副腎皮質ホルモン合成阻害薬 一覧と特徴
副腎皮質ホルモン合成阻害薬の種類と作用機序
副腎皮質ホルモン合成阻害薬は、副腎皮質から分泌される各種ステロイドホルモンの生合成を特異的に阻害する薬剤です。現在、日本で使用されている主な副腎皮質ホルモン合成阻害薬には以下のものがあります。
- トリロスタン(商品名:オペプリム)
- 作用機序:3β-hydroxysteroid脱水素酵素を特異的かつ競合的に阻害
- 特徴:作用は可逆的で、アルドステロンおよびコルチゾールの生合成過程を阻害
- 用途:特発性アルドステロン症、手術適応とならない原発性アルドステロン症およびクッシング症候群
- メチラポン(商品名:メトピロンカプセル)
- 作用機序:11β-水酸化酵素を阻害し、コルチゾール合成を抑制
- 特徴:下垂体ACTH分泌機能検査にも使用される
- 用途:クッシング症候群の診断・治療
- ミトタン(商品名:オペプリム)
- 作用機序:副腎皮質細胞に対する細胞毒性作用とステロイド合成酵素阻害作用
- 特徴:作用は非可逆的で、強力な副腎皮質抑制効果を持つ
- 用途:副腎癌、手術適応のないクッシング症候群
これらの薬剤は、ステロイド生合成経路の異なる段階を阻害することで、副腎皮質ホルモンの過剰産生を抑制します。トリロスタンは3β-hydroxysteroid脱水素酵素を阻害することで、プレグネノロンからプロゲステロンへの変換を阻害し、その結果としてアルドステロンやコルチゾールの合成が抑制されます。一方、メチラポンは11β-水酸化酵素を阻害することで、11-デオキシコルチゾールからコルチゾールへの変換を阻害します。ミトタンは副腎皮質細胞に対して直接的な細胞毒性を示すとともに、複数のステロイド合成酵素を阻害します。
副腎皮質ホルモン合成阻害薬の臨床応用とクッシング症候群治療
副腎皮質ホルモン合成阻害薬は、主にクッシング症候群や原発性アルドステロン症などの副腎皮質ホルモン過剰産生疾患の治療に用いられます。特に手術が適応とならない症例や、手術までの橋渡し治療として重要な役割を果たしています。
クッシング症候群に対する治療効果:
クッシング症候群に対するトリロスタンの臨床試験では、以下のような有用性が報告されています。
- 副腎腺腫によるクッシング症候群:38%(6/16例)
- クッシング病(下垂体性ACTH過剰分泌によるクッシング症候群):35%(17/49例)
- その他:30%(3/10例)
- 全体:35%(26/75例)
ミトタンについては、特に副腎癌に由来するクッシング症候群に対して効果を発揮します。副腎癌に対する化学療法剤としての側面も持ち合わせており、腫瘍自体の縮小効果も期待できます。
原発性アルドステロン症に対する治療効果:
トリロスタンの原発性アルドステロン症に対する臨床試験では、以下のような有用性が報告されています。
- 原発性アルドステロン症:56%(15/27例)
- 特発性アルドステロン症:57%(12/21例)
- その他:100%(2/2例)
- 全体:58%(29/50例)
これらの薬剤は、手術不能例や手術待機中の症例、あるいは術後の残存病変に対する治療として用いられます。また、下垂体性ACTH過剰分泌によるクッシング症候群(クッシング病)の患者には、原疾患に対する治療も並行して考慮する必要があります。
副腎皮質ホルモン合成阻害薬の副作用と安全性プロファイル
副腎皮質ホルモン合成阻害薬は効果的な治療薬である一方で、様々な副作用に注意が必要です。各薬剤の主な副作用は以下の通りです。
トリロスタンの主な副作用:
- 消化器症状:悪心・嘔吐(6.2%)、食欲不振(6.2%)、胃・腹部不快感、胸やけ、下痢、口渇など
- 皮膚症状:発疹・紅斑(4.6%)、潮紅、そう痒感など
- 肝機能異常:AST・ALT・Al-P・γ-GTPの上昇(4.6%)
- その他:多毛症(副腎アンドロゲンが増加するため)
トリロスタンの総症例130例中の副作用発現頻度は17.7%(23/130例)と報告されています。
メチラポンの主な副作用:
- 消化器症状:腹部不快感、悪心・嘔吐、食欲減退、下痢、腹痛
- 精神神経系症状:浮動性めまい、頭痛、眠気、鎮静
- 循環器症状:低血圧、高血圧、QT延長
- 皮膚症状:発疹、そう痒、脱毛症、男性型多毛症、ざ瘡
- 代謝異常:低カリウム血症
- 肝機能異常:肝酵素上昇
ミトタンの主な副作用:
- 消化器症状:食欲不振、嘔気、嘔吐(10%以上)、下痢(10%以上)、便秘、口渇
- 中枢神経系症状:嗜眠(10%以上)、頭痛、眩暈、歩行不安定、言語障害
- 皮膚症状:発疹(10%以上)、脱毛、そう痒、色素沈着
- 内分泌症状:女性型乳房、帯下増加、性器出血
- 肝機能異常:AST上昇、ALT上昇、ALP上昇、γ-GTP上昇
