脱水における血液検査の数値評価
脱水で注目すべき血液検査項目と基準値
脱水症の評価において、血液検査は客観的な指標として極めて重要です 。体内の水分が失われると、血液が濃縮されるため、多くの検査項目に変動が見られます 。医療従事者はこれらの数値を正確に読み解き、患者の状態を把握する必要があります。
主な血液検査項目と基準値の目安
- 尿素窒素 (BUN): 基準値 8~20 mg/dL。脱水により腎血流が低下すると、腎臓での尿素の再吸収が促進されるためBUNは上昇します 。
- クレアチニン (Cr): 基準値 男性 0.6~1.1 mg/dL, 女性 0.4~0.8 mg/dL。クレアチニンは腎臓で再吸収されにくいため、BUNほど顕著な上昇は見られにくいですが、高度な脱水では腎機能自体の低下を反映して上昇します 。
- BUN/Cr比: 基準値 10前後。脱水時には20以上になることが多く、重要な指標とされています 。
- ヘマトクリット (Ht): 基準値 男性 39~50%, 女性 36~45%。血液濃縮を反映して上昇します。Ht 55%以上は脱水を疑う目安の一つです 。
- アルブミン (Alb): 基準値 4.0~5.2 g/dL。Htと同様に、血液濃縮により相対的に高値を示します 。栄養状態の指標でもありますが、急性期の脱水評価にも有用です。
- ナトリウム (Na): 基準値 137~147 mEq/L 。脱水のタイプ(高張性・等張性・低張性)を判断する上で最も重要な項目です 。高張性脱水では145mEq/L以上に上昇します 。
- カリウム (K): 基準値 3.5~5.0 mEq/L 。下痢や嘔吐、利尿薬の使用など脱水の原因によって、低値にも高値にもなり得ます 。不整脈などの重篤な合併症に直結するため注意が必要です。
これらの項目は単体で評価するのではなく、複数の項目や過去のデータと比較し、総合的に判断することが極めて重要です 。特に、普段のその患者のベースライン値を把握している場合、変化の度合いがより重要な情報となります 。
参考: 血液検査の基準値は施設によって多少異なります。
脱水の重症度を判断するBUN/Cr比の正しい評価方法
脱水のアセスメントにおいて、BUN/Cr比は非常に有用な指標です。一般的に「BUN/Cr比が20以上であれば脱水を疑う」とされていますが、なぜこの比率が重要なのか、その生理学的なメカニズムを理解することが臨床での適切な判断につながります 。
なぜ脱水でBUN/Cr比は上昇するのか?
この現象の鍵は、腎臓の尿細管におけるBUNとクレアチニンの挙動の違いにあります 。
- BUN(尿素窒素)の挙動: 体が脱水状態になると、生命維持のために尿量を減らして体内に水分を保持しようとします。このとき、腎臓の尿細管では水の再吸収が亢進します。BUNは水と一緒に再吸収されやすい性質を持つため、尿中への排泄が減り、血中に多くとどまることになります。結果として、血中BUN濃度が上昇します 。
- クレアチニン(Cr)の挙動: 一方、クレアチニンは尿細管でほとんど再吸収されません 。そのため、脱水状態であっても、腎臓の糸球体で濾過された後はそのまま尿中へ排泄され続けます。したがって、血中クレアチニン濃度はBUNほど大きく変動しません。
このように、脱水時にはBUNだけが選択的に再吸収されて血中で上昇し、Crは比較的変動が少ないため、両者の比である「BUN/Cr比」が大きくなるのです 。
BUN/Cr比評価の注意点
BUN/Cr比は便利な指標ですが、解釈には注意が必要です。
- 腎前性腎不全の指標として: 脱水による腎血流量の低下が原因でBUN/Cr比が上昇した状態は「腎前性腎不全」と呼ばれます。この段階であれば、適切な補液によって速やかに腎機能は回復します。
- BUNを上昇させる他の要因: 消化管出血、高タンパク食、ステロイド投与、異化亢進(発熱や感染症など)でもBUNは上昇し、BUN/Cr比が開大することがあります 。
