エロビキシバットと胆汁酸トランスポーター阻害による慢性便秘症治療

エロビキシバットの作用機序と臨床効果

エロビキシバットの特徴
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世界初の胆汁酸トランスポーター阻害剤

回腸末端部のIBATを阻害し、胆汁酸の再吸収を抑制

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Dual action

大腸内の水分分泌促進と消化管運動亢進の2つの作用

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用法用量

通常10mg(2錠)を1日1回食前に経口投与(最大15mg)

エロビキシバット(商品名:グーフィス®錠5mg)は2018年に日本で発売された慢性便秘症治療薬です。世界で初めて臨床応用された胆汁酸トランスポーター阻害剤であり、従来の便秘治療薬とは異なる新しい作用機序を持つ薬剤として注目されています。本稿では、エロビキシバットの特徴、作用機序、臨床効果、および適切な使用法について詳しく解説します。

エロビキシバットの胆汁酸トランスポーター阻害作用

エロビキシバットの最大の特徴は、回腸末端部の上皮細胞に発現している胆汁酸トランスポーター(IBAT:ileal bile acid transporter)を選択的に阻害する点にあります。通常、肝臓で産生された胆汁酸は十二指腸へ分泌され、小腸を通過する間に栄養素の消化吸収を助けます。その後、回腸末端部でIBATにより約95%が再吸収され、門脈を通じて肝臓へ戻る「腸肝循環」を形成しています。

エロビキシバットはこのIBATを阻害することで胆汁酸の再吸収を抑制し、大腸管腔内に流入する胆汁酸量を増加させます。大腸内に増加した胆汁酸は以下の2つの作用(Dual action)により便秘を改善します。

  1. 水分分泌促進作用:胆汁酸はCFTR(嚢胞性線維症膜貫通型コンダクタンス調節因子)を活性化し、大腸管腔内への水分および電解質の分泌を促進します。これにより便が軟化します。
  2. 消化管運動亢進作用:胆汁酸はTGR5(膜貫通Gタンパク質共役型受容体5)を刺激し、セロトニン(5-HT)の放出を促進します。これにより腸管の蠕動運動が亢進します。

この独自の作用機序により、エロビキシバットは「便を柔らかくする作用」と「腸の動きを刺激する作用」の両方を併せ持つ薬剤として位置づけられています。

エロビキシバットの慢性便秘症に対する臨床効果

エロビキシバットの臨床効果は、日本人の慢性便秘症患者341名を対象とした52週間の非盲検第III相試験で確認されています。この試験では、エロビキシバット10mgを初期投与量として7日間経口投与し、その後は症状に応じて5mg、10mg、15mgの範囲で適宜調整しました。

主な臨床効果として以下が報告されています。

  • 自発排便回数の増加:投与第1週から有意な増加が認められ、52週間にわたって効果が維持されました。
  • 完全自発排便回数の増加:残便感のない排便回数が増加しました。
  • 便の硬さの改善:ブリストルスケールで評価した便性状が改善しました。
  • 便意の回復:石川らの研究によると、エロビキシバット投与により便意が消失していた患者の72.5%で便意が回復したことが報告されています。

特筆すべき点として、エロビキシバットは投与から排便までの時間が一定であることが報告されており、服用時刻を調整することで排便のタイミングをコントロールできる可能性があります。これは患者のQOL向上に寄与する重要な特性と考えられます。

エロビキシバットの用法用量と投与時の注意点

エロビキシバット(グーフィス®錠5mg)の標準的な用法用量は以下の通りです。

  • 通常用量:成人にはエロビキシバットとして10mg(2錠)を1日1回食前に経口投与
  • 用量調整:症状により適宜増減可能(最高用量は1日15mg[3錠])

投与時の重要な注意点として以下が挙げられます。

  1. 食前投与の重要性:エロビキシバットは食前に服用することが重要です。食後に服用すると胆汁酸が既に分泌された後となるため、十分な効果が得られません。臨床試験では朝食前の服用が基本とされていました。
  2. 副作用への対応:本剤投与中は腹痛や下痢があらわれるおそれがあります。症状に応じて減量、休薬または中止を考慮し、漫然と継続投与しないよう定期的に投与継続の必要性を検討することが推奨されています。
  3. 特定の患者への注意:肝障害のある患者では胆汁酸の分泌が少ないため効果が期待できない可能性があります(慎重投与)。一方、腎障害のある患者には特に制限はありません。
  4. 妊婦・授乳婦への投与:有益性が危険性を上回る場合にのみ投与します。
  5. 剤形の特徴:原薬は安定しており、必要に応じて粉砕も可能です。

エロビキシバットの便意回復効果とQOL改善

慢性便秘症患者では排便回数の減少だけでなく、便意の消失も大きな問題となっています。便意の消失はQOLの低下と密接に関連することが知られています。

2021年に発表された石川らの研究では、エロビキシバットが便意回復に与える影響について後ろ向き観察研究が行われました。この研究によると。

  • エロビキシバット投与前の便意消失率は72.5%と高率でした
  • 投与2週後から便意ありの患者の割合が有意に増加しました
  • 投与10週後まで高い便意ありの患者割合が維持されました
  • 便意切迫感は一部の患者で認められたものの、便失禁の副作用は認められませんでした

