ギブス石とボーキサイト
ギブス石の化学組成と基本特性
ギブス石は、化学式Al(OH)₃で表される水酸化アルミニウムを主成分とする鉱物です。水酸化鉱物に分類され、ボーキサイト(アルミニウム鉱石)を構成する主要鉱物の1つとして知られています。この鉱物は1821年にアメリカ合衆国マサチューセッツ州バークシャー郡リッチモンドで発見され、アメリカの鉱物学者・鉱物コレクターであるジョージ・ギブスにちなんでジョン・トーリーによって命名されました。
ギブス石には多形(同じ化学組成でありながら異なる結晶構造を持つ鉱物)として、バイヤー石(Bayerite)、ノードストランド石(Nordstrandite)、ドイル石(Doyleite)が存在しますが、外見での区別は不可能です。結晶系は単斜晶系に属し、比重は約2.3~2.4、モース硬度は2.5~3.5と比較的柔らかい鉱物です。
参考)https://www.tennenseki-akuse.com/?mode=f65
化学式量は78.00で、単位格子体積は426.4ų、計算密度は2.43g/cm³となっています。酸化アルミニウム(Al₂O₃)含有量は約40~60%の範囲にあり、アルミニウム塩にアルカリを加えるとコロイド状沈殿として得られます。水には溶けにくく、濃塩酸や濃硝酸、水酸化ナトリウム溶液に加熱溶解する性質があります。強熱すると酸化アルミニウムとなり、酸やアルカリに不溶となる特性も持っています。
参考)産総研:極限機能材料研究部門-固体イオニクス材料グループ–…
ギブス石を含むボーキサイトの構成と役割
ボーキサイトは、アルミニウムとアルミナの主要な原料鉱石であり、名前は最初の産地フランスのアルル地方のレ・ボー(Les Baux)にちなんでいます。化学組成は一般的にAl₂O₃が40~60%、Fe₂O₃が1~25%、SiO₂が1~10%、TiO₂が1~10%、H₂Oが12~30%となっています。
参考)ボーキサイト(ぼーきさいと)とは? 意味や使い方 – コトバ…
ボーキサイトの主要な構成鉱物は、生成した地質時代によって異なります。第三紀以降のものはギブス石(Al(OH)₃)、中生代のものはベーマイト(AlO(OH))、古生代のものはダイアスポア(AlO(OH))が主成分となります。その他の構成鉱物としては、鉄は大部分が針鉄鉱として、SiO₂の多くはカオリンなどの粘土鉱物として存在しています。
参考)成因別鉱石(堆積鉱床):山口大学工学部 学術資料展示館
ボーキサイトからアルミナ(酸化アルミニウム)を製造する際には、バイヤー法という工程が用いられます。この工程では、ボーキサイトを濃水酸化ナトリウム水溶液に溶かして[Al(OH)₄]⁻を得た後、大量の水で薄めてAl(OH)₃の沈殿を得ます。この水酸化アルミニウムを焼成することで、純度の高いアルミナが製造されます。ボーキサイトの埋蔵量は1993年には約232億トンと推定され、世界的に豊富な資源となっています。
参考)アルミニウムの工業的製法「ボーキサイトの精錬・融解塩電解」(…
アルミニウムの工業的製法について詳しく解説されているバイヤー法とホール・エール法の参考資料
ギブス石の産出地と分布状況
ギブス石は、熱帯気候の土地で多く産出する鉱物です。主な産地としては、中国雲南省文山チワン族ミャオ族自治州の文山市があり、ここではギブス石の他にヘミモルファイトやエメラルドも産出します。その他、インドなどの熱帯地域でも広く産出が確認されています。
日本国内でも球状や塊状のギブス石が岡山県や青森県で産出した記録があります。文献に記載された日本のギブス石の産地は87ヶ所に及び、1921年の福岡県真名子(木屋瀬)を皮切りに、多くの地域で発見されてきました。主な産地としては、岡山県の三石鉱山(1936年)、香川県の坂出鉱山(1943年、金山とも呼ばれる)、栃木県の関白鉱山や巴鉱山(1954年)などがあります。
参考)https://trekgeo.net/m/e/gibbsite1.htm
香川県坂出市の金山は、四国で唯一のアルミニウム鉱床として知られています。福岡県では八女岡村(八女白粘土鉱山)や八広鉱山(1950年)、鹿児島県では霧島牧園の扇ノ迫や浅谷(1952年)などでギブス石の産出が報告されています。これらの産地は日本における鉱物資源の歴史を示す重要な記録となっています。
参考)https://userweb.shikoku.ne.jp/mineral/kagawa-1.html
ギブス石の形状と外観的特徴
ギブス石は球状の集合体として産出することが多く、完全な結晶形で見つかることは稀です。通常は放射珠状や鍾乳状、繊維状の塊として産出し、真珠光沢からガラス光沢を示します。
色については、白色または白みを帯びた灰色で産出されることが多いですが、不純物を含むことによって黄色、青色、緑色を帯びることもあります。中国産のギブス石には、ボコボコとした小さな粒状の結晶が密集して成長しているものや、濃淡のある水色をした葡萄状の形態を示すものがあります。一部には不純物を含んで黄色みがかったものや、黒っぽい母岩に薄く張り付くように成長しているものも確認されています。
参考)ギブス石 (Gibbsite) – Rock Identif…
劈開(結晶が特定の方向に割れやすい性質)は完全で、断口は不平坦となっています。この外観的特徴は、ギブス石を野外で同定する際の重要な手がかりとなります。真珠光沢を持つ白色の球状集合体という特徴は、他の鉱物との区別にも役立ちます。
ギブス石の産業的用途とアルミニウム製造
