エステル型局所麻酔薬の一覧と特徴及び適用方法

エステル型局所麻酔薬の一覧と特徴

エステル型局所麻酔薬の基本情報
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分解経路

血清中のコリンエステラーゼによって加水分解され、主に腎臓から排泄されます

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アレルギーリスク

アミド型と比較してアレルギー反応を起こしやすい特徴があります

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代表的な薬剤

プロカイン、テトラカイン、ベンゾカインなどが含まれます

エステル型局所麻酔薬の代表的な種類と一覧

エステル型局所麻酔薬は、その化学構造にエステル結合を持つ局所麻酔薬の一群です。日本で現在使用されている主なエステル型局所麻酔薬には以下のものがあります。

  1. プロカイン塩酸塩
    • 商品名:プロカイン塩酸塩注射液(日医工)、プロカニン(光製薬)、ロカイン(扶桑薬品工業)、塩プロ(ネオクリティケア製薬)
    • 薬価:94円~96円/管(濃度により異なる)
    • 濃度:0.5%、1%、2%の注射液が市販されています
  2. テトラカイン
    • プロカインの約10倍の効力と毒性を持つ強力な局所麻酔薬
    • 表面麻酔、浸潤麻酔、伝導麻酔、脊髄麻酔、硬膜外麻酔に使用
  3. ベンゾカイン(アミノ安息香酸エチル)
    • 水に難溶性のため注射剤としては用いられず、散布剤や軟膏剤として使用
    • 主に表面麻酔に適用
  4. コカイン
    • 最初に発見された局所麻酔薬(コカの葉に含まれるアルカロイド)
    • 毒性が強く、現在は粘膜の表面麻酔に限定的に使用
    • 末梢血管収縮作用を有する特徴がある
  5. オキシプロカイン
    • 主に眼科領域で使用される表面麻酔薬

歯科領域では、表面麻酔薬製剤としてエステル型局所麻酔薬が多く使用されています。具体的な製品としては、ジンジカインゲル20%(白水貿易)、ハリケインゲル歯科用20%(アグサジャパン)、ビーゾカイン歯科用ゼリー20%(ビーブランド・メディコーデンタル)などが市販されており、いずれも後発品として67.9円/gの薬価が設定されています。

エステル型局所麻酔薬の作用機序と薬理学的特徴

エステル型局所麻酔薬は、神経細胞膜のナトリウムイオンチャネルに作用することで神経の興奮伝導を可逆的に遮断します。その薬理学的特徴は以下の通りです。

1. 作用機序

エステル型局所麻酔薬は神経軸索の細胞膜ナトリウムイオンチャネルと結合し、ナトリウムイオンの透過性を低下させます。これにより脱分極が起こらなくなり、膜を安定化させて興奮の発生と伝導をブロックします。この作用は可逆的であり、薬物の濃度が低下すると神経機能は回復します。

2. 効果発現の順序

局所麻酔薬の効果は、神経線維の太さや髄鞘の有無によって異なります。一般的に以下の順序で感覚が消失します。

  • 痛覚消失 → 温度感覚消失 → 触覚消失 → 自己受容体感覚消失 → 骨格筋弛緩

3. 代謝と排泄

エステル型局所麻酔薬の最大の特徴は、その代謝経路にあります。これらは血清中のコリンエステラーゼ(プロカインエステラーゼ)によって加水分解され、主に腎臓から排泄されます。テトラカインなどの一部のエステル型局所麻酔薬は、プロカインと比較して分解速度が4~5倍遅いため、局所麻酔薬中毒を起こしやすい特性があります。

4. 血管作用

エステル型局所麻酔薬の中でも、コカインは末梢血管収縮作用を持ちますが、プロカインなどの他のエステル型局所麻酔薬にはこの作用がないか、あるいは弱いため、臨床使用時には血管収縮薬(アドレナリンなど)を添加することがあります。

5. 中枢神経系および循環器系への影響

治療濃度では心臓伝導系や心興奮性、末梢血管抵抗に大きな影響を与えませんが、中毒濃度に達すると心臓伝導系および心興奮性を抑制し、房室ブロック、心室性不整脈、心静止を引き起こす可能性があります。そのため、投与時には漸増的に投与する必要があります。

