B型肝炎関連腎症
B型肝炎関連腎症の膜性腎症と免疫複合体
B型肝炎関連腎症は、HBV感染を背景に糸球体障害を来す病態の総称で、病型としては膜性腎症やメサンギウム増殖性腎炎などが問題になります。腎臓側の現象だけを見ると「蛋白尿が増えた」「浮腫が出た」で終わってしまいますが、背景にあるHBV抗原が免疫反応を駆動している限り、根治の主戦場は“ウイルス量と抗原刺激”の制御になります。肝臓と腎臓の二臓器疾患として捉える姿勢が第一歩です。
病態の理解に役立つキーワードが「免疫複合体」です。肝炎ウイルスに対する免疫反応で、抗原と抗体が結合した免疫複合体が形成され、血流を介して糸球体に沈着し炎症・障害を起こし得る、という説明は肝炎ウイルス関連腎症の基本的な考え方として整理されています。特に膜性腎症では、免疫複合体沈着が糸球体基底膜周辺で起こり、蛋白尿(ときにネフローゼ)へつながります。
臨床的には「膜性腎症=一次性(PLA2Rなど)」のイメージが強い一方で、二次性膜性腎症の原因として感染症関連抗原(例:B型肝炎ウイルス関連抗原)が挙げられる点は、腎生検の病理所見と血清学的背景の突合が重要であることを示します。腎病理で“二次性を疑う所見”があるのに、HBV精査が抜けていると、免疫抑制先行で再活性化リスクを抱えたまま治療が進むことがあります。
B型肝炎関連腎症の検査と腎生検
B型肝炎関連腎症を疑う入口は、結局のところ「尿異常」です。蛋白尿・血尿が契機になり、血液検査でクレアチニン/eGFR、尿所見で定量蛋白・尿沈渣を確認し、必要に応じて腎生検で病型を確定させます。肝炎ウイルス関連腎症では、病型の重なり(例:IgA腎症との合併が報告される)や、見かけ上は典型的な糸球体腎炎でも背景のウイルスが治療反応性を変えることがあるため、病理による「型の確定」は治療の安全性にも直結します。
同時に、HBV側の評価をセットで行います。HBs抗原、HBe抗原、HBV DNA量、ALTなどを通じて活動性を把握し、どのフェーズにあるか(免疫寛容期・免疫応答期・低増殖期など)を理解しておくと、腎症状の変動や再燃リスクの読みが立ちます。B型肝炎は自然経過の中でHBe抗原セロコンバージョンに伴って増殖が抑制され肝炎が鎮静化する、という枠組みがガイドラインで整理されており、腎症が「抗原刺激の強さ」と同期する可能性を考える材料になります。
参考)https://www.jsh.or.jp/lib/files/medical/guidelines/jsh_guidlines/B_v4.pdf
鑑別で実務上重要なのは、一次性膜性腎症(PLA2R抗体など)と二次性の切り分け、そして“治療を急ぐべき腎炎像か”の判断です。ネフローゼ、腎機能低下、血尿の強さ、補体、クリオグロブリンなどを含めた腎内科的整理に、HBV精査を重ねて「抗ウイルスで押せる状況か」「免疫抑制を併用するなら再活性化対策は十分か」を設計します。
B型肝炎関連腎症の抗ウイルス療法と核酸アナログ
B型肝炎関連腎症で最も大きい治療原則は、抗原刺激(HBV増殖)を抑えることです。一般にB型慢性肝炎の抗ウイルス治療は、HBV DNAだけでなくHBs抗原量も定期的に測定し、長期目標はHBs抗原消失に置くべき、という立て付けが日本肝臓学会ガイドラインで明確にされています。腎症側の改善を狙う際も、この「長期的に抗原負荷を下げる」思想が土台になります。
治療薬の選択では、Peg-IFNと核酸アナログ(ETV/TDF/TAF)の特性差を理解しておく必要があります。ガイドラインでは、核酸アナログは強力なHBV DNA抑制作用を持ち、多くの症例で肝炎を鎮静化させる一方、中止後再燃率が高く長期継続が必要になりやすい点が整理されています。腎症合併例では「腎機能」「骨代謝」「低P血症」など薬剤安全性がより問題になり、TDFの長期投与では腎機能障害や低P血症、骨密度低下への注意が必要、TAFは腎機能障害や骨密度低下が少ない、といった記載は治療選択の現場で役立ちます。
