に取り込まれた脂質の粒が泡のように見えることから、この名称がつけられました。

参考)泡沫細胞 – Wikipedia


泡沫細胞は動脈硬化プラークに特徴的な細胞であり、その形成と退縮の理解は動脈硬化の予防・治療に不可欠です。マクロファージと血管平滑筋細胞が泡沫細胞の主な起源となりますが、初期病変の泡沫細胞の大部分は血中単球に由来するマクロファージです。

参考)細胞内脂質蓄積機構 (medicina 32巻4号)


泡沫細胞が増加・集積することで、脂肪線条と呼ばれる脂質の沈着を伴った初期病変が形成されます。脂肪線条は10歳代のヒト動脈標本でも認められ、粥状動脈硬化が長年の経過を経ながら進行することを示しています。

参考)https://www.urakamizaidan.or.jp/research/jisseki/2005/vol15urakamif-04murakami.pdf

泡沫細胞の形成メカニズムとスカベンジャー受容体

泡沫細胞形成の中心的なメカニズムは、酸化LDLのマクロファージへの取り込みです。慢性高脂血症では、リポタンパク質が血管の内膜で凝集し、マクロファージまたは内皮細胞が生成する酸素フリーラジカルによって酸化されます。

参考)泡沫細胞とは何? わかりやすく解説 Weblio辞書


マクロファージは細胞表面のスカベンジャー受容体を介してエンドサイトーシスにより酸化LDLを取り込みます。スカベンジャー受容体はLDL受容体とは異なる受容体で、変性LDLを認識して細胞内に内在化する機能を持ちます。主要なスカベンジャー受容体には、CD36やスカベンジャー受容体クラスA(SR-A)、レクチン様酸化LDL受容体-1(LOX-1)などがあります。

参考)スカベンジャー受容体 | 一般社団法人 日本血栓止血学会 用…


日本血栓止血学会のスカベンジャー受容体に関する詳細情報
取り込まれたリポタンパク質に含まれるコレステロールエステルは、リソソーム酸性リパーゼによって遊離コレステロールとなり、小胞体に達してアシルCoA:コレステロールアシルトランスフェラーゼ(ACAT)の作用を受けて、コレステロールエステルとなって細胞内に蓄積します。この状態が泡沫細胞です。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/shinzo1969/38/2/38_174/_pdf/-char/ja


修飾LDLはネイティブLDLの細胞内輸送や代謝に影響を与えるため、LDL濃度が高い場合、すべてのLDLを修飾する必要はありません。LDL-Cの取り込みだけでは泡沫細胞は形成されませんが、マクロファージにLDL-Cと修飾型LDLが共封入されると、泡沫細胞の発生につながります。

参考)泡沫細胞

泡沫細胞とマクロファージが引き起こす炎症反応

泡沫細胞の維持とその後のプラーク蓄積の進行は、マクロファージや泡沫細胞からのケモカインサイトカインの分泌により引き起こされます。泡沫細胞は、インターロイキン(IL-1、IL-6)、腫瘍壊死因子(TNF)、ケモカイン(CCL2、CCL5、CXCL1)などの炎症性サイトカイン、およびマクロファージ維持因子を分泌します。​
動脈硬化の病変領域内のマクロファージは移動能力が低下しており、サイトカイン、ケモカイン、活性酸素種(ROS)、成長因子を分泌することで、変性リポタンパク質の取り込みや血管平滑筋細胞の増殖を促進し、プラーク形成をさらに促進させます。

参考)アテローム性動脈硬化症における泡沫細胞 – ScienceD…


最近の研究では、マクロファージが活性化すると細胞内にコレステロールが蓄積することが明らかになっています。薬剤を用いてコレステロールの蓄積を抑制するとマクロファージの炎症応答を抑制できること、さらにヒト動脈硬化症において単球/マクロファージ中のコレステロール量の増加は動脈硬化の重症度と相関することが判明しています。

参考)細胞内のコレステロールが炎症や動脈硬化を促進


東京医科歯科大学の細胞内コレステロールと炎症に関する研究成果
泡沫細胞の増加とともに、酸化LDLおよび泡沫細胞が産生するサイトカインによって中膜平滑筋細胞の遊走も起こります。壊死した泡沫細胞から放出された脂質を中心部分として、血管平滑筋細胞やマトリックスタンパク質からなる繊維性被膜が覆ったプラークが形成されます。​

マクロファージからのコレステロール流出機構

泡沫細胞形成を抑制するためには、マクロファージからのコレステロール流出が重要です。マクロファージのコレステロール輸送には、ATP結合カセット輸送体A1(ABCA1)、ABCG1、スカベンジャー受容体BI(SR-BI)が重要な役割を担っています。​
ABCA1は細胞内の遊離コレステロールとリン脂質をアポリポタンパク質A-I(apoA-I)に転送し、新生HDL粒子を生成します。ABCA1によってapoA-Iから形成されるHDLはディスク状のpre-β HDLであり、血中のレシチン-コレステロールアシルトランスフェラーゼ(LCAT)の作用でコレステロールがエステル化し、成熟HDLが形成されます。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9103275/