エステル型局所麻酔薬の適用方法と使用上の注意点

エステル型局所麻酔薬は、その特性に応じて様々な適用方法があります。それぞれの適用方法と使用上の注意点について詳しく解説します。

1. 適用方法の種類

適用方法 適用部位 代表的なエステル型麻酔薬
表面麻酔 粘膜(口腔、咽頭、結膜など)、角膜 コカイン、テトラカイン、ベンゾカイン
浸潤麻酔 手術部位の周辺に皮下または皮内注射 プロカイン、テトラカイン
伝導麻酔 神経幹、神経節の周辺に注射 プロカイン、テトラカイン
硬膜外麻酔 脊柱管内の硬膜外腔に注射 テトラカイン
脊髄麻酔 脊柱管内のくも膜下腔に注射 テトラカイン

2. 使用上の注意点

血清コリンエステラーゼ低値患者への対応

血清コリンエステラーゼ(ChE)が異常に低値を示す患者では、エステル型局所麻酔薬の分解が遅延し、毒性が増強する可能性があります。このような患者に対しては、エステル型局所麻酔薬の使用を避け、アミド型局所麻酔薬を選択することが推奨されます。実際の臨床例では、ChE低値の患者に対して脱分極性筋弛緩薬やエステル型局所麻酔薬を避け、ベクロニウムやメピバカイン(アミド型)を使用することで安全に麻酔管理ができたという報告があります。

投与量と速度

局所麻酔薬中毒を防ぐため、適切な投与量と速度を守ることが重要です。特にテトラカインなどの分解速度が遅いエステル型局所麻酔薬では注意が必要です。漸増的に投与し、常に患者の状態を観察することが求められます。

アレルギー反応への注意

エステル型局所麻酔薬は、アミド型と比較してアレルギー反応を起こしやすい特徴があります。特に、エステル型麻酔薬の分解産物であるパラアミノ安息香酸(PABA)がメチルパラベンと化学構造が類似しているため、IV型アレルギー反応(接触性皮膚炎)を起こしやすいとされています。化粧品などでかぶれた既往がある患者には注意が必要です。

妊婦・授乳婦への使用

一部のエステル型局所麻酔薬は胎盤を通過する可能性があり、妊婦への使用には慎重な判断が必要です。

肝機能・腎機能障害患者への使用

エステル型局所麻酔薬は主に血中のコリンエステラーゼで分解され腎臓から排泄されるため、重度の腎機能障害患者では排泄が遅延する可能性があります。

エステル型とアミド型局所麻酔薬の比較と選択基準

局所麻酔薬を選択する際には、エステル型とアミド型の特性の違いを理解し、患者の状態や処置内容に応じて適切なものを選ぶことが重要です。ここでは両者の比較と選択基準について詳しく解説します。

1. 化学構造と代謝経路の違い

特性 エステル型 アミド型
化学構造 エステル結合を含む アミド結合を含む
代謝経路 血清中のコリンエステラーゼによる加水分解 主に肝臓での代謝
代表的な薬剤 プロカイン、テトラカイン、ベンゾカイン リドカイン、メピバカイン、ジブカイン

2. 臨床的特性の比較

特性 エステル型 アミド型
アレルギー反応 比較的高頻度(特にPABA関連) 低頻度
作用持続時間 一般的に短い 一般的に長い
中毒リスク テトラカインなど一部で高い 比較的低い(肝機能低下時は注意)
安定性 溶液中で加水分解されやすい 比較的安定

3. 選択基準

患者の既往歴

  • アレルギー歴:エステル型局所麻酔薬やパラベン類へのアレルギー歴がある患者では、アミド型を選択します。
  • 肝機能障害:重度の肝機能障害患者では、肝臓で代謝されるアミド型よりも、血中酵素で分解されるエステル型が有利な場合があります。
  • 血清コリンエステラーゼ低値:先天的または後天的に血清コリンエステラーゼが低値の患者では、エステル型の使用を避けるべきです。

処置内容

  • 短時間の処置:エステル型(特にプロカイン)は作用時間が短いため、短時間の処置に適しています。
  • 長時間の処置:アミド型(リドカインやメピバカイン)は作用時間が長いため、長時間の処置に適しています。

適用部位

  • 表面麻酔:エステル型のベンゾカインやテトラカインは表面麻酔に優れています。
  • 浸潤麻酔・伝導麻酔:アミド型のリドカインやメピバカインが一般的に使用されます。

4. 現在の使用傾向

現在の臨床現場では、アレルギー反応のリスクが低く、効果が安定しているアミド型局所麻酔薬(特にリドカイン)が主流となっています。歯科治療においては、全体の約9割がリドカインを使用しているとの報告もあります。エステル型は特定の状況(表面麻酔など)や、アミド型にアレルギーがある患者に対して選択的に使用されることが多くなっています。

