非脱分極性筋弛緩薬一覧と作用特性
重症筋無力症患者は通常量の10分の1でも筋弛緩が遷延します
非脱分極性筋弛緩薬の種類と分類
非脱分極性筋弛緩薬は、神経筋接合部のニコチン性アセチルコリン受容体に競合的に結合し、アセチルコリンによる神経伝達を遮断することで筋弛緩作用を発揮する薬剤群です。脱分極性筋弛緩薬であるスキサメトニウムとは異なり、受容体を活性化せずにブロックするため、線維束性攣縮や高カリウム血症などの副作用が少ないという特徴があります。
日本の臨床現場で使用される主要な非脱分極性筋弛緩薬は以下の通りです。
短時間作用型
📌 ミバクリウム:作用時間15~20分程度で、外来手術など短時間の処置に適しています。血中の偽性コリンエステラーゼで代謝されるため、肝機能や腎機能の影響を受けにくい特徴があります。
中時間作用型
📌 ロクロニウム:作用発現時間60~90秒、作用持続時間30~50分。
現在日本で最も頻用されている筋弛緩薬です。
📌 ベクロニウム:作用発現時間2~3分、作用持続時間30~40分。ロクロニウムより発現は遅いが、循環動態への影響が少ない。
📌 アトラクリウム:ホフマン分解と非特異的エステラーゼ分解により代謝され、肝腎機能障害患者でも使用しやすい。
📌 シサトラクリウム:アトラクリウムの異性体で、ヒスタミン遊離が少なく、より安全性が高い。
長時間作用型
📌 パンクロニウム:作用持続時間60~90分。日本では2012年に販売中止となりましたが、海外では現在も使用されています。
📌 ツボクラリン:クラーレとも呼ばれる最も古い筋弛緩薬。ヒスタミン遊離作用が強く、現在はほとんど使用されていません。
ロクロニウムが頻用される理由は明確です。
作用発現が速いため、迅速導入(RSI)での気管挿管がスムーズに行えます。これは誤嚥リスクの高い患者や満腹状態の緊急手術で特に重要となります。さらに、後述するスガマデクスという選択的拮抗薬が使用できるため、術後の筋弛緩回復を確実かつ迅速に行えます。ベクロニウムの約5倍の投与量が必要ですが、水溶液製剤で用時溶解が不要という利便性も臨床現場で評価されています。
KEGG DATABASEの非脱分極性筋弛緩薬一覧には、各薬剤の化学構造や薬物動態の詳細データが掲載されており、薬剤選択の参考になります。
非脱分極性筋弛緩薬の作用機序と特性
非脱分極性筋弛緩薬は、運動神経終末から放出されたアセチルコリンと競合して、筋終板のニコチン性アセチルコリン受容体に結合します。この競合的阻害により、受容体の約75~80%以上が遮断されると、神経筋伝達が阻害され、筋弛緩状態となります。
作用機序は競合的阻害が基本です。
アセチルコリン受容体は5つのサブユニット(α2βγδまたはα2βεδ)から構成される五量体です。非脱分極性筋弛緩薬は、このうち2つのα-サブユニットの結合部位に作用し、アセチルコリンが受容体に結合するのを物理的に妨げます。重要なのは、これらの薬剤は受容体を活性化しないという点です。そのため、脱分極性筋弛緩薬で見られる線維束性攣縮(ファシキュレーション)は起こりません。
非脱分極性筋弛緩薬には、シナプス前膜の受容体にも作用するという二次的な機序があります。シナプス前膜の受容体は、アセチルコリンの動員(mobilization)を促進する役割を持ちますが、非脱分極性筋弛緩薬がこれをブロックすることで、アセチルコリンの放出量も減少します。この作用により、筋弛緩効果がさらに増強されることが知られています。
筋弛緩モニタリングで「フェード現象」が観察されるのはこのためです。
四連刺激(Train-of-Four: TOF)で神経を連続刺激すると、4回目の筋収縮が1回目より減弱する「フェード」が見られます。これは、シナプス前膜の受容体遮断によりアセチルコリンの動員が障害され、連続刺激に対する応答が減衰するためです。このフェード現象は非脱分極性筋弛緩薬に特徴的で、脱分極性筋弛緩薬では通常見られません。臨床的には、TOF比(4回目÷1回目の比率)が0.9以上で筋弛緩が十分に回復したと判断します。
薬剤によって作用発現時間と持続時間が異なる理由は、主に分子量と親水性の違いにあります。ロクロニウムは分子量が大きく親水性が低いため、血液脳関門を通過しにくい一方で、神経筋接合部への到達が速く、作用発現時間が短くなります。対照的に、ベクロニウムはより親水性が高く、分布容積が小さいため、作用発現にやや時間がかかりますが、循環動態への影響が少ないという利点があります。
ロクロニウムの薬理学的特徴についての日経メディカルの解説では、ベクロニウムとの比較データが詳しく紹介されています。
