脱水と採血データの関係性
脱水採血データの基本的な見方と重要検査項目
脱水の評価において、採血データは客観的な指標として極めて重要です。問診や身体所見と合わせて総合的に判断しますが、血液中の成分の変化は体内の水分バランスを雄弁に物語ります。脱水は、血液中の水分が減少することで、相対的に血球成分やタンパク質、電解質などが濃縮された状態(血液濃縮)を引き起こします。この原理を理解することが、データ解读の第一歩です。
まず注目すべきは、血液濃縮を直接的に反映する項目です。具体的には以下の項目が挙げられます。
- ヘマトクリット (Ht): 血液全体に占める赤血球の容積の割合です。脱水により血漿成分(水分)が減少すると、相対的に赤血球の割合が高くなるため、Ht値は上昇します。 ただし、元々貧血がある患者さんなど、ベースラインの値には個人差があるため、経時的な変化を見ることが重要です。
- 総蛋白 (TP)・アルブミン (Alb): 血漿中に存在するタンパク質です。これらも血管内の水分が減少することで相対的に濃度が上昇します。 特にアルブミンは、栄養状態の指標でもあるため、低栄養状態の患者さんでは脱水があっても正常範囲内に留まることがあり注意が必要です。
- ヘモグロビン (Hb): 赤血球に含まれるタンパク質で、Htと同様に血液濃縮により上昇します。
次に、腎機能と関連の深い項目も脱水の評価に欠かせません。脱水になると、循環血漿量が減少し、腎臓への血流が低下します。これにより、腎臓は体内に水分を保持しようと尿の生成を減らし、老廃物の排泄が滞りがちになります。
以下の表は、脱水評価で特に重要となる検査項目とその変動をまとめたものです。
| 検査項目 | 基準値の目安 | 脱水時の変動 | 解説 |
|---|---|---|---|
| BUN (尿素窒素) | 8~20 mg/dL | ⬆️ 上昇 | 腎血流低下や尿細管での再吸収亢進により上昇します。タンパク質の異化亢進でも上昇するため注意が必要です。 |
| Cre (クレアチニン) | 男性: 0.6~1.0 mg/dL 女性: 0.4~0.8 mg/dL |
↔️ 軽度上昇または不変 | 筋肉量に依存する老廃物。BUNと異なり尿細管で再吸収されにくいため、BUNほど顕著な上昇は見られにくいです。 |
| BUN/Cre比 | 10前後 | ⬆️ 20以上で脱水を強く示唆 | BUNとCreの上昇率の乖離を見ます。腎前性腎不全(脱水など)の鋭敏な指標です。 |
| 尿酸 (UA) | 男性: 3.5~7.5 mg/dL 女性: 2.5~6.5 mg/dL |
⬆️ 上昇 | 腎血流低下による排泄低下と、尿細管での再吸収亢進により上昇します。 |
これらの項目を単独で見るのではなく、複数の項目を組み合わせ、前回値や患者さんの臨床症状と照らし合わせて解釈することが、正確なアセスメントにつながります。
参考リンク:脱水時の血液検査の指標について
https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/hi/1381/
この記事では、脱水時に注目すべき基本的な血液検査項目について、看護師向けに分かりやすく解説されています。
脱水におけるBUN/Cre比の変動と解釈の注意点
脱水の評価において、BUN/Cre比は非常に有用な指標として広く知られています。一般的に、BUN/Cre比が20以上になると、脱水(特に腎血流量の低下を伴う腎前性腎不全)が強く疑われます。 なぜこの比率が脱水の指標となるのか、そのメカニズムを理解することが重要です。
BUN(尿素窒素)とCre(クレアチニン)は、どちらもタンパク質の最終産物であり、腎臓から尿中へ排泄される老廃物です。しかし、腎臓での処理過程に違いがあります。
- クレアチニン (Cre): 糸球体で濾過された後、尿細管ではほとんど再吸収されずにそのまま尿として排泄されます。そのため、Creの排泄量は腎機能(糸球体濾過量: GFR)を比較的素直に反映します。