ギブス石の最も重要な用途は、アルミニウムの原料としての利用です。ボーキサイトに含まれるギブス石は、バイヤー法によってアルミナ(Al₂O₃)に変換され、さらにホール・エール法による融解塩電解によってアルミニウム地金が製造されます。
参考)https://a.yamagata-u.ac.jp/amenity/Electrochem/Specimen/@Specimen.asp?nSpecimenID=3137
アルミニウム製造の第一段階であるバイヤー法では、ボーキサイトを濃水酸化ナトリウム水溶液に溶かして抽出工程、分離工程、析出工程を経て、一旦水酸化アルミニウムとして取り出されます。この水酸化アルミニウムを焼成することでアルミナが製造され、その純度はアルミニウム新地金の純度に大きく影響を与えます。約4トンのボーキサイトから約2トンのアルミナが得られ、最終的に約1トンのアルミニウム地金が製造されます。
参考)https://www.jim.or.jp/journal/m/pdf3/58/10/553.pdf
水酸化アルミニウムとしてのギブス石は、アルミニウム塩の製造原料、陶磁器、ガラス、耐火物、触媒及び触媒担体などにも利用されています。難燃性という特徴を活かした家の壁材や壁紙、白色という特徴を活かした陶器製の洗面容器や人工大理石のキッチンカウンター、電気絶縁性という特徴を活かした用途など、幅広い分野で活用されています。
参考)21645-51-2・水酸化アルミニウム・Aluminium…
日本アルミニウム協会によるアルミニウム製造プロセスの詳細解説
ギブス石の生成メカニズムと地質学的背景
ギブス石は、アルミニウムを含んだ岩石が雨や風などの自然の作用によって風化・削り取られる際に形成されます。ボーキサイトは、熱帯の風化作用によって岩石中のアルカリ・アルカリ土類元素が溶脱し、ケイ酸塩鉱物の分解が行われることで、鉄とアルミニウムの水酸化物が残留してできると考えられています。
この風化プロセスでは、高温多湿の熱帯気候下において、岩石中の可溶性成分が雨水によって洗い流され、比較的不溶性のアルミニウムや鉄の水酸化物が濃縮されます。ギブス石の生成は地質時代によって異なり、第三紀以降の比較的新しい時代に形成されたボーキサイトでは、ギブス石が主要な水酸化アルミニウム鉱物となります。一方、中生代や古生代のより古い時代に形成されたものでは、ベーマイトやダイアスポアといった別の形態の水酸化アルミニウム鉱物が主成分となっています。
土壌鉱物としても産出するギブス石は、自形結晶では菱形の輪郭を持つことが報告されています。銅アルミナ石の変質によっても生成することがあり、濃硫酸には溶解しますが塩酸には不溶という化学的特性を示します。このような生成メカニズムの理解は、ボーキサイト鉱床の探査や評価において重要な知見となっています。
参考)https://lapisps.sakura.ne.jp/gallery12/853gibbsite.html
ギブス石と関連鉱物の多形関係
ギブス石は水酸化アルミニウムの多形のひとつであり、γ相の鉱物として分類されます。同じ化学組成Al(OH)₃を持ちながら、異なる結晶構造を示す多形として、α相のバイヤー石(Bayerite)、ノードストランド石(Nordstrandite)、ドイル石(Doyleite)が知られています。これらの多形は外見では区別が不可能であり、X線回折などの結晶学的手法によってのみ識別できます。
多型にはさらに単斜晶系と三斜晶系の両方が存在します。ギブス石自体は単斜晶系に属し、空間群P121/n1(No.14)の対称性を持ちます。格子定数はa=8.675Å、b=5.0690Å、c=9.726Å、β=94.55°となっており、単位格子中には8個の化学式単位(Z=8)が含まれています。
バイヤー法の過程で得られる白泥はギブス石であることが知られており、工業的なアルミナ製造プロセスにおいても多形の知識は重要です。結晶構造の違いは、溶解性や反応性などの物理化学的性質に影響を与えるため、アルミニウム製造の効率化においても考慮すべき要素となっています。これらの多形関係の理解は、鉱物学的な学術的興味だけでなく、産業応用の観点からも意義深いものです。
ギブス石研究の最前線と医療分野での意外な接点
ギブス石の研究は、鉱物学や材料科学の分野で継続的に進められています。産業技術総合研究所では、ギブス石の詳細な結晶構造データが公開されており、原子座標やB値などの精密な情報が研究者に提供されています。これらのデータは、Komatsuらによる2007年の研究に基づいており、結晶学の分野における重要な参考資料となっています。
興味深いことに、「ギブス」という名称は医療分野でも使用されています。骨折治療などで用いられるギプス(石膏を含む包帯による固定)は英語で「cast」と呼ばれますが、日本語では「ギブス」や「ギプス」として知られています。これは鉱物のギブス石とは全く異なるものですが、名称の類似性から混同されることがあります。医療用のギプスは骨折・脱臼・靱帯損傷などで特定部位を固定するために装着される治療器具であり、ギブス石とは成分も用途も異なります。
参考)神奈川県藤沢市でリハビリテーションをご希望なら池上整形外科
このような名称の類似は、一般の方々にとって混乱の原因となることがありますが、ギブス石は鉱物学における水酸化アルミニウム鉱物であり、医療用ギプスとは完全に別物であることを理解しておく必要があります。鉱物としてのギブス石は、アルミニウム産業において不可欠な資源であり続けており、今後も材料科学や地球科学の分野で重要な研究対象となっていくでしょう。