便意回復のメカニズムとしては、エロビキシバットにより直腸へ流入する胆汁酸量が増加し、直腸感覚を増強することで便意を誘発すると考えられています。Edwards らとBampton らの研究では、健常成人において直腸内への胆汁酸の注入が直腸の膨張に対する感受性を増加させ、便意を誘発することが報告されています。

2023年に便秘症の定義が改訂され、「糞便を快適に排泄できない事による過度な怒責、残便感、直腸肛門の閉塞感、排便困難感を認める状態」が追加されました。これは慢性便秘症の治療目標が「完全自発排便(残便感のないすっきりとした排泄)の状態へ導き、その状態を維持することとQOLの改善」にあることを反映しています。エロビキシバットはこの新たな治療目標に合致した薬剤と言えるでしょう。

エロビキシバットと透析患者の便秘管理における新たな可能性

透析患者は様々な要因から便秘を合併することが多く、その管理は重要な臨床課題です。透析患者の便秘は、水分摂取制限、リン制限に伴う食物繊維摂取不足、運動不足、薬剤性(リン吸着薬や鉄剤など)など複合的な要因で生じます。

従来、透析患者の便秘治療には刺激性下剤が多用されてきましたが、長期使用による腸管依存性や電解質異常のリスクが懸念されています。エロビキシバットは胆汁酸トランスポーター阻害という新しい作用機序を持ち、透析患者の便秘管理における新たな選択肢として注目されています。

透析患者におけるエロビキシバットの使用経験に関する研究では、以下のような知見が報告されています。

  • 透析患者の便秘改善効果が確認されている
  • 血中への移行が少なく、腎機能障害患者でも用量調整が不要
  • 電解質バランスへの影響が少ない
  • 他の便秘治療薬で効果不十分であった患者にも有効例がある

特に注目すべき点として、エロビキシバットは腎障害患者に対して特に制限がないことが挙げられます。これは透析患者の薬剤選択において大きなメリットとなります。また、リン吸着薬との相互作用についても現時点で特に問題は報告されていません。

ただし、透析患者は肝機能障害を合併している場合もあり、そのような患者では胆汁酸の分泌が少ないためエロビキシバットの効果が減弱する可能性があります。個々の患者の状態を考慮した上での使用が望ましいでしょう。

エロビキシバットと他の便秘治療薬との使い分け

慢性便秘症の薬物治療には、作用機序の異なる様々な薬剤が使用されています。エロビキシバットを含む主な便秘治療薬の特徴と使い分けについて整理します。

便秘治療薬は大きく以下のように分類できます。

  1. 浸透圧性下剤:酸化マグネシウム、ラクツロースなど
    • 腸管内に水分を保持し、便を軟化させる
    • 比較的安全で長期使用可能だが、効果発現までに時間がかかることがある
  2. 刺激性下剤:センノシド、ピコスルファートナトリウムなど
    • 腸管の蠕動運動を直接刺激する
    • 効果が強いが、腹痛や腸管依存性のリスクがある
  3. クロライドチャネル活性化薬:ルビプロストンなど
    • 腸管上皮のクロライドチャネルを活性化し、腸管内への水分分泌を促進
    • 悪心などの消化器症状が副作用として出現することがある
  4. グアニル酸シクラーゼC受容体作動薬:リナクロチドなど
    • 腸管上皮のグアニル酸シクラーゼC受容体を活性化し、腸管内への水分分泌を促進
    • 下痢が主な副作用
  5. 胆汁酸トランスポーター阻害剤:エロビキシバット
    • 胆汁酸の再吸収を抑制し、大腸内の胆汁酸量を増加させる
    • 水分分泌促進と消化管運動亢進の両方の作用を持つ

エロビキシバットの特徴と使い分けのポイントは以下の通りです。

  • Dual actionによる効果:便を柔らかくする作用と腸の動きを促進する両方の作用を持つため、便の硬さと排便回数の両方に問題がある患者に適している
  • 便意回復効果:便意が消失した患者での便意回復効果が報告されており、便意消失を伴う慢性便秘症患者に有用
  • 排便タイミングの予測性:服用から排便までの時間が一定であるため、排便のタイミングをコントロールしたい患者に適している
  • 食前服用の必要性:食前服用が必要なため、服薬コンプライアンスが保てる患者に適している
  • 肝機能障害患者への注意:肝障害患者では効果が減弱する可能性があるため、肝機能正常な患者に適している

各薬剤の特性を理解し、患者の症状や生活スタイル、合併症などを考慮した上で最適な薬剤を選択することが重要です。また、単剤で効果不十分な場合は、作用機序の異なる薬剤の併用も検討されます。

以上、エロビキシバットの作用機序、臨床効果、使用上の注意点、および他剤との使い分けについて解説しました。胆汁酸トランスポーター阻害という新しい作用機序を持つエロビキシバットは、慢性便秘症治療の選択肢を広げる重要な薬剤として位置づけられています。患者の症状や背景を十分に考慮した上で、適切に使用することが望ましいでしょう。