ベクロニウム作用機序と筋弛緩の仕組み
通常用量で効果が出ると思われがちですが、重症筋無力症患者では常用量の20~30%でも作用が遷延します。
ベクロニウムのニコチン性受容体への競合阻害
ベクロニウムの作用機序は、神経筋接合部における終板のニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)に対する競合的阻害です。運動神経の終末から放出されるアセチルコリン(ACh)が本来結合すべき受容体に、ベクロニウムが先に結合することで、AChの結合を妨げます。
この競合的阻害は可逆的な反応です。つまり、ベクロニウムは受容体に一時的に結合するだけで、永続的な変化を引き起こすわけではありません。受容体へのアセチルコリンの結合が阻害されると、筋細胞膜の脱分極が起こらず、ナトリウムイオンの流入が妨げられます。
その結果、活動電位が発生せず筋収縮が起こりません。
結論は筋弛緩状態です。
神経筋接合部では、通常は神経終末から放出されたアセチルコリンがシナプス間隙を通過し、筋細胞側の終板にあるニコチン性受容体に結合します。この結合によってイオンチャネルが開口し、ナトリウムイオンが細胞内に流入することで脱分極が生じ、最終的に筋収縮につながるのです。ベクロニウムはこの一連の流れの最初の段階、つまり受容体への結合の部分で作用を発揮します。
アセチルコリン受容体の遮断メカニズムについて詳しく解説(OralStudio歯科辞書)
この競合的阻害という作用様式により、ベクロニウムは非脱分極性筋弛緩薬に分類されます。受容体を占領してアセチルコリンを排斥するため、筋細胞膜の脱分極は起こりません。
つまり作用前の状態が維持されます。
ベクロニウムによる筋弛緩効果は、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬やスガマデクスなどの拮抗薬によって回復させることができます。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬は神経筋接合部でのアセチルコリン濃度を増やし、競合的にベクロニウムを受容体から追い出す仕組みです。一方、スガマデクスはベクロニウムと直接結合して不活化します。
ベクロニウムのステロイド骨格構造の特徴
ベクロニウムはステロイド骨格を有する非脱分極性筋弛緩薬です。この構造的特徴が、薬物動態や副作用プロファイルに大きな影響を与えています。
ステロイド骨格を持つ筋弛緩薬には、ベクロニウムのほかにロクロニウムやパンクロニウムなどがあります。これらの薬剤は共通してステロイド核に第4級アンモニウム基を持つ構造をしており、この構造がニコチン性受容体への親和性を決定しています。
ベクロニウムの化学構造はパンクロニウムから誘導されたもので、パンクロニウムよりも作用時間が短く調節性に優れています。
作用時間は約20~30分です。
ステロイド骨格を持つことの利点として、ヒスタミン遊離作用がほとんどないことが挙げられます。古典的な筋弛緩薬であるd-ツボクラリンなどのベンジルイソキノリン系化合物は、ヒスタミン遊離による血圧低下や気管支収縮などの副作用が問題となっていました。ベクロニウムではこのリスクが大幅に軽減されています。
ロクロニウムとベクロニウムのステロイド構造の違いについて(日本臨床麻酔学会誌)
ベクロニウムの力価はd-ツボクラリンの約8倍とされています。つまり同じ筋弛緩効果を得るために必要な投与量が少なくて済むということです。この高い力価により、より精密な用量調整が可能になります。
代謝面では、ベクロニウムの約30%が肝臓で代謝され、残りの約70%以上は肝臓を介して胆汁中へ排泄されます。腎機能障害患者でも比較的安全に使用できる特性がありますが、肝機能障害や胆道閉塞がある患者では作用が遷延する可能性があるため注意が必要です。
