エベロリムス作用機序とmTOR阻害
エベロリムスは長期投与でmTORC2も間接的に阻害します。
エベロリムスのFKBP12複合体形成機序
エベロリムスは細胞内に取り込まれた後、まず細胞質内のイムノフィリンであるFKBP12(FK506結合タンパク質12)と高い親和性で結合します。このエベロリムス-FKBP12複合体が形成されることが、薬理作用発現の第一段階です。
FKBP12は分子量約12kDaの小型タンパク質で、細胞内に豊富に存在しています。エベロリムスとFKBP12の結合は非常に特異的で、この複合体形成により薬剤の立体構造が変化し、次の標的であるmTORに対する結合能が獲得されます。つまり、エベロリムス単独ではmTORを阻害できません。
この機序はタクロリムスやシロリムスなどの他のmTOR阻害薬にも共通しています。しかし、エベロリムスはシロリムスの誘導体として開発され、経口吸収性と薬物動態が改善されている点で臨床的な優位性があります。
FKBP12との複合体形成後、この複合体はmTOR(mammalian target of rapamycin)の特定の結合ドメインであるFRB(FKBP12-rapamycin binding)ドメインに結合します。この結合によってmTORのキナーゼ活性が阻害され、下流のシグナル伝達が遮断される仕組みです。
PMDAの非臨床試験概括評価では、エベロリムスのFKBP12結合と複合体形成の詳細な機序が報告されています
エベロリムスによるmTORC1選択的阻害の分子機構
エベロリムス-FKBP12複合体の標的となるmTORは、細胞内で2種類のタンパク質複合体を形成します。mTOR複合体1(mTORC1)とmTOR複合体2(mTORC2)です。エベロリムスは主にmTORC1を阻害するという選択性を持っています。
mTORC1はmTOR、Raptor、mLST8などの構成タンパク質からなる複合体で、細胞の成長、増殖、タンパク質合成を制御する中心的な役割を担います。エベロリムス-FKBP12複合体がmTORC1に結合すると、このキナーゼ複合体の触媒活性が強力に阻害されます。具体的には、mTORC1の主要な基質であるp70S6キナーゼ(p70S6K)と4E-BP1(eukaryotic translation initiation factor 4E-binding protein 1)のリン酸化が抑制されます。
p70S6Kは細胞内のリボソームタンパク質S6をリン酸化し、タンパク質合成を促進する酵素です。また、4E-BP1はリン酸化されるとeIF4E(翻訳開始因子)から解離し、タンパク質合成が活性化されます。エベロリムスによってこれらのリン酸化が阻害されると、腫瘍細胞のタンパク質合成が著しく低下し、細胞増殖が抑制されるということですね。
一方、mTORC2はmTOR、Rictor、mLST8などから構成され、主にAktのリン酸化を通じて細胞生存シグナルを調節します。エベロリムスは急性投与ではmTORC2を阻害しませんが、長期投与により遊離型mTORが減少するため、間接的にmTORC2活性も低下することが報告されています。
この選択性により、エベロリムスは腫瘍増殖抑制効果を維持しながら、mTORC2阻害による過度なAkt活性化(フィードバック機構)を短期的には回避できます。つまり、治療初期の有効性と忍容性のバランスが最適化されているのが特徴です。
エベロリムスの細胞周期G1期停止メカニズム
エベロリムスによるmTORC1阻害は、最終的に細胞周期の進行を停止させることで抗腫瘍効果を発揮します。特に細胞周期のG1期からS期への移行が阻害されるのが特徴的です。
細胞周期のG1期では、細胞が次のDNA合成期(S期)に進むための準備を行います。この移行にはサイクリン依存性キナーゼ(CDK)とサイクリンの複合体、特にCDK2/サイクリンE複合体の活性化が必須です。mTORC1の下流シグナルであるp70S6KとeIF4E/4E-BP1系は、これらの細胞周期制御タンパク質の合成を促進します。
エベロリムスがmTORC1を阻害すると、p70S6Kのリン酸化が抑制されます。これによりリボソームタンパク質S6のリン酸化が低下し、特定のmRNAの翻訳効率が低下します。また、4E-BP1の脱リン酸化によりeIF4Eが捕捉され、5’キャップ依存的な翻訳開始が阻害されます。
結果として、CDK2/サイクリンE複合体の形成と活性化が不十分となり、細胞はG1期で停止します。
G1期停止が基本です。
この状態では細胞はDNA合成を開始できず、増殖が抑制されます。
さらに、エベロリムスはサイクリン依存性キナーゼ阻害タンパク質(CKI)であるp27Kip1の発現を増加させることも報告されています。p27Kip1はCDK2を直接阻害するため、G1期停止がより強固になります。このような多段階の制御機構により、腫瘍細胞の増殖が効果的に抑制されるのです。
