肺アスペルギルス症と診断基準
肺アスペルギルス症の診断基準の概要
肺アスペルギルス症の診断基準は、病型によって大きく異なる構造を持っています。慢性進行性肺アスペルギルス症(CPPA)の診断基準は、臨床診断と確定診断の2段階に分けられ、臨床診断では血清抗アスペルギルス抗体陽性、または呼吸器検体での病理学的なアスペルギルス検出が必要です。確定診断には、これらの臨床診断に加えて培養検査でアスペルギルスが陽性である必要があります。
診断基準の基本的な構成要素として、宿主因子(基礎疾患の存在)、臨床所見(症状と画像所見)、真菌学的所見(抗体、抗原、培養、病理)の3つが重視されています。2020年に改定されたEORTC/MSGERガイドラインでは、proven診断には病理組織学的な菌体の証明が必要とされ、probable診断には宿主因子、臨床所見、真菌学的所見のすべてを満たすことが求められています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ishinkin/64/1/64_23.002/_pdf
診断における重要なポイントは、まず臨床的な背景と画像所見から本症を疑うことです。基礎疾患として陳旧性肺結核、肺非結核性抗酸菌症、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などを有する患者で、1ヶ月以上続く咳嗽、喀痰、体重減少などの症状があり、一般抗菌薬や抗抗酸菌薬に反応しない場合には積極的に本症を疑う必要があります。
参考)【解説】慢性進行性肺アスペルギルス症 (CPPA) の診断の…
肺アスペルギルス症の病型分類と診断
肺アスペルギルス症は、免疫状態と病状進行の期間により複数の病型に分類されます。侵襲性肺アスペルギルス症(IPA)は、免疫力が低下した患者に発症する重篤な病型で、アスペルギルスが肺組織に侵襲して急速に進行することが特徴です。特に造血幹細胞移植患者、臓器移植患者、長期ステロイド治療患者、好中球減少患者で発症リスクが高くなります。
慢性型の肺アスペルギルス症は、さらに3つのサブタイプに分類されます。単純性肺アスペルギローマ(SPA)は、既存の肺空洞内にアスペルギルス属の真菌が増殖し、菌球を形成する病型で、免疫力が正常な患者に発症することが多く、症状は乏しいことが特徴です。慢性空洞性肺アスペルギルス症(CCPA)は、肺に複数の空洞が存在し、周囲に炎症があり、菌球の有無は問わず、病理学的に組織侵襲を認めないものとされています。
参考)肺アスペルギルス症(Pulmonary aspergillo…
慢性壊死性肺アスペルギルス症(CNPA)は、肺に結節やconsolidationがあり、経過が比較的早く、進行性に肺が破壊され、病理学的に組織侵襲を認めるものです。CCPAとCNPAの臨床的鑑別は困難であり、治療に関しても明確な差異がないため、両者を統合した疾患群が慢性進行性肺アスペルギルス症(CPPA)として提唱されました。
アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA)は、気管支喘息患者に発症するアレルギー性疾患で、Rosenbergの診断基準では、喘息、アスペルギルス即時型皮膚反応陽性、アスペルギルス沈降抗体陽性、血清総IgE高値、肺浸潤影、中枢性気管支拡張の7項目が挙げられています。
肺アスペルギルス症の血清学的検査
血清学的検査は、肺アスペルギルス症の診断において重要な役割を果たしますが、病型によって有用性が大きく異なります。ガラクトマンナン(GM)抗原検査は、侵襲性肺アスペルギルス症ではカットオフ値0.5で感度79%、特異度81-86%と比較的良好な精度を示しますが、抗真菌薬を予防投与されている症例では感度が低下するため注意が必要です。一方、慢性肺アスペルギルス症では血清GM抗原の感度、特異度とも不良であり、診断への有用性は限られます。
