被殻と淡蒼球の解剖学的構造
被殻と淡蒼球は、大脳基底核の中核を成す重要な脳構造で、脳の中心部に位置しています。これらは合わせてレンズ核と呼ばれ、その名の通り凸レンズのような形状を呈しています。脳の断面を観察すると、6Pチーズの1カケのような扇型の構造として確認でき、淡蒼球が内側のとがった部分を、被殻がその外側を覆うように配置されています。
レンズ核は厳密には単一の神経核ではなく、被殻と淡蒼球という2つの異なる神経核が並んで構成する複合構造です。被殻は大脳基底核の最外側部分を形成し、尾状核とともに背側線条体を構成する重要な要素となっています。一方、淡蒼球はレンズ核の最内側部を占め、被殻よりも小さな灰白質として存在します。
淡蒼球はさらに外節(GPe)と内節(GPi)という2つの部分に分かれており、これらは内側髄板によって区切られています。また、被殻と淡蒼球の間には外側髄板と呼ばれる垂直に走る板状の有髄神経線維が存在し、両者を明確に隔てています。この3層構造(被殻-淡蒼球外節-淡蒼球内節)は、大脳基底核における情報処理において重要な機能的分化をもたらしています。
被殻の解剖学的特徴と位置関係
被殻は大脳基底核の一部であり、脳の深部に位置する灰白質の集合体です。尾状核と共に背側線条体を形成し、レンズ核の最外部を占めています。系統発生学的には、被殻は終脳に由来する比較的新しい構造であり、運動制御において中心的な役割を果たしています。
参考)【保存版】大脳基底核とは?機能と障害されたときに起こることま…
被殻の位置は、内包の外側、淡蒼球の外側に配置されており、側脳室に沿うような形状を持っています。冠状断面で観察すると、被殻は扇形の外側部分を構成し、脳の中心部における重要な解剖学的ランドマークとなっています。
被殻への血液供給は、主に中大脳動脈の穿通枝(レンズ核線条体動脈)によって行われており、この血管が障害されると被殻出血を引き起こす可能性があります。この解剖学的特徴は、高血圧性脳出血において被殻が最も頻繁に障害される部位の一つである理由を説明しています。
参考)【2025年版】淡蒼球の解剖と役割、リハビリ戦略:被殻におけ…
淡蒼球の内節と外節の構造的違い
淡蒼球は内節(GPi)と外節(GPe)の2つの部分に分かれており、それぞれ異なる構造的特徴を持っています。両者はともにGABA作動性の大型投射ニューロンを含んでいますが、その投射先や機能は大きく異なります。
参考)レンズ核(被殻+淡蒼球)を脳画像から簡単に見つける方法
淡蒼球外節は間接路の構成要素として機能し、線条体(被殻や尾状核)からGABA作動性の抑制性入力を受けます。外節からの出力は視床下核、淡蒼球内節、黒質網様部へと投射され、運動の抑制調節において重要な役割を果たしています。
一方、淡蒼球内節は大脳基底核の主要な出力部として機能します。内節は直接路の最終段階に位置し、視床を介して大脳皮質の運動前野や補足運動野へ情報を伝達します。この二重の経路構造により、淡蒼球は運動の促進と抑制を精密に調整する能力を持っています。
淡蒼球の名称は、ミエリンの髄鞘を被った軸索が多数通過するため、青白い外見を呈することに由来します。また、淡蒼球には鉄反応が強陽性に出ることが知られており、これは組織学的な特徴の一つとなっています。系統発生学的には、淡蒼球は間脳由来とされ、線条体よりも古い構造であるため「古線条体」とも呼ばれます。
参考)Terminologia Anatomica(TA)に基づく…
大脳基底核における位置と線条体との関係
大脳基底核は、尾状核、被殻、淡蒼球、視床下核、黒質などから構成される脳深部の神経核群です。これらの構造は機能的に密接に連携し、運動制御、学習、認知機能などに関与しています。
線条体という用語は、尾状核と被殻を合わせた構造を指します。これらは背側線条体とも呼ばれ、大脳基底核への主要な入力部として機能します。線条体は大脳皮質からの興奮性入力を受け取り、それを処理して淡蒼球や黒質へと情報を伝達します。
レンズ核は、被殻と淡蒼球を合わせた解剖学的な名称ですが、機能的には両者は異なる役割を持っています。被殻は線条体の一部として入力処理に関与し、淡蒼球外節は中継点として、淡蒼球内節は出力部として機能します。この構造的配置により、大脳基底核は複雑な運動制御ループを形成しています。
