ビリルビン脳症の症状
ビリルビン脳症は、新生児期に血中ビリルビン値が異常に上昇し、ビリルビンが脳に沈着することで生じる神経学的障害です。かつては「核黄疸」とも呼ばれていました。この疾患は適切な早期介入がなければ、生涯にわたる重篤な神経障害を引き起こす可能性があります。
ビリルビン脳症の急性期に見られる症状と特徴
急性期のビリルビン脳症では、以下のような症状が現れることがあります。
- 哺乳力の低下:赤ちゃんが母乳やミルクを十分に飲めなくなります
- 嗜眠(しみん):過度の眠気や反応の鈍さが見られます
- 筋緊張の異常:低緊張(ぐったりしている)や高緊張(硬くなる)が現れます
- 高音調の泣き声:特徴的な甲高い泣き声を発することがあります
- 後弓反張(こうきゅうはんちょう):頭と踵が後ろに反り返るような姿勢をとります
- サンセットサイン:上方視線の障害により、目が下を向いたような状態になります
- 発熱:体温が上昇することがあります
- けいれん:急性期には痙攣発作が見られることがあります
- 無呼吸:呼吸が一時的に停止する発作が起こることがあります
特に注目すべきは、最近の研究で無呼吸が早産児と満期産児の両方でビリルビン脳症の初期症状として報告されていることです。無呼吸の頻度や重症度が突然変化した場合は、血中ビリルビン値の測定が必要とされています。
また、急性期には「核黄疸顔貌」と呼ばれる特徴的な表情が現れることがあります。これは上方注視麻痺と眼瞼後退、顔面ジストニアの組み合わせにより、赤ちゃんが驚いたような、怖がっているような、あるいは不安そうな表情に見えるものです。この顔貌は急性ビリルビン脳症の後、少なくとも2〜3週間は持続することがあります。
ビリルビン脳症による早産児の神経障害と長期予後
早産児のビリルビン脳症は、長期的に以下のような神経障害を引き起こす可能性があります。
- アテトーゼ型脳性麻痺。
- 主動作筋と拮抗筋の共収縮
- 筋緊張の著しい変動(安静時は低緊張、刺激時は高緊張)
- 姿勢や筋緊張の非対称性
- 体の捻転を伴う特徴的な姿勢
- 聴覚障害(Auditory Neuropathy型)。
- 蝸牛神経の障害による聴覚処理障害
- 聴性脳幹反応に重度の異常を示す
- 日常会話は可能なこともあり、聴性脳幹反応所見と実際の聴力に乖離がある
- 視覚・眼球運動障害。
- 動眼神経麻痺による上方注視障害
- 斜視や眼球運動の異常
- 歯の発育異常。
- 乳歯のエナメル質形成不全
日本の全国調査によると、早産児ビリルビン脳症の94例中77例が重度の運動障害を持ち、筋緊張亢進に対して薬物療法、ボツリヌス治療、髄腔内バクロフェン注入療法などの治療を必要としていました。また、全身状態の維持のために適切な時期に整形外科手術、気管切開、胃瘻増設などの医療介入が必要となることもあります。
ビリルビン脳症と新生児黄疸の関連性と発症メカニズム
ビリルビン脳症は新生児黄疸が重症化することで発症します。新生児黄疸自体は多くの赤ちゃんに見られる生理的な現象ですが、以下のようなメカニズムでビリルビン脳症に進展することがあります。
- ビリルビンの産生と代謝。
ビリルビンは赤血球に含まれるヘモグロビンが分解される過程で生成される黄色い色素です。通常、肝臓でグルクロン酸抱合を受けて水溶性となり、胆汁中に排泄されます。しかし、新生児、特に早産児では肝臓の機能が未熟なため、ビリルビンの処理能力が低下しています。
- 血液脳関門の透過性。
非抱合型(間接型)ビリルビンは脂溶性であり、通常は血液脳関門によって脳への侵入が防がれています。しかし、新生児では血液脳関門の発達が不十分であり、特に早産児ではその傾向が強くなります。また、低アルブミン血症、アシドーシス、敗血症などの状態では、ビリルビンのアルブミンからの解離が促進され、血液脳関門を通過しやすくなります。
- 脳への沈着と神経毒性。
脳に入ったビリルビンは、特に大脳基底核(淡蒼球や視床下核)、海馬、小脳、脳幹の聴覚神経核などに沈着し、神経細胞の障害を引き起こします。これにより、特徴的な神経症状が現れます。
生理的黄疸は出生後の環境適応過程で一時的に血中ビリルビンが増加するもので、通常1週間程度で消失します。しかし、早産児や重篤な疾患を持つ新生児では、ビリルビンが生理的範囲を超えて蓄積し、脳に沈着することでビリルビン脳症を引き起こす危険性があります。
