乳がんの症状と診断から治療までの流れ

乳がんの基礎知識と治療法

乳がんの基本情報
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発症率

日本人女性の9人に1人が乳がんになるとされ、女性のがん罹患数で1位

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主な症状

乳房のしこり、くぼみ、乳頭分泌物、乳頭・乳輪のただれや変形

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治療法

手術療法、薬物療法(ホルモン治療・抗がん剤・分子標的薬)、放射線治療

乳がんの発症要因とリスク因子

乳がんは栄養や内分泌ホルモンとの関連が強いがんです。日本での乳がん増加の背景には、食生活の洋風化に伴う体格やホルモン環境の変化があると考えられています。乳がんのリスク因子には以下のようなものがあります。

  • 年齢要因: 40歳以上で発症リスクが高まる
  • 家族歴: 肉親に乳がん患者がいる場合
  • 生殖関連要因:
    • 初潮年齢が早い、閉経年齢が遅い
    • 出産経験がない、または初産年齢が高い(30歳以上)
    • 授乳期間が短い
    • 妊娠中絶回数が多い
  • 生活習慣要因:
    • 肥満(標準体重より20%以上)
    • 高タンパク、高脂肪の食事
    • アルコールの過剰摂取

    特に注目すべきは、乳がんの5~10%は遺伝性であるという点です。BRCA1/2遺伝子の変異が確認されると、乳がんや卵巣がんの発症リスクが大幅に高まります。このような遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)は、早期からの定期検診や予防的手術などの対策が重要となります。

    乳がんの症状と自己触診の重要性

    乳がんの最も一般的な症状は乳房のしこりですが、それ以外にも注意すべき兆候があります。

    1. 乳房のしこり: 最も多い症状で、硬く、境界が不明瞭なことが多い
    2. 乳房のひきつれやくぼみ: がん細胞が周囲の組織を引っ張ることで生じる
    3. 乳頭からの分泌物: 特に血性の場合は要注意
    4. 乳頭や乳輪のただれや変形: パジェット病などの特殊型乳がんの可能性
    5. 脇の下(腋窩)のしこり: リンパ節転移の可能性

    これらの症状に気づくためには、定期的な自己触診が重要です。自己触診は毎月行うことが推奨され、閉経前の女性は生理後4~5日頃、閉経後の女性は毎月決まった日に行うとよいでしょう。

    自己触診の基本的な手順。

    1. 鏡の前で両腕を上げ下げしながら、乳房の形や左右差、くぼみなどを観察
    2. 仰向けになり、指の腹を使って乳房全体を円を描くように触診
    3. 乳頭を軽く絞り、分泌物がないか確認

    自己触診で異常を感じたら、すぐに医療機関を受診することが大切です。自己触診だけでは発見できない小さながんもあるため、定期的な乳がん検診と併用することが推奨されています。

    乳がんの診断方法と検査の流れ

    乳がんの診断は、複数の検査を組み合わせて総合的に行われます。主な検査方法と流れは以下の通りです。

    1. 視診・触診

    医師による視診と触診で、乳房の状態やしこりの有無、性状を確認します。

    2. 画像診断

    • マンモグラフィ: 乳房専用のX線検査で、触知できない小さながんや微細石灰化を発見できます。
    • 超音波検査(エコー): しこりが固形か嚢胞かの鑑別や、マンモグラフィで見えにくい高濃度乳房の検査に有効です。
    • MRI検査: より詳細な乳房内部の状態を確認できます。特に若年者や高濃度乳房、広がり診断に有用です。
    • CT/PET-CT: 遠隔転移の有無を調べるために行われます。

    3. 組織診断

    • 針生検(コア針生検): 局所麻酔下で、太い針を用いて病変部の組織を採取します。
    • 吸引式組織生検(マンモトーム生検): より多くの組織を採取できる方法です。
    • 外科的生検: 病変を切除して診断する方法で、現在は針生検で診断がつかない場合に行われます。

    4. 病理検査

    採取した組織を顕微鏡で観察し、以下の項目を調べます。

    • 組織型(浸潤性乳管癌、非浸潤性乳管癌など)
    • 組織学的悪性度(グレード)
    • ホルモン受容体(エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体)の有無
    • HER2タンパクの過剰発現の有無
    • Ki-67(細胞増殖マーカー)

    これらの検査結果から、乳がんのサブタイプ(ルミナルA型、ルミナルB型、HER2陽性型、トリプルネガティブ型)が判定され、それに基づいて最適な治療方針が決定されます。

    乳がんの進行度(ステージ)と治療選択

    乳がんの進行度(ステージ)は、腫瘍の大きさ(T)、リンパ節転移の有無と程度(N)、遠隔転移の有無(M)に基づいて判定されます。このTNM分類によって、以下のようにステージが決定されます。

    ステージ 特徴 5年生存率の目安
    0期 非浸潤がん(しこりを認めないことも) ほぼ100%
    I期 しこりが2cm以下、リンパ節転移なし 95%以上
    II期 しこりが2~5cm、または限局的なリンパ節転移 85~90%
    III期 しこりが5cm以上、または広範なリンパ節転移 70~80%
    IV期 遠隔臓器に転移がある 20~30%

    ステージとサブタイプに基づいて、以下のような治療法が選択されます。

    1. 手術療法

    • 乳房切除術: 乳頭を含め乳房全体を切除する方法
    • 乳腺部分切除術(乳房温存術): がんとその周囲の乳腺組織のみを切除し、乳房の形を温存する方法
    • センチネルリンパ節生検: 最初に転移するリンパ節(センチネルリンパ節)を調べ、転移がなければ腋窩リンパ節郭清を省略できる
    • 腋窩リンパ節郭清: 腋窩のリンパ節を広範囲に切除する方法

