腸球菌のバンコマイシン耐性
腸球菌によるバンコマイシン耐性獲得の分子機序
バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の耐性機序は、細胞壁合成過程における巧妙な分子改変にある 。正常な腸球菌では、細胞壁前駆体ペプチドグリカンの末端にD-アラニル-D-アラニン(D-Ala-D-Ala)が存在し、バンコマイシンがこの構造に結合することで細胞壁合成を阻害する 。
参考)https://www.jscm.org/journal/full/02403/024030180.pdf
VREでは、耐性遺伝子産物の働きによって末端のD-アラニンがD-乳酸またはD-セリンに置換され、D-アラニル-D-乳酸(D-Ala-D-Lac)またはD-アラニル-D-セリン(D-Ala-D-Ser)構造が形成される 。この構造変化により、バンコマイシンの親和性が劇的に低下し、1000倍以上の耐性度上昇をもたらす場合がある 。
参考)https://www.nite.go.jp/mifup/note/view/101
最も臨床的に重要なVanA型では、VanA蛋白(D-Ala-D-Lac リガーゼ)、VanH蛋白(脱水素還元酵素)、VanX蛋白(D-Ala-D-Ala ジペプチダーゼ)が協調的に機能する 。さらに二成分制御系(VanR/VanS)による巧妙な調節機構により、バンコマイシン存在下でのみ耐性遺伝子が発現される 。
腸球菌感染症における治療薬選択の課題
VRE感染症の治療において、リネゾリドとダプトマイシンが主要な治療選択肢となっている 。リネゾリドは50Sリボソームサブユニットに結合し、70Sイニシエーション複合体の形成を阻害することで細菌のタンパク質合成を停止させる 。E. faeciumに対する適応を持ち、VREに対して優れた抗菌活性を示す 。
参考)バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の臨床・治療について|国立…
しかし、リネゾリドは静菌的作用であり、VRE菌血症に対してはダプトマイシンと比較して治療失敗率が高く、30日死亡率も高いという報告がある 。そのため、菌血症や感染性心内膜炎に対しては、他剤が使用できない場合にのみ使用を検討すべきとされている 。
ダプトマイシンは殺菌的に作用するため、重篤なVRE感染症に対してより適している 。特に感染性心内膜炎に対しては高用量(8-10mg/kg)での使用が推奨される専門家もいる 。また、ダプトマイシンのMICが3-4μg/mLに上昇している場合、単剤治療では微生物学的治療失敗が多いため、アンピシリンなど他剤との併用が推奨される 。
腸球菌VREの疫学的特徴と感染経路
VREの疫学的特徴として、E. faeciumとE. faecalisが臨床上最も重要な菌種である 。欧米ではE. faeciumが優位であるのに対し、日本ではE. faecalisも多く分離されることが特徴的である 。この違いは、E. faeciumがより多剤耐性を示すことに起因すると考えられている 。
VRE感染・保菌のリスク因子には、抗菌薬曝露歴(特に第3世代セファロスポリンやバンコマイシン)、在院日数、重症度、侵襲的デバイス、ICU入室、長期介護施設入所などがある 。VREは医療施設関連尿路感染症、血管内カテーテル関連血流感染症、感染性心内膜炎、腹腔内感染症など多様な感染症の原因となる 。
腸球菌は腸管内に定着しやすい性質があるため、院内環境での拡散が問題となる 。患者の糞便から継続的に排出されるVREによる環境汚染が、接触感染を通じて他の患者への伝播を引き起こす 。そのため、VRE検出時には個室隔離と接触予防策の徹底が極めて重要である 。
参考)https://www.hosp.kagoshima-u.ac.jp/ict/bacteria/VRE.htm
腸球菌バンコマイシン耐性型の分類と臨床的意義
バンコマイシン耐性は現在9つの型(VanA、B、C、D、E、G、L、M、N)に分類されているが、臨床上最も重要なのはVanA型とVanB型である 。VanA型は最も頻度が高く、バンコマイシンとテイコプラニンの両方に高度耐性を示し、接合伝達性プラスミド上に存在するため菌間伝播が容易である 。
VanB型は中等度から高度のバンコマイシン耐性を示すが、テイコプラニンには通常感性である 。この違いは二成分制御系のVanS sensor蛋白の薬剤認識能の差に起因する 。VanB型センサー蛋白はテイコプラニンを感知できないため、耐性遺伝子の発現が誘導されない 。
VanC型は自然耐性で、E. gallinarum、E. casseliflavus、E. flavescensに見られる低度耐性である 。これらの菌種では全株が耐性を示すため、菌種同定にも利用される 。その他のVanD-N型は稀で、世界的にも報告例が限られている 。
腸球菌感染症における独自の治療戦略
VRE感染症の治療において、従来の抗菌薬治療に加えて、感染源コントロールが極めて重要である 。IVHカテーテルや尿道カテーテルなどの医療デバイス関連感染が疑われる場合、デバイスの除去や交換のみで改善することも多い 。膿瘍を伴う感染症では、外科的ドレナージなしに抗菌薬のみでの治癒は困難とされている 。
アンピシリン感性VREの治療では、ペニシリンアレルギー歴の詳細な評価が重要である 。自己申告によるペニシリンアレルギー患者のうち、実際に使用できない患者は少ないとされており、感染症専門医や薬剤師による適切な評価を行うことで治療選択肢を拡大できる 。
最新の研究では、ダプトマイシンとβ-ラクタム薬(アンピシリンなど)やアミノグリコシド、チゲサイクリンなどとの併用により、VREに対する抗菌活性が増強することが示されている 。特にダプトマイシン耐性が上昇している場合の併用療法は、今後の治療戦略として注目されている 。