ABCG1は新生HDLであるpre-β HDLにも、成熟HDLにも脂質を排出することができます。したがって、ABCA1とABCG1が協調的に連続して細胞の過剰な脂質を排出することが明らかになっています。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/membrane/32/5/32_240/_pdf


文部科学省によるABCA1の作用機構に関する研究資料
ABCA1は細胞膜において内層から外層へコレステロールをフロップする活性を持っており、このコレステロールフロップ活性によって細胞膜内層のコレステロールが不足することで、ABCA1が直接HDLを産生していることが強く支持されています。

参考)KAKEN href=”https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-17J08206/” target=”_blank”>https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-17J08206/amp;mdash; 研究課題をさがす


マクロファージにおけるコレステロールの流入とエステル化が進むと、あるいは流出が減ると、最終的に脂質の多い泡沫細胞(動脈硬化性プラークの代表的な細胞)に変化します。​

泡沫細胞形成を抑制する独自の視点

近年の研究では、転写因子MafBがマクロファージで発現し、動脈硬化初期病変の進行にマクロファージのアポトーシスが関与していることが明らかになっています。マクロファージにおけるMafBの機能解析は、疾患に関連したマクロファージに注目することで新たな治療標的となる可能性があります。

参考)https://www.md.tsukuba.ac.jp/basic-med/anatomy/embryology/Part/1.20.pdf


また、マクロファージを活性化することで動脈硬化を促進すると誤解されがちですが、実際には処理しきれない量の酸化LDLがあると動脈硬化のリスクが高まるのであって、マクロファージが活発に機能することで血液が綺麗に保たれています。動脈硬化モデルマウスを用いた実験では、マクロファージを活性化するLPS(リポポリサッカライド)を投与すると、体重増加が抑制され、大動脈血管プラークの発生が少ないことが示されています。

参考)動脈硬化とLPS|LPS原料の自然免疫応用技研(株)|LPS…


東京医科歯科大学のMRTF-Aとマクロファージ機能に関する研究発表
さらに、高濃度の尿酸はTHP-1細胞においてROS-AMPK信号を経て、CD68発現を抑制し、泡沫細胞形成を抑制することが報告されています。また、グルカゴンペプチド-1アナログであるリラグルチドメトホルミンなどの薬剤が、マクロファージ泡沫細胞形成を抑制する効果を持つことが示されています。

参考)href=”https://www.jstage.jst.go.jp/article/gnam/40/1/40_88/_article/-char/ja/” target=”_blank”>https://www.jstage.jst.go.jp/article/gnam/40/1/40_88/_article/-char/ja/lt;bhref=”https://www.jstage.jst.go.jp/article/gnam/40/1/40_88/_article/-char/ja/” target=”_blank”>https://www.jstage.jst.go.jp/article/gnam/40/1/40_88/_article/-char/ja/gt;高濃度の尿酸はTHP-1細胞においてROS-AMPK …


エイコサペンタエン酸(EPA)も巨大THP-1マクロファージ泡沫細胞形成への影響が研究されており、脂質代謝改善の観点から注目されています。マクロファージ中のコレステロールを標的とした新たな抗炎症治療ならびに動脈硬化予防法の開発が期待されています。

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/db5f95b576fb320b81bdc4fce8f9c62f952cc7b8

泡沫細胞と動脈硬化予防の今後の展望

泡沫細胞形成過程についての理解が深まれば、動脈硬化の新たな治療法の開発に役立つと考えられています。マクロファージにおけるコレステロールの取り込み、エステル化、放出のメカニズムについての知見は、治療標的の同定に重要です。​
スカベンジャー受容体を発現したマクロファージや血管平滑筋細胞は酸化LDLを取り込み泡沫化細胞となり、泡沫化した細胞が死滅することで細胞外に放出された脂質はやがて堆積し、動脈硬化巣における粥腫となります。このようにスカベンジャー受容体は動脈の粥状硬化の形成に促進的に働いており、今後、動脈硬化の治療、プラークの安定化などの観点からも重要視されています。

参考)循環器用語ハンドブック(WEB版) スカベンジャー受容体/ス…


泡沫細胞中のコレステロールエステルは、生化学的には脱エステル化と再エステル化の動的平衡にあり、この回転速度の大小がHDLによるコレステロール引き抜きと密接に関連します。したがって、ABCA1/ABCG1/SR-BIなどのコレステロール流出経路を標的とした治療法の開発が、動脈硬化防御の分子機構として期待されています。

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/c2d41218a9e02ff3b213cc8e13b3653fd424defd


近年のマイクロRNA(miRNA)研究では、miR-758がABCA1の発現を転写後調節することで、コレステロール流出を制御していることが明らかになっています。このようなエピジェネティック制御機構の理解も、新たな治療戦略の開発につながる可能性があります。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3298756/


動脈硬化予防の新しい標的に関する最新研究レビュー
動脈硬化は長年の経過を経ながら進行する疾患であり、早期からの予防介入が重要です。マクロファージと泡沫細胞の関係を理解することで、脂質代謝異常症の管理や動脈硬化リスクの低減につながる生活習慣の改善が可能となります。

参考)おなかいっぱい、泡立つ細胞?