被殻と淡蒼球の位置関係は、内包という白質線維束との関係においても重要です。内包は被殻の内側を走り、大脳皮質と脳幹・脊髄を結ぶ重要な神経路を含んでいます。被殻出血が内包まで及ぶと、運動麻痺などの重篤な症状を引き起こすことが知られています。
参考)予習・・・大脳基底核① – 上高橋オステオパシー整体院 Li…
被殻と淡蒼球への血液供給の特徴
被殻と淡蒼球への血液供給は、主に中大脳動脈の穿通枝によって行われます。具体的には、中大脳動脈から分岐するレンズ核線条体動脈(穿通枝)が被殻と淡蒼球の大部分に血液を供給しています。
参考)被殻出血
これらの穿通枝は細い血管であり、高血圧などの影響を受けやすい特徴があります。長期間の高血圧により血管壁が脆弱化すると、これらの穿通枝が破綻し、被殻出血や淡蒼球出血を引き起こす可能性が高まります。実際、被殻出血は高血圧性脳出血の中で最も頻度が高く、全脳出血の約40-50%を占めるとされています。
淡蒼球には、中大脳動脈の穿通枝に加えて、前脈絡膜動脈からも一部血液供給を受けます。この複数の血管からの供給は、淡蒼球の機能維持において重要な役割を果たしています。
血液供給の解剖学的特徴は、臨床症状の理解においても重要です。被殻出血では、出血の量や広がりによって隣接する内包や視床が圧迫され、運動麻痺や感覚障害などの神経症状が出現します。また、淡蒼球は低酸素や虚血に対して特に脆弱であり、一酸化炭素中毒や低酸素脳症では両側淡蒼球に特徴的な病変が認められることがあります。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jja2.12611
被殻と淡蒼球の機能の違い
被殻と淡蒼球は、運動制御における役割が根本的に異なります。被殻は大脳基底核への入力部として機能し、大脳皮質の運動野や体性感覚野から投射を受けます。一方、淡蒼球は大脳基底核の出力段階や中継点として機能し、運動情報の最終的な処理と伝達を担っています。
参考)【2025年版】尾状核と被殻の違いとは?運動制御と学習への役…
被殻の運動制御機能と強化学習
被殻は背側線条体の一部として、随意運動の調整と制御において中心的な役割を果たしています。特に、筋肉の緊張や動作の開始・終了を調節し、運動をスムーかにする機能を持っています。
被殻の重要な機能の一つは、強化学習における役割です。過去の経験をもとに、その状況で最も望ましい行動を選択する際に、被殻が大きく関与しています。この機能により、繰り返し行う動作が徐々に自動化され、意識せずに実行できるようになります。
参考)脳卒中/被殻出血後のリハビリとは?症状の特徴や被殻の役割
被殻は運動の選択、および以前に学習した運動を自動的に実行する際にも重要な役割を担っています。例えば、歩行や姿勢の維持、手足の細かい動作の調整などは、被殻と大脳皮質、脊髄のネットワークによってスムーズに制御されています。
被殻へのドーパミン入力も重要です。黒質緻密部からドーパミンが被殻に投射され、このドーパミン系が運動調整において重要な機能を果たしています。パーキンソン病では、このドーパミン系が障害されることで、運動機能の低下が生じます。
被殻は運動回路以外にも、認知機能回路や情動・動機づけ回路、眼球運動回路など様々な皮質領域と連携する回路に関与しています。このように、被殻は単なる運動制御にとどまらず、学習、認知、感情制御などの多様な機能に関わっています。
淡蒼球の直接路と間接路における役割
淡蒼球は、大脳基底核の直接路と間接路において異なる役割を果たしています。直接路は運動を促進する経路であり、間接路は運動を抑制する経路として機能します。
参考)https://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/049060325.pdf
直接路では、線条体(被殻)からの抑制性入力が淡蒼球内節(GPi)を抑制することで、視床の抑制が軽減されます。その結果、視床から大脳皮質への興奮性入力が増加し、運動の開始が促進されます。このように、淡蒼球内節は運動促進の最終段階で重要な役割を果たしています。