エステル型局所麻酔薬におけるアレルギー反応と安全管理

エステル型局所麻酔薬は、アミド型と比較してアレルギー反応のリスクが高いことが知られています。医療従事者はこのリスクを理解し、適切な安全管理を行うことが重要です。

1. アレルギー反応のメカニズム

エステル型局所麻酔薬によるアレルギー反応は、主に以下のメカニズムで発生します。

  • パラアミノ安息香酸(PABA)関連反応:エステル型局所麻酔薬の代謝産物であるPABAが抗原となり、アレルギー反応を引き起こします。PABAはメチルパラベンと化学構造が類似しているため、化粧品などのパラベン系防腐剤にアレルギーがある患者では交差反応を起こす可能性があります。
  • IV型アレルギー反応(遅延型過敏症):エステル型局所麻酔薬は特に接触性皮膚炎などのIV型アレルギー反応を起こしやすいとされています。
  • I型アレルギー反応(即時型過敏症):まれではありますが、アナフィラキシーショックを含むI型アレルギー反応の報告もあります。

2. アレルギー反応の頻度と症状

局所麻酔薬によるアナフィラキシーの発生頻度は約0.004%と報告されており、比較的まれな合併症です。しかし、発生した場合の重症度は高く、迅速な対応が必要となります。

アレルギー反応の症状には以下のようなものがあります。

  • 軽度:皮膚の発赤、かゆみ、蕁麻疹
  • 中等度:顔面浮腫、喉頭浮腫、気管支痙攣
  • 重度:血圧低下、意識障害、アナフィラキシーショック

3. リスク評価と予防策

術前評価

  • 詳細な問診:過去の局所麻酔薬使用歴、アレルギー歴(特に化粧品などのパラベン含有製品へのアレルギー)を確認します。
  • パッチテスト:アレルギーが疑われる場合は、事前にパッチテストを行うことも検討します。

予防策

  • リスクの高い患者(過去にアレルギー反応の既往がある患者など)では、エステル型からアミド型への変更を検討します。
  • エステル型とアミド型の両方にアレルギーがある場合は、アレルギー専門医との連携が必要です。
  • 表面麻酔にエステル型を使用する場合は、少量から開始し、アレルギー反応の有無を観察します。

4. アレルギー反応発生時の対応

アレルギー反応、特にアナフィラキシーショックが発生した場合は、迅速な対応が必要です。

  1. 薬剤投与の中止
  2. 気道確保と酸素投与
  3. 血圧・脈拍・呼吸のモニタリング
  4. アドレナリン(エピネフリン)の筋肉内投与(重症例)
  5. 抗ヒスタミン薬、ステロイド薬の投与
  6. 必要に応じて輸液・昇圧剤の投与

5. 近年の動向と注意点

近年、一般用医薬品に局所麻酔薬(特にリドカイン)が高頻度に配合されるようになったことで、アミド型局所麻酔薬に対するIV型アレルギー発症の報告も増加しています。このため、エステル型だけでなくアミド型に対するアレルギーリスクも考慮する必要があります。

医療従事者は、局所麻酔薬製剤に対して過敏が疑われる患者に対しては、術前の十分な問診とアレルギー発症時に備えた準備を常に行うべきです。また、アレルギー反応の既往がある患者の情報は、医療チーム内で共有することが重要です。

エステル型局所麻酔薬の将来展望と新たな臨床応用

エステル型局所麻酔薬は、アミド型が主流となっている現在の医療現場においても、その特性を活かした独自の役割を持ち続けています。ここでは、エステル型局所麻酔薬の将来展望と新たな臨床応用について考察します。

1. ドラッグデリバリーシステムの進化

エステル型局所麻酔薬は、その化学構造の特性を活かした新しいドラッグデリバリーシステムの開発が進んでいます。

  • リポソーム製剤:エステル型局所麻酔薬をリポソームに封入することで、徐放性を高め、作用持続時間を延長する研究が進められています。これにより、エステル型の短時間作用という欠点を克服しつつ、アレルギーリスクの低減も期待されています。
  • マイクロニードル技術:微小な針を用いて表皮に薬剤を送達するマイクロニードル技術と組み合わせることで、エステル型局所麻酔薬の経皮吸収効率を高める試みがなされています。

2. 特殊な患者集団への応用

エステル型局所麻酔薬は、特定の患者集団において重要な選択肢となる可能性があります。

  • 重度肝機能障害患者:アミド型局所麻酔薬は主に肝臓で代謝されるため、重度の肝機能障害患者では使用に注意が必要です。一方、