培地の種類と用途の完全一覧

培地の種類と用途

この記事で分かる培地の基礎知識
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培地の基本分類

選択培地、非選択培地、増菌培地、鑑別培地など、目的に応じた培地の分類方法を解説

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医療検査での使い分け

臨床微生物検査における各種培地の適切な選択方法と実践的な活用法

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培地の調製と保存

培地の正しい調製方法から保管時の注意点まで、実務で役立つ知識

培地の基本的な分類方法

培地は微生物の培養において欠かせない基盤となる栄養源で、その目的や組成によってさまざまな種類に分類されます。大きく分けると、単純培地、複合培地、規定培地、特殊培地の4つのカテゴリーに整理できます。単純培地は普通ブイヨンやペプトン水など、基本的な栄養成分のみを含む培地で、分子生物学研究における各種細菌の単離および培養に常用されています。

参考)https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/cell-culture-and-cell-culture-analysis/microbial-cell-culture/microbial-media


複合培地は各種栄養の混合物を含み、アミノ酸源の正確な組成が同定されていない培地です。チョコレート寒天、マッコンキー寒天、Lowenstein-Jensen培地などが代表的で、臨床検査において幅広く使用されています。規定培地はある種の細菌に必要な既知・規定の炭素・窒素を含む培地で、研究用途に適しています。​
特殊培地は栄養条件が難しい細菌の増殖を促進し、標的以外の細菌の増殖を抑える特殊物質、あるいは細菌を識別できる指示物質を含みます。この分類は臨床診断や研究において、目的とする微生物を効率的に分離・同定するための基礎となっています。

参考)MALDI-TOF MSを用いた微生物迅速同定の食品微生物分…

培地の選択培地と非選択培地の違い

選択培地は特定の菌種や菌群のみを発育させ、それ以外の発育を許さない培地として設計されています。ただし、選択性は程度問題であり、決して”all or nothing”ではありません。選択培地には目的とする菌を選択発育させるため、選択性物質や鑑別剤などを駆使して発育と抑制の絶妙なバランスにより構成されています。

参考)http://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon2/sentaku-hisentaku.html


代表的な選択培地として、大腸菌や腸管出血性病原菌(O157:H7などの志賀毒素産生菌)に用いられるマッコンキーソルビトール寒天培地があります。野兎病菌には血液またはチョコレート-シスチン寒天培地が、レジオネラ菌にはBCYE寒天培地(活性炭と酵母エキス)が用いられます。

参考)Table: 一般細菌の分離に用いられる選択培地-MSDマニ…


非選択培地は選択培地に対して、目的以外の菌の増殖を防がない培地を指します。普通寒天培地や血液寒天培地が代表的で、血液寒天培地は基礎培地を高圧蒸気滅菌後、45〜50℃に冷やしてから血液を加えて作製します。非選択培地は一般的な細菌の分離培養や各種検査用に広く使用されています。

参考)Home – ★微生物の世界(検査専攻向き・細菌編) – C…

培地の増菌培地と鑑別培地の特徴

増菌培地は検体中の目的菌が少数である場合に、選択的に増殖させるための液体培地です。食中毒発生時には、便および食品から食中毒起因菌を検出するため、各菌に応じた増菌培地が使用されています。増菌培地は選択増菌培地とも呼ばれ、目的に応じて特定の菌種を増殖させる特性を持っています。

参考)微生物解説−培地


選択分離培地と選択増菌培地の違いは、前者が寒天培地であるのに対し、後者が液体培地である点です。一般的に菌を分離する場合、検体から選択増菌培地(液体培地)で培養した後、選択分離培地(寒天培地)に塗抹する方法が取られます。

参考)http://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon3/sentaku-bunri.html


鑑別培地は確認培地とも呼ばれ、分離された菌を識別するための培地です。目的の菌種の増殖に影響がなく、不必要な菌種の増殖を抑制させるための成分が処方されています。鑑別培地には指示薬が含まれており、特定の代謝産物の産生により色調変化が起こることで、目的菌を視覚的に判別できる仕組みになっています。