非脱分極性筋弛緩薬の作用時間と使い分け
各薬剤の作用発現時間と持続時間の違いは、臨床での使い分けの重要な基準となります。手術の種類、予想される手術時間、患者の状態、緊急度などを総合的に判断して薬剤を選択する必要があります。
ロクロニウムの作用発現時間は、0.6mg/kg投与で約85秒、0.9mg/kg投与で約60秒です。これはスキサメトニウム(約45~60秒)に次いで速く、迅速導入が必要な場面で第一選択となります。作用持続時間は0.6mg/kgで30~50分程度であり、中程度の手術に適しています。
追加投与も容易で、持続投与も可能です。
ベクロニウムは作用発現時間が2~3分とロクロニウムより遅いものの、循環動態への影響がほとんどないため、心疾患患者や高齢者での使用に適しています。作用持続時間は30~40分程度でロクロニウムとほぼ同等です。粉末製剤のため用時溶解が必要という手間はありますが、安定性が高く保存性に優れています。
使い分けの実際的なポイントをまとめます。
迅速導入(RSI)が必要な場合
・満腹状態の緊急手術
・誤嚥リスクの高い患者
・帝王切開(フルストマック)
→ ロクロニウム0.9~1.2mg/kgを第一選択
循環動態が不安定な患者
・重症心疾患
・ショック状態
・高度の脱水
→ ベクロニウムやシサトラクリウムを選択
肝腎機能障害患者
・肝硬変
・慢性腎不全
→ アトラクリウムまたはシサトラクリウム(器官非依存性の代謝)
短時間手術(30分以内)
・内視鏡手術
・カテーテル検査
→ ミバクリウムまたは低用量ロクロニウム
個体差が大きいのもロクロニウムの特徴です。
ロクロニウムは他の非脱分極性筋弛緩薬と比較して、作用持続時間の個体差が大きいことが報告されています。同じ投与量でも、患者によって20分で回復する場合もあれば、60分以上持続する場合もあります。そのため、投与時には必ず筋弛緩モニターを使用し、個々の患者の筋弛緩状態を客観的に評価することが推奨されます。特に高齢者、低体温、電解質異常のある患者では作用が遷延しやすいため注意が必要です。
日本麻酔科学会の筋弛緩薬・拮抗薬ガイドラインには、各薬剤の詳細な薬物動態データと臨床使用の注意点がまとめられています。
非脱分極性筋弛緩薬の禁忌と重要な注意事項
非脱分極性筋弛緩薬の使用で最も注意すべき禁忌疾患は、重症筋無力症と筋無力症候群です。これらの患者では、神経筋接合部のアセチルコリン受容体が自己抗体により減少または機能低下しているため、非脱分極性筋弛緩薬に対する感受性が極めて高くなっています。
通常量の10分の1以下でも重篤な筋弛緩が起こります。
重症筋無力症患者にロクロニウム0.3mg/kg(通常量の半分)を投与した症例報告では、筋弛緩が6時間以上遷延し、術後も人工呼吸管理が必要となったケースがあります。さらに少量の0.1mg/kg(通常量の約6分の1)でも、2時間以上の筋弛緩作用が持続したという報告もあります。これは健常者の10~15倍もの感受性に相当します。そのため、これらの疾患では非脱分極性筋弛緩薬は絶対禁忌とされています。
もし重症筋無力症患者に全身麻酔が必要な場合、筋弛緩薬を使用しない麻酔(吸入麻酔薬とレミフェンタニルの組み合わせなど)を選択するか、どうしても必要な場合は極少量から開始し、筋弛緩モニターで厳重に管理する必要があります。ただし、この場合でも術後の遷延性呼吸抑制のリスクが高いため、ICU管理を前提とした慎重な対応が求められます。
その他の神経筋疾患でも注意が必要です。
筋ジストロフィー、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ギラン・バレー症候群などの神経筋疾患患者では、重症筋無力症ほどではありませんが、非脱分極性筋弛緩薬に対する感受性が高まっていることがあります。これらの患者では通常量の50~70%程度から投与を開始し、筋弛緩モニターで効果を確認しながら追加投与を検討します。
長期臥床患者や廃用症候群の患者でも、アセチルコリン受容体のアップレギュレーション(数の増加)により、非脱分極性筋弛緩薬に対する抵抗性が生じることがあります。この場合は逆に通常量の1.5~2倍の投与が必要となることもあります。ただし、このような患者では脱分極性筋弛緩薬(スキサメトニウム)を使用すると、受容体の増加により危険な高カリウム血症を引き起こす可能性があるため、非脱分極性筋弛緩薬を選択することが重要です。
