フォン・ヴィレブランド病と凝固因子の異常による出血症状

フォン・ヴィレブランド病と止血機能の関係

フォン・ヴィレブランド病の基本情報
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疾患の定義

フォン・ヴィレブランド因子(VWF)というタンパク質の量的減少または機能異常により、出血傾向を示す遺伝性疾患

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遺伝形式

主に常染色体優性遺伝(1型・多くの2型)、一部常染色体劣性遺伝(3型・一部の2型)

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主な症状

粘膜出血(鼻出血・歯肉出血)、皮下出血、月経過多、手術後の異常出血など

フォン・ヴィレブランド病(von Willebrand disease:VWD)は、血友病に次いで多い先天性出血性疾患です。この疾患は、止血に必要不可欠なタンパク質であるフォン・ヴィレブランド因子(von Willebrand factor:VWF)の量的減少または機能異常によって引き起こされます。1926年にフィンランドの医師エリック・フォン・ヴィレブランドによって初めて報告されたことから、この名称が付けられました。

VWFは血管内皮細胞や巨核球で産生され、血小板と血管内皮下組織(コラーゲン)との橋渡し役として機能します。また、血液凝固第VIII因子(FVIII)の安定化にも関与しており、止血機構において重要な二重の役割を担っています。VWFの異常により、一次止血(血小板による止血)と二次止血(凝固因子による止血)の両方に影響が及ぶことがあります。

血友病が主に男性に発症するのに対し、フォン・ヴィレブランド病は男女ともに発症します。日本における発症頻度は10万人あたり0.56~0.6人と報告されていますが、軽症例では無症状のまま経過することも多く、実際の患者数はさらに多いと考えられています。

フォン・ヴィレブランド病の止血メカニズム異常

正常な止血過程では、血管が損傷すると、まず血小板が傷口に集まり一次止血栓を形成します。この過程でVWFは血小板と血管内皮下のコラーゲンを結合させる「接着分子」として機能します。続いて、凝固カスケードが活性化され、最終的にフィブリンが形成されて安定した血栓となります(二次止血)。

フォン・ヴィレブランド病では、VWFの量的減少や機能異常により、以下の問題が生じます。

  1. 血小板粘着の障害: VWFが血小板と血管内皮下コラーゲンを適切に結合できないため、一次止血が不十分になります。
  2. 第VIII因子の安定化不全: VWFは第VIII因子と結合してその分解を防ぐ役割も担っています。VWFの異常により第VIII因子の半減期が短縮し、二次止血にも影響が及びます。

これらの異常により、特に高ずり応力がかかる小血管での止血が障害され、粘膜出血や皮下出血などの症状が現れやすくなります。

フォン・ヴィレブランド因子の構造と機能

フォン・ヴィレブランド因子(VWF)は、12番染色体短腕(12p13.31)に位置するVWF遺伝子によってコードされる大型の多機能糖タンパク質です。VWFは以下のような特徴的な構造と機能を持っています。

構造的特徴:

  • 単量体は約250kDaの大きさを持ち、複数の機能ドメイン(A、B、C、D)から構成されています。
  • 単量体同士がジスルフィド結合によって重合し、様々な大きさの多量体(マルチマー)を形成します。
  • 特に高分子量多量体(HMWM)が止血機能において重要な役割を果たします。

主な機能ドメイン:

  • A1ドメイン: 血小板膜上のGPIbα受容体との結合部位
  • A3ドメイン: コラーゲンとの結合部位
  • D’D3ドメイン: 第VIII因子との結合部位
  • CK(C末端)ドメイン: 二量体形成に関与

VWFは血管内皮細胞のWeibel-Palade小体や血小板のα顆粒内に貯蔵され、必要に応じて放出されます。放出されたVWFは、血管内皮下のコラーゲンに結合し、血小板膜上のGPIbα受容体と相互作用することで血小板の粘着を促進します。

また、VWFは血漿中で第VIII因子と非共有結合複合体を形成し、第VIII因子を安定化させる役割も担っています。この複合体形成により、第VIII因子の半減期は約12時間に延長されます(VWFがない場合の第VIII因子の半減期は約2時間)。

フォン・ヴィレブランド病の病型分類と症状

フォン・ヴィレブランド病は、VWFの異常の性質によって大きく3つの病型に分類されます。各病型によって臨床症状の重症度や治療方針が異なるため、正確な病型診断が重要です。

1型(Type 1):

  • VWFの量的減少を特徴とします(通常、正常の20~50%程度)。
  • 機能自体は正常です。
  • 全VWD患者の約75%を占める最も一般的な病型です。
  • 症状は軽度~中等度で、主に粘膜出血(鼻出血、歯肉出血)や月経過多などが見られます。
  • 常染色体優性遺伝形式をとります。

2型(Type 2):

  • VWFの質的異常(機能異常)を特徴とします。
  • 異常の種類により、さらに4つのサブタイプに分類されます。
    • 2A型: 高分子量多量体の欠如と血小板凝集能の低下
    • 2B型: VWFと血小板GPIbαの結合親和性が異常に亢進
    • 2M型: 多量体構造は正常だが血小板結合能が低下
    • 2N型: 第VIII因子結合能の低下(血友病Aと類似)
  • 全VWD患者の約20~30%を占めます。
  • 症状は中等度で、サブタイプにより特徴的な所見があります。
  • 主に常染色体優性遺伝形式をとりますが、2N型は劣性遺伝形式をとります。

3型(Type 3):

  • VWFがほぼ完全に欠損している最重症型です。
  • 全VWD患者の約5%未満と稀です。
  • 重度の出血症状(関節内出血筋肉内出血など)を呈し、血友病に類似した臨床像を示すことがあります。
  • 常染色体劣性遺伝形式をとります。

臨床症状:

