チトクロムとシトクロムの違いと呼び方

チトクロムとシトクロムの違い

チトクロムとシトクロムの基本情報
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表記の違い

英語「cytochrome」の発音を日本語でどう表記するかの違い

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同一のタンパク質

ヘム鉄を含む酸化還元機能を持つヘムタンパク質

細胞呼吸での役割

ミトコンドリアで電子伝達を担う重要な成分

チトクロムとシトクロムは同じタンパク質

チトクロムとシトクロムは、実は全く同じタンパク質を指す言葉で、表記の違いだけです。英語の「cytochrome」という言葉を日本語でどう発音するかによって、複数の呼び方が生まれました。英語の発音記号は「sáitəkròum」(サァィタァクロォゥム)であり、これを日本語で表記する際に「チトクロム」「シトクロム」「チトクローム」「サイトクロム」「シトクローム」など様々なバリエーションが存在します。

参考)シトクロム – Wikipedia


学術的にはどちらの表記も正しく、文献や教科書によって使い分けられていますが、機能や構造に違いはありません。日本大百科全書では「チトクロム」を見出し語としつつ「シトクロムともいい」と説明されており、両方の表記が広く認知されていることがわかります。ドイツ語では「Zytochrom」または「Cytochrom」と表記され、これも同じタンパク質を指しています。

参考)チトクロム(ちとくろむ)とは? 意味や使い方 – コトバンク


このタンパク質は、酸化還元機能を持つヘム鉄を含有するヘムタンパク質の一種であり、細胞呼吸において中心的な役割を果たします。1886年にMacMunnによって存在が指摘され、1925年にデーヴィッド・ケイリンによるウマバエ幼虫を用いた研究で、酸化還元機能を持ち好気呼吸に重要な役割を持つことが実証されました。​

チトクロムの表記の歴史と由来

チトクロムという名称は「細胞の色素」を意味する言葉として、1925年にイギリスの生化学者デーヴィッド・ケイリンによって提案されました。それ以前の1884年にマクマンが動物の筋肉中に赤い色素を発見し、「ミオヘマチン」または「ヒストヘマチン」と命名していましたが、当時は広く認知されませんでした。​
ケイリンはこの色素が好気性生物に広く存在して細胞呼吸に関与することを発見し、「細胞色素」という意味で「cytochrome」と命名しました。この英語名が日本に導入される際、発音の解釈の違いから複数の表記が生まれたと考えられます。学術分野や研究者によって好みの表記が異なるため、現在でも統一されていない状況です。​
実際の生物学や医学の教科書、論文では、「シトクロム」表記が比較的多く見られますが、「チトクロム」も依然として使用されています。重要なのは、どちらの表記を使っても同じタンパク質を指しており、科学的な内容に違いはないという点です。​

チトクロムの種類と分類

チトクロムは含有しているヘムの種類によって、a、b、c、dの4つの主要な群に分類されます。チトクロムa(フォルミルポルフィリン鉄)にはシトクロムa₁やa₃などのサブタイプが存在します。チトクロムb(プロトポルフィリン鉄)にはb₂、b₅、b₅₅₉、b₅₆₃などがあり、チトクロムc(メソポルフィリン誘導体鉄)にはc₁やシトクロムfなどが含まれます。

参考)シトクロム – 光合成事典


還元型チトクロムは可視部に特徴的な3本の吸収帯(長波長側から順にα、β、γ帯)を持ち、この吸収スペクトルの特性が各タイプの識別に利用されます。ヘムの種類と結合様式の違いにより、酸化還元電位やタンパク質との結合状態が異なるため、それぞれ異なる機能を持っています。​
チトクロムの名称は、ヘムの分類以外に生物種名や長波長の吸収帯のナノメートル数で付けられることも多くあります。例えばチトクロムP450は、一酸化炭素が還元型の酵素に結合すると450ナノメートルの波長に吸収極大を示すことから命名されました。ただし、チトクロムP450はモノオキシゲナーゼであり、厳密にはシトクロムではないという特殊性があります。

参考)シトクロムP450 – Wikipedia

チトクロムの細胞内での分布と存在

チトクロムは好気呼吸を行う生物だけでなく、光合成を行う生物や嫌気呼吸を行う生物からも発見されており、現在では全生物に存在すると言って良い状況です。一般の動植物の細胞、細菌、カビ、酵母などに広く存在し、初めは存在しないと考えられていた絶対嫌気性菌の一部にも見いだされています。​
真核生物では、膜結合型チトクロムはミトコンドリア内膜や細胞質内膜系などの膜に存在しています。原核生物では細胞膜に存在し、植物など光合成を行う生物では葉緑体や色素顆粒にも存在します。一方、可溶型のチトクロムも存在し、そうしたタイプでは細胞質に存在しています。​
普通、一つの細胞には数種のチトクロムがミトコンドリアその他の大型粒子に結合しており、それらが協力して細胞呼吸の中心的存在として働きます。真核細胞のミトコンドリア、原核細胞の細胞膜に存在するチトクロムは、他の成分とともに呼吸鎖と呼ばれる連鎖的酸化還元系を構成します。​