- 代謝異常:総コレステロール上昇、低尿酸血症、低ナトリウム血症、低カリウム血症
ミトタンの総症例296例中の副作用発現頻度は15.5%(46例)と報告されています。
これらの薬剤は副腎皮質ホルモンの合成を阻害するため、副腎不全を引き起こす可能性があります。そのため、治療中は血中コルチコステロイド濃度のモニタリングが推奨され、必要に応じて副腎ステロイド補充療法を行う必要があります。
副腎皮質ホルモン合成阻害薬の禁忌と相互作用
副腎皮質ホルモン合成阻害薬を使用する際には、以下の禁忌事項や相互作用に注意する必要があります。
禁忌事項:
- 妊婦または妊娠している可能性のある女性
- トリロスタンは妊婦または妊娠している可能性のある女性への投与が禁忌とされています。
- 投与に際しては、妊娠していないことを十分確認し、投与中は適切な非ホルモン法による避妊を行う必要があります。
主な相互作用:
- トリロスタンとミトタンの併用
- 副腎皮質機能抑制作用が増強するおそれがあります。
- ミトタンは副腎皮質細胞毒作用およびステロイド合成阻害作用を有するため、トリロスタンとの併用で作用が増強される可能性があります。
- ミトタンとCYP3A4で代謝を受ける薬剤の併用
- ミダゾラム、アムロジピン、クラリスロマイシンなどの血中濃度が低下し、作用が減弱するおそれがあります。
- ミトタンは肝チトクロームP-450(CYP3A4)を誘導するため、CYP3A4で代謝を受ける薬剤の血中濃度に影響を与える可能性があります。
- メチラポンとアセトアミノフェンの併用
- アセトアミノフェンの酸化代謝物(N-アセチルパラベンゾキノニミン)による肝毒性が増強するおそれがあります。
- メチラポンがアセトアミノフェンのグルクロン酸抱合を阻害するとの報告があります。
- エプレレノン、エサキセレノンとミトタンの併用
- ミトタンの作用が阻害されるおそれがあります。
- ミトタンの薬効をこれらの薬剤の類薬(スピロノラクトン)が阻害するとの報告があります。
これらの相互作用を考慮し、併用する場合には用量調整や慎重なモニタリングが必要です。また、副腎皮質ホルモン合成阻害薬の投与により副腎不全が起こる可能性があるため、このような場合には副腎ステロイド補充を行う必要があります。
副腎皮質ホルモン合成阻害薬と副腎性サブクリニカルクッシング症候群の新たな治療アプローチ
近年、副腎性サブクリニカルクッシング症候群(SCS)に対する副腎皮質ホルモン合成阻害薬の有用性が注目されています。SCSは典型的なクッシング症候群の身体徴候を欠くものの、自律的なコルチゾール産生を特徴とする疾患です。
副腎性SCSの疫学と診断:
大阪大学医学部附属病院を中心とした研究では、2005~2013年に副腎偶発腫と診断された150例のうち、非機能性副腎腫瘍が110例(73.3%)を占めていました。残りの症例の中には、SCSと診断される症例も含まれており、これらの患者に対する治療アプローチとして副腎皮質ホルモン合成阻害薬が検討されています。
SCSの診断基準は近年更新されており、以下のような特徴があります。
- 副腎腫瘍の存在
- クッシング症候群の特徴的な身体徴候の欠如
- 自律的なコルチゾール分泌の生化学的証拠
- ACTH分泌の抑制
SCSに対する治療アプローチ:
SCSに対する治療は、手術(副腎摘除術)と薬物療法に大別されます。手術適応とならない症例や、手術を希望しない患者に対しては、副腎皮質ホルモン合成阻害薬による薬物療法が選択肢となります。
トリロスタンやメチラポンなどの副腎皮質ホルモン合成阻害薬は、SCSにおける過剰なコルチゾール産生を抑制することで、代謝異常(高血圧、糖代謝異常、脂質異常症など)の改善が期待できます。特に、心血管リスクの高い患者では、これらの代謝異常の改善が予後の向上につながる可能性があります。
今後の展望:
副腎性SCSに対する副腎皮質ホルモン合成阻害薬の長期的な有効性と安全性を評価するための大規模臨床試験が求められています。また、個々の患者の特性に応じた最適な治療選択(手術vs薬物療法)を判断するためのエビデンスの蓄積も重要です。
さらに、新たな副腎皮質ホルモン合成阻害薬の開発や、既存薬の新たな適応拡大の可能性も検討されています。より選択的で副作用の少ない薬剤の開発が進めば、SCSを含む副腎皮質ホルモン過剰産生疾患の治療選択肢が広がることが期待されます。
副腎性サブクリニカルクッシング症候群の診断と治療に関する詳細情報
以上のように、副腎皮質ホルモン合成阻害薬は副腎皮質ホルモン過剰産生疾患の治療において重要な役割を果たしています。各薬剤の特性や副作用プロファイルを理解し、適切な症例選択と慎重なモニタリングを行うことで、これらの薬剤の有効性と安全性を最大化することができます。今後も新たな知見の蓄積により、より効果的で安全な治療戦略の確立が期待されます。