フォン・ヴィレブランド病の主な臨床症状は以下の通りです。

  • 粘膜出血(鼻出血、歯肉出血)
  • 皮下出血(打撲後の紫斑)
  • 月経過多(女性)
  • 手術や抜歯後の遷延性出血
  • 消化管出血
  • 重症例では関節内出血や筋肉内出血

症状の重症度は病型や個人差によって大きく異なり、同じ病型でも症状の発現に差がみられることがあります。また、ストレス、妊娠、運動、加齢などの要因によってVWF値が変動するため、症状の程度も変化することがあります。

フォン・ヴィレブランド病の診断アプローチ

フォン・ヴィレブランド病の診断は、臨床症状の評価、家族歴の聴取、および特異的な臨床検査によって行われます。診断の流れは以下の通りです。

1. 臨床症状の評価:

標準化された出血評価ツール(Bleeding Assessment Tool: BAT)を用いて、患者の出血症状を系統的に評価します。主な評価項目には以下が含まれます。

  • 鼻出血の頻度と重症度
  • 皮下出血(打撲)の程度
  • 手術や抜歯後の出血
  • 月経過多(女性)
  • 家族内の出血傾向

2. スクリーニング検査:

  • 血小板数: 通常正常(2B型では軽度の血小板減少を認めることがある)
  • 出血時間: 延長していることが多い
  • 活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT): 正常~軽度延長
  • プロトロンビン時間(PT): 通常正常

3. 特異的検査:

  • VWF抗原量(VWF:Ag): VWFタンパク質の量を測定
  • VWFリストセチンコファクター活性(VWF:RCo): VWFの機能(血小板結合能)を評価
  • 第VIII因子活性(FVIII:C): 第VIII因子の凝固活性を測定
  • VWF:RCo/VWF:Ag比: 機能と抗原量の比率(2型の診断に有用)
  • リストセチン誘発血小板凝集(RIPA): 2B型の診断に有用
  • VWF多量体解析: VWF多量体パターンを評価(2A型、2B型の診断に重要)
  • VWF-FVIII結合能(VWF:FVIIIB): 2N型の診断に有用
  • コラーゲン結合能(VWF:CB): VWFのコラーゲン結合機能を評価

4. 遺伝子検査:

VWF遺伝子の分子遺伝学的検査は、診断確定や病型分類に有用です。特に以下の場合に考慮されます。

  • 臨床検査結果が曖昧な場合
  • 2型VWDのサブタイプ診断
  • 血友病Aと2N型VWDの鑑別
  • 家族内検査や遺伝カウンセリングのため

診断の際の注意点として、VWF値は様々な要因(ABO血液型、ストレス、妊娠、炎症、運動など)によって変動するため、複数回の検査が必要なことがあります。特にO型の人はVWF値が低値を示すことがあり、軽症の1型VWDとの鑑別が難しい場合があります。

また、後天性フォン・ヴィレブランド症候群(AVWS)との鑑別も重要です。AVWSは基礎疾患(自己免疫疾患、リンパ増殖性疾患、心血管疾患など)に伴って発症する後天性の病態で、臨床検査所見はVWDと類似していますが、治療アプローチが異なります。

フォン・ヴィレブランド病の最新治療戦略

フォン・ヴィレブランド病の治療は、病型、出血の重症度、および出血のタイプに応じて個別化されます。主な治療戦略は以下の通りです。

1. デスモプレシン(DDAVP)療法:

  • 合成バソプレシン誘導体であるデスモプレシン(1-デアミノ-8-D-アルギニンバソプレシン)は、内因性のVWFと第VIII因子を放出させる作用があります。
  • 主に1型VWDと一部の2型VWD(2N型など)に有効です。
  • 投与方法:静脈内投与(0.3μg/kg)、皮下注射、鼻腔内スプレー
  • 使用前にテスト投与を行い、VWF値の上昇を確認することが推奨されます。
  • 副作用:顔面紅潮、頭痛、低ナトリウム血症など
  • 禁忌:2B型VWD(血小板減少を悪化させる可能性)、3型VWD(効果なし)

2. VWF含有製剤による補充療法:

  • デスモプレシンが無効または禁忌の場合に使用されます。
  • 血漿由来VWF/FVIII濃縮製剤。
    • ヒューメイト®P
    • ウィルファクト®(VWF含有量が高い製剤)
  • 遺伝子組換えVWF製剤。
    • ボンベンディ®(ボニコグ アルファ):2020年に日本で承認された世界初の遺伝子組換えVWF製剤

    3. 抗線溶薬:

    • トラネキサム酸(トランサミン®):フィブリン溶解を抑制し、形成された血栓の安定化を促進します。
    • 単独または他の治療法と併用して使用されます。
    • 特に粘膜出血の管理に有効です。

    4. 局所止血剤:

    • フィブリン糊
    • ゼラチンスポンジ
    • 酸化セルロース
    • 特に歯科処置や小手術の際の局所止血に有用です。

    5. ホルモン療法(女性患者):

    最新の治療動向:

    2020年3月に日本で承認された遺伝子組換えVWF製剤「ボニコグ アルファ(ボンベンディ®)」は、VWD治療の新たな選択肢となっています。この製剤は以下の特徴を持ちます。

    • ヒト血漿由来成分を含まないため、血液由来感染症のリスクがありません。
    • 高分子量多量体(HMWM)を豊富に含み、止血効果が高いとされています。
    • 第VIII因子を含まないため、必要に応じて第VIII因子製剤を併用します。
    • 主に2型および3型VWDの治療に使用されます。

    治療の個別化:

    VWDの治療は、以下の要素を考慮して個別化する必要があります。

    • 病型とサブタイプ
    • 出血の重症度と部位
    • 過去の治療反応性
    • 患者の