ファージの種類
バクテリオファージは、地球上に約10^31個存在するとされる細菌に感染するウイルスの総称です 。国際ウイルス分類委員会(ICTV)により、形態学と核酸の種類に基づいて体系的に分類されています 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B8
ファージの分類は大きく2つの観点から行われています。第一に、形態学的特徴に基づく分類があり、頭部の形状、尾部の有無や長さ、収縮性の違いなどが基準となります 。第二に、ライフサイクルに基づく分類では、溶菌性ファージ(ビルレントファージ)と溶原性ファージ(テンペレートファージ)に大別されます 。
参考)https://bacteriophage.jp/archives/74
ファージの形態学的分類システム
形態学的分類では、ファージは主に尾部の特徴によって科レベルで分類されています。ミオウイルス科(Myoviridae)は収縮性の尾部を持ち、代表例としてT4ファージやP1ファージが挙げられます 。シフォウイルス科(Siphoviridae)は長く収縮しない尾部を持ち、λファージやT5ファージが含まれます 。
ポドウイルス科(Podoviridae)は短い非収縮性の尾部を特徴とし、T7ファージやP22ファージがこの科に属します 。これらの形態的違いは、宿主細菌への感染メカニズムや宿主範囲の決定に重要な役割を果たしています 。
参考)https://gunma-u.repo.nii.ac.jp/record/2952/files/st-o0015-3.pdf
さらに、繊維状ファージ(イノウイルス科Inoviridae)のように特殊な形態を持つものも存在し、M13ファージが代表例として知られています 。これらの分類は、ファージの生物学的機能と密接に関連しており、研究や応用における重要な指標となっています。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%8A%E7%B6%AD%E7%8A%B6%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B8
ファージの溶菌性と溶原性による分類
ファージのライフサイクルによる分類では、溶菌性ファージと溶原性ファージの2つのタイプが存在します。溶菌性ファージは感染後すぐに宿主の代謝機能を乗っ取り、自身の複製に必要なタンパク質を合成して増殖します 。このタイプのファージは感染から数時間以内に宿主細菌を溶菌させ、100~1000個程度の新たなファージ粒子を放出します。
溶原性ファージは異なる戦略を取り、感染後に宿主のゲノムに自身のDNAを組み込んで潜伏状態(プロファージ)となります 。この状態では宿主細菌とともに分裂を繰り返し、ストレスなどの条件変化によって溶菌サイクルに移行します 。λファージがこの溶原性ファージの代表例として広く研究されています 。
参考)https://jsv.umin.jp/microbiology/main_013.htm
これらの異なる戦略は、ファージが様々な環境条件に適応するための進化的な解決策であり、細菌生態系の維持において重要な役割を果たしています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/61/8/61_610809/_pdf/-char/ja
ファージの代表的な種類と特徴
T4ファージはミオウイルス科に属する代表的な溶菌性ファージで、大腸菌に感染し、約168,903bpのゲノムを持ちます 。その複雑な構造と生活環は分子生物学の発展に大きく貢献し、現在でも遺伝子工学や機能ゲノム学の重要なモデルとして使用されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC150520/
T7ファージはポドウイルス科に属し、短い複製サイクルと高い安定性を特徴とします 。このファージは精密医療分野で注目されており、外来遺伝子を導入することで特定の標的に高い親和性を持つナノ粒子として改良することが可能です 。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1002/advs.202103645
腸内環境では、2015年に発見されたcrAssphageグループが最も豊富なファージ群として確認されており 、続いて2021年に報告されたGubaphage/Flandersviridaeグループが2番目に多く存在します 。これらの新規ファージ群の発見は、腸内ファージ叢の多様性に関する理解を大きく進歩させました。
参考)https://www.ncgm.go.jp/pressrelease/2022/20220930.html
ファージの宿主特異性と生態系での役割
ファージは極めて高い宿主特異性を示し、通常は2~3種類の細菌株にしか感染しません 。この特異性は細菌表面の受容体(LPS、鞭毛、繊毛、膜タンパク質など)に依存しており、ファージ型別法の基礎となっています 。
海洋や土壌などの自然環境において、ファージは細菌の個体数を制御し、生態系のバランスを維持する重要な役割を果たしています 。特に土壌環境では、ファージによる細菌の溶菌が窒素循環などの物質循環に影響を与えることが研究されています 。
参考)https://cee.nagaokaut.ac.jp/HTML/yoshisyu/2006/kankyo/pdf/kan06402.pdf
また、腸内環境では、ファージは腸内細菌叢の組成を調節し、宿主の健康状態に影響を与える可能性があります。炎症性腸疾患、2型糖尿病、パーキンソン病などの疾患において、ファージ組成の変化が観察されており 、これらの知見はファージの医療応用の可能性を示唆しています。
参考)https://www.nature.com/articles/s41392-021-00615-2
ファージ療法における種類別の応用展開
多剤耐性菌の増加に伴い、ファージ療法が新たな治療選択肢として注目されています 。溶菌性ファージは抗生物質とは異なるメカニズムで細菌を殺傷するため、多剤耐性菌に対しても有効性を示します 。実際に、多剤耐性Acinetobacter baumanniiによる重篤な感染症患者がファージの静脈投与により治癒した症例が報告されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9764073/
改変ファージを用いた次世代ファージ療法では、人工知能を活用してファージのゲノム設計が行われており、302種類のゲノム設計のうち16種類が実際に機能することが確認されています 。この技術革新により、特定の病原菌に対してより効果的なファージを設計することが可能となっています。
参考)https://www.technologyreview.jp/s/369287/ai-designed-viruses-are-here-and-already-killing-bacteria/
ファージ由来の溶菌酵素(エンドライシン)も治療薬として開発されており、バイオテロ対策としての応用も検討されています 。これらの多様なアプローチは、ファージの種類の多様性を活用した革新的な治療法の開発につながっています。
参考)https://nsmc.hosp.go.jp/Subject/26/juku/juku019_cyoukou_03.html