ステロイド骨格を持つ筋弛緩薬は、後述するスガマデクスという拮抗薬の標的となります。スガマデクスはγ-シクロデキストリン誘導体で、その疎水性の中心部にステロイド骨格が包接される構造になっています。ベクロニウムはロクロニウムに比べるとスガマデクスとの親和性が約1/3から1/2程度ですが、臨床的には十分な拮抗効果が得られます。
ベクロニウムと脱分極性筋弛緩薬の違い
筋弛緩薬は作用機序によって脱分極性と非脱分極性に大別されます。ベクロニウムは非脱分極性に分類され、脱分極性筋弛緩薬とは全く異なる作用様式を持っています。
脱分極性筋弛緩薬の代表例はスキサメトニウム(サクシニルコリン)です。この薬剤はアセチルコリンと同様に受容体に結合して脱分極を起こしますが、その脱分極が持続的なため次のインパルスが伝達されず筋弛緩を起こします。脱分極に伴う筋収縮が一過性に生じるため、投与直後に筋線維束攣縮(fasciculation)が観察されます。
つまり一時的に筋肉が痙攣します。
一方、ベクロニウムなどの非脱分極性筋弛緩薬は受容体を占領するだけで脱分極を引き起こしません。そのため筋線維束攣縮は生じず、スムーズに筋弛緩状態に移行します。
これは臨床的に重要な違いです。
脱分極性筋弛緩薬には特有の副作用があります。脱分極に伴う筋収縮により術後筋肉痛が高頻度で発生し、また高カリウム血症、眼圧上昇、胃内圧上昇、頭蓋内圧上昇などのリスクがあります。熱傷患者や神経筋疾患患者、長期臥床患者などでは、スキサメトニウム投与により致死的な高カリウム血症を引き起こす危険性があるため禁忌です。
ベクロニウムなどの非脱分極性筋弛緩薬ではこれらの副作用がありません。
安全性が高いです。
作用発現時間にも違いがあります。スキサメトニウムは投与後約1分以内に効果が現れる超短時間作用型で、迅速導入(rapid sequence induction)に適しています。ベクロニウムの作用発現時間は通常用量(0.08~0.1mg/kg)で約2~3分程度です。ロクロニウムよりは遅いものの、市販されている非脱分極性筋弛緩薬の中では比較的速い部類に入ります。
拮抗方法も異なります。非脱分極性筋弛緩薬はアセチルコリンエステラーゼ阻害薬やスガマデクスで拮抗できますが、脱分極性筋弛緩薬にはこれらの拮抗薬は効果がありません。スキサメトニウムはコリンエステラーゼによって代謝されるため、自然回復を待つか、コリンエステラーゼ阻害薬の投与は避ける必要があります。
ベクロニウムの臨床投与量と気管挿管での使用法
ベクロニウムの標準的な投与量は、初回量として成人で0.08~0.1mg/kgを静脈内投与します。気管挿管のための筋弛緩を得るにはこの用量で十分な効果が得られ、投与後約2~3分で挿管可能な状態になります。
術中に筋弛緩を維持する必要がある場合は、0.02~0.04mg/kgを追加投与します。追加投与のタイミングは筋弛緩モニターを用いて判断するのが理想的です。四連刺激(Train of Four:TOF)で単収縮反応が1~2個出現した時点での追加投与が推奨されます。
年齢や症状により投与量を適宜増減する必要があります。
条件次第で調整します。
高齢者では一般に筋弛緩薬の作用が遷延しやすいため、初回量を減量することが多いです。また、肝機能障害や胆道閉塞がある患者では、ベクロニウムの排泄が遅延するため作用時間が延長する可能性があります。腎機能障害患者では比較的安全に使用できますが、長時間手術や反復投与では蓄積に注意が必要です。
ベクロニウムの作用持続時間は、0.1mg/kg投与で約20~30分程度とされています。ロクロニウム(0.6mg/kg投与で約50~60分)よりも短く、より短時間の手術に適しています。ただし、吸入麻酔薬の併用や患者の状態によって作用時間は変動します。
