バクテロイデス フラジリスと嫌気性菌感染症の臨床的意義

バクテロイデス フラジリスの特性と病原性機序

バクテロイデス フラジリスの基本特性
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形態学的特徴

偏性嫌気性グラム陰性桿菌、0.8-1.3×1.6-8.0μmの大きさ

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生理学的特性

芽胞形成能なし、運動性なし、相対的酸素耐性あり

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病原性要因

莢膜多糖体による膿瘍形成能とβ-ラクタマーゼ産生

バクテロイデス フラジリスの基本的特性と分類

バクテロイデス フラジリスは、0.8~1.3×1.6~8.0マイクロメートルの大きさを持つ偏性嫌気性グラム陰性桿菌として分類されます 。1898年にフランスのベイロンとズーバーによって発見されたこの細菌は、芽胞を形成せず、運動性を持たないという特徴があります 。菌名の「フラジリス」は「壊れやすい」を意味するラテン語に由来し、この菌が形成するコロニーの脆弱性を表現しています 。

参考)https://institute.yakult.co.jp/bacteria/4267/

一般的な偏性嫌気性菌と異なり、バクテロイデス フラジリスは比較的酸素耐性があることが重要な特徴です 。多くの偏性嫌気性菌が酸素に暴露されると数分で死滅するのに対し、この菌は数時間の酸素暴露にもほとんど死滅しないとされています 。この特性により、臨床検体からの分離が他の嫌気性菌と比較して容易となっています。
分類学的には、Bacteroidota門Bacteroidia綱Bacteroidales目Bacteroidaceae科に属し、ヒトの口腔内から腸内までの細菌叢を構成する優勢菌のひとつとして存在しています 。正常糞便菌叢の95%を構成する重要な常在菌でもあります 。

参考)http://www.antibiotic-books.jp/germs/7

バクテロイデス フラジリスの病原性因子と感染機序

バクテロイデス フラジリスの病原性は、主に莢膜多糖体の産生能力によって発現されます 。この菌は少なくとも3つの莢膜多糖体(ポリサッカライドA、B、C)を産生し、特にポリサッカライドAとBは動物モデルにおいて腹腔内膿瘍の形成を誘導することが確認されています 。これらの多糖体は、宿主の免疫応答を回避し、組織内での定着を促進する重要な病原因子として機能します。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC98505/

感染機序については、通常無害である常在菌が体内の本来無菌状態であるべき部位(血管や腹腔内)に侵入することで嫌気性菌感染症が成立します 。感染が重症化すると敗血症や腹膜炎等に進展する可能性があります 。膿瘍形成、悪臭を伴う排膿、組織壊死、ガス産生などが特徴的な臨床所見として現れます 。

参考)https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=13548

また、バクテロイデス フラジリスは免疫調節機能も持っています 。ポリサッカライドAは抗原提示細胞により処理され、CD4+ T細胞を活性化して炎症性サイトカインの分泌を促進します 。この二面性こそが、同じ菌種でありながら常在菌としての有益性と病原菌としての危険性を併せ持つ理由です。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8788684/

バクテロイデス フラジリスの薬剤耐性機序

バクテロイデス フラジリスの多くはβ-ラクタマーゼを産生し、臨床現場で頻用されるペニシリンなどの抗菌薬を不活化させることで薬剤耐性を獲得しています 。実際に、ほぼ100%の株でβ-ラクタマーゼ産生が確認されており、これがペニシリン系薬剤やセフェム系薬剤に対する高い耐性率の原因となっています 。

参考)https://www.matsuyama.jrc.or.jp/wp-content/uploads/pdfs/mr1_05.pdf

近年、より深刻な問題として、カルバペネムやメトロニダゾールといった強力な抗菌薬に対する耐性の増加が報告されています 。これらの薬剤耐性は最も抵抗性の高い嫌気性菌の一つとしてバクテロイデス フラジリスを位置づけています 。耐性菌検出前に抗菌薬使用を認めた症例では、カルバペネムが最も多く使用されており、その使用頻度は46.7%に達しています 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10101032/

薬剤耐性の拡散機序として、水平遺伝子伝達による他の細菌との耐性遺伝子の交換が重要な役割を果たしています 。このことは、単一の菌種における耐性対策だけでなく、腸内細菌叢全体を考慮した包括的なアプローチの必要性を示唆しています。治療薬選択時には慎重な薬剤感受性試験の実施と、有効な薬剤の適切な選択が不可欠です 。

バクテロイデス フラジリスと大腸がんの関連性

近年の研究により、バクテロイデス フラジリスと大腸がん発症との密接な関連性が明らかになってきています 。大腸がんの発生は、腸内細菌叢におけるバクテロイデス フラジリスおよび特定のStreptococcus、Fusobacterium、Peptostreptococcus種の割合の増加と関連していることが疫学的研究で示されています 。

参考)https://www.whitecross.co.jp/pub-med/view/29729257

特に注目されているのは、毒素産生型バクテロイデス フラジリス(ETBF菌)です 。この毒素産生型株は、動物実験において大腸がんを引き起こすことが確認されており、結腸癌患者では健常者と比較して保有率が高いことが報告されています 。炎症性の下痢をはじめとする様々な炎症性腸疾患への関与も疑われており、大腸がんのリスク因子として重要な位置を占めています 。

参考)https://www.morinagamilk.co.jp/download/index/1664/110706a.pdf

興味深いことに、プロバイオティクスによる除菌効果も研究されています 。ビフィドバクテリウム ロンガムBB536株を含むヨーグルトの継続摂取により、毒素産生型フラジリス菌の除菌効果が確認されており、大腸がん予防の新たなアプローチとして期待されています 。花粉症患者における研究では、同様のプロバイオティクス摂取により腸内でのバクテロイデス フラジリスの増殖抑制と症状軽減効果も報告されています 。

参考)https://symgram.symbiosis-solutions.co.jp/column/0016

バクテロイデス フラジリス感染症の臨床診断と新規検査法

バクテロイデス フラジリス感染症の診断において、従来から用いられているトリプチック大豆胆汁-カナマイシン試験は重要な同定法です 。この方法は、胆汁による増殖促進とカナマイシンに対する耐性という本菌の2つの特性を利用した簡便で実用的な試験法として確立されています 。培養には37℃、24時間のGasPak培養が必要であり、他のBacteroides属やFusobacterium属との鑑別に有効です 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC380069/

近年、より精密な菌株解析を目的として、全ゲノムシークエンシングデータに基づく多座位シークエンシングタイピング(MLST)スキームが開発されました 。このMLSTスキームは、バクテロイデス フラジリスに対する初の標準的分類・監視システムであり、世界規模での菌株データの統合管理を可能にします 。このシステムにより、病原菌の進化過程や宿主との相互作用に関する新たな知見の獲得が期待されています。
臨床的には、血液培養における嫌気性菌の検出においてバクテロイデス属菌は重要な位置を占めています 。特に複数菌菌血症では、同時に検出される微生物情報から感染巣の推定が可能であり、検査室における微生物情報の活用価値が高いとされています 。適切な治療選択のためには、迅速かつ正確な診断が不可欠であり、新しい診断技術の導入が治療成績の向上に寄与することが期待されます。

参考)https://www.jscm.org/journal/full/02703/027030168.pdf