エーテル麻酔の歴史と医療革命
エーテル麻酔の発明者モートンと1846年の公開実験
エーテル麻酔の発明者として広く知られるウィリアム・トーマス・グリーン・モートンは、アメリカの歯科医師でした。1846年10月16日、ボストンのマサチューセッツ総合病院で行われた公開実験は、医学史上最も重要な瞬間の一つとして記録されています。
モートンがエーテル麻酔に着目したきっかけは、師であるホレス・ウェルズの笑気麻酔の失敗にありました。1845年にウェルズが同じ病院で笑気ガスを使った公開実験を行いましたが、患者が太っていたため笑気ガスの調整がうまくいかず、途中で麻酔から覚めてしまい失敗に終わりました。
この失敗を目撃したモートンは、化学者のチャールズ・ジャクソン博士に相談し、エーテルの可能性について検討を始めました。ジャクソン博士から「液体のままのエーテルを歯根に浸して痛みをとり、その後エーテルのガスを吸わせると効果が非常に高くなる」というアドバイスを受けてからは、エーテル一本に絞って研究を重ねました。
モートンは数十人の患者に対し、抜歯時にエーテル麻酔をかけてテストを重ね、専用のエーテル吸入器を開発しました。医師免許を持たない歯科医であったモートンは、手術は外科医に依頼し、自分は麻酔に集中して患者の様子に気を配る立場をとりました。これは現在の麻酔科医の立場と似ています。
公開実験当日、モートンが開発したエーテル吸入器を使用して、患者は全く痛みを感じることなく顎の腫瘍を切除されました。この成功は大きく報道され、麻酔法が普及する第一歩となりました。この日は現在でも「エーテル・デイ」として記憶されています。
エーテル麻酔の作用機序と副作用について
エーテル麻酔の作用機序は、現代の研究により詳しく解明されています。エーテル系の吸入麻酔薬であるイソフルランの研究によると、麻酔薬は主に神経シナプス前末端に作用します。
シナプス前末端に活動電位が到達すると、カルシウムチャネルが開き、カルシウムが細胞外から流入して小胞タンパク質のカルシウムセンサーと結合します。エーテル系麻酔薬は以下の二つの作用を示します。
- カルシウムチャネルのブロック作用:神経伝達物質の放出量を減少させる
- 開口放出機構への直接的作用:高頻度の神経発火時に、伝達物質の放出をさらに減少させる
全身麻酔薬を吸入すると、意識レベルの低下と平行して、脳波の高周波成分が消失し、低周波に移行します。この変化により可逆的な意識喪失が引き起こされます。
一方で、エーテル麻酔には特有の副作用も存在しました。最も問題となったのは口腔及び気道粘膜への刺激作用で、分泌物の増加を来し、術中においては頻回の吸引が必要となり、術後においては肺合併症を惹起することがありました。
また、エーテルには以下の特徴がありました。
これらの副作用に対する対策として、当時はアトロピンやスコポラミンが使用されていましたが、後に抗ヒスタミン剤であるレスタミンを前麻酔に使用することで、エーテルの不快な副作用が抑制され、覚醒時の悪心及び嘔吐も減少することが報告されました。
エーテル麻酔から現代全身麻酔への発展
エーテル麻酔の成功後、より安全で効果的な麻酔薬の開発が進められました。最初の大きな進歩は、1847年に英国の産婦人科医ジェームス・シンプソンが導入したクロロホルムでした。
クロロホルムの特徴。
- 香りが良い:患者の受け入れが良好
- 気管や気管支への刺激が少ない:エーテルと比較して呼吸器系への負担が軽減
- 無痛分娩での成功:産科領域での応用が拡大
- エーテルより強力:必要な薬剤量が少ない
しかし、エーテルもクロロホルムも過量に投与すると体に重篤な副作用を引き起こすことがあったため、イギリスの医師ジョン・スノウが気体の濃度を調整できる吸入器を開発し、麻酔の安全性を高めました。スノウは公衆衛生学の父としても知られる人物です。
現代の麻酔は、さらなる麻酔薬の進歩により大きく発展しています。
現代の全身麻酔の特徴
- 複数の薬剤の組み合わせ:安全性の高い薬剤を症例に応じて使い分け
- 静脈麻酔法の発達:吸入麻酔法と静脈麻酔法の両方が利用可能
- 麻酔科医による専門管理:高度な監視システムによる安全管理
- 長時間手術への対応:10時間、20時間といった長時間手術も安全に実施可能
