EBウイルスと悪性リンパ腫
EBウイルス感染とリンパ腫発症のメカニズム
エプスタイン・バーウイルス(Epstein-Barr virus、EBV)は、わが国において成人のほぼ100%に感染しているヘルペスウイルスの一種です。通常はB細胞に潜伏感染している状態ですが、ウイルスが活性化するとB細胞を不死化させて増殖し、悪性リンパ腫を引き起こすことがあります。感染は主に唾液を介して幼少期に初感染が起こり、その後生涯にわたってB細胞内に潜伏感染状態を維持します。
参考)EBウイルス関連の悪性リンパ腫 (検査と技術 37巻11号)…
💡 EBウイルスの潜伏感染様式
EBVの潜伏感染は主に0からIIIの4つに分類されます。潜伏感染から溶解感染への移行を再活性化と呼び、このプロセスが悪性リンパ腫の発症に深く関与しています。特に重要なのがLMP1(Latent Membrane Protein 1)とLMP2Aという2つのタンパク質で、これらが発現することで感染細胞の増殖が促進されます。
参考)https://jsv.umin.jp/journal/v64-1pdf/virus64-1_095-104.pdf
EBVが有するBNRF1遺伝子は、感染細胞の細胞死を抑制し、安定した増殖を可能にすることが最近の研究で明らかになっています。これにより腫瘍が形成されるメカニズムが解明されつつあります。LMP1発現B細胞は、免疫監視機構によって通常は排除されますが、免疫抑制状態になるとリンパ腫を発症します。
参考)名大など、発がんウイルス(EBウイルス)に感染した細胞の増殖…
EBウイルス関連悪性リンパ腫の種類と特徴
EBV関連悪性リンパ腫には、さまざまな病型が存在します。大きく分けて、免疫抑制状態に関連するものと関連しないものがあり、医療の高度化や高齢化に伴って前者の重要性が増しています。
📊 主なEBV関連リンパ腫
リンパ腫の種類 | 特徴 | EBV関連頻度 |
---|---|---|
バーキットリンパ腫 | 悪性度が高く、骨髄や中枢神経への浸潤が多い | endemic型で密接に関連 |
ホジキンリンパ腫 | 若年者と高齢者の2峰性、高齢者に多い混合細胞型でEBV陽性率が高い | 約半数がEBV陽性 |
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL) | 加齢関連で70歳前後に多い | 約10.7%がEBER陽性 |
NK/T細胞リンパ腫 | 節外性で鼻型が多い | 極めて密接な関連 |
バーキットリンパ腫は、アフリカなどのマラリア流行地域でEBウイルスが関与して発症する「小児バーキットリンパ腫」、散発的に発症する「散発型」、免疫抑制下で発症する「免疫不全関連」の3つに分類されます。日本では散発型と免疫不全関連が見られ、70%の患者さんがステージ3以上の進行期で発見されます。
参考)基礎知識 href=”https://cancer.qlife.jp/blood/ml/nhl/bl/article15016.html” target=”_blank”>https://cancer.qlife.jp/blood/ml/nhl/bl/article15016.htmlamp;#8211; がんプラス
ホジキンリンパ腫では、EBV関連蛋白であるLMP-1、LMP-2Aが腫瘍細胞表面に存在し、細胞増殖シグナル伝達とアポトーシスの回避に関与しています。EBウイルス陽性例は陰性例に比べて予後不良であることが知られています。
参考)https://www.nagoya-ikyou.or.jp/seikyou/pdf/bukaicolumn030.pdf
EBウイルス悪性リンパ腫の診断と検査
EBVのリンパ腫への関与についての直接的な証明は、病理切片上におけるEBER(EBV encoded RNA)の施行が一般的です。組織のEBウイルス検出法は、以下の3種類があります。
参考)EBER PNAプローブを用いたEBウイルス検出方法の利便性…
🔍 主な検査方法
- EBER in situ hybridization(EBER-ISH)法: EBV-encoded small RNA(EBER)を対象とするin situ hybridization法で、病理診断に極めて有用です。組織・細胞レベルでの感染状態の評価が可能で、EBV感染の診断のゴールドスタンダードとされています。感染細胞当たり10⁶-10⁷コピー存在している小RNA分子EBERを検出することができます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7157745/
