CDI(クロストリディオイデス・ディフィシル感染症)の医療における全体像
CDIの基礎知識:症状とリスク因子
CDI(クロストリディオイデス・ディフィシル感染症)は、 *Clostridioides difficile* (C. difficile)という細菌によって引き起こされる医療関連感染症の代表格です 。この菌は芽胞を形成するため環境中で長期間生存でき、アルコール消毒にも抵抗性を示します 。主な感染経路は、汚染された医療従事者の手指や環境表面を介した接触感染です 。
健康な人の腸内では、C. difficileは他の腸内細菌とのバランスによって増殖が抑制されています 。しかし、抗菌薬の投与によって腸内細菌叢(腸内フローラ)のバランスが崩れると、C. difficileが異常に増殖し、毒素(トキシンAおよびトキシンB)を産生して腸管粘膜を障害し、下痢や腹痛などの症状を引き起こします 。
主な症状は、水様性の下痢で、1日に数回から数十回に及びます 。腹痛、発熱、食欲不振などを伴うこともあります 。重症化すると、大腸の粘膜に偽膜(ぎまく)と呼ばれる白い苔のようなものが形成される「偽膜性大腸炎」や、腸管の動きが麻痺する「麻痺性イレウス」、腸管が異常に拡張する「中毒性巨大結腸症」、さらには腸に穴が開く「腸穿孔」といった生命を脅かす合併症を引き起こす可能性があります 。
CDIの発症リスクを高める主な因子は以下の通りです。
- 抗菌薬の使用:特に広域スペクトラムの抗菌薬は、腸内フローラへの影響が大きく、リスクが高いとされています。クリンダマイシン、広域ペニシリン系薬、セフェム系薬、カルバペネム系薬、キノロン系薬などが挙げられます 。
- 高齢:65歳以上の高齢者は、加齢による免疫機能の低下や併存疾患により、CDIを発症しやすく、重症化しやすい傾向にあります 。
- 長期入院:入院期間が長くなるほど、C. difficileへの曝露機会が増加します 。
- 消化管の手術歴:消化管の手術は、腸内環境を変化させる可能性があります。
- 免疫抑制状態:抗がん剤治療中や臓器移植後の患者など、免疫力が低下している状態はリスクを高めます 。
- 胃酸分泌抑制薬(PPI)の使用:胃酸はC. difficileの増殖を抑制する働きがあるため、PPIの使用がリスクを高める可能性が指摘されています 。
近年では、これまでリスクが低いと考えられていた市中での発症(Community-Associated CDI: CA-CDI)も増加しており、必ずしも医療機関内だけの問題ではなくなってきています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5019973/
CDIの診断:最新ガイドラインに基づく検査方法
CDIの診断は、臨床症状と検査所見を総合的に判断して行われます。まず、CDIが疑われるのは「24時間以内に3回以上の形のない便(下痢)が新たに出現し、その原因が他の要因で説明できない場合」です 。この基準を満たす患者に対して、便中のC. difficile毒素または毒素産生遺伝子の検出を行います 。
診断に用いられる主な検査方法は以下の通りです。
- トキシン検査(EIA法):便中のトキシンAおよびトキシンBを検出する検査です。迅速かつ簡便ですが、感度が比較的低いという欠点があります 。そのため、トキシン検査が陰性であってもCDIを完全に否定することはできません。
- GDH(グルタミン酸デヒドロゲナーゼ)検査:C. difficileが産生する酵素であるGDHを検出する検査です。感度は高いものの、毒素を産生しないC. difficileでも陽性となるため、特異度が低いという特徴があります 。つまり、GDH陽性だけではCDIと診断できず、トキシン検査との併用が推奨されます。
- NAAT(核酸増幅検査):便中のC. difficileの毒素遺伝子(tcdA、tcdB)を検出する検査で、PCR法が代表的です。感度・特異度ともに非常に高く、CDI診断のゴールドスタンダードとされています 。しかし、無症候性の保菌者でも陽性になることがあるため、臨床症状と合わせて慎重に解釈する必要があります 。
日本の多くの医療機関では、感度の高いGDH検査と特異度の高いトキシン検査を組み合わせた2段階のアルゴリズムが採用されています 。GDHが陽性でトキシンが陽性であればCDIと診断します。GDHが陽性でトキシンが陰性の場合は、NAATを追加で行い、最終的な判断を下すことが推奨されています。
参考)CDI(Clostridium difficile infe…
