腸内細菌の種類と働き
腸内細菌の基本分類と門レベルの種類
私たちの腸内には1000種類以上、約100兆個もの腸内細菌が共生しており、その重さは約1.5kgにもなります。これらの細菌は働きによって善玉菌、悪玉菌、日和見菌の3つに大別されます。門レベルで見ると、ヒトの腸内細菌叢は主にファーミキューテス門とバクテロイデス門という2つの細菌群が全体の90%以上を占めています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10937545/
その他にもアクチノバクテリア門(旧称アクチノバクテリア)、プロテオバクテリア門(旧称プロテオバクテリア)、フソバクテリア門、ベルコミクロビア門の6つの門が主要な腸内細菌群として知られています。興味深いことに、これらの菌の構成比率は個人差が大きく、種レベル、株レベルで見るとその多様性はさらに顕著になります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4262072/
腸内細菌における善玉菌の主要種類
善玉菌の代表格はビフィズス菌で、大腸内の善玉菌の約99.9%を占めるのに対し、乳酸菌はわずか0.1%程度です。ビフィズス菌は糖を発酵させて乳酸と酢酸を3対2の割合で産生し、腸内を弱酸性にすることで悪玉菌の増殖を抑制します。
乳酸菌には多くの種類があり、同じ菌種でも株ごとに異なる性質を持ち、得られる効果が異なるのが特徴です。また、近年注目されているのが酪酸菌です。酪酸菌は腸内で酪酸という短鎖脂肪酸を産生し、腸粘膜のエネルギー源となるだけでなく、制御性T細胞(Treg)を増やすことでアレルギー症状の緩和に役立つことが明らかになっています。
納豆菌も酪酸産生菌の一種で、ぬか漬けやナチュラルチーズにも酪酸菌が含まれています。これらの善玉菌は整腸作用、免疫機能の向上、血圧降下、コレステロール値の上昇抑制など、生活習慣病の予防・改善に役立つ様々な作用が認められています。
腸内細菌の短鎖脂肪酸産生と健康への影響
腸内細菌が産生する代謝物質の中で最も重要なのが短鎖脂肪酸です。短鎖脂肪酸には酢酸、プロピオン酸、酪酸などがあり、これらは食物繊維のように消化・吸収できない成分を腸内細菌が発酵することで産生されます。
参考)第1回 腸内細菌の種類と役割|栄養コラム|ニップン栄養情報サ…
ヒト大腸内腔における短鎖脂肪酸の濃度は約100mM程度で、その産生には特定の菌株が関与しています。例えば、クロストリジウム属の一部(Clostridium butyricumなど)やButyrivibrio属が酪酸を、Acetobacter属やGluconobacter属が酢酸を産生します。
参考)https://www.toukastress.jp/webj/article/2019/GS19-17j.pdf
短鎖脂肪酸は単なるエネルギー源ではなく、G蛋白共役受容体を介したシグナル伝達物質として作用し、宿主のエネルギー代謝調節に重要な役割を果たしています。特に酪酸は腸上皮細胞の主要なエネルギー源として大腸の機能維持に寄与し、酢酸は脂肪蓄積を抑制する効果があることが報告されています。さらに、短鎖脂肪酸は免疫システムにも働きかけ、制御性T細胞を増加させることで炎症を抑制し、アレルギー性疾患の改善にも効果があるとされています。
参考)「短鎖脂肪酸」が免疫システムをパワーアップ!|腸活ナビ|大正…
腸内細菌の理想的なバランスと日和見菌の役割
腸内細菌の理想的なバランスは「善玉菌2:悪玉菌1:日和見菌7」といわれています。このバランスを維持することが腸や体全体の健康を保つために重要です。
日和見菌は善玉菌でも悪玉菌でもない腸内細菌の総称で、腸内環境によってその働きが変化するのが特徴です。健康な時は善玉菌の働きが活発で日和見菌はおとなしく悪玉菌の増殖を防いでいますが、悪玉菌が通常の比率より増えると、日和見菌も悪玉菌と同じように悪い働きをしてしまいます。
参考)腸内フローラのバランスを整えるには?理想的なバランスや改善方…