- 尿素窒素 (BUN): 糸球体で濾過された後、その一部が尿細管で水分と共に再吸収されます。この再吸収の度合いは、体内の水分量に影響を受けます。脱水状態になると、体は水分を保持しようと尿細管での水分再吸収を促進します。このとき、BUNも一緒に再吸収されるため、血中濃度が上昇します。
つまり、脱水時にはCreの排泄は比較的保たれるのに対し、BUNは再吸収が亢進して血中に溜まりやすくなるため、BUNとCreの値が乖離し、BUN/Cre比が上昇するのです。
しかし、BUN/Cre比だけで脱水と判断するのは早計です。この比率が上昇する原因は脱水以外にも存在するため、鑑別が重要になります。
BUN/Cre比が上昇する脱水以外の要因
- 消化管出血: 胃や十二指腸などで出血が起こると、血液中のタンパク質が腸管内で消化・吸収され、BUNの産生が亢進します。これにより、腎機能が正常でもBUNが上昇し、BUN/Cre比が高値となります。
- タンパク質の異化亢進: 重症感染症、外傷、手術後、ステロイド薬の使用、悪性腫瘍などにより、体内のタンパク質分解が亢進すると、BUNの産生が増加し、比が上昇します。
- 高タンパク食: 極端な高タンパク食を摂取している場合も、BUNの産生源が増えるため、BUN/Cre比が上昇することがあります。
これらの要因を考慮せずBUN/Cre比だけで「脱水」と判断し、過剰な補液を行うと、心不全などのリスクを高める危険性もあります。そのため、臨床症状(出血の兆候、食事内容、基礎疾患など)を詳細に聴取し、他の検査データと合わせて総合的に評価することが不可欠です。
参考論文:BUN/Cre比の臨床的意義に関する考察
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jshowaunivsoc/75/2/75_153/_pdf
この論文では、BUN/Cre比が変動する様々な病態について詳しく解説されており、鑑別診断の助けとなります。
脱水を見極める高齢者の採血データと特有の注意点
高齢者は、若年成人と比較して脱水を起こしやすく、また重症化しやすいハイリスク群です。その背景には、加齢に伴う様々な生理的変化が関係しています。 医療従事者は、高齢者の脱水における特有の注意点を理解し、採血データを慎重に解釈する必要があります。
高齢者が脱水を起こしやすい理由
- 💧 体内水分量の減少: 高齢者は筋肉量が減少し、脂肪組織の割合が増えるため、元々の体内水分量が成人よりも少ない(約50%)。
- 🥤 口渇感の鈍化: 喉の渇きを感じる中枢機能が低下し、水分摂取のタイミングが遅れがちになります。
- 💊 薬剤の影響: 利尿薬やSGLT2阻害薬などの服用が、尿量の増加につながることがあります。
- 🍽️ 食事量の低下: 食事から摂取する水分量も無視できません。食欲不振による食事量の低下は、水分摂取不足に直結します。
- 💪 腎機能の低下: 加齢により腎臓の機能(尿を濃縮する能力)が低下しており、水分を効率的に保持できません。
これらの要因から、高齢者は夏場の発汗だけでなく、冬場の乾燥や、発熱・下痢などの軽微な体調変化でも容易に脱水に陥ります。
高齢者の脱水を採血データで評価する際の注意点は、加齢による生理的変化がデータに影響を与えることです。
| 検査項目 | 高齢者における注意点 |
|---|---|
| Cre (クレアチニン) | 筋肉量が少ないため、元々のCre値が低い傾向にあります。そのため、脱水により腎機能が低下しても、Cre値が基準値内に収まってしまう「マスキング現象」が起こり得ます。わずかな上昇でも、腎機能低下のサインとして捉える必要があります。 |
| BUN/Cre比 | 上記の理由から、Cre値が低めに出るため、BUN/Cre比は健常時でも高値を示すことがあります。比率の絶対値だけでなく、前回値からの変化をより重視することが重要です。 |