一方、間接路では、淡蒼球外節(GPe)が重要な中継点として機能します。線条体からの抑制性入力を受けた淡蒼球外節は、視床下核への抑制を減少させます。その結果、視床下核が活性化され、淡蒼球内節および黒質網様部への興奮性入力が増加します。最終的に、視床への抑制が増強され、運動が抑制されます。
この直接路と間接路のバランスにより、適切な運動制御が実現されています。淡蒼球内節は両方の経路の最終出力部として、視床を介して大脳皮質の運動前野や補足運動野へ情報を伝達します。
淡蒼球の機能障害は、パーキンソン病やハンチントン病などの運動障害疾患と関連しています。これらの疾患では、直接路と間接路のバランスが崩れることで、不随意運動や運動緩慢などの症状が出現します。
運動の開始と抑制における相互作用
被殻と淡蒼球は、運動の開始と抑制において密接に相互作用しています。この相互作用は、大脳基底核-視床-皮質ループを通じて実現されます。
運動を開始する際、大脳皮質の運動野から被殻へ興奮性の入力が送られます。被殻のニューロンが活性化すると、直接路を通じて淡蒼球内節への抑制性入力が増加します。その結果、淡蒼球内節の活動が低下し、視床への抑制が減少することで、運動が促進されます。
同時に、間接路では被殻から淡蒼球外節への抑制性入力が送られます。淡蒼球外節の活動が低下すると、視床下核への抑制が減少し、視床下核が活性化されます。活性化された視床下核は淡蒼球内節を興奮させ、視床への抑制を増強することで、不要な運動を抑制します。
この直接路と間接路の協調作用により、必要な運動は促進され、不要な運動は抑制されるという精密な運動制御が可能になります。被殻と淡蒼球の相互作用のバランスが崩れると、運動障害が生じます。
ハイパー直接路と呼ばれる第三の経路も存在し、大脳皮質から視床下核へ直接投射することで、迅速な運動抑制を実現しています。これにより、大脳基底核は運動の開始、実行、停止を統合的に制御する能力を持っています。
被殻障害時と淡蒼球障害時の症状の違い
被殻と淡蒼球の障害では、それぞれ異なる臨床症状が出現します。これは両者の機能的役割の違いを反映しています。
被殻出血では、反対側の運動麻痺と感覚障害が主要な症状として出現します。特に上肢の麻痺が顕著であり、出血が内包まで及ぶと重度の片麻痺を引き起こします。急性期には、突然の激しい頭痛、嘔吐、意識障害なども認められます。出血の大きさや部位により症状の程度は異なりますが、多くの場合、長期的なリハビリテーションが必要となります。
参考)被殻出血の予後・症状・原因とは?改善のための治療法と予後の重…
被殻の機能障害は、パーキンソン病やハンチントン病などの変性疾患でも認められます。パーキンソン病では、黒質から被殻へのドーパミン投射が障害されることで、不随意筋運動や手足の震えなどが出現します。ハンチントン病では、予測不能で意図に従わない舞踏様運動が特徴的です。また、レストレスレッグス症候群(むずむず脚症候群)も被殻の機能障害と関連しています。
一方、淡蒼球の障害は、特に低酸素脳症や一酸化炭素中毒の際に特徴的です。両側淡蒼球病変では、遅発性神経症状として、運動緩慢、固縮、無動などのパーキンソン症候群様の症状が出現することがあります。淡蒼球は低酸素に対して特に脆弱であり、蘇生後脳症などでも両側性の病変が認められることがあります。
参考)302 Found
淡蒼球を含む変性疾患として、進行性核上性麻痺(PSP)や大脳皮質基底核変性症(CBD)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症などがあります。これらの疾患では、淡蒼球の神経細胞脱落や異常蛋白の蓄積が認められ、運動障害、認知機能障害、眼球運動障害などの多彩な症状を呈します。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/90b20bda60ebd1d910dd5956081907fb4f94e544
臨床的には、被殻出血は急性発症の片麻痺として現れることが多いのに対し、淡蒼球病変は両側性の運動障害や変性疾患として緩徐に進行することが多いという違いがあります。