芳香族アミンとは 化学構造から健康影響まで

芳香族アミンとは

この記事でわかる3つのポイント
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芳香族アミンの基本構造

ベンゼン環にアミノ基が結合した化合物群で、アニリンが代表例です

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発がん性のリスク

24種類の特定芳香族アミンは膀胱がんなどの原因となり得ます

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国際的な規制

日本では2016年から家庭用品規制法で基準値30mg/kgが設定されました

芳香族アミンの化学構造と定義

芳香族アミンとは、ベンゼン環などの芳香環にアミノ基(-NH2)が結合した化合物の総称です。化学構造式では、六角形のベンゼン環(亀の甲構造)に窒素原子を含むアミノ基が置換した形で表現されます。アミノ基は窒素原子と2つの水素原子からなる官能基で、この部分が芳香環に直接結合することで芳香族アミンとしての性質を示します。

参考)https://kotobank.jp/word/%E8%8A%B3%E9%A6%99%E6%97%8F%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%B3-772576


最も基本的な芳香族アミンはアニリン(C6H5NH2)であり、これはベンゼンの水素原子1つがアミノ基に置換された構造です。アニリンは無色から淡黄色の液体で、特有の臭気を持ち、空気や光に触れると徐々に褐色に変化する特徴があります。芳香族アミンには単環式、多環式、複素環式の3つのグループが存在し、それぞれ異なる化学的性質と用途を持っています。

参考)芳香族アミン(アニリン)の構造・製法・性質・反応

芳香族アミンの主な種類と用途

芳香族アミンは工業的に極めて重要な化合物群であり、染料、農薬、医薬品、顔料などの製造における中間体として広範囲に使用されています。特にアゾ染料の原料として約3000種類以上が存在し、全染料の約65%を占めるほど広く利用されています。アニリンは合成染料の原料として19世紀から使用されており、世界初の合成染料である「モーブ」の開発にも関わっています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4539516/


代表的な芳香族アミンとしては、アニリン、トルイジン、ベンジジン、ナフチルアミンなどがあります。これらは染料製造だけでなく、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂硬化剤、ゴム薬品、医薬品中間体などの原料としても重要な役割を果たしています。近年では、機能性材料や電子材料分野でも芳香族アミン誘導体の研究が進められており、その応用範囲は拡大しています。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/65/11/65_552/_pdf/-char/ja

芳香族アミンの製法と化学反応

芳香族アミンの代表であるアニリンは、ニトロベンゼンを経由する製法が一般的です。まずベンゼンに混酸(濃硝酸と濃硫酸の混合物)を加えてニトロベンゼンを合成し、次にニトロベンゼンを還元してアニリンを得ます。還元反応では酸性条件下で金属スズ(Sn)や鉄(Fe)を還元剤として用い、いったんアニリン塩酸塩を生成させた後、水酸化ナトリウム水溶液で処理することで遊離のアニリンを得ます。​
芳香族アミンは弱塩基性を示し、酸と反応して塩を形成する性質があります。また、アミノ基の電子供与性により、ベンゼン環の反応性が高まり、求電子置換反応を受けやすくなります。アニリンは酸化されやすい性質を持つため、取り扱いには注意が必要で、特に強い酸化剤との反応では注意深い条件設定が求められます。

参考)アニリン – Wikipedia

芳香族アミンと発がん性の関係

特定芳香族アミンは人体に対して発がん性を示すことが科学的に明らかになっており、特に膀胱がんとの関連が強く指摘されています。アゾ染料が皮膚の表面、腸内細菌、肝臓などで還元分解されると、アゾ結合(-N=N-)が切断されて特定芳香族アミンが生成される可能性があります。これらの化合物は体内で代謝され、最終的に膀胱粘膜に作用して発がんプロセスを引き起こすメカニズムが研究されています。

参考)特定芳香族アミン類について – 一般財団法人ボーケン品質評価…


国際がん研究機関(IARC)の分類では、24種類の特定芳香族アミンがグループ1(ヒトに対して発がん性がある)、グループ2A(おそらく発がん性がある)、グループ2B(発がん性の可能性がある)、グループ3(発がん性について分類できない)に分類されています。例えばベンジジンや2-ナフチルアミンはグループ1に、o-トルイジンもグループ1に指定されており、職業性曝露による健康被害が報告されています。