吸入麻酔薬も大きく進歩し、現在使用される薬剤は以下の特徴を持ちます。
- 引火性がない
- 気道刺激が少ない
- 心臓や肝臓への毒性が低い
- 迅速な導入と覚醒が可能
エーテル麻酔の歴史的意義と医療への影響
エーテル麻酔の発明は、2000年に発表されたNew England Journal of Medicineのエディトリアルで「1000年間で最も重要な医学的発展の一つ」と評価されました。この評価は決して誇張ではありません。
外科手術の革命的変化
エーテル麻酔以前の手術は、患者の激痛との闘いでした。マサチューセッツ総合病院の手術室が高い建物の最上階に位置していたのは、痛みに耐えかねた患者の泣き叫ぶ声がまわりに聞こえにくいように配慮されたためです。
エーテル麻酔の導入により、以下の変化が起こりました。
- 手術時間の延長が可能:痛みを気にせず、より複雑で精密な手術が実現
- 手術適応の拡大:以前は不可能だった手術が可能に
- 患者の心理的負担軽減:手術への恐怖が大幅に減少
- 外科技術の発達促進:時間をかけた丁寧な手術が可能
日本における麻酔の歴史
日本人として忘れてならないのは、「エーテル・デイ」の約40年も前に、紀州の華岡青洲がマンダラゲ(チョウセンアサガオ)などから調合した麻酔薬「通仙散(つうせんさん)」を用いて乳がんの手術に成功したことです。1804年(文化元年)10月13日のことで、世界に公表されていたら世界初の全身麻酔手術となるはずでした。日本麻酔科学会ではこの業績を記念し、10月13日を「麻酔の日」と定めています。
発明者たちの悲劇的な運命
エーテル麻酔の発明には、富と名誉をめぐる壮絶なドラマが隠されています。モートン、ウェルズ、ジャクソンの3人は全身麻酔の創始者の座をめぐって激しい戦いを繰り広げました。皮肉なことに、麻酔薬の過剰な吸入が原因と思われる精神異常をきたし、富も得られないまま、全員が悲惨な死を遂げています。
ウェルズの場合、失意により歯科医院を廃業し、その後もエーテルやクロロホルムの研究を続けましたが、クロロホルム中毒に陥り、1848年、33歳の誕生日に娼婦に硫酸をかけて逮捕された直後、クロロホルムを嗅ぎながら大腿動脈を切断して自殺しました。
実際には、クロフォード・ロングが1842年に既にエーテル麻酔を行っていましたが、それを広めようとしなかったため、全身麻酔の創始者と認められませんでした。
エーテル麻酔使用時の安全性管理と注意点
エーテル麻酔は現在では使用されていませんが、その理由と当時の安全管理について理解することは、現代の麻酔学を学ぶ上で重要です。
エーテル麻酔が使用されなくなった理由
最大の問題は引火性でした。手術室では電気メスやその他の電気機器が使用されるため、エーテルの蒸気に引火する危険性が常に存在しました。また、以下の問題もありました。
- 気道刺激:咳や分泌物の増加により、気道管理が困難
- 導入の遅さ:麻酔がかかるまでに時間がかかる
- 不快な臭い:患者の受け入れが悪い
- 術後の悪心嘔吐:回復期の合併症が多い
当時の安全管理の工夫
モートンが開発したエーテル吸入器は、安全性を考慮した設計でした。
- 液体エーテルの気化量を調整可能
- 吸入濃度の制御機能
- 酸素との混合が可能
また、麻酔担当者として専任のスタッフを配置することで、患者の状態監視を徹底しました。これは現代の麻酔科医の専門分化の先駆けとなりました。
現代麻酔学への教訓
エーテル麻酔の歴史から得られる教訓は多岐にわたります。
- 薬物の特性理解の重要性:効果と副作用の両面を理解した使用
- 専門的監視の必要性:麻酔中の患者状態の継続的な観察
- 安全な環境の確保:手術室環境の整備と危険因子の除去
- 技術革新の継続:より安全で効果的な方法への絶え間ない改良
現在の麻酔関連事故は極めて少なくなり、麻酔科医の管理のもと、複雑で長時間の手術も安全に行えるようになっています。これは、エーテル麻酔から始まった麻酔学の長い発展の歴史の成果といえるでしょう。
エーテル麻酔の発明から約180年が経過した現在でも、麻酔薬が可逆的な意識喪失を引き起こす仕組みは完全には解明されておらず、”The mystery of anesthesia”として研究者たちが挑み続ける課題となっています。