抗アスペルギルス沈降抗体検査は、慢性肺アスペルギルス症の診断に最も有用とされ、感度は56-89.3%と報告により異なりますが、現状では診断に最も有用であり、ガイドラインでも推奨されています。しかし、日本では保険収載されていないという問題があります。また、抗原としてAspergillus fumigatusを使用しているため、A. fumigatus以外の菌種では陰性となる可能性があり、日本では非A. fumigatusによるCPAが4割程度存在すると報告されているため、結果の解釈には注意が必要です。
β-D-グルカン検査は、侵襲性肺アスペルギルス症では感度76%、特異度85%ですが、慢性肺アスペルギルス症では感度15.4-26.7%と低く、陰性適中率は比較的高いものの、多くの真菌の細胞壁に共通する成分であり、カンジダやニューモシスティス肺炎でも上昇するなど特異性が低い検査です。アスペルギルスIgG抗体検査は、欧米では広く使用されており、感度75-98%、特異度84-99.3%と高精度ですが、日本では未承認です。
肺アスペルギルス症の診断における血清学的検査の詳細な精度データと各検査法の特性について解説した長崎大学の論文
肺アスペルギルス症の画像診断基準
画像診断は、肺アスペルギルス症の診断において極めて重要な位置を占めています。胸部単純X線では早期の病変を検出できないため、胸部CT検査が必須となります。侵襲性肺アスペルギルス症では、好中球減少例でhalo sign(結節周囲のすりガラス状陰影)がアスペルギルスやムーコルなどの侵襲性糸状菌感染症に比較的特徴的な所見として知られていますが、好中球減少を伴わない他の原因によるIPAでは、気道侵襲型(気管支肺炎像)を呈することが多いため注意が必要です。
慢性肺アスペルギルス症の典型的なCT画像所見として、肺野既存空洞内の菌球出現、液体貯留、空洞壁肥厚、周囲の浸潤影が特徴的です。新たな空洞性陰影の出現、空洞性陰影の拡大、胸膜肥厚の進行、空洞壁の肥厚(空洞周囲浸潤影の拡大)、鏡面形成、真菌球様の陰影の増悪を認めます。進行すると胸膜肥厚を伴い、空洞壁内のscab-like sign(かさぶたのように限局性に盛り上がった部分)がみられる場合、喀血のリスクが高いとされています。
まず基礎として既存肺に嚢胞や空洞性病変が存在することが重要なポイントです。基礎疾患として結核性遺残空洞、気管支拡張症、肺嚢胞、肺線維症、塵肺、胸部外科手術後肺などの器質的肺病変がある場合に発症しやすくなります。免疫不全例では、侵襲性肺アスペルギルス症のように新規に空洞が出現することがあり、空洞部位以外に浸潤影を呈する場合もあります。
肺アスペルギルス症の培養検査と気管支鏡検査
培養検査は、肺アスペルギルス症の確定診断において重要ですが、いくつかの課題があります。喀痰培養での真菌培養の感度は一般にやや低く、呼吸器検体からの培養陽性率の報告は11.8%-81.0%と幅広く、施設によっては培養期間が短い、あるいは検査オーダー時に真菌培養を明示しない限り、真菌用の培地で培養が実施されないことが診断の難しさの一因となっています。さらに、アスペルギルスが腐生・定着している場合でも陽性となりうるため、培養陽性だけでは診断とはならず、結果の解釈には臨床所見や胸部画像所見を踏まえた総合的な判断が必要です。
気管支鏡検査は、局所検体の採取が可能であり、病理学的検査と培養検査の両方を実施できるため、診断において重要な役割を果たします。喀痰のアスペルギルス培養陽性は、10-40%の患者でしか認めないため、気管支鏡検査による気管支肺胞洗浄液(BALF)の採取が推奨されます。BALF検体では、病理学的にアスペルギルス検出(TBLBで菌糸確認など)が可能で、培養検査でアスペルギルスが陽性となれば確定診断となります。