参考)http://www.jilr.or.jp/amines/index.html


芳香族アミンの発がん性メカニズムに関する詳細な研究論文(米国国立医学図書館)

芳香族アミンの規制基準と検査方法

日本では2016年4月1日から「有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律」が改正され、特定芳香族アミンを生成するアゾ染料を含む繊維製品や革製品の販売が規制されるようになりました。規制対象製品には、下着、手袋、寝衣、中衣、外衣、帽子、床敷物、タオルなどの繊維製品と、革製品が含まれます。基準値は30μg/g(30mg/kg)以下と定められており、これを超えて検出された場合は回収命令や罰金などの罰則が科せられます。

参考)平成28年4月1日から家庭用品規制法における特定芳香族アミン…


国際的には、欧州連合(EU)ではREACH規制として22種類の芳香族アミンが規制対象となっており、基準値は30mg/kgです。中国では国家標準GB18401として24種類が規制され、基準値は日本や欧州よりも厳しい20mg/kgとなっています。韓国、台湾、ベトナムなどでも同様の規制が実施されており、国際貿易における重要な品質管理項目となっています。

参考)特定芳香族アミン類


検査方法はJIS L 1940-1:2014、JIS L 1940-3:2014に基づいて実施され、これらはISO規格やEN規格とほぼ同等の内容です。試験では、試料を還元剤で処理してアゾ結合を切断し、生成した芳香族アミンを抽出後、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)やガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)で定量分析します。検出下限値は5mg/kg程度であり、高精度な分析が求められます。

参考)アゾ色素由来の特定芳香族アミン試験について – 一般財団法人…


厚生労働省による家庭用品規制法における特定芳香族アミン規制の詳細情報

芳香族アミンの環境への影響と分解

芳香族アミンは環境汚染物質として認識されており、工業排水や生活排水を通じて河川や土壌に流入する可能性があります。これらの化合物は水生生物に対して急性毒性を示す場合があり、特にアミン系酸化防止剤は一部の水生生物に対して高い毒性を持つことが報告されています。環境中での芳香族アミンの挙動は複雑で、光分解、微生物分解、吸着などの複数のプロセスによって濃度が変化します。

参考)MiFuP – Note – アニリン分解


微生物による芳香族アミンの分解は、環境浄化において重要な役割を果たしています。Acinetobacter属、Pseudomonas属、Delftia属などの細菌は、アニリンなどの単環式芳香族アミンを唯一の炭素源およびエネルギー源として利用できることが知られています。これらの細菌は、アニリンをγ-グルタミルアニリドを経てカテコールに変換し、さらにオルト開裂経路またはメタ開裂経路によって完全に分解します。この生物学的分解プロセスは、汚染された土壌や水域の浄化技術として応用可能性が研究されています。

参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2015.00820/pdf


芳香族アミンの細菌による分解メカニズムに関する科学論文(米国国立医学図書館)

芳香族アミン曝露による健康障害の予防

職場環境における芳香族アミン曝露は、労働衛生上の重要な課題として認識されています。厚生労働省は2015年に関係業界に対して健康障害の防止対策に関する要請を行い、事業場における適切な管理体制の構築を求めています。芳香族アミンは経皮吸収される可能性があり、皮膚接触による体内への取り込みが健康リスクとなることが研究で示されています。そのため、作業環境の改善、適切な保護具の使用、定期的な健康診断が重要な予防策となります。

参考)芳香族アミンによる健康障害の防止対策について関係業界に要請し…


芳香族アミンを取り扱う事業場では、作業環境測定、局所排気装置の設置、不浸透性の保護手袋や保護衣の着用が推奨されています。また、従業員に対する教育訓練を実施し、化学物質の危険性や適切な取り扱い方法についての理解を深めることも重要です。過去には芳香族アミン取扱事業場で複数の膀胱がん症例が発生しており、業務上疾病として認定されたケースもあることから、予防的アプローチの徹底が求められています。

参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000707991.pdf


意外なことに、芳香族アミンの曝露源は職場だけではなく、日常生活においても存在します。タバコの煙や焼いた肉などのタンパク質豊富な食品からも芳香族アミンが発生することが研究で明らかになっており、一般の人々も生涯を通じて低レベルの曝露を受けていると考えられています。このような複数の曝露経路を理解することで、より包括的なリスク管理が可能になります。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11097632/


労働安全衛生総合研究所による芳香族アミン類の経皮吸収に関する研究報告