- Crを上昇させる要因: 筋肉量が多い人ではCrの基準値が高めであり、逆に高齢者や長期臥床で筋肉量が極端に少ない場合は、腎機能が悪化していてもCrが上昇しにくく、BUN/Cr比がマスクされることがあります。
以下の論文では、BUNとCrの動態について詳しく解説されています。
脱水が引き起こす電解質異常(ナトリウム・カリウム)と高齢者への影響
脱水症は単なる水分不足ではなく、体内の電解質バランスの破綻を伴う病態です 。特にナトリウム(Na)とカリウム(K)の異常は、重篤な症状を引き起こす可能性があり、慎重な管理が求められます。
脱水の分類とナトリウム値
脱水は、失われる水分とナトリウムのバランスによって3種類に分類され、それぞれ血清ナトリウム値が異なります 。
| 脱水のタイプ | 特徴 | 血清Na値 | 主な原因 |
|---|---|---|---|
| 高張性脱水 | 水分がNaよりも多く失われる | 145 mEq/L以上 | 水分摂取不足、発熱、過呼吸、尿崩症 |
| 等張性脱水 | 水分とNaが同程度失われる | 135~145 mEq/L(正常範囲) | 消化液の喪失(下痢、嘔吐)、出血 |
| 低張性脱水 | Naが水分よりも多く失われる | 135 mEq/L未満 | Naを含まない水分のみの補給、利尿薬の過剰使用 |
カリウム異常のリスク
カリウムは細胞内液の主要な陽イオンであり、神経や筋肉の機能に不可欠です。
- 低カリウム血症: 下痢や嘔吐、利尿薬の使用などで生じやすいです 。筋力低下、麻痺性イレウス、そして心電図異常(T波の平坦化、U波の出現)や致死性不整脈(心室頻拍など)を引き起こすリスクがあります 。
- 高カリウム血症: 腎機能が低下している高齢者や、ACE阻害薬・ARBなどを内服している患者の脱水では、カリウムの排泄が滞り高値になることがあります。テント状T波などの心電図変化が見られ、進行すると心停止に至る危険な状態です。
特に注意が必要な高齢者の脱水
高齢者はもともと体内の水分量が少なく、また口渇中枢の感受性が低下しているため、脱水になりやすい状態にあります 。さらに、複数の基礎疾患(心不全、腎不全など)や薬剤(利尿薬など)の影響で、電解質異常を来たしやすいです 。高齢者の場合、意識障害やせん妄といった非特異的な症状が脱水や電解質異常の初発症状であることも少なくありません。そのため、日頃からのバイタルサインや食事・水分摂取量のモニタリングが極めて重要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/59/2/59_59.140/_pdf/-char/ja
脱水と血糖値・肝機能の意外な関係性
脱水といえば腎機能や電解質への影響が第一に想起されますが、実は血糖値や肝機能といった他の代謝系にも無視できない影響を及ぼします。これらの関連性を理解することは、特に糖尿病や肝疾患などの基礎疾患を持つ患者を診る上で重要です。
脱水が血糖値を上昇させるメカニズム
脱水状態では、いくつかの要因が重なり合って血糖値が上昇しやすくなります 。
参考)Q.527 脱水状態ではなぜ血糖値が余計に高くなるのでしょう…
- 血液の濃縮: 体内の水分が減少すると、血液が濃縮されます。これにより、血液中のブドウ糖の濃度が相対的に高くなります 。
- 尿糖排泄の低下: 通常、血糖値が一定以上(約160~180 mg/dL)になると、余分な糖は尿中に排泄されます(尿糖)。しかし、脱水で尿量そのものが減少すると、この尿糖の排泄メカニズムが十分に機能しなくなり、体内に糖が蓄積して高血糖を助長します 。
- ストレスホルモンの影響: 脱水は身体にとって大きなストレスであり、コルチゾールやカテコールアミンなどのストレスホルモンが分泌されます。これらのホルモンは血糖値を上昇させる作用(糖新生の促進、インスリン抵抗性の増大)を持っています。
特に、高齢の糖尿病患者が感染症などを契機に脱水に陥ると、著しい高血糖と高浸透圧状態を呈する「高浸透圧高血糖症候群(HHS)」という危険な状態になることがあります 。HHSは意識障害を伴うことが多く、死亡率も高い緊急疾患です 。