しかし、侵襲性肺アスペルギルス症では、全身状態や骨髄抑制の観点から、呼吸器内視鏡検査や経気管支肺生検は容易ではありません。また、慢性肺アスペルギルス症でも、高齢、全身状態不良で、気管支鏡検査が困難なケースも少なくなく、非結核性抗酸菌症を同時に認めたり、一般細菌の混合感染を認める場合もあるため注意が必要です。可能であれば、菌種同定および薬剤感受性検査も実施することが望ましいとされています。
亀田メディカルセンターによる慢性進行性肺アスペルギルス症の診断基準と検査方法の詳細な解説
肺アスペルギルス症診断における臨床症状の重要性
臨床症状は、肺アスペルギルス症を疑うための重要な手がかりとなります。慢性進行性肺アスペルギルス症では、1ヶ月以上続く咳嗽(78%)、喀痰(血痰、喀血など)、倦怠感(28%)、発熱(11%)、体重減少(94%)、呼吸困難(50%)などが認められます。基本的には肺の基礎疾患を有する患者で、緩徐に進行し、増悪と寛解を繰り返すという特徴があります。
侵襲性肺アスペルギルス症では、より急性の経過をたどり、せき、発熱、胸痛、呼吸困難をしばしば引き起こします。抗菌薬不応性の発熱や画像所見が診断のきっかけとなることが多く、治療しなければ死に至る可能性が高い病型です。血の混じったせきを繰り返し、まれに死に至るほどの激しい出血が起こることもあり、アスペルギルス症がほかの臓器に広がると、発熱、悪寒、ショック、せん妄、血液の凝固などの症状がみられます。
参考)アスペルギルス症 – 16. 感染症 – MSDマニュアル家…
アレルギー性気管支肺アスペルギルス症の主症状は、喘鳴を伴う咳嗽、喀痰、呼吸困難であり、これらの症状は繰り返し起こり、次第に悪化していきます。咳嗽は持続的で、数週間から数ヶ月間続くことが多く、特に夜間や早朝に悪化する傾向があり、喘息発作のような症状を示します。喀痰は粘稠で茶褐色を呈することが多く、時に血液が混じることもあり、喀痰の中にはアスペルギルスの菌塊や菌糸が認められることがあります。
診断における重要なポイントとして、一般抗菌薬や抗抗酸菌薬の投与には反応しないという特徴があります。また、CRPや赤沈などの炎症マーカーは上昇することが多いですが、肺アスペルギルス症に特異的なものではないため、他の検査所見と合わせて総合的に判断する必要があります。半数以上でアスペルギルスIgE抗体が陽性となり、アレルギー性肺アスペルギルス症を合併していない症例においても、Total IgEの軽度上昇を認める場合があることも知られています。
肺アスペルギルス症診断におけるPCR法と新規診断法
PCR法は、アスペルギルスの存在を遺伝子増幅により確認する手法で、慢性肺アスペルギルス症患者のBALFを検体に用いた研究では、感度66.7-86.7%、特異度84.2-94.2%と比較的良好な精度を示しています。侵襲性肺アスペルギルス症では、血清や全血での感度が84-88%、特異度が75-76%と報告されていますが、手法が標準化していないという課題があります。近年、アゾール耐性遺伝子やムーコルとの鑑別まで可能なreal time PCR検査キットが臨床応用されていますが、日本では現時点では使用できず、早期の国内導入が期待されています。
AspLFD(Lateral flow device)法は、A. fumigatusの増殖時に分泌される糖蛋白抗原に結合するマウスモノクローナル抗体を用いた抗原抗体反応で、15分以内で施行可能な簡便な方法という利点があります。侵襲性肺アスペルギルス症では血清で感度81.8%、特異度98%と良好であるとの報告がありますが、慢性肺アスペルギルス症では血清で感度62.0%、特異度67.7%、BALFでは感度66.7%、特異度69.2%と精度は高くないという結果が示されています。
新規診断法として、イムノクロマト法により、IgG/IgMを検出可能なPoint of care test(LDBio Aspergillus ICT)も臨床応用されています。しかし、これらもすべてA. fumigatusを抗原として用いており、非A. fumigatus によるCPA診断については現時点ではデータが不十分です。ウガンダでのCPAでは、Aspergillus nigerが原因真菌として最も多く、LDBio Aspergillus ICTを用いた研究では感度が31.3%と低かったという報告もあり、non-fumigatusでは沈降抗体同様に感度が下がる可能性が高いと考えられています。
