腸球菌感染の原因
腸球菌の自然耐性と獲得耐性の仕組み
腸球菌は本来、ヒトの腸管内に存在する常在菌の一つです 。しかし、この菌は多くの抗菌薬に対して自然耐性を有しており、さらに獲得耐性によって高度耐性となることが問題となっています 。
参考)腸球菌感染症 – 16. 感染症 – MSDマニュアル家庭版
腸球菌の自然耐性は、細胞内への薬剤取り込みが低いことが主な原因です 。特に、ゲンタマイシンやカナマイシンなどのアミノグリコシド系薬剤、セフェム系薬剤に対して自然耐性を示します 。また、Enterococcus gallinarum や E. casseliflavus は、染色体上のVanC遺伝子によってバンコマイシンに対して自然耐性を示すことが知られています 。
参考)2010年から2012年に東京都内で流通した食肉におけるバン…
さらに重要な問題は獲得耐性で、特にバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)は、トランスポゾンTn1546により水平伝達されるvanA遺伝子やvanB遺伝子を獲得することで、バンコマイシンに高度耐性を示すようになります 。
腸球菌感染の院内感染における感染経路
腸球菌感染症の主な感染経路は接触感染です 。医療従事者の手指、汚染された医療器具や環境を介して感染が拡大します 。
参考)バンコマイシン耐性腸球菌感染症 Vancomycin Res…
院内感染では以下のような感染経路が特に重要です。
- 便や尿からの排出:VREを保菌している患者の便や尿に含まれる菌が感染源となります
- 手指を介した伝播:手洗いや消毒が不完全な医療従事者の手指から患者へ感染します
参考)https://byoin.city.fuji.shizuoka.jp/annai/info/vre/documents/vre_qa.pdf
- 環境汚染:ベッド柵、トイレ、ドアノブなどの環境表面を介した間接感染が発生します
参考)http://www.kankyokansen.org/journal/full/03505/03505S001.pdf
- 医療器具:適切に再処理されなかった器具から交差感染が起こります
特に注意すべきは、VRE保菌者の多くが無症状であることです 。症状がないまま長期間にわたってVREを排出し続けるため、知らないうちに院内感染が拡大するリスクがあります 。
参考)バンコマイシン耐性腸球菌感染症|国立健康危機管理研究機構 感…
腸球菌感染症の高リスク患者群
腸球菌感染症は典型的な日和見感染症として知られています 。健康な人では通常、感染症を引き起こすことはありませんが、以下のような易感染状態の患者では重篤な感染症を発症するリスクが高まります 。
参考)https://www.jscm.org/journal/full/02403/024030180.pdf
高リスク患者の特徴。
- 悪性疾患患者:白血病などの血液疾患を持つ患者
参考)https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-14-01.html
- 外科手術後患者:特に胸腹部外科手術後の患者
- 免疫不全患者:免疫機能が低下している患者
- 重篤な基礎疾患を有する患者:やけど、栄養失調などの状態
これらの患者では、通常は無害な腸球菌が術創感染症、膿瘍、腹膜炎、敗血症、心内膜炎などの重篤な感染症を引き起こす可能性があります 。特に中性粒細胞減少期の血液疾患患者では、血流感染のリスクが著しく高くなることが報告されています 。
参考)腸球菌感染症 – 13. 感染性疾患 – MSDマニュアル …
腸球菌感染における薬剤耐性メカニズム
腸球菌の薬剤耐性は、自然耐性と獲得耐性の両方が複雑に関与しています 。バンコマイシン耐性の獲得は、特に重要な臨床的問題となっています。
参考)https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/MM0706-02.pdf
バンコマイシン耐性のメカニズム。
バンコマイシン耐性は、細胞壁を構成するペプチドグリカンの構造変化により生じます 。通常、バンコマイシンは細胞壁前駆体のD-アラニル-D-アラニン部分に結合して細胞壁合成を阻害しますが、耐性菌では末端がD-アラニル-D-乳酸に変化することで、バンコマイシンの結合親和性が大幅に低下します 。
参考)https://www.nite.go.jp/mifup/note/view/101
耐性遺伝子の分類。
- VanA型:バンコマイシンとテイコプラニンに高度耐性、プラスミド性で水平伝播しやすい
- VanB型:バンコマイシンに高度耐性、テイコプラニンに感受性
- VanC型:染色体性の自然耐性、低度耐性で水平伝播しにくい
この耐性遺伝子の水平伝播により、院内でのVRE拡散が深刻な問題となっています 。
腸球菌感染の独自の臨床的特徴と対策
腸球菌感染症には他の細菌感染症とは異なる独自の特徴があります。最も注目すべきは、感染と保菌の区別が困難である点です 。
保菌と感染の違い。
腸球菌は腸管内常在菌として存在するため、便培養で陽性となっても必ずしも感染症を意味しません 。健常者では無症状保菌者として長期間菌を排出し続けることが多く、これが院内感染制御を困難にしています 。
参考)https://www.niid.jihs.go.jp/images/plan/kisyo/5_suzuki.pdf
食品由来感染のリスク。
興味深いことに、VREは食肉からも検出されることが報告されています 。特にタイ産やブラジル産鶏肉からVanA型VREが検出されており、食品を介したヒトへの伝播の可能性も指摘されています 。これは従来の院内感染対策だけでは不十分である可能性を示唆しています。
乳酸菌との鑑別。
また、バンコマイシン自然耐性を示すLactobacillus、Pediococcus、Leuconostocなどの常在乳酸菌とVREとの区別が困難という臨床的課題もあります 。これらの菌もbile-esculin反応陽性を示すため、正確な同定には分子生物学的手法が必要となります。
予防対策の重要性。
VRE感染症の予防には、標準予防策に加えて接触感染予防策の徹底が必要です 。特に、トイレや汚物室などの環境整備、患者および医療従事者の手指消毒が重要とされています 。また、基礎疾患を持つ患者では、基礎疾患の適切な治療により感染防御機能を維持することも感染予防に重要です 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/97/11/97_2687/_pdf
感染管理における腸球菌感染症の詳細な治療指針
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