参考リンク:Clostridioides difficile 感染症診療ガイドライン 2022 – このガイドラインには、CDIの診断アルゴリズムや各検査法の詳細な評価が記載されており、臨床現場での判断に役立ちます。
また、重症例や診断が困難な場合には、下部消化管内視鏡検査(大腸カメラ)が行われることがあります。内視鏡で偽膜性大腸炎に特徴的な黄白色の偽膜を直接確認することで、確定診断に至ります 。ただし、偽膜が直腸やS状結腸に限局しているとは限らないため、全大腸の内視鏡検査が望ましいとされています。
参考)Clostridium difficile関連性腸炎 (ガス…
CDIの治療:抗菌薬の選択と再発予防策
CDIの治療の基本は、原因となっている抗菌薬を可能であれば中止することです 。軽症の場合は、原因薬の中止だけで症状が改善することもあります 。抗菌薬治療が必要な場合は、重症度に応じて薬剤を選択します。
【初回治療】
- 軽症~中等症:かつてはメトロニダゾール(MNZ)が第一選択薬でしたが、近年のガイドラインでは治療効果の観点から、バンコマイシン(VCM)経口薬の使用が推奨されています 。フィダキソマイシン(FDX)も有効な選択肢です 。
- 重症:白血球数が15,000/μL以上、または血清クレアチニン値が基準値の1.5倍以上に上昇している場合を指します 。この場合、バンコマイシン経口薬が第一選択となります 。
- 劇症:血圧低下、ショック、イレウス、中毒性巨大結腸症などを伴う最重症型です。バンコマイシンの経口投与に加えて、メトロニダゾールの静脈内投与を併用することが推奨されます 。腸閉塞により経口薬が腸管に到達しない可能性があるためです。
【再発時の治療と予防】
CDIは治療後に再発しやすいことが問題で、約10~25%の患者が再発を経験し、再発を繰り返すごとにその後の再発リスクはさらに高まります 。
再発時の治療選択肢は以下の通りです。
- 1回目の再発:初回治療にメトロニダゾールを使用した場合は、バンコマイシンの標準療法を行います 。初回にバンコマイシンを使用した場合は、フィダキソマイシンやバンコマイシンの漸減療法(徐々に投与量を減らしていく方法)が推奨されます 。
- 2回目以降の再発:フィダキソマイシンやバンコマイシンの漸減・パルス療法(投与間隔を空けていく方法)が選択されます 。
再発を抑制するためには、抗菌薬治療に加えて、腸内フローラを正常化させることが重要です。そのための新しい治療法として以下のものが注目されています。
- ベズロトクスマブ(Bezlotoxumab):C. difficileが産生するトキシンBを中和するモノクローナル抗体です。抗菌薬と併用することで、CDIの再発率を有意に低下させることが示されています 。特に、高齢者や免疫不全者などの再発高リスク患者に有用です。論文引用: Health care resource utilization and costs of recurrent Clostridioides difficile infection in the elderly: a real-world claims analysis
- 糞便微生物移植(Fecal Microbiota Transplantation: FMT):健康なドナーの便を患者の腸内に移植することで、乱れた腸内フローラを再構築する治療法です。再発性CDIに対して非常に高い治療効果(80~90%)が報告されており、欧米のガイドラインでは標準治療の一つと位置づけられています 。
参考リンク:Clostridioides(Clostridium)difficile 感染症診療ガイドライン – このガイドラインには、重症度分類や再発時の治療選択肢が詳細にまとめられています。
CDIの院内感染対策:接触予防策と環境整備
CDIは院内感染の主要な原因の一つであり、その拡大を防ぐためには徹底した感染対策が不可欠です 。C. difficileは芽胞を形成するため、通常のアルコール手指消毒剤では効果が不十分です 。そのため、標準予防策に加えて「接触予防策」を実施する必要があります。
【接触予防策のポイント】
- 個室隔離:CDI患者は原則として個室に隔離します。個室が確保できない場合は、同じCDI患者を同じ部屋に集める「コホーティング」を行います 。
- 個人防護具(PPE)の着用:患者の病室に入る際は、必ず手袋とガウンを着用します。ケアが終了し、病室を退出する直前にこれらを脱ぎ、適切に廃棄します 。
- 手指衛生:CDI患者のケアの前後には、アルコール手指消毒剤ではなく、「流水と石鹸による物理的な手洗い」を徹底します 。石鹸が芽胞を殺すわけではありませんが、物理的に洗い流すことが重要です。