| アルブミン (Alb) | 低栄養(フレイルやサルコペニア)を合併していることが多く、元々のアルブミン値が低い場合があります。脱水による血液濃縮が起きても、数値上は正常範囲内に見えることがあるため注意が必要です。 |
例えば、普段のCreが0.4mg/dLの高齢者が、脱水により0.8mg/dLに上昇した場合、数値上は基準値内ですが、腎機能は半分に低下している可能性があります。このように、ベースラインの値を把握し、経時的な変化を追うことが、高齢者の脱水を見逃さないための鍵となります。
採血データだけでなく、体重の急激な減少、尿の色や回数の変化、皮膚の乾燥(ツルゴール低下)、脇の下の乾燥、血圧の変動(特に起立性低血圧)といった身体所見を合わせて評価することが極めて重要です。
脱水と電解質異常:採血データから読む隠れたリスク
脱水は、単に体内の水分が失われるだけでなく、ナトリウム(Na)やカリウム(K)といった電解質のバランスをも大きく崩します。 電解質は、神経の伝達、筋肉の収縮、細胞の浸透圧維持など、生命活動の根幹を担う重要な役割を果たしており、その異常は時に致死的な状況を招きます。脱水の評価では、水分バランスと同時に電解質の動態を把握することが不可欠です。
脱水は、失われる水分と電解質(主にNa)のバランスによって、以下の3つのタイプに分類されます。
- 高張性脱水 (水分欠乏型): 水分の喪失がNaの喪失を上回る状態。発汗や水分摂取不足などで起こりやすい。血清Na値は上昇(>145mEq/L)します。
- 低張性脱水 (Na欠乏型): Naの喪失が水分の喪失を上回る状態。下痢や嘔吐、不適切な低張性輸液などで起こる。血清Na値は低下(<135mEq/L)します。
- 等張性脱水 (混合型): 水分とNaが体液と等張の割合で失われる状態。出血や消化液の喪失などで見られます。血清Na値は正常範囲内です。
この分類は、治療方針(輸液の種類)を決定する上で非常に重要です。例えば、高張性脱水に高張性の輸液を行うと、さらに高ナトリウム血症を助長し、意識障害などを引き起こす危険があります。
採血データから読み取れる主な電解質異常と、それに伴うリスクは以下の通りです。
| 電解質異常 | 主な原因 | 採血データ | 主な症状・リスク |
|---|---|---|---|
| 高ナトリウム血症 | 水分摂取不足、発汗過多、尿崩症 | Na > 145 mEq/L | 口渇、意識障害、痙攣、脳細胞の脱水 |
| 低ナトリウム血症 | 嘔吐・下痢、利尿薬、心不全、SIADH | Na < 135 mEq/L | 悪心・嘔吐、頭痛、意識障害、痙攣 |
| 高カリウム血症 | 腎不全、アシドーシス、組織崩壊、K保持性利尿薬 | K > 5.0 mEq/L | 四肢のしびれ、脱力、致死性不整脈(心停止) |
| 低カリウム血症 | 嘔吐・下痢、利尿薬、アルカローシス | K < 3.5 mEq/L | 筋力低下、四肢麻痺、不整脈、横紋筋融解症 |
特に注意すべきはカリウム(K)です。脱水に伴い腎機能が低下すると、Kの排泄が滞り、高カリウム血症をきたすことがあります。高カリウム血症は、心電図変化(テント状T波、QRS幅の増大)を引き起こし、最終的には心停止に至る可能性のある非常に危険な状態です。BUNやCreの上昇が見られる脱水の患者さんでは、必ずKの値も確認する習慣が重要です。
また、脱水は腎前性腎不全を引き起こし、代謝性アシドーシスを招くことがあります。アシドーシス状態では、細胞内のカリウムが細胞外(血中)へシフトするため、実際の体内の総カリウム量は不足しているにもかかわらず、採血データ上はK値が正常〜高値を示す「見せかけの高カリウム血症」が起こり得ます。アシドーシスの補正後に、急激な低カリウム血症に陥るリスクも念頭に置く必要があります。
このように、脱水の採血データを評価する際は、BUN/Cre比やHtだけでなく、必ず電解質パネル(特にNa, K, Cl)を確認し、水と電解質の両面からアプローチすることが、患者さんを隠れたリスクから守る上で不可欠です。
