アストミンとアスベリンの違い
アストミンとアスベリンの作用機序における根本的な違い
医療現場で頻繁に処方される咳止め薬、アストミンとアスベリン。この二つの薬は、どちらも「非麻薬性中枢性鎮咳薬」という同じカテゴリに分類されます 。これは、脳の延髄にある咳中枢の働きを抑制することで、咳反射を鎮める作用を持つことを意味します 。麻薬性の咳止め(例:コデイン)と異なり、依存性や便秘といった副作用のリスクが低いのが大きな特徴です 。
しかし、アストミンとアスベリンの作用機序には、臨床上の使い分けを左右する決定的な違いが存在します。それは「去痰作用」の有無です 。
- アストミン(一般名:ジメモルファンリン酸塩)
アストミンの作用は、純粋に咳中枢を抑制することに特化しています 。気道からの刺激が咳中枢に伝わるのをブロックすることで、咳そのものを起こりにくくします。しかし、痰の粘度を下げたり、気道からの排出を助けたりする作用は持っていません。 - アスベリン(一般名:チペピジンヒベンズ酸塩)
一方、アスベリンは咳中枢を抑制する作用に加え、もう一つの重要な働きを持っています。それは、気管支腺の分泌を促進し、気道粘膜の線毛運動を活発にすることで、痰を体外に排出しやすくする「去痰作用」です 。このため、アスベリンは咳を鎮めるだけでなく、痰が絡んだ咳を楽にする効果も期待できるのです。
この作用機序の違いが、それぞれの薬剤がどのようなタイプの咳に適しているかを決定づける最も重要なポイントとなります。つまり、アストミンは痰を伴わない乾いた咳に、アスベリンは痰が絡む湿った咳に対して、より効果を発揮すると考えられています 。
参考論文として、アストミンの関連成分であるアストラガリンの抗炎症作用に関する研究があります。炎症反応は咳を引き起こす一因であり、こうした基礎研究が将来的に新たな治療薬開発につながる可能性があります。
“Research Progress on Anti-Inflammatory Effects and Related Mechanisms of Astragalin”
アストミンが持つ鎮咳効果と注意すべき副作用
アストミンは、特に痰の絡まない「コンコン」といった乾いた咳(乾性咳嗽)の治療において第一選択薬の一つとなり得ます 。風邪のひき始めや、気管支への刺激が原因で起こる空咳など、去痰の必要がない場合にその効果を最も発揮します。
鎮咳効果の強さについては、動物実験レベルでは麻薬性鎮咳薬のコデインとほぼ同等とのデータもありますが、実際の臨床用量における効果は、コデインに比べて穏やかであると一般的に認識されています 。しかし、非麻薬性であるため、依存性や耐性の心配がなく、安全に使用できる期間が長いというメリットがあります。
副作用については、比較的少ない薬剤として知られていますが、ゼロではありません 。添付文書に記載されている主な副作用は以下の通りです。
| 副作用の種類 | 具体的な症状 | 頻度 |
|---|---|---|
| 精神神経系 | 眠気、めまい、頭痛・頭重感 | 0.1~5%未満 |
| 消化器系 | 食欲不振、吐き気、口渇、下痢 | 0.1~5%未満 |
| 過敏症 | 発疹 | 0.1~5%未満 |
(参考: アストミン錠10mg 添付文書 )
特に注目すべきは、他の咳止め薬、特に麻薬性のコデインで問題となりやすい「便秘」の副作用が非常に少ない点です 。そのため、便秘傾向のある患者さんや、長期にわたる服用が必要な場合に選択しやすい薬剤と言えます。ただし、眠気やめまいが起こる可能性は否定できないため、服用後の自動車の運転や危険を伴う機械の操作は避けるよう、患者さんへ指導することが重要です 。
アスベリンの去痰作用を考慮した処方と使い分け
アスベリンの最大の特徴は、咳を鎮める作用と痰を出しやすくする作用を併せ持つ点にあります 。このため、気管支炎や肺炎、あるいは風邪が進行して痰が絡み始めた「ゴホゴホ」という湿った咳(湿性咳嗽)の治療に非常に適しています 。
痰が気道に溜まると、それ自体が刺激となって新たな咳を誘発する悪循環に陥ることがあります。また、細菌やウイルスの温床となり、感染を長引かせる原因にもなり得ます。アスベリンは、咳を無理に止めてしまうのではなく、痰の排出を助けながら咳を和らげるため、気道の浄化を促し、回復をサポートする合理的な治療選択肢となります。
臨床現場での使い分けは、以下のように整理できます。
- 🤧 乾いた咳(乾性咳嗽): 去痰作用のないアストミンが第一候補。
- 😷 湿った咳(湿性咳嗽): 鎮咳作用と去痰作用を併せ持つアスベリンが第一候補。
ただし、実際の臨床では、咳の種類が明確に区別できない混合性の咳も多くみられます。そのため、患者さんの訴えや聴診所見などを総合的に判断し、薬剤を選択する必要があります。