一方、腎症が強い蛋白尿・ネフローゼを呈していると、腎臓側の“炎症を鎮める”誘惑が強くなります。しかしHBV関連病態で免疫抑制を単独で進めると、ウイルス再増殖→肝炎増悪→結果として免疫複合体の供給源が増える、という逆回転に入るリスクがあります。したがって、抗ウイルス療法を基礎に置き、免疫抑制を併用する場合も「HBV制御を外さない」ことが安全設計になります。
参考:B型肝炎の治療目標(HBs抗原消失・HBV DNA抑制、薬剤特性、腎機能への注意点)
日本肝臓学会 B型肝炎治療ガイドライン(第4版・簡易版)PDF
B型肝炎関連腎症の免疫抑制とHBV再活性化
B型肝炎関連腎症では、病型や重症度によってはステロイド等の免疫抑制を検討せざるを得ない場面があります。特に膜性腎症の重症例や、免疫機序が前景に出る病態では、腎機能温存のため“炎症を速やかに落とす”必要が出ることがあります。そこで重要なのが、治療計画の中にHBV再活性化対策を最初から組み込むことです。
日本肝臓学会のガイドラインでは、免疫抑制・化学療法によりHBVが再増殖するHBV再活性化が問題となり、重症化しやすいこと、発症予防(スクリーニングとモニタリング)が最重要であることが整理されています。さらに、HBs抗原、HBc抗体、HBs抗体を測定して感染状態を判断し、必要に応じてHBV DNAをリアルタイムPCRでモニタリングする、といった具体策も示されています。腎臓内科・肝臓内科の“すれ違い”で起きる事故を減らすには、ここを共通言語にするのが有効です。
実務で起こりがちな落とし穴は、腎生検で膜性腎症→ネフローゼ→ステロイド開始、という流れの中で、HBs抗原陰性例(既往感染)への意識が薄れることです。ガイドラインでは既往感染者(HBs抗原陰性でHBc抗体またはHBs抗体陽性)からの再活性化も扱われ、リツキシマブ等の強力免疫抑制では特に注意が必要とされています。腎領域でリツキシマブが選択肢に入る時代だからこそ、腎症例でも“肝炎の既往”を問診だけで済ませず、検査で状態を確定させる必要があります。
B型肝炎関連腎症の独自視点:腎機能と薬剤選択
検索上位の一般解説では、B型肝炎関連腎症を「抗ウイルス療法+必要に応じて免疫抑制」とまとめることが多い一方、現場で効いてくるのは“腎機能そのものが治療選択を変える”という逆向きの因果です。つまり、腎症のためにHBV治療を始めるのに、HBV治療薬の長期安全性(腎機能・骨代謝)が問題になり、さらに腎機能低下が薬剤選択や切替を促す、という循環が起こります。
この観点で重要な具体情報として、ガイドラインではTDF/ADV長期投与で腎機能障害・低P血症・骨密度低下に注意し、腎機能障害や骨密度低下が少ないTAFへの切替で改善が期待できること、治療開始時に腎機能障害や骨減少症等がある場合はETVあるいはTAFが第一選択になることが明記されています。腎症合併例では、尿蛋白やeGFRの推移を見ながら「HBV抑制の強さ」だけでなく「腎臓が耐えられるレジメン」を最初から設計することが、長期予後を左右します。
また、肝炎ウイルス関連腎症の一般的説明として、抗ウイルス療法(B型ではエンテカビルやテノホビル等)でウイルス量を抑え、肝臓と腎臓への負担を和らげる、という整理があります。ここに“腎機能を守るためのHBV薬”という意味合いを重ねると、薬剤選択の優先順位が明確になります。例えば、腎生検で二次性膜性腎症が疑われ、HBV DNAも高いなら、免疫抑制の前にまず抗ウイルスで抗原負荷を落とす、という順序が合理的になりやすい、という臨床判断につながります。
参考)https://www.jsh.or.jp/lib/files/medical/guidelines/jsh_guidlines/B_v4_20220817.pdf
参考:肝炎ウイルス関連腎症の病型・症状・検査(腎生検、免疫複合体、抗ウイルス療法の概観)