- 患者専用器具の使用:聴診器や体温計、血圧計などは、できるだけ患者専用とします。共用せざるを得ない場合は、使用後に次亜塩素酸ナトリウムなどで適切に消毒します 。
【環境整備の重要性】
C. difficileの芽胞は環境表面で数ヶ月間も生存可能です 。そのため、環境の清掃と消毒が感染拡大防止の鍵となります。
- 清掃と消毒:ベッド柵、ドアノブ、オーバーベッドテーブル、トイレの便座や洗浄ボタン、ナースコールなど、患者や医療従事者が頻繁に触れる「高頻度接触面」を重点的に清掃・消毒します 。
- 消毒薬の選択:C. difficileの芽胞に対しては、アルコールや第四級アンモニウム塩は効果がありません。消毒には、0.1%~0.5%(1000~5000ppm)の次亜塩素酸ナトリウム溶液を使用します 。金属を腐食させる作用があるため、消毒後は水拭きが必要です。近年では、紫外線照射装置(UV-C)などを用いた非接触型の環境消毒技術も導入され、CDIの発生率を低下させる効果が報告されています 。
参考リンク:Clostridioides difficile 感染対策ガイド – 医療現場で実践可能な具体的な感染対策の手順や、環境整備の方法について図解入りで解説されています。
CDIアウトブレイク(集団発生)を疑った場合は、速やかに感染対策部門に報告し、疫学調査を開始することが重要です 。疑わしい症状のある患者を早期に発見し、検査を実施することで、感染の連鎖を断ち切ることができます 。
参考)保健所が感染対策に介入したClostridioides di…
CDI患者への栄養療法:腸内フローラを考慮した食事の工夫
CDIの治療において、抗菌薬による治療と並行して栄養管理、特に腸内環境を整えるアプローチは、回復を促進し再発を予防する上で意外にも重要な役割を果たします。CDIは抗菌薬によって腸内フローラの多様性が失われること(Dysbiosis)が引き金となるため、食事療法によって腸内環境を再建することは、根本的な治癒につながる可能性があります 。
参考)IASR 41(3), 2020【特集】日本のClostri…
【急性期(下痢が激しい時期)の食事】
この時期は、脱水を防ぐための水分補給が最優先です。食事は、腸管への負担が少ない、低脂肪・低残渣のものが推奨されます。
- 🍚 主食:おかゆ、うどんなど消化の良い炭水化物を中心にします。
- 🍗 主菜:脂肪の少ない白身魚、鶏ささみ、豆腐などを少量から試します。
- 🥦 副菜:野菜は繊維の多いものは避け、ポタージュスープや野菜ジュースなどで摂取します。
経口摂取が困難な場合は、経腸栄養剤や静脈栄養が検討されますが、その際にも腸内環境に配慮した製剤の選択が望まれます 。
【回復期の食事:腸内フローラを育てる】
症状が落ち着いてきたら、徐々に食事内容を広げ、腸内フローラの多様性を取り戻すことを目指します。
⭐ プロバイオティクスとプレバイオティクス
- プロバイオティクス:ヨーグルト、乳酸菌飲料、納豆、味噌などの発酵食品に含まれる、腸に良い影響を与える生きた微生物です。特に、 *Lactobacillus* 属や *Bifidobacterium* 属は、C. difficileの増殖を抑制する効果が期待されます。ただし、免疫不全患者などでは菌血症のリスクも考慮し、主治医と相談の上で摂取することが重要です。
- プレバイオティクス:腸内の善玉菌のエサとなる食品成分で、水溶性食物繊維やオリゴ糖が代表的です。
- 水溶性食物繊維:海藻類、きのこ類、大麦、ごぼう、アボカドなどに多く含まれます。善玉菌によって発酵され、短鎖脂肪酸(酪酸など)を産生します。短鎖脂肪酸は、大腸のエネルギー源となるとともに、腸管のバリア機能を高め、炎症を抑制する働きがあります。
- オリゴ糖:玉ねぎ、にんにく、バナナ、大豆製品などに含まれます。ビフィズス菌などの善玉菌を選択的に増やします。
参考リンク:C.Difficile関連腸炎発生時の栄養プロトコール – ある病院で実際に使用されている栄養プロトコールで、症状の段階に応じた具体的な食事内容や栄養剤の選択が示されており、実践的な参考になります。
CDIの治療では、抗菌薬で原因菌を叩くだけでなく、食事を通して腸内フローラという「内なる生態系」を再建する視点が、長期的な健康維持と再発予防につながる重要な鍵と言えるでしょう。医療従事者として、患者さんへの食事指導においても、こうした視点を持つことが求められます。

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