バンコマイシンの内服と注射の違い
バンコマイシン内服薬の特徴と適応症
バンコマイシンの内服薬は、その特異な薬物動態特性から特定の感染症治療において重要な役割を果たしています。最も注目すべき特徴は、内服したバンコマイシンがほとんど消化管から吸収されないという点です。この特性により、腸管内で高濃度の薬剤濃度を維持することができます。
内服バンコマイシンの主な適応症は以下の通りです:
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偽膜性大腸炎(クロストリジウム・ディフィシル感染症):メトロニダゾールで効果が得られない場合の第二選択薬
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MRSA腸炎:腸管内のMRSA感染症の治療
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骨髄移植時の消化管内殺菌:移植前処置として腸内細菌叢の除菌に使用
内服バンコマイシンの標準的な投与法は、1日4回の分割投与が一般的です。偽膜性大腸炎の治療では、通常125〜500mgを6時間ごとに7〜10日間投与します。
内服薬は腸管から吸収されないため、全身性の副作用が少ないという利点がありますが、その一方で腸内細菌叢に直接作用するため、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の選択的増加を促す可能性があることに注意が必要です。
バンコマイシン注射薬の投与方法と血中濃度モニタリング
バンコマイシンの注射薬は、全身性のMRSA感染症治療において第一選択薬として位置づけられています。点滴静注によって投与され、血流を介して全身に分布します。
注射用バンコマイシンの主な適応症は以下の通りです:
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敗血症
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感染性心内膜炎
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肺炎(MRSA肺炎)
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骨髄炎
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関節炎
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化膿性髄膜炎
標準的な投与方法としては、初回投与量25-30mg/kg(最大2g/回まで)を投与し、2回目以降は腎機能に応じて15-20mg/kgを8-12時間おきに投与します。投与速度は重要で、500mgあたり30分以上かけてゆっくりと点滴することが推奨されています。
バンコマイシン注射薬の最も重要な特徴は、治療効果の最大化と副作用の最小化のために血中濃度モニタリング(TDM:Therapeutic Drug Monitoring)が必須であることです。一般的に4〜5回目の投与直前にトラフ濃度(投与直前の最低血中濃度)を測定し、目標トラフ濃度は15-20μg/mLとされています。
感染症の種類 | 推奨トラフ濃度 |
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一般的なMRSA感染症 | 10-15μg/mL |
重症感染症(敗血症、心内膜炎など) | 15-20μg/mL |
髄膜炎 | 15-20μg/mL |
注射薬の主な副作用には、腎障害とRed man症候群(体幹上部の皮膚発赤)があります。特に腎機能障害のある患者では、慎重な用量調整が必要です。
バンコマイシンの内服と注射の薬物動態の違い
バンコマイシンの内服薬と注射薬では、体内での動きが大きく異なります。この薬物動態の違いが、それぞれの適応症と使用法を決定づけています。
内服薬の薬物動態:
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消化管からほとんど吸収されない(バイオアベイラビリティは極めて低い)
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腸管内で高濃度を維持(糞便中濃度は約500μg/mL)
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全身血中濃度はほとんど上昇しない
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主に便中に排泄される
注射薬の薬物動態:
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静脈内投与により100%のバイオアベイラビリティ
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分布容積は約0.7L/kg
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血漿タンパク結合率は約55%
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主に腎臓から未変化体として排泄(投与量の80-90%)
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半減期は腎機能正常者で4-6時間(腎機能低下者ではさらに延長)
この薬物動態の違いにより、内服薬は全身性MRSA感染症の治療には適さず、注射薬は腸管感染症の治療には効率的ではありません。
バンコマイシンの注射薬は腎排泄型であるため、腎機能障害患者では用量調整が必須です。一方、内服薬は腎機能に関わらず一定の用量で投与可能ですが、重度の腸管炎症や腸管穿孔がある場合には吸収が増加する可能性があるため注意が必要です。
バンコマイシンの適正使用と耐性菌対策
バンコマイシンの適正使用は、治療効果を最大化するだけでなく、耐性菌の出現を防ぐためにも極めて重要です。特に注意すべきは、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の選択的増加です。
耐性菌出現のリスク要因:
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バンコマイシンの長期使用
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不適切な用量設定
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内服薬と注射薬の併用
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広域抗菌薬の併用
バンコマイシン内服薬は腸管内で高濃度を維持するため、腸内のVREを直接選択する可能性が高いとされています。日本細菌学会の提言によれば、バンコマイシン内服薬の使用は必要最小限にとどめるべきとされています。
一方、注射薬においても、不適切な血中濃度管理はバンコマイシン中等度耐性黄色ブドウ球菌(VISA)やヘテロ耐性VISA(hVISA)の出現リスクを高めます。
適正使用のためのポイント:
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明確な適応症に基づいた使用
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適切な用量と投与期間の遵守
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注射薬使用時の血中濃度モニタリングの実施
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内服薬は必要な場合のみ使用し、漫然と長期投与しない
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感染症専門医や薬剤師との連携
バンコマイシンの使用量増加とVRE検出率には相関関係があるとする報告もあり、抗菌薬スチュワードシッププログラムの一環として、バンコマイシンの使用状況を定期的に評価することも重要です。
バンコマイシン以外の抗MRSA薬との使い分け
バンコマイシンは抗MRSA薬の第一選択薬として広く使用されていますが、状況によっては他の抗MRSA薬を選択することが望ましい場合があります。
現在、日本で使用可能な主な抗MRSA薬には以下のものがあります:
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バンコマイシン:第一選択薬
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テイコプラニン:バンコマイシンで副作用が出た場合の代替薬
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リネゾリド:肺炎、皮膚軟部組織感染症に有効、経口薬あり
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ダプトマイシン:菌血症、感染性心内膜炎、骨髄炎に有効(肺炎には不適)
これらの薬剤の使い分けは、感染部位、患者の状態、薬剤感受性などを考慮して行います。