参考)微生物検査の基礎知識

培地の代表的な種類と用途一覧

微生物培養に使用される培地は、対象となる微生物や検査目的によって多岐にわたります。以下、主要な培地を系統的に整理します。

細菌培養用の基本培地

培地名 主な成分 用途
LB培地 ペプトン、酵母抽出液、NaCl、寒天 大腸菌のクローニング、プラスミドを含むDNA、遺伝子組換えタンパク質産生
普通寒天培地 肉エキス、ペプトン、塩化ナトリウム、寒天 一般的な細菌の分離培養、各種検査
血液寒天培地 基礎培地+血液 溶血性の観察、栄養要求性の高い細菌の培養
TB培地(Terrific Broth) 高濃度の栄養成分 より短時間で細菌を高収率で得る培養
SOC培地 SOB培地+グルコース コンピテント細胞の高効率な形質転換

選択培地の例

マッコンキー寒天培地は腸内細菌の選択分離に用いられ、日本薬局方の微生物限度試験法にも収載されています。改変Thayer-Martin寒天培地やニューヨークシティー寒天培地は淋菌の検出に、セフスロジン-イルガサン-ノボビオシン寒天培地は特定の菌の選択分離に使用されます。

参考)マッコンキーカンテン培地「ダイゴ」日局試験用・MacConk…

特殊用途の培地

最小塩類(M9)培地は必須塩類および窒素を含み、大腸菌株の培養に適しています。2X YT培地は通常のLB培地の2倍濃度の酵母抽出液を含み、より長い増殖期間を目的とした高濃度の細胞培養に有用です。酵母窒素原基礎培地(Yeast Nitrogen Base)は窒素源、ビタミン、微量元素および塩を含む栄養培地で、酵母培養を含む発酵反応の基礎栄養培地として機能します。​

培地の調製方法と保存時の注意点

培地の調製は微生物検査の精度を左右する重要な工程です。粉末培地を調製する際は、最終体積の90%の培養用水(室温)を量り取り、穏やかに撹拌しながら粉末培地を加えて溶解させます。加熱は成分変化を招くため避けるべきです。

参考)https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/campaigns/learning/bio-learningcenter/cell-culture/media-preparation


pH調整は重要なステップで、培地のpHは減圧ろ過中に上昇するため、撹拌中は目的のpHよりも0.1〜0.3低いpHに調整します。その際には1 N のHClや1 N のNaOHを用いるようにします。培養用水をさらに加えて最終体積に調整した後、0.2 μm以下のメンブレンフィルターで滅菌ろ過します。​
保存に関しては、粉末培地は吸湿性が高いため、空気中の水分に触れないようにし、開封後は速やかに使い切る必要があります。包装袋を開封後に残った培地を保管する場合は、ヒートシールなどの方法で密封してください。調製した液体培地は2〜8℃の暗所に保存し、培地成分の変化を防ぐため照明から遠ざけ、乾燥しないように保管します。

参考)培地の豆知識/南越ケミカル株式会社


寒天培地を用いた平板培地のシャーレは本体とフタの間に隙間があり空気は流通しますが、乾燥を防ぐ工夫が必要です。菌株の保存には5〜20℃で保存し、腸内細菌、Pseudomonas、ブドウ球菌、Bacillusなどは、乾燥を防げば1〜10数年は保存可能です。

参考)http://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon/kinkabu_reitou.html

培地を用いた臨床検査の実際の流れ

臨床微生物検査における培地の使用は、系統的な手順に従って行われます。検査の初日には、患者から預かった検体材料に適切な処理をした後、寒天でできている培地に塗り、孵卵器で一晩培養します。血液検体は直接専用ボトルに採取して血液培養装置で培養を行います。

参考)微生物検査


同時に塗抹検査も実施され、染色をして顕微鏡で観察することで、肉眼では見えない菌を確認できます。この段階で感染症の原因菌を推定することも可能です。2日目には培地表面で菌が増殖し、肉眼で見えるぐらいの大きさのコロニーが形成されます。​
この中から感染症の原因と思われる菌を見つけ出し、さらに培養して増やします。菌はそれぞれに特徴があり、それを確認する培地にさらに植え替えられます。3日目には各種培地の生え方や検査などから、菌の名前を確定(推定)する同定検査が行われ、感染症の原因であると思われる場合は薬剤感受性検査が開始されます。​
近年では、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI-TOF MS)による微生物の迅速同定技術が臨床検査室での日常的な細菌および真菌の同定・識別において活用されています。この技術の発展により、培地での培養後の同定作業が大幅に効率化されています。​
意外と盲点―検査培地の選択/識別の基本原理の理解(日本食品微生物学会雑誌)

培地の選択と識別の基本原理について詳しく解説された論文で、臨床検査技師や研究者にとって有用な情報が含まれています。