ブルンベルグ徴候で何がわかるか
ブルンベルグ徴候の基本と腹膜炎診断
ブルンベルグ徴候(Blumberg’s sign)は、腹膜炎の際に現れる代表的な腹膜刺激症状の一つです。この徴候は反跳痛(rebound tenderness)や反動痛とも呼ばれ、ドイツ人外科医ヤーコプ・モーリッツ・ブルムベルクの名前に由来します。腹壁を静かに圧迫した後、急に圧迫を解いた際に強い疼痛を感じることが特徴で、壁側腹膜の炎症性刺激によって生じると考えられています。
ブルンベルグ徴候が陽性になるのは、腹腔内の炎症が壁側腹膜にまで波及している証拠です。急性虫垂炎、急性胆嚢炎、急性膵炎などの炎症性疾患が腹膜に広がった場合や、消化管穿孔による消化液の腹腔内漏出、外傷による腹膜損傷などが主な原因となります。また消化管の悪性腫瘍による腹膜炎もブルンベルグ徴候を示すことがあります。
筋性防御(デファンス)とともに、ブルンベルグ徴候は腹膜炎の診断において最も重要な身体所見の一つとされています。この二つの所見が確認できれば、緊急性の高い腹腔内疾患が存在する可能性が極めて高く、迅速な対応が求められます。
参考)「腹膜炎」は、フィジカルアセスメントだけで見抜けるの?
ブルンベルグ徴候の正確な検査方法
ブルンベルグ徴候を正確に評価するには、適切な検査手技を守ることが重要です。まず、4本の指を揃えるようにして、患者の腹壁にゆっくりと垂直に押し込みます。この際、患者の顔の表情を観察しながら、痛みの程度を確認することが大切です。数十秒間一定の力で押し続け、痛みに順応した頃に急激に手を離します。
参考)https://plaza.umin.ac.jp/jaem/docs/guideline2015_9.pdf
手を離した瞬間に鋭い痛みを感じるかどうかを患者に確認し、押し込んだ時よりも手を離した時のほうが強い痛みを感じると訴える場合、ブルンベルグ徴候陽性と判断できます。触診の順序としては、疼痛部位を最後にし、はじめは弱く次第に強く圧迫するようにすることで、患者の不安を軽減できます。
近年では、反跳痛の確認方法として不要な痛みを惹起するとの意見もあり、軽い打診で患者の反応を見る方法(percussion tenderness)が推奨されることもあります。咳で疼痛が増強するかを聞くことも、反跳痛の代用として有用とされています。
ブルンベルグ徴候と急性虫垂炎の関係
急性虫垂炎は、ブルンベルグ徴候が最も頻繁に確認される疾患の一つです。虫垂の炎症が腹膜にまで及ぶと、マックバーネー点やランツ点と呼ばれる右下腹部の特定の部位でブルンベルグ徴候が陽性となります。腹痛は最初はみぞおちやおへその周りで始まり、次第に右下腹部に限局してくるのが典型的な経過です。
参考)ウェブラジエーション勉強会 ダイジェスト 第5弾ー腹部反跳痛…
急性虫垂炎の診断では、ブルンベルグ徴候とともに、両足の踵を上げてトンと下ろした時におなかがずんと痛む所見も重要です。また、炎症が進行すると筋性防御が出現し、腹壁の筋肉が硬直してきます。小児では進行が早く穿孔率が高いため、特に6歳以下では注意が必要とされています。
参考)http://senoopc.jp/disease/appendicitis.html
ブルンベルグ徴候が陽性で、血液検査で白血球(WBC)やC反応性タンパク(CRP)の上昇を認める場合、急性虫垂炎の可能性が高く、外科的治療を検討する必要があります。ただし、WBCだけを測定した場合は約40%で偽陰性となるため、CRPも合わせて測定することが推奨されます。
参考)虫垂炎の臨床診断スコア | 医学生豆知識 | 学生サポート …
信州大学医学部 虫垂炎の臨床診断スコアに関する詳しい解説
ブルンベルグ徴候が陰性でも注意すべき状況
ブルンベルグ徴候が陰性であっても、腹膜炎を完全に否定できるわけではありません。高齢者では自覚症状や腹部所見が乏しいことが多く、汎発性腹膜炎であっても筋硬直やブルンベルグ徴候を検出できない場合があります。また肥満患者でも同様に、腹壁の厚さのために腹膜刺激症状を評価することが困難な場合があります。