気管挿管時には、適切な鎮静と鎮痛が併用されていることが前提です。ベクロニウムは筋弛緩作用のみを持ち、鎮静作用や鎮痛作用はありません。意識がある状態で筋弛緩薬のみを投与すると、患者は筋弛緩により呼吸できない恐怖を感じながらも身動きできない状態になります。
これは医療倫理上重大な問題です。
臨床現場では、プロポフォールやセボフルランなどの麻酔薬で十分な鎮静を得た後にベクロニウムを投与するのが一般的な手順です。フェンタニルなどのオピオイドを併用することで、挿管時の刺激による血圧上昇や頻脈を抑制できます。
ベクロニウム投与後は必ず人工呼吸管理を行います。自発呼吸が完全に停止するため、マスク換気または気管挿管による陽圧換気が必須です。筋弛緩状態では咳反射や嚥下反射も消失するため、誤嚥のリスクにも注意が必要です。
ベクロニウム使用時の残存筋弛緩と拮抗薬の重要性
ベクロニウムを含む中時間作用型筋弛緩薬の使用で最も注意すべきなのが、術後残存筋弛緩(Postoperative Residual Neuromuscular Blockade:RNMB)です。2007年のメタアナリシスでは、中時間作用性の神経筋遮断薬を投与された患者におけるRNMBの発生率は41%にも上ったと報告されています。
残存筋弛緩は重篤な合併症につながります。
呼吸抑制が最大の問題です。
筋弛緩が残存した状態では、横隔膜や肋間筋などの呼吸筋の機能が不十分なため、一回換気量が減少し低酸素血症や高炭酸ガス血症を引き起こします。また、上気道の筋群の筋力低下により気道閉塞が起こりやすく、咽頭・喉頭の協調運動障害により誤嚥のリスクが高まります。
筋弛緩モニタリングでは、四連刺激比(TOF比)が0.9以上であれば安全な抜管が可能とされています。しかし実際には、手術室や回復室のみならず、ICUにおいても人工呼吸管理後の抜管の際に43%で残存筋弛緩が生じていたとの報告があります。
モニタリングなしでは判断できません。
従来、ベクロニウムによる筋弛緩状態の回復にはネオスチグミンなどのアセチルコリンエステラーゼ阻害薬が使用されてきました。ネオスチグミンは神経筋接合部でのアセチルコリン濃度を増加させ、競合的にベクロニウムを受容体から追い出します。しかし、ネオスチグミンによる回復には10~15分程度の時間がかかり、深い筋弛緩状態からの回復は困難です。
さらにネオスチグミンにはコリン作動性の副作用があります。徐脈、唾液分泌増加、気管支収縮、腸管運動亢進などが起こるため、通常はアトロピンなどの抗コリン薬を併用します。重症筋無力症患者ではコリン作動性クリーゼのリスクがあるため使用できません。
2010年に承認されたスガマデクス(商品名:ブリディオン)は、ベクロニウム拮抗において画期的な薬剤です。スガマデクスはγ-シクロデキストリン誘導体で、ステロイド骨格を有する筋弛緩薬と直接結合(包接)して不活化します。
スガマデクスの利点は回復の速さです。浅い筋弛緩状態(TOF刺激で2回目の収縮反応T2の出現確認後)では2mg/kg、深い筋弛緩状態(ポスト・テタニック・カウントで1~2回の単収縮反応出現確認後)では4mg/kgの投与で、数分以内に筋弛緩状態から回復します。ネオスチグミンと比較して約13倍速いという報告もあります。
スガマデクスはアセチルコリンの絶対量を増加させないため、コリン作動性の副作用がなく、重症筋無力症患者にも使用可能です。ただし、ベクロニウムとスガマデクスの親和性はロクロニウムの場合の1/3から1/2程度なので、推奨用量をしっかり守る必要があります。推奨用量より少ない量で投与した場合、投与後30分前後に再び筋弛緩効果が出現する可能性があります。
筋弛緩モニタリングは術中・術後管理において必須です。定量的な筋弛緩モニターを使用することで、残存筋弛緩を客観的に評価し、適切なタイミングでの拮抗薬投与や抜管判断が可能になります。患者の安全を守るために、モニタリングと適切な拮抗薬使用は欠かせません。