白色ワセリンとプロペトの違いとは?純度と使い分けを徹底解説

白色ワセリンとプロペトの違い

医療現場において、皮膚保護剤や保湿剤として最も頻繁に処方される薬剤の一つがワセリン製剤です。一般的に「ワセリン」と総称されますが、臨床現場では「白色ワセリン」と「プロペト」、さらに高純度な「サンホワイト(主に市販)」などが存在し、それぞれの特性を理解して使い分けることが重要です。これらは全て石油を原料とする炭化水素の混合物ですが、最大の違いは「精製度(純度)」にあります。この純度の差が、眼科領域への適応可否や、アトピー性皮膚炎患者などの敏感肌への刺激性の有無、そして保険適用の範囲にまで影響を及ぼしています。本記事では、単なる製品の違いだけでなく、薬学的な物性の変化や、意外と見落とされがちな重大な副作用リスクについても深掘りしていきます。

製造工程と純度の科学的差異

 

白色ワセリンとプロペトの決定的な違いは、その精製プロセスと残留する不純物の量にあります。原油を分留して得られるペトロラタム(黄色ワセリン)は、まだ多くの不純物を含んでいます。これを脱色・精製したものが「日本薬局方 白色ワセリン」です。白色ワセリンは医療用として十分な品質を持っていますが、微量ながら芳香族化合物や硫黄化合物、酸化生成物などの不純物が残留している可能性があります。

これに対し、プロペトは白色ワセリンをさらに高度に精製し、不純物を極限まで取り除いたものです。具体的には、白色ワセリンに含まれる微量の黄色成分や酸化の原因となる不安定な炭化水素を除去しています。この精製度の違いは、紫外線による劣化(酸化)のしやすさに直結します。ワセリンに含まれる不純物は、紫外線を浴びることで過酸化脂質へと変化し、これが皮膚刺激(接触皮膚炎)や色素沈着の原因となることが知られています。

参考:軟膏Q&A |丸石製薬株式会社|局方品(プロペトと白色ワセリンの純度と副作用について)

特に、プロペトは「眼軟膏基剤」としての規格を満たすほどの高純度を誇ります。化学的な安定性が高いため、長期間皮膚に塗布された状態でも変質しにくく、皮膚バリア機能が破壊されている重度の傷や、皮膚が極めて薄い乳幼児、過敏症を持つ患者に対しては、白色ワセリンよりもプロペトが第一選択となる論理的根拠がここにあります。さらに純度を高めた「サンホワイト」も存在しますが、これは主にパッチテストの基剤や化粧品グレードとして流通しており、保険適用の医薬品としてはプロペトが最高純度の位置づけとなります。

眼科領域における使い分けと眼軟膏としての特性

臨床的な使い分けにおいて最も明確な基準となるのが、眼科領域への適応です。プロペトの添付文書には、効能・効果として「眼科用軟膏基剤」や「眼瞼・結膜などの保護」が明記されていますが、一般的な白色ワセリンには眼科領域への適応記載がない、あるいは推奨されないケースが大半です。

眼球の表面(角膜や結膜)は非常にデリケートな粘膜であり、わずかな化学的刺激や物理的異物に対しても敏感に反応します。通常の白色ワセリンに含まれる微細な不純物は、皮膚には無害であっても、眼に入った場合には刺激感、充血、異物感を引き起こす可能性があります。そのため、眼科手術後の創部保護や、ドライアイ(角膜上皮障害)の治療、眼瞼炎の塗布薬としては、必ずプロペト(または眼軟膏として調整された製剤)を選択する必要があります。

また、物理的な物性(レオロジー)の観点からも違いがあります。プロペトは白色ワセリンに比べて展延性(伸びの良さ)に優れており、粘稠度が適度に調整されています。これにより、眼球表面に塗布した際に均一な油膜を形成しやすく、瞬きの摩擦による脱落も防ぎやすいという特性があります。逆に、硬めの白色ワセリンを眼部に使用すると、塗布時の物理的刺激が強くなったり、視界のぼやけが強く出たりするため、QOLの観点からも不適切です。

接触皮膚炎のリスクと不純物の関係

「ワセリンならアレルギーは起きない」と誤解されがちですが、実際には稀ながらワセリンによる接触皮膚炎(かぶれ)は発生します。この主な原因こそが、前述した「不純物」です。特にアトピー性皮膚炎の患者や、バリア機能が著しく低下している炎症皮膚においては、経皮感作が成立しやすく、微量な不純物が抗原(アレルゲン)や刺激物質として作用することがあります。