チトクロムの電子伝達における機能

チトクロムはヘム鉄のFe²⁺(還元型)とFe³⁺(酸化型)の可逆的変換により、細胞内の酸化還元反応の中間電子伝達体として機能します。ヘム鉄を含有しているため酸化還元電位が高く、概して電子伝達系に存在しています。様々な酸化還元電位を持つチトクロムの存在は、生物体での高いエネルギー効率に寄与しています。​
ミトコンドリアの呼吸鎖では、特に呼吸鎖複合体IIIが本体としてシトクロムの複合体(シトクロムbc₁複合体)であり、複合体IVではシトクロムcを酸化して電子伝達を行います。この電子伝達系は、呼吸基質(コハク酸などの有機酸)から電子を奪って酸化し、それを酸素に与えて還元する反応を行います。

参考)ミトコンドリアの電子伝達系を解説


電子が電子輸送グループを通って流れるのに従い、膜の反対側へプロトン(水素イオン)がくみ出され、このプロトンがATP生産の動力源として用いられます。シトクロムcは、ミトコンドリア脂質内膜に含まれるカルジオリピンというリン脂質に結合し、呼吸鎖タンパク質間の電子輸送をしています。

参考)シトクロムc (Cytochrome c)

チトクロムP450との違いと特殊性

チトクロムP450は「チトクロム」という名称を持つものの、実際にはモノオキシゲナーゼであり、一般的なシトクロムとは機能が異なります。シトクロムが一般に電子伝達タンパク質であるのに対し、チトクロムP450は酵素として基質を水酸化する反応を触媒します。

参考)医療従事者の皆さまへ│おくすり体質検査│メディビック


チトクロムP450(Cytochrome P450)は分子量約45,000から60,000の水酸化酵素ファミリーの総称で、略してCYP(シップ)と呼ばれます。還元状態で一酸化炭素と結合して450nmに吸収極大を示す色素というのが名前の由来で、大村恒雄と佐藤了により1964年に命名されました。​
すべてのシトクロムP450は約500アミノ酸残基からなり、活性部位にヘムを持ち、シトクロムと構造的特徴が似ています。肝臓において解毒を行うほか、ステロイドホルモン生合成、脂肪酸の代謝や植物の二次代謝など、生物の正常活動に必要な反応に広く関与しています。動物では主に肝臓に存在し、その他腎臓、肺、消化管、副腎、脳、皮膚などほとんどすべての臓器に少量ながら存在することが知られています。​

チトクロムcのアポトーシスでの役割

チトクロムcは呼吸鎖での電子伝達という本来の機能以外に、アポトーシス(細胞死)において重要なシグナル仲介の役割を担っています。細胞がアポトーシス誘導刺激を受けると、ミトコンドリアからシトクロムcが放出されます。これは、細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇することで、ミトコンドリアPTP(透過性遷移孔)の開口が促されることによるものです。

参考)細胞の呼吸と死の両方に関与する多機能性タンパク質シトクロムc…


少量放出されたシトクロムcは小胞体膜上にあるIP3受容体と相互作用し、小胞体からカルシウムが放出されます。このプロセスにより、濃度が上がったカルシウムはシトクロムcの大量放出を引き起こし、正のフィードバックループを形成して小胞体からのカルシウム放出を持続させます。これにより、小胞体から放出されたカルシウムの量は細胞毒性をきたすまで上昇します。

参考)シトクロムc – Wikipedia


細胞質中に放出されたシトクロムcは、カスパーゼ9と呼ばれるシステインプロテアーゼを活性化します。カスパーゼ9はカスパーゼ3とカスパーゼ7を活性化し(カスパーゼカスケード)、最終的にアポトーシスを引き起こします。このようにシトクロムcは、細胞の生と死の両方を制御する多機能性タンパク質として機能しています。​
生命の維持に必要な呼吸とプログラム細胞死という相反する機能を持つことは、チトクロムcの興味深い特徴です。シトクロムcが機能しなくなると、ミトコンドリア内でATP合成が行われなくなるだけでなく、活性酸素(ROS)濃度が著しく上昇し、癌やアルツハイマー病糖尿病などの疾病を引き起こす要因となります。​