DESTINY-Breast04試験でHER2低発現乳がん治療の新標準

DESTINY-Breast04試験とHER2低発現乳がん治療

DESTINY-Breast04試験の概要
🔬

試験デザイン

HER2低発現転移性乳がん患者を対象とした初のランダム化第III相試験

💊

主要評価項目

ホルモン受容体陽性患者における無増悪生存期間(PFS)の改善

📊

主な結果

トラスツズマブ デルクステカンが標準治療と比較してPFSと全生存期間(OS)を有意に改善

 

DESTINY-Breast04試験の背景と目的

乳がん治療において、HER2(ヒト上皮成長因子受容体2)の発現状態は治療方針決定の重要な因子です。従来、HER2陽性(IHC3+またはISH陽性)の乳がんに対してはトラスツズマブなどの抗HER2療法が標準治療として確立されていましたが、HER2低発現(IHC1+またはIHC2+/ISH陰性)の乳がんに対しては、HER2を標的とした治療の有効性は証明されていませんでした。

DESTINY-Breast04試験は、HER2低発現の転移性乳がん患者に対するトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)の有効性と安全性を評価するために計画された、初めての大規模ランダム化第III相試験です。この試験は、これまで治療選択肢が限られていたHER2低発現乳がん患者に新たな治療戦略をもたらす可能性を検証することを目的としています。

DESTINY-Breast04試験のデザインと対象患者

DESTINY-Breast04試験は、アジア、ヨーロッパ、北米の複数施設で実施され、約540名の患者が登録されました。対象は、HER2低発現の切除不能または転移性乳がん患者で、転移性疾患に対して1〜2ラインの化学療法歴がある患者でした。ホルモン受容体陽性の患者については、内分泌療法に対して不応性であることが条件とされました。

患者はホルモン受容体の状態、HER2 IHC発現状態、前治療の化学療法ライン数、CDK4/6阻害剤の前治療歴によって層別化された後、2:1の割合でT-DXdまたは医師選択治療(TPC)に無作為に割り付けられました。TPCには、エリブリン、カペシタビン、ゲムシタビン、ナブパクリタキセル、パクリタキセルなどの単剤化学療法が含まれていました。

T-DXdは3週間ごとに5.4 mg/kgを投与し、TPCは各薬剤の標準的な投与量とスケジュールで実施されました。

DESTINY-Breast04試験の主要結果と有効性

2022年1月11日のデータカットオフ時点で、T-DXd群に373名、TPC群に184名(両群ともに約88.7%がホルモン受容体陽性)が割り付けられ、追跡期間の中央値は18.4ヶ月でした。

主要評価項目であるホルモン受容体陽性患者におけるPFSは、T-DXd群で10.9ヶ月、TPC群で5.3ヶ月と、T-DXd群で有意に延長しました(ハザード比 0.51、95%信頼区間 0.40-0.64、p<0.001)。全患者(ホルモン受容体状態に関わらず)においても、PFSはT-DXd群で10.9ヶ月、TPC群で4.6ヶ月と同様の結果でした。

さらに重要な点として、全生存期間(OS)においても有意な改善が認められました。ホルモン受容体陽性患者では、T-DXd群のOSの中央値は未到達、TPC群では19.9ヶ月でした(ハザード比 0.64、95%信頼区間 0.48-0.86、p=0.003)。全患者においても同様の結果が得られています。

客観的奏効率(ORR)もT-DXd群で52.6%、TPC群で16.3%と、T-DXd群で明らかに高値でした。

これらの結果は、HER2低発現乳がんに対するT-DXdの臨床的有用性を明確に示しています。

DESTINY-Breast04試験における安全性プロファイル

治療期間の中央値は、T-DXd群で8.2ヶ月(範囲:0.2-33.3ヶ月)、TPC群で3.5ヶ月(範囲:0.3-17.6ヶ月)でした。

グレード3以上の治療関連有害事象は、T-DXd群で52.6%、TPC群で67.4%に発生しました。T-DXd群で最も多く報告されたグレード3以上の有害事象は、好中球減少症(16.3%)、貧血(12.9%)、白血球減少症(11.6%)でした。興味深いことに、好中球減少症と白血球減少症の発生率は、T-DXd群よりもTPC群で高いことが示されています。

特に注目すべき有害事象として、間質性肺疾患(ILD)/肺炎があります。独立した判定委員会によって薬剤関連と判断されたILD/肺炎は、T-DXd群で45名(12.1%)に発生し、そのうちグレード1/2が10.0%、グレード3/4が1.3%、グレード5(死亡)が0.8%でした。一方、TPC群ではグレード1のILD/肺炎が1名(0.6%)に認められただけでした。

このように、T-DXdはILD/肺炎のリスクに注意が必要ですが、全体的には管理可能な安全性プロファイルを示しています。定期的な肺機能のモニタリングと早期介入の重要性が強調されています。

DESTINY-Breast04試験のアジア人サブグループ解析

DESTINY-Breast04試験には、アジア諸国・地域から213名の患者が登録され、T-DXd群に147名、TPC群に66名が割り付けられました。このアジア人サブグループにおける有効性と安全性の解析結果も報告されています。

アジア人患者におけるPFSは、ホルモン受容体陽性患者でT-DXd群が10.9ヶ月、TPC群が5.3ヶ月、全アジア人患者でもT-DXd群が10.9ヶ月、TPC群が4.6ヶ月と、全体の結果と一貫していました。OSについては、両集団においてT-DXd群では中央値に到達せず、TPC群では19.9ヶ月でした。