- 免疫組織化学的染色(IHC): EBV-determined nuclear antigen(EBNA)やLatent membrane protein-1(LMP-1)を対象とする方法です。LMP1はEBV感染B細胞のがん化に重要な役割を果たしており、その検出は診断と治療方針の決定に役立ちます。
参考)EBウイルス関連Bリンパ腫に対する免疫監視機構と新たな治療法…
- PCR法: EBVゲノムを対象とする定量PCR法で、検体が容易に入手できる上、定量検査であるためEBER-ISH法に比べてより客観的な判断が可能です。末梢血を用いたEBV DNA定量は、EBV関連疾患の診断やモニタリングのために重要な検査です。
参考)https://fujita-hu.repo.nii.ac.jp/record/383/files/bfms_40_1_21_25.pdf
EBER-ISH陰性の悪性リンパ腫症例では血中EBV DNA量が10未満から150コピー/µg DNAであったのに対し、EBER-ISH陽性例は130から724,150(中央値3,710)コピー/µg DNAでした。100〜200コピー/µg DNAの低値であってもEBV陽性の悪性リンパ腫を否定できないことが示されています。
参考)https://congress.jamt.or.jp/j68/pdf/general/0458.pdf
血液・尿検査では、白血球減少、貧血、血小板減少の有無や肝腎機能、電解質バランスをチェックします。可溶性インターロイキン2受容体(sIL-2R)という物質を血液検査で測定でき、病勢マーカーとして有用な場合があります。
参考)小児悪性リンパ腫
EBウイルス悪性リンパ腫の治療法と選択肢
EBV関連悪性リンパ腫の治療は、病型や進行度、患者の免疫状態によって異なります。従来の手術、化療法および放射線療法に加え、近年では分子標的治療や免疫療法など新しい治療戦略が開発されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7342528/
💊 主な治療アプローチ
化学療法が治療の中心となります。高悪性度では病気の進行が日から週単位で進行するため、入院を要する強力な治療が必要です。CHOP療法とR-CHOP療法を比較した研究では、完全寛解率は63%対76%、2年後の全生存率は57%対70%となっており、進行度などにもよりますが初期であれば9割近くの治癒が期待できます。
リツキシマブ(Rituximab)はCD20陽性B細胞リンパ腫の一線用薬として広く使用されており、造血幹細胞移植後のPTLDでは65〜100%の効果を示します。しかし、リツキシマブには耐薬性の問題があるため、新たな治療戦略が求められています。
EBウイルス関連リンパ腫の新規治療標的に関する研究(AMED)
免疫不全関連リンパ腫では、免疫抑制薬の減量による自然消退を認めることがあり、症例によっては局所放射線照射や化学療法が施行され、予後は極めて良好です。一方、T/NK-細胞悪性リンパ腫では標準療法はなく、通常のT/NK-細胞悪性リンパ腫と同様のアプローチが用いられ、生存率は約20%と不良です。
参考)https://www.jstct.or.jp/uploads/files/guideline/01_03_02_ebv.pdf
慢性活動性EBウイルス感染症(CAEBV)では、無治療ないし対症療法で軽快することもありますが、根本的な治療をしない限り再燃を繰り返します。発熱、倦怠感、リンパ節腫脹、肝腫大や血中肝酵素の上昇、脾腫、皮疹などの症状を認めます。
参考)慢性活動性EBウイルス感染症の治療|大阪母子医療センター
近年、基於靶向病毒的治療策略日益重要となっています。LMP1陽性リンパ腫細胞はナチュラルキラー細胞の受容体であるNKG2Dに対するリガンドを高発現しており、NKG2Dと抗体のFcドメインとの融合タンパク質の投与によりリンパ腫細胞の増殖を阻害できることが示されています。
免疫監視機構とEBウイルス悪性リンパ腫の予後
