ベル麻痺とハント症候群の違いと鑑別診断

ベル麻痺とハント症候群の違い

この記事でわかること
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原因ウイルスの違い

ベル麻痺とハント症候群では原因となるウイルスが異なり、それぞれ単純ヘルペスウイルスと水痘・帯状疱疹ウイルスが関与します

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臨床症状と鑑別ポイント

耳介部の水疱や皮疹の有無、耳痛や難聴などの随伴症状の違いが鑑別診断の重要な手がかりとなります

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治療と予後の比較

両疾患とも早期治療が重要ですが、ハント症候群の方が重症化しやすく後遺症のリスクが高い傾向にあります

ベル麻痺の原因と発症メカニズム

ベル麻痺は顔面神経麻痺の中で最も頻度が高く、全体の約60%以上を占める疾患です。現在、ベル麻痺の約80%は単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の再活性化が原因と考えられています。幼少期にHSV-1に感染した後、ウイルスは顔面神経の膝神経節に潜伏感染し、疲労やストレス、体調不良により免疫力が低下した際に再活性化して神経炎を引き起こします。

参考)顔面神経麻痺-意外と知らない|耳鼻咽喉科・頭頸部外科


膝神経節が存在する骨性顔面神経管は直径約1mmと非常に狭いため、軽度の炎症でも神経が浮腫み、骨のトンネル内で圧迫されることで絞扼障害と虚血が生じ、顔面神経麻痺が発症します。日本では年間約4万から6万人が発症しており、特に冬から春にかけての発症が多く見られる傾向があります。

参考)Bell(ベル)麻痺について。Hunt症候群との違いに注意!…


糖尿病患者では発症率が約4倍高く、家族内発症も若干多いことが報告されています。ストレス、免疫力低下、寒冷刺激などが誘因となるため、妊婦、糖尿病患者、高齢者はリスクが高い集団といえます。

参考)末梢性顔面神経麻痺(ベル麻痺とハント症候群)

ハント症候群の特徴的症状

ラムゼイハント症候群(ハント症候群)は、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の再活性化により発症し、顔面神経麻痺の原因として約14〜20%を占めています。幼少期に水ぼうそうに罹患した際に体内に侵入したVZVが、回復後も膝神経節に潜伏し続け、過労やストレスなどで免疫力が低下した際に再活性化することで発症します。

参考)顔面神経麻痺の手術|いながき耳鼻いんこう科クリニック|愛知県…


ハント症候群の特徴的な症状として、耳介部周辺の発赤や水疱形成があり、これがベル麻痺との重要な鑑別点となります。また、前駆症状として肩こり、後頭部痛、耳のあたりの痛みを伴うことが多く、約30%の症例で難聴、耳鳴り、めまいなどの第8脳神経症状が認められます。

参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%88%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4


炎症が周囲の脳神経に波及すると耳症状が出現し、舌や口腔粘膜の病変を伴うこともあります。ベル麻痺と比較して症状が重症化しやすく、適切な治療を受けても完全回復率は約60〜70%とベル麻痺の約90%より低い傾向にあります。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jshowaunivsoc/75/3/75_283/_pdf

ベル麻痺とハント症候群の鑑別診断

ベル麻痺とハント症候群の鑑別は、治療方針と予後に大きく影響するため極めて重要です。完全型のハント症候群では、耳介の帯状疱疹や難聴、めまいなどの第8脳神経症状を随伴するため鑑別は比較的容易ですが、これらの症状が軽度または欠如している症例では診断が困難になります。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka/115/2/115_2_118/_pdf/-char/ja

鑑別項目 ベル麻痺 ハント症候群
原因ウイルス 単純ヘルペスウイルス(HSV-1) 水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)
発症頻度 約60% 約14〜20%
皮膚症状 なし 耳介部の発赤・水疱
耳痛 ほとんどない あり(前駆症状として)
聴覚症状 約30%に難聴・耳鳴り・めまい
重症度 比較的軽症 より重症
完全回復率 約90% 約60〜70%

診断には詳細な問診と視診が基本となり、発症時期、症状の進行状況、耳介部の皮疹や水疱の有無を丁寧に確認します。ベル麻痺は明らかな異常が見つからず、あらゆる検査で原因が特定できないものを指すため、特発性末梢性顔面神経麻痺とも呼ばれます。

参考)ラムゼイハント症候群(Ramsay Hunt syndrom…


しかし、皮疹を伴わないハント症候群(zoster sine herpete)も存在するため注意が必要です。このような症例では、血液検査によるウイルス抗原の検出やPCR検査、抗体検査が診断の補助となりますが、抗体価の上昇がみられない症例も多く、ベル麻痺との区別は必ずしも容易ではありません。

参考)ジャスティン・ビーバー公表のラムゼイ・ハント症候群とは:知っ…

顔面神経麻痺の診断検査と重症度評価

顔面神経麻痺の診断では、まず中枢性顔面麻痺との鑑別が重要です。末梢性顔面神経麻痺では前頭筋も麻痺するため額の皺を寄せることができませんが、中枢性では額の皺を寄せることが可能という違いがあります。

参考)https://www.jsnt.gr.jp/guideline/img/bellmahi2019.pdf


重症度評価には柳原法(40点法)やHouse-Brackmann分類が用いられます。柳原法では、安静時の顔の対称性、額のしわ寄せ、目を軽く閉じる、目を強く閉じる、片目つぶり、鼻翼を動かす、頬を膨らます、口笛を吹く、イーと歯を見せる、口をへの字に曲げるという10項目を評価し、各項目をほぼ正常4点、部分麻痺2点、完全麻痺0点で採点します。

参考)顔面神経麻痺(Bell麻痺)