    2. 薬物療法

    • ホルモン療法: ホルモン受容体陽性の乳がんに有効
    • 化学療法(抗がん剤): 細胞増殖を抑制する薬剤を使用
    • 分子標的療法: HER2陽性乳がんに対するトラスツズマブ(ハーセプチン)など
    • 免疫チェックポイント阻害薬: 一部のトリプルネガティブ乳がんに使用

    3. 放射線療法

    主に乳房温存手術後の残存乳房に対して行われ、局所再発を予防します。

    治療法の選択は、がんの生物学的特性(サブタイプ)、進行度、患者の年齢や全身状態、希望などを考慮して総合的に決定されます。近年では、術前薬物療法(手術前に薬物療法を行う方法)も積極的に取り入れられており、腫瘍を縮小させることで乳房温存手術が可能になるケースも増えています。

    乳がんの遺伝性リスクと予防的対策

    乳がんの5~10%は遺伝性であり、その代表的なものが遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC: Hereditary Breast and Ovarian Cancer syndrome)です。HBOCは主にBRCA1/2遺伝子の病的変異によって引き起こされ、以下のような特徴があります。

    • BRCA1変異保持者: 生涯の乳がん発症リスク約60~80%、卵巣がん発症リスク約40~60%
    • BRCA2変異保持者: 生涯の乳がん発症リスク約50~70%、卵巣がん発症リスク約10~20%

    HBOCが疑われる状況

    • 若年(45歳未満)での乳がん発症
    • 両側性乳がん
    • 乳がんと卵巣がんの両方を発症
    • 男性乳がん
    • 家系内に複数の乳がん・卵巣がん患者がいる

    HBOCが疑われる場合、遺伝カウンセリングを受けた上で遺伝学的検査(BRCA1/2遺伝子検査)を受けることができます。2020年4月からは、一定の条件を満たす乳がん患者さんのBRCA1/2遺伝子検査が保険適用となりました。

    遺伝子検査で変異が確認された場合の対策

    1. サーベイランス(厳重な経過観察)

    • 乳房MRI検査(年1回)
    • マンモグラフィ(年1回)
    • 乳房超音波検査(年1~2回)
    • 婦人科検診(CA125測定、経腟超音波検査など)

    2. リスク低減手術

    • 予防的乳房切除術(RRM: Risk-Reducing Mastectomy)

      乳がん発症リスクを90%以上低減できる

    • 予防的卵管卵巣切除術(RRSO: Risk-Reducing Salpingo-Oophorectomy)

      卵巣がん発症リスクを80%以上低減できる

    3. 薬物予防

    • タモキシフェンなどの選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)
    • アロマターゼ阻害剤

    遺伝性乳がんのリスクがある方は、専門の遺伝性腫瘍外来を受診し、適切な遺伝カウンセリングを受けることが重要です。遺伝子検査の結果は血縁者にも影響を与える可能性があるため、家族も含めた包括的なサポートが必要となります。

    近年では、BRCA1/2以外の遺伝子変異も乳がんリスクに関連することがわかってきており、マルチ遺伝子パネル検査などでより広範な遺伝子変異を調べることも可能になっています。

    乳がん患者の心理的サポートと看護ケア

    乳がんの診断は患者に大きな心理的衝撃を与えます。身体的な治療と同時に、心理的・社会的サポートも重要な治療の一環です。

    乳がん診断時の心理的反応

    • ショック、否認、怒り、抑うつなどの感情が生じることが一般的
    • 「なぜ自分が」という疑問や将来への不安
    • ボディイメージの変化に対する懸念(特に乳房切除を伴う場合)
    • 家族や仕事に対する心配

    心理的サポートの重要性

    乳がん患者に対する心理的サポートは、治療への積極的な参加や生活の質の向上に大きく貢献します。多くの医療機関では、以下のようなサポート体制が整備されています。

    1. 乳腺看護外来

      乳がん看護認定看護師による専門的なサポートが受けられます。治療選択の迷いや疑問、副作用や後遺症への対処法など、患者の気持ちに寄り添いながら相談に応じます。

    2. 心理カウンセリング

      臨床心理士や精神腫瘍医による専門的なカウンセリングで、不安やうつ症状の軽減を図ります。

    3. 患者会・サポートグループ

      同じ経験をした患者同士で情報交換や感情の共有ができる場です。「一人ではない」という安心感を得られることが多いです。

    4. アピアランスケア

      脱毛や乳房の変化など、外見の変化に対するケアを提供します。ウィッグや補整下着の情報提供なども含まれます。

    家族へのサポート

    乳がん患者の家族も、不安や負担を抱えていることが多いです。家族向けの情報提供や相談窓口を設けている医療機関も増えています。

    社会復帰へのサポート

    治療後の職場復帰や日常生活への適応をサポートするプログラムも重要です。リハビリテーションやソーシャルワーカーによる就労支援なども含まれます。

    多くの医療機関では、乳がん患者に対する包括的なサポートプログラムを提供しています。診断から治療、そして社会復帰まで、患者の全人的なケアを目指した取り組みが行われており、患者の生活の質(QOL)向上に大きく貢献しています。

    心理的サポートは、患者一人ひとりの状況や価値観に合わせて個別化されることが重要です。医療者とのオープンなコミュニケーションを通じて、自分に合ったサポートを受けることが、乳がんと向き合う上での大きな力になります。

    日本乳癌学会による乳癌診療ガイドライン – 最新の治療方針や推奨グレードの詳細情報