揮発性有機化合物の検出という新しいアプローチも研究されており、呼気を検体として用いた場合、感度94-100%、特異度82-93%という報告がありますが、まだエビデンスが不十分で実用化には至っていません。今後の課題として、慢性肺アスペルギルス症領域では特に新規の診断法の開発が求められており、アスペルギルスIgG抗体の保険承認や、より精度の高い検査法の開発が期待されています。
肺アスペルギルス症の診断アルゴリズムと実践的アプローチ
肺アスペルギルス症の診断において、体系的なアプローチが重要です。慢性肺アスペルギルス症を疑う臨床症状や胸部画像所見がある場合、まずアスペルギルス抗体(沈降抗体あるいはIgG抗体)検査を実施します。抗体が陽性であれば、確定診断として治療を開始しますが、原因菌確認のための気管支鏡検査が望ましいとされています。抗体が陰性であっても、CPAの可能性は否定できないため、他疾患との鑑別も含めて、気管支鏡検査を実施する必要があります。
診断基準を満たすための具体的な要件として、臨床所見では、1ヶ月以上の咳嗽、喀痰、体重減少などの臨床症状、慢性肺アスペルギルス症に矛盾しない画像所見、炎症所見、抗菌薬に反応しないという4つの要素が挙げられます。国際ガイドラインでは3カ月以上の症状持続期間で定義されており、血清・病理・培養のいずれかでアスペルギルスを確認できれば診断が可能です。呼吸機能検査では拘束性換気障害を呈することが多いという特徴もあります。
侵襲性肺アスペルギルス症の診断では、2020年に改定されたEORTC/MSGERのガイドラインに基づき、probable IAの診断基準として、宿主因子(好中球減少、血液悪性腫瘍幹細胞移植後、臓器移植後、長期ステロイド使用、免疫抑制剤使用等)、臨床所見(CT画像所見)、真菌学的所見を満たすことが必要です。真菌学的所見としては、喀痰・BALFでの菌糸の鏡検での確認、気管内検体のアスペルギルス培養、血清もしくはBALFのGM抗原>1.0、血清GM抗原>0.7かつBALFのGM抗原>0.8、血清もしくはBALFのPCRで連続して2回以上陽性のいずれかが求められます。
実践的なアプローチとして、血液悪性腫瘍領域などでは、早期治療が予後に関連することから、先制攻撃的な治療が重要であり、補助診断の重要性が非常に大きくなります。全身状態が許せば気管支鏡検査による局所検体の採取を行い、培養検査でアスペルギルスが分離同定できれば、可能であれば菌種同定および薬剤感受性検査も実施することが推奨されます。確定診断には組織診断に基づくことが定義されていますが、実臨床では全身状態、検査に伴う出血リスクを考慮し回避されるケースも多く、臨床診断で治療を開始することも少なくありません。
検査方法 | 検体 | 感度(%) | 特異度(%) | 特徴 |
---|---|---|---|---|
β-D-グルカン | 血清 | 15.4-26.7 | 95.8 | 慢性型では感度が低い |
ガラクトマンナン抗原 | 血清 | 22.6-66.7 | 63.5 | 慢性型では精度が低い |
ガラクトマンナン抗原 | BALF | 77.2-77.8 | 77-90 | 保険未承認 |
抗アスペルギルス沈降抗体 | 血清 | 56-89.3 | 100 | 慢性型で有用、保険未承認 |
アスペルギルスIgG抗体 | 血清 | 75-98 | 84-99.3 | 国内未承認 |
培養検査 | 呼吸器検体 | 11.8-81.0 | – | 感度にばらつきが大きい |
PCR法 | BALF | 66.7-86.7 | 84.2-94.2 | 標準化が必要 |