発症から7〜10日後には誘発筋電図検査(ENoG)を実施し、予後診断を行います。この検査は顔面神経に電気刺激を与え、表情筋の動きから何%の神経が損傷しているかを調べるもので、ベル麻痺ではENoG変性指数が67.0%未満、ハント症候群では65.5%未満の症例で6ヶ月以内の回復が期待できることが報告されています。

参考)https://journals.lww.com/00005792-201701130-00050


MRIやCT検査脳梗塞や脳腫瘍などの他の原因を除外するために重要です。MRI検査では内耳道遠位部などに造影効果を確認できることがあり、ハント症候群の診断において有用です。その他、あぶみ骨筋反射、blink reflex、涙液量測定、味覚検査、唾液腺機能検査なども実施されます。

参考)顔面神経麻痺の検査 / 杏林大学病院形成外科・美容外科


耳鼻咽喉科は顔面神経麻痺の原因診断、麻痺の程度診断、電気診断による転帰予測、早期治療が適切にできる専門科として重要な役割を担っています。

参考)顔面神経麻痺-ネット調査|耳鼻咽喉科・頭頸部外科

ベル麻痺とハント症候群の治療戦略

両疾患とも早期治療が極めて重要で、発症から3〜4日以内、できれば72時間以内に治療を開始することで効果が高まります。ベル麻痺の標準治療は、プレドニゾロン1mg/kg/日または60mg/日を5〜7日間投与し、以降漸減する方法です。中等症以上では抗ウイルス薬(アシクロビル1,000〜2,000mg/日またはバラシクロビル1,000mg/日)との併用が推奨されます。

参考)麻痺治療


ハント症候群では、ステロイドと抗ウイルス薬の併用が基本となり、ベル麻痺よりも投与量が多くなる傾向があります。ベル麻痺は原因が不明確ですが、より重症で悪い経過をたどるハント症候群に準じた治療を行うことが一般的です。

参考)顔の麻痺をきたす疾患はこの3つ|すぎなみ脳神経外科・しびれ・…


補助療法として、ビタミン剤(ビタミンB12)、血流改善薬、神経代謝賦活薬などが併用されます。また、鼓室内ステロイド投与という耳の中から薬を投与する方法も行われていますが、投与するステロイドの量については報告によって様々で、今後の研究でさらに明らかにされていく分野です。​
重症例や後遺症が予測される場合には、顔面神経減荷術という外科的治療も選択肢となります。この手術は発症1ヶ月以内の施行が望ましいとされており、薬物治療を行いつつ誘発筋電図検査で予後を見極め、手術適応を判断します。

参考)顔面神経麻痺と顔面神経減荷術

日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のガイドラインでは、顔面神経麻痺の診断と治療について詳細な指針が示されています。

日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 – 顔面神経麻痺ってどんな病気

顔面神経麻痺後の予後と後遺症管理

顔面神経麻痺の予後は、最も症状が強い時の重症度とある程度相関します。症状が軽度の患者は良好な経過をたどる一方、症状が強く出た患者では1年経過しても麻痺が多少残る可能性があります。​
発症から数日から1週間以内に麻痺の程度が増悪する可能性があるため、早期に治療を開始しても一時的に悪化することがあります。その後、顔面神経麻痺は次第に回復していきますが、回復には数週間から数ヶ月を要します。特に回復が得られやすいのは発症から3ヶ月までで、この時期までにかなりの回復が見られます。発症から3ヶ月経過しても麻痺が残っている場合でも、6ヶ月から1年以内にはまだ若干の回復の余地があります。​
ベル麻痺の治癒率は約90%と良好で、1〜2ヶ月で完全回復に至るケースが多い一方、ハント症候群の治癒率は約50〜80%と低く、難治化した症例では表情筋の病的共同運動や痙攣など、生涯にわたり持続する後遺症が問題となります。無治療の場合でも、ベル麻痺では完全麻痺例の約70%、不完全麻痺例の約94%が6ヶ月以内に回復しますが、ハント症候群では自然治癒率が約30%と著しく低いため、早期治療の重要性がより高くなります。

参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E9%A1%94%E9%9D%A2%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E9%BA%BB%E7%97%BA/contents/151207-000002-OASJOJ


顔面神経麻痺の後遺症として最も頻度が高いのが病的共同運動で、麻痺発症後3〜4ヶ月頃から出現します。これは障害を受けた顔面神経が迷入再生し、元々支配していた表情筋と異なる表情筋を支配することで起こる不随意運動です。代表的な症状として、まばたきをすると口角が上がってしまう、口を動かそうとすると目が閉じてしまうなどがあります。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka/122/4/122_416/_pdf


その他の後遺症として、顔面拘縮(顔の筋肉が過剰に収縮してこわばる)、顔面痙攣、鰐の涙(食事の際に涙が出る)、鐙骨筋性耳鳴などがあります。重症度によっては適切な治療を行っていても後遺症が残る場合があるため、後遺症に対してはボツリヌス毒素療法やリハビリテーション、場合によっては形成外科的手術も選択肢となります。

参考)顔面神経麻痺後遺症のボトックス治療とリハビリテーション – …


リハビリテーションは急性期、回復期(3ヶ月程度経過)、生活期(1年程度経過)で状態が異なるため、後遺症を減らすためには継続することが重要です。発症から1週間経過した頃から顔面筋肉のマッサージなどのリハビリを開始し、表情筋の状態を適切に保つことで後遺症を予防・緩和できます。共同運動に関しては予防に勝る治療はないため、早期からの適切な治療とリハビリが推奨されます。

参考)顔面神経麻痺の共同運動について – 茅場町の鍼灸なら慢性痛か…