臨床的には、この細胞周期停止作用は細胞静止的(cytostatic)であり、細胞毒性(cytotoxic)作用を持つ従来の化学療法薬とは異なります。そのため、副作用プロファイルも異なり、骨髄抑制は比較的軽度ですが、口内炎などの粘膜障害は高頻度で発現する特徴があります。
エベロリムスの血管新生阻害とVEGF抑制作用
エベロリムスは腫瘍細胞に対する直接作用に加えて、腫瘍の血管新生を阻害することでも抗腫瘍効果を発揮します。この血管新生阻害作用は、mTORC1阻害による血管内皮増殖因子(VEGF)の産生抑制が主な機序です。
腫瘍細胞では低酸素状態や栄養飢餓状態に応答して、低酸素誘導因子(HIF-1α)が活性化されます。HIF-1αはVEGFなどの血管新生因子の遺伝子発現を促進する転写因子です。mTORC1はHIF-1αのタンパク質合成を正に制御しているため、エベロリムスによるmTORC1阻害はHIF-1αの発現を低下させます。
その結果、VEGFの産生が減少し、腫瘍血管の新生が抑制されます。実際に、in vitro試験において、エベロリムスはVEGFおよび塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)によるヒト臍帯静脈内皮細胞の増殖を阻害することが確認されています。
さらに、エベロリムスは血管内皮細胞自体のmTORC1も阻害します。血管内皮細胞ではVEGF受容体を介したシグナルがmTORC1を活性化し、細胞の遊走、増殖、管腔形成を促進します。エベロリムスはこのプロセスを遮断することで、直接的に血管新生を抑制する効果も持っています。
動物実験では、エベロリムスがVEGF依存性の血管新生を選択的に阻害し、腫瘍増殖を抑制することが示されています。腫瘍に栄養を供給する血管が形成されなければ、腫瘍は増殖できません。
この二重の作用機序(腫瘍細胞の増殖抑制と血管新生阻害)により、エベロリムスは他のVEGF受容体チロシンキナーゼ阻害薬とは異なるアプローチで抗腫瘍効果を発揮します。特に、VEGF阻害薬に耐性を獲得した腫瘍に対しても効果が期待できる可能性があります。
日本腎臓学会誌では、エベロリムスの血管新生阻害作用について、腎細胞癌における臨床的意義が解説されています
エベロリムスの臨床適応と個別化医療における役割
エベロリムスは複数の悪性腫瘍および良性疾患に対して適応を持つ、versatileな分子標的薬です。日本では根治切除不能または転移性の腎細胞癌、神経内分泌腫瘍、手術不能または再発乳癌、結節性硬化症に伴う腎血管筋脂肪腫・上衣下巨細胞性星細胞腫・てんかん部分発作に対して承認されています。
腎細胞癌領域では、スニチニブまたはソラフェニブによる治療後の二次治療として位置づけられています。2011年に承認された当時は、VEGF阻害薬不応例に対する有効な治療選択肢として注目されました。現在でも、免疫チェックポイント阻害薬とVEGF阻害薬の併用療法が主流となる中で、これらの治療が適さない患者や治療後の選択肢として重要な役割を果たしています。
神経内分泌腫瘍に対しては、膵神経内分泌腫瘍を含む進行性の神経内分泌腫瘍に適応があります。RADIANT-3試験では、膵神経内分泌腫瘍患者において無増悪生存期間を有意に延長することが示されました(中央値11.0カ月 vs 4.6カ月、プラセボ群)。
乳癌領域では、ホルモン受容体陽性HER2陰性の手術不能または再発乳癌に対して、エキセメスタンとの併用療法が承認されています。BOLERO-2試験において、エキセメスタン単独と比較して無増悪生存期間を約2倍に延長しました(中央値7.8カ月 vs 3.2カ月)。内分泌療法耐性機序を克服する新たなアプローチとして評価されています。
結節性硬化症は遺伝性の疾患で、TSC1またはTSC2遺伝子の変異によりmTORシグナルが恒常的に活性化されます。エベロリムスはこの過剰活性化したmTORを阻害することで、腎血管筋脂肪腫の縮小、上衣下巨細胞性星細胞腫の増殖抑制、難治性てんかんの発作頻度減少といった効果を示します。結節性硬化症では血中トラフ濃度5~15ng/mLを目標に用量調節を行う個別化医療が推奨されています。
さらに、エベロリムスは臓器移植後の拒絶反応抑制にも使用されます(商品名:サーティカン)。心移植および腎移植における免疫抑制療法として、カルシニューリン阻害薬とは異なる作用機序により拒絶反応を予防します。移植領域でも血中濃度モニタリングに基づく投与設計が重要です。
このように、エベロリムスは腫瘍の種類や患者背景に応じて幅広く使用できる薬剤ですが、間質性肺疾患や口内炎などの特徴的な副作用への対策と、薬物相互作用の管理が臨床使用において重要なポイントとなります。CYP3A4阻害薬や誘導薬との併用は血中濃度を大きく変動させるため、注意が必要です。
アフィニトール錠の添付文書には、各適応症における詳細な用法用量と注意事項が記載されています

エベロリムスによる乳癌治療の新展開