抗MRSA薬 | 投与経路 | 主な適応症 | 特徴 |
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バンコマイシン | 点滴静注、内服 | 全身性MRSA感染症、偽膜性大腸炎 | 第一選択薬、TDM必須 |
テイコプラニン | 点滴静注 | バンコマイシンで副作用が出た場合 | 1日1回投与可能、TDM必要 |
リネゾリド | 点滴静注、内服 | 肺炎、皮膚軟部組織感染症 | TDM不要、経口薬あり |
ダプトマイシン | 点滴静注 | 菌血症、心内膜炎、骨髄炎 | 肺炎には使用不可 |
バンコマイシンが使用できない状況としては、以下のようなケースが考えられます:
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進行する腎機能障害がある場合
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バンコマイシンアレルギーがある場合
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バンコマイシンのMIC値が2μg/mLで治療効果が不十分な場合
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Red man症候群などの副作用が強く出る場合
リネゾリドは経口薬があるため、状態が安定した後の外来治療への移行が可能という利点があります。ただし、菌血症に対する効果はバンコマイシンより劣る可能性が指摘されています。
ダプトマイシンは肺サーファクタントによって不活化されるため肺炎には使用できませんが、菌血症や感染性心内膜炎には有効です。
抗MRSA薬の選択は、感染症の種類や重症度、患者の状態を総合的に判断して行うべきであり、必要に応じて感染症専門医に相談することが推奨されます。
バンコマイシンの内服製剤の特殊な調製方法
バンコマイシンの内服製剤には、カプセル剤と散剤があります。日本では主に散剤が使用されてきましたが、近年ではカプセル剤も使用されるようになっています。しかし、患者の状態によっては既存の製剤をそのまま使用できない場合があり、特殊な調製方法が必要となることがあります。
内服製剤の種類と特徴:
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カプセル剤:服用が簡便だが、嚥下困難な患者には不向き
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散剤:嚥下困難な患者でも使用可能だが、苦味がある
嚥下困難な患者や経管栄養チューブを使用している患者では、注射用バンコマイシンを内服用に調製するという方法も用いられます。これは「off-label use(適応外使用)」となる場合がありますが、臨床的には広く行われている方法です。
注射用バンコマイシンの内服用調製方法:
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注射用バンコマイシン(粉末)を適切な量の水で溶解
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経口投与用シリンジに移す(ENFitシリンジの使用が推奨される)
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直接経口投与または経管チューブから投与
この方法を用いる際の注意点として、誤投与のリスクがあります。特に静脈内投与用の器具と経口投与用の器具が混在する環境では、投与経路の誤りが生じる可能性があります。そのため、英国NHS(National Health Service)のガイダンスでは、以下のリスク軽減策が推奨されています:
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経口投与用と静脈内投与用の器具を明確に区別する
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ENFitなどの経口投与専用デバイスを使用する
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スタッフへの教育と訓練を徹底する
また、調製した内服液の安定性も考慮する必要があります。一般的に、冷蔵保存で24時間程度の安定性があるとされていますが、施設のガイドラインに従うことが重要です。
このような特殊な調製方法は、薬剤師と連携して適切に行うことが推奨されます。特に小児患者や高齢患者では、個々の状態に合わせた調製方法の工夫が必要となることがあります。
バンコマイシンの副作用と安全な投与のポイント
バンコマイシンは効果的な抗生物質ですが、投与経路によって異なる副作用プロファイルを持っています。安全に使用するためには、これらの副作用を理解し、適切な予防策を講じることが重要です。
注射薬の主な副作用:
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腎障害
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発生率:5-35%(用量依存的)
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リスク因子:高齢、既存の腎機能障害、他の腎毒性薬剤の併用
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予防策:適切な用量設定、血中濃度モニタリング、十分な水分摂取
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Red man症候群(赤人症候群)
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症状:上半身の紅斑、かゆみ、場合によっては血圧低下
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原因:急速投与によるヒスタミン遊離
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予防策:30分以上かけてゆっくり点滴、前投薬としての抗ヒスタミン薬
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薬剤性過敏症症候群(DIHS)
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重篤な薬疹の一種で、発熱、皮疹、臓器障害を伴う
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発症までの期間が長く(2-6週間)、投与中止後も症状が持続
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早期発見と投与中止が重要
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その他の副作用
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好中球減少、血小板減少
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耳毒性(高音域の聴力低下)
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静脈炎(注射部位の炎症)
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内服薬の主な副作用:
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消化器症状
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悪心、嘔吐、腹部不快感
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発生率は比較的低い
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腸内細菌叢の変化
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VREの選択的増加
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二次的なカンジダ症のリスク
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安全な投与のためのポイント:
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注射薬の場合
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投与前の腎機能評価
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適切な初期用量設定
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定期的な血中
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