代表的な日和見菌としては、バクテロイデス属やファーミキューテス門に属する多くの菌が含まれます。特にバクテロイデスは「ヤセ菌」の一つ、ファーミキューテスは「デブ菌」の一つとして知られており、その比率が肥満と関連することが研究で示されています。
参考)花王
ただし、腸内細菌についてはまだ不明な部分が多く、善玉菌・悪玉菌・日和見菌の最も良い割合には個人差があるとされています。重要なのは、それぞれの個人にとって最良のバランスを保つこと、すなわち「ディスバイオーシス」(腸内細菌のバランスの乱れ)に陥らないことです。
腸内細菌の年齢変化と検査方法
年齢を重ねると腸内細菌叢が変化することが知られており、一般的に高齢になると腸内細菌の多様性が失われる傾向にあります。森永乳業と神戸大学の共同研究では、0歳から104歳までの健常者367名を対象に腸内細菌叢を解析した結果、加齢に伴う腸内細菌の連続的な変化には数パターンが存在することが明らかになりました。
具体的には、加齢に伴い減少する菌群、増加する菌群、成人のみ占有率の高い菌群、乳幼児と高齢者で占有率の高い菌群などが存在し、70歳を超えた時点で高齢者型の腸内細菌叢構成になる健常者が多いことが示されました。興味深いことに、健康な高齢者の腸内環境を見ると、若い人と同じくらい多様な腸内細菌を持っているという研究結果も出ており、食生活や適度な運動などを心がけることで腸内細菌の多様性を維持することが可能です。
参考)https://www.morinagamilk.co.jp/assets/release/17758.pdf
腸内細菌の状態を調べる方法としては、腸内フローラ検査(腸内細菌叢検査)があります。この検査は自宅で少量の便を採取するだけの簡単な方法で、採便してから1週間以内にポストへ投函すれば、腸内細菌の種類や割合を詳しく調べることができます。腸内細菌に基づいた腸年齢からその人の実年齢をある程度予測することも可能になってきており、自身の腸内環境の状態を把握する有用なツールとなっています。
腸内細菌を増やす食事とプロバイオティクス
腸内細菌のバランスを整えるためには、プロバイオティクス(善玉菌そのもの)とプレバイオティクス(善玉菌のエサとなる成分)の両方を摂取することが効果的です。
参考)腸内環境を整える食事、食材の選び方と効果的な組み合わせは? …
プロバイオティクスとしては、ビフィズス菌や乳酸菌を含むヨーグルト、発酵乳、納豆、ぬか漬け、ナチュラルチーズ、キムチなどの発酵食品が挙げられます。ただし、口から摂取したビフィズス菌や乳酸菌はそのまま腸に定着するわけではなく、腸内の悪い菌を抑制することでスペースを作り、すでに腸内に存在していた善玉菌がその空いたスペースを利用して増えていくイメージです。そのため、ヨーグルトや乳酸菌飲料は毎日継続して摂取することが推奨されます。
参考)乳酸菌発酵ろ液PS-B1服用による排便および便の性状,肌質に…
一方、プレバイオティクスとして重要なのが食物繊維です。特に水溶性食物繊維は酪酸菌のエサとなりやすく、海藻類(わかめ、めかぶなど)、穀類(オートミール、そば、ライ麦パン)、野菜(ゴボウ、納豆、アボカド、ニンジン)などに多く含まれています。
食物繊維は小腸では分解できず大腸まで流れてきますが、ビフィズス菌や酪酸菌などがこの食物繊維をエサにして短鎖脂肪酸を産生します。この短鎖脂肪酸が腸内を弱酸性に保ち、悪玉菌の繁殖を抑えることで整腸作用を発揮します。日本人の腸内細菌叢の特徴として炭水化物の代謝能が高いことが明らかになっており、日本人は欧米人に比べて酪酸によって制御性T細胞が誘導されやすいとするデータもあります。
参考)健康や疾患に大きく関与する 腸内細菌叢を変容させる因子
腸内細菌叢の基本情報と働きについて詳しく知りたい方は、健康長寿ネットの解説が参考になります(腸内細菌の種類と役割に関する情報)
腸内細菌由来の短鎖脂肪酸がもたらす生体恒常性と疾患に関する詳細は、日本生化学会の論文で解説されています(短鎖脂肪酸の代謝メカニズムに関する学術情報)