ビリルビン脳症の診断方法と検査における最新アプローチ
ビリルビン脳症の診断は、臨床症状の評価と検査所見を組み合わせて行われます。以下に主な診断方法を示します。
- 血液検査。
- 総ビリルビン値(TSB)の測定
- 非抱合型(間接型)ビリルビン値の測定
- 遊離ビリルビン値の測定(特に早産児では重要)
- 画像検査。
- MRI検査:T2強調画像での淡蒼球の異常信号は慢性ビリルビン脳症の診断に有用
- 拡散強調画像(DWI):急性期の変化を捉えることができる
- 聴覚検査。
- 聴性脳幹反応(ABR):ビリルビン脳症では異常を示すことが多い
- 耳音響放射検査(OAE):蝸牛機能の評価に有用
- 神経学的評価。
- BIND(Bilirubin-Induced Neurological Dysfunction)スコア:急性ビリルビン脳症の重症度評価に使用
- 神経学的診察:筋緊張、反射、姿勢、運動パターンの評価
2017年に神戸大学では、早産児の高ビリルビン血症に対する治療基準が改訂されました。この新基準では、以下の3点が変更されています。
- 出生時体重ではなく、出生時在胎週数または修正在胎週数による分類
- 標準光線療法、強化光線療法、アルブミン療法および/または交換輸血という3つの治療オプションの設定
- 生後7日未満では出生時在胎週数に基づく、生後7日以上では修正在胎週数に基づく総ビリルビン値と遊離ビリルビン値の参照値による治療開始基準
これらの診断アプローチにより、早期発見と適切な治療介入が可能となり、ビリルビン脳症の予防や重症化の防止につながることが期待されています。
ビリルビン脳症の予防と治療における最新の取り組み
ビリルビン脳症は一度発症すると完全な治癒が難しいため、予防が最も重要です。また、早期発見と適切な治療介入により、神経学的後遺症を最小限に抑えることが可能です。
予防策:
- リスク評価。
- 出生時の在胎週数、体重、合併症などによるリスク評価
- 血液型不適合、G6PD欠損症などのリスク因子の確認
- 家族歴(兄弟に重度の黄疸があった場合など)の確認
- 定期的なビリルビン値のモニタリング。
- 経皮的ビリルビン測定器による非侵襲的モニタリング
- リスクに応じた血清ビリルビン値の測定スケジュール
- ビリルビンノモグラムを用いたリスク評価
- 早期授乳の促進。
- 頻回の授乳によるビリルビン排泄の促進
- 適切な水分摂取の確保
治療法:
- 光線療法。
- 標準光線療法:通常の黄疸に対する一般的な治療
- 強化光線療法:より高いビリルビン値や高リスク児に対する集中的な治療
- LED光源を用いた効率的な光線療法
- 薬物療法。
- アルブミン投与:ビリルビンの結合能を高め、遊離ビリルビンを減少させる
- フェノバルビタール:肝臓でのビリルビン代謝を促進する(現在はあまり使用されない)
- 交換輸血。
- 重度の高ビリルビン血症や光線療法に反応しない場合に実施
- 血中のビリルビンを物理的に除去する最も効果的な方法
- 支持療法。
- 水分・電解質バランスの維持
- 感染症の予防と治療
- 低血糖の予防と治療
神戸大学の2017年改訂治療基準では、早産児の高ビリルビン血症に対して、総ビリルビン値だけでなく遊離ビリルビン値も考慮した治療開始基準が設定されています。これにより、より適切なタイミングでの治療介入が可能となり、ビリルビン脳症の予防効果が期待されています。
また、慢性期のビリルビン脳症による神経障害に対しては、以下のようなリハビリテーションや対症療法が行われます。
- 理学療法:筋緊張異常や運動障害に対するアプローチ
- 作業療法:日常生活動作の改善
- 言語聴覚療法:コミュニケーション能力の向上
- 薬物療法:筋緊張亢進に対するバクロフェンなどの投与
- ボツリヌス毒素注射:局所的な筋緊張亢進の緩和
- 髄腔内バクロフェン療法:重度の全身性筋緊張亢進に対する治療
- 整形外科的手術:拘縮や変形の予防・治療
これらの包括的なアプローチにより、ビリルビン脳症を持つ患者のQOL向上を目指した取り組みが行われています。