電解質異常も筋弛緩作用に大きな影響を与えます。低カリウム血症、低カルシウム血症、高マグネシウム血症などは非脱分極性筋弛緩薬の作用を増強します。特に低カリウム血症では筋細胞膜の過分極が起こり、神経筋伝達が阻害されやすくなるため、筋弛緩作用が遷延します。術前の電解質チェックと必要に応じた補正が重要です。
アナフィラキシーのリスクも忘れてはいけません。
非脱分極性筋弛緩薬によるアナフィラキシーの発生頻度は、全身麻酔の約0.01~0.05%(10,000~20,000例に1例)とされています。ロクロニウムは特にアナフィラキシーの頻度が高く、筋弛緩薬の中で最も注意が必要です。症状としては、気道内圧上昇、血圧低下、頻脈、全身発赤、気管支痙攣などが急速に出現します。治療はアドレナリンの投与が第一選択で、同時にスガマデクスによる筋弛緩の速やかな拮抗も有効とされています。
非脱分極性筋弛緩薬の拮抗方法とスガマデクス
非脱分極性筋弛緩薬の作用を拮抗する方法には、従来のネオスチグミンなどの抗コリンエステラーゼ薬と、新しいスガマデクスがあります。両者は作用機序が全く異なり、それぞれに特徴と使い分けがあります。
ネオスチグミンは、アセチルコリンエステラーゼを阻害することで、神経筋接合部のアセチルコリン濃度を上昇させ、非脱分極性筋弛緩薬との競合を有利にして拮抗作用を発揮します。投与量は通常0.04~0.07mg/kg(成人で2~5mg)です。作用発現時間は5~10分程度で、効果は30~60分持続します。
ネオスチグミンには重要な制限があります。
まず、深い筋弛緩状態(TOF比0.2以下)では拮抗効果が不十分です。アセチルコリンをいくら増やしても、受容体の大部分が筋弛緩薬で占有されている状態では競合に勝てないからです。また、アセチルコリンエステラーゼ阻害によりムスカリン性副作用(徐脈、気管支収縮、唾液分泌増加など)が出現するため、必ずアトロピンまたはグリコピロレートを併用する必要があります。通常、ネオスチグミン2~3mgに対してアトロピン0.5~1mgを混合して投与します。
スガマデクスは全く新しい機序の拮抗薬です。
スガマデクスは修飾γ-シクロデキストリンという環状オリゴ糖の誘導体で、ロクロニウムやベクロニウムと1対1の包接複合体を形成します。この複合体形成により、血中の遊離筋弛緩薬濃度が急速に低下し、受容体から筋弛緩薬が解離して拮抗作用が発現します。重要なのは、スガマデクスは神経筋接合部に作用せず、血中で筋弛緩薬を直接捕捉するという点です。
深い筋弛緩状態でも拮抗できます。
ネオスチグミンでは不可能だった深い筋弛緩(TOF比0またはPTC 1~2)からの拮抗が、スガマデクスでは可能です。
投与量は筋弛緩の深さによって異なります。
💡 浅い筋弛緩(TOF比0.2~0.5):2mg/kg
💡 中等度の筋弛緩(TOF比0.1~0.2):2~4mg/kg
💡 深い筋弛緩(PTC 1~2):4mg/kg
💡 直後拮抗(投与3分後):16mg/kg
作用発現時間は約1~3分と非常に速く、ネオスチグミンの5~10分と比較して大幅に短縮されます。これにより、手術終了から覚醒・抜管までの時間が短縮され、手術室の回転率向上にも寄与します。
術後肺合併症が25~35%減少するというデータもあります。
2020年に発表された大規模観察研究(45,712例)では、スガマデクスを使用した群はネオスチグミン群と比較して、術後肺合併症(肺炎、無気肺、呼吸不全など)が有意に減少しました(スガマデクス3.5% vs ネオスチグミン4.8%、相対リスク減少27%)。これは、スガマデクスにより残存筋弛緩のリスクが大幅に低減され、術後の誤嚥や低換気が減少したためと考えられています。
ただし、スガマデクスにも限界があります。ロクロニウムとベクロニウムには非常に有効ですが、他の筋弛緩薬(パンクロニウム、アトラクリウムなど)に対する親和性は低く、拮抗効果が不十分です。また、高価格(2mg/kgで約2万円、16mg/kgで約16万円)という経済的な課題もあります。腎機能障害患者では包接複合体の排泄が遅延する可能性があり、慎重投与が必要です。
スガマデクスの詳しい作用機序と臨床効果については日経メディカルの記事で、包接化学の観点から解説されています。
筋弛緩モニターの重要性は強調しすぎることはありません。2019年の日本麻酔科学会のガイドラインでは、非脱分極性筋弛緩薬を投与した場合は必ず定量的筋弛緩モニターを使用することが推奨されています。目視や触診による評価では、残存筋弛緩を見逃すリスクが高いためです。TOF比0.9以上を確認してから抜管することで、術後の呼吸器合併症を大幅に減少させることができます。