EBV関連悪性リンパ腫の発症と予後には、宿主の免疫監視機構が重要な役割を果たしています。CD8⁺T細胞やナチュラルキラー(NK)細胞を中心とする免疫系が、EBV感染B細胞の増殖を抑制し、悪性リンパ腫などのがんの発症を防いでいます。
参考)【研究成果】幼少期から感染するEBウイルスによって がんの発…
🛡️ 免疫監視のメカニズム
EBVが胚中心(GC)B細胞に感染すると、LMP1およびLMP2Aという2つのタンパク質が発現し、感染細胞は免疫監視機構によって排除されます。これらの遺伝子が発現することでGC B細胞の数が著しく減少し、同時に免疫監視に関与するCD8⁺エフェクターメモリーT細胞(TEM)が有意に増加します。これらの結果は、免疫系がLMP1/2Aを発現するB細胞を感知して排除し、全身的な免疫監視を担う記憶T細胞免疫が誘導されている可能性を示唆しています。
しかし、CD8陽性T細胞の数が減少したEBウイルス保有者では、EBウイルス感染B細胞が増殖してがん化しリンパ腫を発症します。免疫抑制患者に発症するリンパ腫と同様のメカニズムが働いています。
📈 予後因子
EBER陽性DLBCL患者は、不良なパフォーマンスステータス(ECOG≥2が35.9%対11.8%、P=0.0338)と低い完全寛解率を示します。ホジキンリンパ腫では、EBウイルス陽性例は陰性例に比べて予後不良であることが知られています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8444560/
臨床的には進行の早いものも多く、迅速な診断・治療が望まれる疾患です。慢性活動性EBウイルス感染症の全身型では悪性リンパ腫やHLHを発症して死に至ることが多いとされています。一方、免疫不全関連リンパ腫の一部では、免疫抑制薬の減量による自然消退を認め、予後は極めて良好な場合もあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/110/7/110_1441/_pdf
進行期バーキットリンパ腫の予後は50%生存期間が2カ月と極めて不良ですが、適切な治療により今後の成績向上が期待されています。病型、進行度、免疫状態により予後は大きく異なるため、個別化された治療アプローチが重要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/104/9/104_1878/_pdf
日常生活での予防とEBウイルス感染症の理解
EBウイルスは世界人口の約90%以上に感染している極めて一般的なウイルスです。感染は主に唾液を介して幼少期に起こり、初感染時には伝染性単核球症(発熱・咽頭痛・頸部リンパ節腫張の三主徴)を発症することがあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7052849/
🏥 予防と管理のポイント
通常は免疫が成立してウイルス感染細胞は排除され、一部は残存して体内に潜在します。ウイルスは生涯にわたってB細胞内に潜伏感染状態を維持しますが、通常は問題となりません。しかし、造血幹細胞移植や免疫抑制薬の投与によって免疫不全状態になると、ウイルスが再活性化して免疫不全関連リンパ腫/リンパ増殖疾患(LPD)を発症するリスクが高まります。
慢性活動性EBウイルス病(CAEBV)の典型的な症状は発熱です。倦怠感や、首のリンパ節の腫れを伴うことがあり、病院で血液検査をすると肝障害に気づかれることもあります。これらの症状が持続する場合は、早期に医療機関を受診することが重要です。
参考)患者の方へ
免疫抑制療法を受けている患者さんや臓器移植を受けた方は、定期的なEBVモニタリングが推奨されます。早期発見により適切な治療介入が可能となり、予後の改善が期待できます。EBV関連リンパ腫は強い炎症を伴い、既存の治療法が効きにくいため予後不良となることがありますが、早期診断と適切な治療により改善の可能性があります。
参考)EBウイルス関連リンパ腫由来細胞外小胞に含まれる多様な炎症制…
感染予防としては、唾液を介した感染が主な経路であるため、食器や飲み物の共有を避ける、適切な手洗いを行うなどの基本的な衛生管理が重要です。ただし、ウイルスの蔓延性が高いため、完全な予防は困難であり、むしろ免疫状態を良好に保つことが悪性リンパ腫の発症予防において重要です。