参考:【薬剤師が解説】ワセリンとプロペトの違いは?似た効果のある保湿剤の使い分け

白色ワセリンを使用していて「塗った直後は良いが、数時間後に赤みやかゆみが増す」という訴えがある場合、ワセリンに含まれる不純物が紫外線や体温によって酸化され、刺激性物質に変化している可能性(刺激性接触皮膚炎)を疑うべきです。このようなケースでは、より純度の高いプロペトへの切り替えが有効です。実際、白色ワセリンで陽性反応が出た患者に対し、プロペトやサンホワイトでパッチテストを行うと陰性となるケースは珍しくありません。

ただし、プロペトであっても「100%アレルギーが起きない」わけではありません。極めて稀ですが、炭化水素そのものに対する過敏反応を示す症例も報告されています。それでも、臨床的には「白色ワセリンで刺激を感じるならプロペトへ変更」が定石であり、これにより多くの皮膚トラブルが回避可能です。また、夏場などの高温環境下では、不純物が多いほど酸化劣化が進みやすいため、保存状態や使用期限の管理も、副作用防止の観点から重要になります。

保険適用と経済的な視点での選択

医療経済的な視点から見ると、白色ワセリンとプロペトには薬価の差が存在します。当然ながら、精製工程が多いプロペトの方が薬価は高く設定されています。しかし、その差は決して莫大ではありません。広範囲に大量に塗布する必要がある乾皮症や魚鱗癬のようなケースで、かつ皮膚が比較的丈夫な成人であれば、コストパフォーマンスを考慮して白色ワセリンを選択することは合理的です。

一方、小児のオムツかぶれ、顔面への塗布、アトピー性皮膚炎の維持療法など、敏感な部位や長期間の連用が前提となる場合は、わずかな薬価の差よりも安全性を優先し、プロペトを選択するメリットが上回ります。特に乳幼児医療費助成制度の対象となる患者層では、自己負担額の差が実質的にないため、より高品質なプロペトが積極的に処方される傾向にあります。

参考:医療用医薬品 : プロペト (添付文書情報 – KEGG)

また、混合調剤における「基剤」としての役割も重要です。ステロイド外用薬などを希釈(mix)する場合、基剤として白色ワセリンを使うかプロペトを使うかで、混合後の軟膏の硬さや分離のしやすさが変わることがあります。プロペトは他の薬剤と混合した際に、粘度が極端に低下する現象(チキソトロピー性の変化)が起きやすい場合があるため、混合薬を作る際の安定性については薬剤師と連携して確認する必要があります。

【独自視点】在宅酸素療法時の引火リスクと脂質性肺炎

最後に、意外と見落とされがちですが、命に関わる重大なリスクについて解説します。それは「在宅酸素療法(HOT)患者への使用」と「脂質性肺炎」のリスクです。

白色ワセリンやプロペトは石油製品であり、本質的には「油」です。これらは引火性を持っています。通常の使用では問題になりませんが、在宅酸素療法を行っている患者が、鼻腔の乾燥を防ぐために鼻の入り口や顔面にワセリンを塗布することは極めて危険です。高濃度の酸素が存在する環境下では、わずかな火種(静電気やタバコの火など)でも爆発的な燃焼(酸素支燃性による引火)を引き起こし、顔面に重篤な熱傷を負う事故が過去に報告されています。酸素カニューラを使用している患者に対しては、ワセリンではなく、水溶性の保湿ジェルを使用するよう指導することが必須です。

参考:在宅酸素療法時の火気の取扱いについて(厚生労働省)

また、「脂質性肺炎」も重要なトピックです。高齢者や嚥下機能が低下している患者が、口腔ケアや鼻腔保湿のために多量のワセリンを使用すると、就寝中などに知らず知らずのうちに気道へ油脂を吸引してしまうことがあります(不顕性誤嚥)。ワセリンなどの鉱物油は肺のマクロファージで分解・吸収されにくいため、肺胞内に蓄積し、慢性の異物反応として「外因性脂質性肺炎」を引き起こします。原因不明の肺炎が続く高齢患者において、鼻腔や口唇への過剰なワセリン塗布が原因だったという症例は、呼吸器内科領域では知られたピットフォールです。

このように、白色ワセリンとプロペトは単なる保湿剤ではなく、その純度の違いによる適応の差、引火性や誤嚥リスクといった物理化学的特性を熟知した上で、患者の背景に合わせて適切に選択・指導する必要があります。

白色ワセリンとプロペトの要点まとめ
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純度の決定的な差

プロペトは白色ワセリンから不純物を除去し高純度化したもの。酸化しにくく、刺激が極めて少ない。

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眼科領域はプロペト一択

眼軟膏基剤として使用できるのはプロペトのみ。白色ワセリンは眼への刺激リスクがあるため避ける。

⚠️

酸素療法中の使用厳禁

引火の危険性があるため、在宅酸素療法患者の顔面には使用せず、水溶性ジェルを推奨する。



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