アスベリンの副作用も比較的少ないとされていますが、注意すべき点も存在します 。主な副作用は食欲不振、便秘、眠気などです 。頻度は稀ですが、重篤な副作用としてアナフィラキシーショック(急性の全身性アレルギー反応)が報告されているため、服用後に蕁麻疹、腹痛、呼吸困難などの症状が現れた場合は、直ちに医療機関を受診するよう指導することが不可欠です 。
咳・痰の薬に関する情報提供サイト
山内医院 咳・痰の薬
アストミンとアスベリンの子供・妊婦への安全性と投与量
咳症状は、子供や妊婦さんといった特に薬剤投与に慎重さが求められる患者層でも頻繁に見られます。アストミンとアスベリンは、こうしたデリケートな患者層に対しても比較的安全に使用できる薬剤として位置づけられています 。
小児(子供)への投与 👶
アストミン、アスベリンともに小児用の剤形(散剤やシロップ)が用意されており、小児科領域で広く使用されています 。
- アスベリン: 1歳未満の乳児から使用可能で、年齢に応じて用量が細かく設定されています 。安全性が高く、小児の咳治療で頻用される薬の一つです。
- アストミン: こちらも小児に用いられますが、アスベリンと同様に眠気などの副作用が稀に現れることがあるため、服用後の様子を注意深く観察することが大切です 。
妊婦・授乳婦への投与 🤰
妊娠中や授乳中の薬剤服用は、胎児や乳児への影響を考慮し、特に慎重な判断が求められます。
- アスベリン: 添付文書上、胎盤や母乳への移行に関する明確なデータは存在しません 。しかし、もともと小児にも使われる安全性の高い薬剤であることから、赤ちゃんへの影響は少ないと推測されています。とはいえ、自己判断での服用は絶対に避け、必ず医師に相談し、治療上の有益性が危険性を上回ると判断された場合にのみ使用されます 。
- アストミン: こちらも同様に、「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与する」とされており、明確な禁忌ではありませんが、医師による慎重な判断が必要です。
いずれの薬剤をどの患者層に使用する場合でも、基本となるのは医師の診断と指示です。特に小児や妊婦・授乳婦に対しては、期待される効果と潜在的なリスクを天秤にかけ、個々の状態に合わせて最適な薬剤と用法・用量を決定することが極めて重要です。
小児の咳に関する一般的な情報
吉耳鼻咽喉科アレルギー科 増え続ける咳の患者さんたち
【独自視点】アストミン服用後の眠気は本当に出にくいのか?
アストミンの副作用として「眠気」が挙げられていますが、臨床現場の医療従事者の間では「アストミンは眠気が出にくい薬」という印象が共有されていることがあります 。これは他の非麻薬性鎮咳薬であるメジコン(デキストロメトルファン)と比較して語られることが多いようです。では、この印象はどこから来るのでしょうか?そして、それは本当に正しいのでしょうか?
まず、科学的な根拠を探ると、アストミンの有効成分であるジメモルファンは、メジコンの有効成分デキストロメトルファンの誘導体です 。化学構造が似ている一方で、受容体への親和性や脳内での作用プロファイルに微妙な違いがある可能性が考えられます。この違いが、鎮咳作用は維持しつつ、眠気のような中枢神経抑制作用を軽減しているのではないか、と推測することができます。しかし、この点を明確に比較した大規模な臨床研究は乏しいのが現状です 。
重要なのは、「出にくい」という印象が「全く出ない」という意味ではないという点です。副作用の発現には非常に大きな個人差があります 。ある患者さんにとっては全く眠気を感じなくても、別の患者さんにとっては日常生活に支障が出るほどの強い眠気として現れる可能性があります。特に、小児や高齢者、あるいは肝機能が低下している患者さんでは、薬の代謝が遅れ、副作用が強く出る傾向があるため注意が必要です。
また、患者さんが訴える「眠気」が、純粋に薬剤の副作用なのか、あるいは疾患そのものによる倦怠感なのかを区別するのは難しい場合もあります。風邪や気管支炎で体力が消耗していれば、薬を服用していなくても日中に眠気を感じることは自然です。
したがって、医療従事者としては、「眠気が出にくいと言われている薬ですが、個人差があるので、もし眠気を感じたら車の運転などは控えてくださいね」といった、画一的ではない、患者さん一人ひとりに寄り添った服薬指導が求められます。患者さんのQOL(生活の質)を損なわないためにも、「眠気は出にくいらしい」という不確かな情報に頼るのではなく、副作用の可能性をきちんと説明し、患者さん自身が体調の変化に気づけるよう促すコミュニケーションが、信頼関係の構築と治療効果の最大化につながるのです。