脱水と肝機能への影響
脱水が肝機能に直接的に与える影響についての研究は限られていますが、臨床現場では脱水時に一過性の肝機能障害(AST, ALTの上昇)を観察することがあります。これは主に以下のメカニズムが考えられます。
- 肝血流の減少: 重度の脱水では循環血液量が減少し、全身の臓器への血流が低下します。肝臓も例外ではなく、虚血状態に陥ることで肝細胞が障害され、トランスアミナーゼが逸脱します。これは「虚血性肝炎」と呼ばれる病態の一部と考えられます。
- 基礎疾患の悪化: 慢性肝疾患(肝硬変など)を持つ患者が脱水になると、肝臓への血流低下がさらに肝機能の悪化を招き、肝性脳症や腹水増悪の引き金になることがあります。
脱水時の採血で予期せぬ肝機能異常や高度の高血糖を認めた場合は、単なる脱水の影響だけでなく、背景に隠れた感染症や他の重篤な病態がないか、慎重に鑑別を進める必要があります。
【最新ガイドライン】脱水診療における輸液療法の考え方
脱水症の治療の根幹は輸液療法ですが、そのアプローチは近年変化してきています。特に、かつてのように画一的に急速大量輸液を行うのではなく、個々の患者の病態を評価し、輸液の量や速度を調整する「制限的輸液」の重要性が指摘されています 。
輸液療法の基本原則
輸液の目的は、失われた水分と電解質を補い、循環動態を安定させ、臓器灌流を維持することです。治療は大きく2つのフェーズに分けられます。
- 輸液蘇生 (Resuscitation): ショック状態や著しい循環不全を伴う重度の脱水に対して行われます。循環血液量を迅速に回復させるため、等張晶質液(生理食塩水やリンゲル液など)を急速投与します 。
- 維持輸液 (Maintenance): 循環動態が安定した後の、1日に必要な水分・電解質を補給する段階です。過剰な輸液による肺水腫や間質浮腫のリスクを避けるため、慎重な投与計画が求められます 。
近年のガイドラインの動向
最新のガイドラインでは、過剰な輸液がもたらす弊害(サードスペースへの体液貯留、臓器浮腫、凝固障害など)が強調されており、より丁寧な輸液管理が推奨されています。
- 日本版敗血症診療ガイドライン 2024: 敗血症性ショックの初期蘇生において、輸液に対する反応性(心拍出量の増加など)を評価しながら投与することの重要性を説いています 。反応が乏しい場合に漫然と輸液を続けるのではなく、昇圧薬の使用を早期に検討することが推奨されます。
- 熱中症診療ガイドライン 2024: 熱中症の治療においても、Active Cooling(積極的な身体冷却)が最も重要であり、水分補給のみの治療では予後が改善しないことが明記されています 。
- 小児の輸液: 小児、特に乳幼児は体重あたりの水分代謝が活発で脱水になりやすい一方、過剰輸液による医原性の低ナトリウム血症や脳浮腫のリスクも高いとされています 。そのため、ショックを伴わない重度の脱水に対しては、より緩徐な輸液が推奨される場合があります 。
臨床での実践
これらのガイドラインを踏まえ、臨床では以下の点が重要になります。
✅ 輸液前の評価: 患者の体重、バイタルサイン、意識レベル、尿量、そして血液検査データを基に脱水の重症度とタイプを正確に評価する。
✅ 輸液中のモニタリング: 輸液中は定期的にバイタルサインや呼吸状態(肺うっ血の聴診など)を観察し、過剰投与の兆候に注意する。
✅ 輸液後の再評価: 一定量の輸液を行った後、再度臨床所見や検査データ(特に電解質や腎機能)を評価し、その後の輸液プランを修正する。
輸液は脱水治療の特効薬ですが、同時に諸刃の剣でもあります。最新の知見に基づき、個々の患者に最適化された「テーラーメイドの輸液療法」を実践することが、患者の予後を改善する鍵となります。
参考: 最新のガイドラインは、常にチェックすることが推奨されます。
熱中症診療ガイドライン2024
日本版敗血症診療ガイドライン2024の概要

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