脱水の評価:血液データだけでなく唾液や尿検査の有用性
脱水の評価は、これまで血液検査がゴールドスタンダードとされてきました。しかし、採血は侵襲的であり、頻繁なモニタリングが難しい場合があります。そこで近年、より低侵襲で簡便な評価方法として、血液以外の体液、特に唾液や尿を用いたバイオマーカーの研究が進んでいます。これらは、採血を補完し、より多角的な評価を可能にするポテンシャルを秘めています。
尿検査による評価
尿検査は、古くから脱水評価に用いられてきました。特に以下の2つの項目が有用です。
- 尿比重 (Urine Specific Gravity, USG): 尿中に溶けている物質の濃度を反映します。脱水時には腎臓が尿を濃縮するため、尿比重は高くなります。スポーツ医学の分野では、USG ≥1.020が脱水の一つの指標とされています。
- 尿浸透圧 (Urine Osmolality, UOsm): 尿中の溶質粒子(Na, K, 尿素など)の総数をより正確に反映する指標です。UOsm ≥700 mOsmol/kgH2Oが脱水の基準として用いられることがあります。
尿の色(濃い黄色になる)も簡便な目安になりますが、ビタミン剤の服用など他の要因でも変化するため、あくまで参考所見です。尿検査は、腎臓の応答(尿濃縮)を直接見ている点で有用ですが、腎機能障害があると正確な評価が難しいという限界もあります。
唾液検査の可能性という独自視点
唾液は「口腔の鏡」とも呼ばれ、血液成分を反映する様々なバイオマーカーを含んでいます。非侵襲的で簡単に採取できるため、次世代の評価ツールとして期待されています。
- 唾液浸透圧 (Salivary Osmolality): 血液の浸透圧と相関し、脱水状態を反映して上昇することが複数の研究で示されています。
- 唾液の伝導率 (Salivary Conductivity): 唾液中の電解質濃度を反映する指標です。脱水により電解質が濃縮されると伝導率が上昇することが報告されており、これを測定する携帯型デバイスの開発も進められています。
A Portable Biodevice to Monitor Salivary Conductivity for the Rapid Assessment of Fluid Statusという研究では、12時間の水分制限により唾液の伝導率が有意に上昇し、その後の水分補給で低下することが示されました。これは、リアルタイムで水分状態をモニタリングできる可能性を示唆しています。
複数の指標を組み合わせる重要性
重要なのは、単一の指標に頼るのではなく、複数の評価方法を組み合わせることです。2020年に発表されたレビュー論文「Reviewing the current methods of assessing hydration in athletes」では、体水分状態を正確に評価するためには、血液、尿、唾液、身体所見(体重変化や喉の渇きなど)といった相補的な強みを持つ複数の指標を組み合わせるアプローチが推奨されています。
例えば、以下のような多角的な評価が考えられます。
- 初期スクリーニング: 尿の色、喉の渇き、体重変化などの非侵襲的な方法でリスクを察知する。
- 客観的評価: 尿比重や唾液浸透圧などの簡便な検査で状態を評価する。
- 精密検査: 脱水が強く疑われる場合や、電解質異常のリスクが高い場合に、血液検査(BUN, Cre, 電解質など)を実施し、確定診断と治療方針の決定を行う。
臨床現場では、常に採血ができるわけではありません。特に在宅医療やスポーツ現場などでは、尿や唾液といった低侵襲なツールを組み合わせることで、早期発見・早期介入が可能になります。血液データは依然として重要ですが、それだけに固執せず、利用可能なあらゆる情報を統合して患者さんの状態を評価する視点が、今後ますます重要になるでしょう。