ブロムワレリル尿素の副作用と効果
ブロムワレリル尿素の基本情報と作用機序
ブロムワレリル尿素(ブロモバレリル尿素、bromisovalum)は、古くから催眠鎮静剤として使用されている薬剤です。この薬剤は医療用医薬品として処方されるだけでなく、催眠鎮静薬や解熱鎮痛薬、鎮うん薬の成分として配合され、一般用医薬品(OTC薬)としても販売されています。
作用機序について、ブロムワレリル尿素は体内でブロム(Br-)を遊離し、神経細胞の興奮性を抑制することにより、鎮静・催眠作用と抗けいれん作用を示します。遊離したブロムはクロール(Cl)と置換され、中枢神経系で細胞膜輸送系を障害することが副作用の神経症状の発症機序となります。
薬剤の特徴として、作用の発現が早く(20~30分)、持続時間が短いという点が挙げられます。しかし、この特性が逆に依存性や乱用のリスクを高める要因となっています。日本中毒情報センターへの問い合わせ件数は2000年に76件、2001年に70件となっており、科学警察研究所資料による中毒死者数は1999年に37人、2000年に42人(多剤同時摂取を含む)と報告されています。
ブロムワレリル尿素の主な効果と臨床応用
ブロムワレリル尿素の主要な効能・効果は、不眠症と不安緊張状態の鎮静です。具体的な用法・用量は以下の通りです。
不眠症の場合:
- 通常成人1日1回0.5~0.8gを就寝前または就寝時に経口投与
- 年齢、症状により適宜増減
不安緊張状態の鎮静の場合:
- 1日0.6~1.0gを3回に分割して経口投与
- 年齢、症状により適宜増減
市販薬においては、解熱鎮痛薬や鎮うん薬(めまいを改善する薬)、催眠鎮静薬に配合されています。特に痛み止めに鎮痛補助成分として配合されていることがあり、頭痛などで日常的に痛み止めを使用している患者は、気づかないうちにブロムワレリル尿素を長期にわたって服用している可能性があります。
効果の特徴として、中枢神経の異常な興奮を抑えて鎮静する作用があり、効きが早いものの持続時間は短いという点があります。この特性により、急性の不安や不眠に対して迅速な効果を期待できる一方で、効果の持続性に欠けるため頻回投与が必要となることがあります。
ブロムワレリル尿素の副作用と依存性リスク
ブロムワレリル尿素の最も重要な副作用は依存性です。連用により薬物依存を生じることがあり、これは重大な副作用として位置づけられています。依存性に関連して、連用中の投与量の急激な減少または投与の中止により、以下のような離脱症状が現れることがあります。
離脱症状:
- 痙攣発作(まれに)
- せん妄
- 振戦
- 不安
その他の副作用として、以下のような症状が報告されています。
過敏症:
- 発疹
- 紅斑
- そう痒感
消化器系:
- 悪心・嘔吐
- 下痢
精神神経系:
- 頭痛
- めまい
- ふらつき
- 知覚異常
- 難聴
- 興奮
- 運動失調
- 抑うつ
- 構音障害
その他:
- 発熱
特に注意すべきは、慢性ブロム中毒の発症です。長期間の服用により臭素の中毒症状が現れ、症状は多彩で精神、認知、神経、皮膚の症状を生じます。重篤な場合には小脳の萎縮を引き起こすことも報告されています。
ブロムワレリル尿素の薬物動態と蓄積性
ブロムワレリル尿素の薬物動態は、その安全性を考える上で重要な要素です。経口摂取されたブロムワレリル尿素は消化管から速やかに吸収され、効果発現時間は20~30分と早期です。しかし、薬物動態の特徴として注意すべき点があります。
血中半減期の特徴:
- ブロムワレリル尿素自体の血中半減期:2.5時間
- 代謝物であるブロムの血中半減期:12日(著しく長い)
この代謝物ブロムの半減期の長さが臨床上の大きな問題となります。比較として、バルビツール酸系のフェノバルビタールで約4日、ベンゾジアゼピン系の長時間型とされるジアゼパムで約24時間であることを考えると、12日という半減期は異常に長いことがわかります。
この長い半減期により、連用すると体内に蓄積し、慢性中毒症状をきたすことがあります。特に腎機能が低下している場合、蓄積が助長されるため注意が必要です。肝臓で代謝され、代謝物の生成とともに臭素を遊離し、この遊離した臭素が塩素と同様に全身に分布し、長期間服用すると臭素の中毒症状が現れます。
大量服用時の特殊な動態:
大量に服用すると、酸性胃液中で不溶性の塊を形成することがあり、その結果、持続的に薬剤の吸収が起こることがあります。このため、大量服用時には予想以上に長時間にわたって薬効が持続する可能性があります。
ブロムワレリル尿素による中毒事例と対処法
ブロムワレリル尿素による中毒は、わが国における代表的な薬物中毒の一つとなっています。入手の容易さから、医薬品本来の目的から逸脱した使用がなされることもあり、過去に自殺に用いられた事例も報告されています。
中毒量と致死量:
- 極量:1回2g、1日3g
- 経口成人中毒量:6g
- 経口成人致死量:20~30g
血中濃度と重症度の関係:
血中ブロムワレリル尿素濃度と意識レベルの関係は以下の通りです。
- 100μg/g以上:JCS 300(深昏睡)
- 50~100μg/g前後:JCS 100~200(昏睡)
- 35μg/g前後:JCS 30(半昏睡)
- 25μg/g前後:JCS 10(傾眠)
- 3.5μg/g:清明
実際の中毒事例:
19歳女性の症例では、市販の催眠鎮静薬リスロン120錠(ブロムワレリル尿素12g)とウット48錠を服用し、血液中ブロムワレリル尿素濃度103μg/gでICUに搬送されました。微温湯23リットルでの胃洗浄および強制利尿を施行し、約24時間後に意識レベルは清明となっています。
治療法:
急性中毒の治療では、ブロムワレリル尿素と臭素の両方を考慮する必要があります。
- 胃洗浄:胃内に錠剤や粉末が多量に残存している場合が多いため、初期治療として重要
- 強制利尿:吸収されたブロムワレリル尿素の排泄促進に効果的
- 血液浄化法:致死量以上を服用した場合や保存的治療にもかかわらず臨床症状が悪化する場合には、活性炭血液吸着法や血液透析を実施
- 対症療法:中枢神経抑制に対しては、気道の確保を中心とする保存的対症療法
合併症への注意:
重症例では意識障害や急性循環不全が認められ、意識障害が高度の場合には舌根沈下や呼吸抑制が生じて死に至ることがあります。また、吐物による窒息や嚥下性肺炎の合併にも注意が必要です。
慢性中毒への対処:
慢性の臭素中毒の治療には塩化物を投与する方法もあります。これは臭素の排泄を促進する目的で行われます。
専門家からは、過去に自殺に用いられ、過量服薬や乱用の危険性があるにもかかわらず、2009年には日本でなぜ用いられているか理解に苦しむとのコメントがあります。医療従事者としては、この薬剤の処方や調剤に際して、患者の精神状態や使用歴を十分に把握し、適切な指導を行うことが重要です。
日本では「乱用の恐れのある医薬品の成分」として、含有される一般薬の販売が原則で1人1包装に制限され、若年者(高校生、中学生等)については、身分証明書により氏名及び年齢を確認することが義務付けられています。