参考)https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/disease/index.cgi?c=disease-2amp;pk=57
虫垂炎の初期段階では、炎症がまだ腹膜に達していないため、ブルンベルグ徴候が陰性となることがあります。この時期に診断を見逃すと、炎症が進行して穿孔に至る危険性があります。そのため、ブルンベルグ徴候の評価だけでなく、症状の経過、バイタルサイン、血液検査データ、画像検査所見を総合的に判断することが重要です。
参考)91B31
小児においては、筋性防御やブルンベルグ徴候などの所見を取ることが難しい場合が多く、特に啼泣時にはこうした所見の評価が困難になります。小児では、元気がない、ぐったりする、顔色が悪い、手足が冷たいといった外観の変化を見逃さないことが、敗血症への移行を防ぐ上で重要とされています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaem/29/1/29_1_35/_pdf
ブルンベルグ徴候から考える腹膜炎の原因疾患
ブルンベルグ徴候が陽性となる腹膜炎の原因は多岐にわたります。上腹部では十二指腸潰瘍や胃潰瘍、胃がんの穿孔が最も多く、強い腹膜刺激症状を引き起こします。下腹部では、急性虫垂炎の穿孔のほか、大腸憩室の穿孔や大腸がんによる穿孔が代表的な原因となります。
参考)消化器外科の病気:腹膜炎
消化管穿孔による腹膜炎では、消化液が腹腔内に漏出することで化学性腹膜炎が起こり、その後細菌感染を伴って症状が増悪します。また、急性胆嚢炎や急性膵炎などの炎症性疾患でも、炎症が腹膜に波及するとブルンベルグ徴候が陽性となります。外傷による消化管損傷や腹腔内出血も、腹膜刺激症状を示す重要な原因です。
参考)https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/5226/
腹膜炎を放置すると、腹腔内に細菌が繁殖して敗血症性ショックに至る危険があり、また消化管の壊死が進行して乳酸アシドーシスの状態に陥ることもあります。そのため、ブルンベルグ徴候が確認された場合は、原因疾患を迅速に特定し、適切な治療を開始することが救命のために極めて重要です。
参考)バレー徴候とは? やり方・何が分かるのかなどを解説│看護師ラ…
ブルンベルグ徴候と筋性防御の違いと意義
ブルンベルグ徴候と筋性防御は、どちらも腹膜刺激症状の重要な構成要素ですが、その評価方法と意味合いには違いがあります。筋性防御(デファンス)は、腹腔内の炎症が壁側腹膜まで及ぶことで、肋間神経や腰神経を介して罹患部位に対応した腹壁筋の反射性緊張亢進が起こる現象です。触診時に手に抵抗として触れ、炎症が高度になると腹壁筋が常に硬直性攣縮をきたします。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika1913/86/12/86_12_2258/_pdf
ブルンベルグ徴候は、圧迫を解いた時の反動で壁側腹膜が動くことにより痛みが誘発される現象であり、反跳痛として評価されます。一方、筋性防御は持続的な腹壁の緊張として評価され、さらに高度になると板のように硬く触れる板状硬と表現される状態になります。
参考)https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/8126/
これら二つの所見が同時に確認される場合、腹膜炎の存在がより強く示唆されます。腹膜刺激症状の評価では、必ず左右を比較することが重要で、罹患側と健側での違いを確認することで診断精度が向上します。CT検査などの画像診断と組み合わせることで、より確実に原因疾患を特定し、適切な治療方針を決定することが可能になります。
参考)急性腹痛 – 01. 消化管疾患 – MSDマニュアル プロ…