客観的奏効率も、全アジア人患者においてT-DXd群がTPC群より高値を示しました。

安全性に関しては、アジア人患者におけるT-DXd治療で最も多く報告されたグレード3以上の薬剤関連有害事象は、好中球減少症(16.3%)、貧血(12.9%)、白血球減少症(11.6%)でした。薬剤関連のILD/肺炎はT-DXd群で14.3%に認められ、全体の発生率(12.1%)よりやや高い傾向が見られました。

このアジア人サブグループ解析は、T-DXdの有効性がアジア人患者においても一貫して認められることを示しており、日本人を含むアジア人患者の治療選択において重要な情報を提供しています。

DESTINY-Breast04試験の医療経済学的評価

DESTINY-Breast04試験の結果に基づいて、T-DXdの費用対効果分析も行われています。中国の医療システムの観点から行われた分析では、T-DXdは医師選択治療と比較して、全患者において104,168.30ドルのコスト増加と0.31QALYs(質調整生存年)の利益をもたらし、増分費用効果比(ICER)は336,026.77ドル/QALYとなりました。

ホルモン受容体陽性コホートでは、全患者よりもICERが低くなることが示されています。感度分析では、T-DXdの費用とPFS状態の効用値がICERを決定する重要な因子であることが明らかになりました。

この分析結果は、T-DXdの臨床的有効性は明らかである一方で、高額な薬剤費用が医療経済的な課題となる可能性を示唆しています。各国の医療保険制度や支払い能力によって、T-DXdの費用対効果の評価は異なる可能性があります。

日本においても、T-DXdの保険償還価格と費用対効果のバランスは、実臨床での普及に影響を与える重要な要素となるでしょう。

T-DXdの費用対効果に関する詳細な分析結果はこちらで確認できます

DESTINY-Breast04試験の臨床的意義とHER2低発現の新たな治療パラダイム

DESTINY-Breast04試験は、HER2低発現転移性乳がんに対するHER2標的治療の有効性を示した初めての第III相ランダム化試験として、乳がん治療のパラダイムを大きく変えるものです。この試験結果により、「HER2低発現」という新たな治療標的カテゴリーが確立されました。

従来、乳がんはHER2陽性、HER2陰性(トリプルネガティブまたはホルモン受容体陽性)に大別されていましたが、DESTINY-Breast04試験の結果により、HER2低発現という中間的なカテゴリーが臨床的に重要であることが示されました。これは乳がんの分類と治療アプローチに根本的な変化をもたらします。

T-DXdは抗HER2モノクローナル抗体であるトラスツズマブと、DNAの複製を阻害するトポイソメラーゼI阻害剤であるデルクステカンを結合した抗体薬物複合体(ADC)です。この独自の構造により、HER2発現レベルが低い腫瘍細胞に対しても効果を発揮できると考えられています。

DESTINY-Breast04試験の結果は、HER2低発現乳がん患者に対する新たな標準治療としてT-DXdを位置づけるものであり、これまで治療選択肢が限られていた患者に新たな希望をもたらします。

日本乳癌学会の乳がん診療ガイドライン 2023年版

DESTINY-Breast04試験後の今後の展望と課題

DESTINY-Breast04試験の成功により、HER2低発現乳がんに対する治療戦略は大きく変わりつつありますが、いくつかの重要な課題と今後の展望があります。

まず、HER2低発現の定義と検査方法の標準化が重要な課題です。現在のIHC検査の解釈には施設間差があり、HER2低発現の正確な評価には精度管理が不可欠です。検査の標準化と品質保証は、適切な患者選択のために重要な取り組みとなるでしょう。

また、T-DXdの最適な治療ラインの確立も今後の課題です。DESTINY-Breast04試験では1〜2ラインの化学療法歴がある患者を対象としていましたが、より早期のラインでの使用や、他の治療との最適な順序についてはさらなる研究が必要です。

さらに、ILD/肺炎のリスク管理も重要な課題です。早期発見と適切な管理のためのモニタリング戦略の確立が必要とされています。

今後の研究としては、HER2低発現の早期乳がんに対するT-DXdの有効性評価や、他の治療法(免疫チェックポイント阻害剤など)との併用療法の開発なども期待されています。

また、バイオマーカー研究を通じて、T-DXdの効果予測因子を同定することも重要な研究課題です。HER2低発現以外にも、T-DXdの効果を予測する因子があれば、より精密な患者選択が可能になるでしょう。

DESTINY-Breast04試験と日本の乳がん診療ガイドラインへの影響

DESTINY-Breast04試験の結果は、日本を含む世界各国の乳がん診療ガイドラインに大きな影響を与えています。日本乳癌学会の乳癌診療ガイドラインでは、これまでHER2陰性と分類されていたHER2低発現乳がんに対する治療推奨が見直される可能性があります。

特に、転移・再発乳がんに対する治療アルゴリズムにおいて、HER2低発現という新たなカテゴリーが追加され、T-DXdが推奨治療オプションとして位置づけられることが予想されます。

また、HER2検査の実施方法や解釈についても、HER2低発現を正確に評価するための指針が更新される可能性があります。従来のHER2陰性(IHC 0または1+)という分類から、IHC 0、IHC 1+/2+(ISH陰性)という、より詳細な分類への移行が考えられます。

日本人患者におけるT-DXdの有効性と安全性データも蓄積されつつあり、DESTINY-Breast04試験のアジア人サブグループ解析結果も含めて、日本人患者に対する適切な使用方法が確立されていくでしょう。

特にILD/肺炎のリスクは日本人を含むアジア人で若干高い傾向が報告されており、日本の診療ガイドラインではこの点に関する注意喚起と適切なモニタリング方法が強調される可能性があります。

日本乳癌学会の乳癌診療ガイドラインはこちらで確認できます

DESTINY-Breast04試験の実臨床への応用と患者選択の重要性