アスペルギルス症ガイドライン
アスペルギルス症は、アスペルギルス属の真菌が原因で発症する感染症です。日本では「アスペルギルス症の診断・治療ガイドライン」が医真菌学会により策定されており、臨床現場での標準的な診断・治療方針を示しています。本疾患は免疫状態や基礎疾患により複数の病型に分類され、それぞれ異なるアプローチが必要となります。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/c7c5660d197bf2cde70af4173765b5eb6d2e8e6d
ガイドラインでは、病型ごとの診断基準、推奨される検査項目、第一選択となる治療薬、治療期間などが詳細に記載されています。特に免疫不全患者における侵襲性アスペルギルス症は致死率が高く、早期診断と適切な治療開始が予後を大きく左右します。
参考)https://www.chemotherapy.or.jp/journal/jjc/06206/062060657.pdf
アスペルギルス症の病型分類と特徴
アスペルギルス症は大きく分けて慢性型、侵襲型、アレルギー型の3つに分類されます。慢性型には単純性肺アスペルギローマ(SPA)、慢性空洞性肺アスペルギルス症(CCPA)、慢性壊死性肺アスペルギルス症(CNPA)が含まれ、これらをまとめて慢性肺アスペルギルス症(CPA)と呼びます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/110/9/110_1808/_pdf
単純性肺アスペルギローマは、既存の肺空洞内にアスペルギルスが腐生して菌球を形成する病態です。結核後遺症や気管支拡張症などの器質的肺病変を背景に発症し、組織侵襲を伴わないため無症状のことも多いのが特徴です。一方、慢性空洞性肺アスペルギルス症は複数の空洞が存在し、周囲に炎症があり、空洞壁肥厚や胸膜肥厚を伴います。
参考)慢性進行性肺アスペルギルス症(CPPA:Chronic pr…
慢性壊死性肺アスペルギルス症は、ステロイド治療など軽度から中等度の免疫不全を背景に、肺実質への菌糸侵襲を伴う病型です。臨床経過は1〜3ヶ月と比較的急速で、発熱や呼吸器症状が1ヶ月以上持続する特徴があります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kansenshogakuzasshi/97/3/97_r23001/_pdf
アスペルギルス症の診断方法と検査
診断には画像検査、微生物学的検査、血清学的検査を総合的に組み合わせる必要があります。胸部X線やCT検査では空洞内の真菌球、空洞壁肥厚、周囲浸潤影などの特徴的な所見が確認されます。侵襲性肺アスペルギルス症では、発症早期にhalo sign(結節影の周囲にスリガラス影を伴う所見)が認められることがあります。
参考)肺アスペルギルス症
血清学的検査では、アスペルギルス沈降抗体、β-D-グルカン、ガラクトマンナン抗原の測定が行われます。慢性肺アスペルギルス症においては、アスペルギルス沈降抗体が最も感度が高く、感度78.9%、特異度95.6%と報告されています。特に単純性肺アスペルギローマのような組織侵襲が少ない病態では、β-D-グルカンやガラクトマンナン抗原は上昇しにくいため、沈降抗体の測定が重要です。
参考)アスペルギルス抗原|感染症血清反応|免疫血清学検査|WEB総…
微生物学的検査として、喀痰培養や気管支鏡を用いた検体採取による直接証明が有効です。ただし、侵襲性アスペルギルス症では高い致死率を考慮し、検査結果を待たずに治療を開始すべき場合もあります。確定診断に捉われすぎて治療開始が遅れないよう注意が必要です。
参考)https://www2.huhp.hokudai.ac.jp/~ict-w/kansen/8.03_aspergillus.pdf
アスペルギルス症の治療薬と推奨療法
治療には抗真菌薬が用いられ、病型に応じて薬剤が選択されます。日本で使用可能な糸状菌に活性を有する抗真菌薬として、アゾール系のボリコナゾール(VRCZ)、イトラコナゾール(ITCZ)、ポリエン系のリポソーマルアムホテリシンB(L-AMB)、キャンディン系のミカファンギン(MCFG)、カスポファンギン(CPFG)があります。
参考)アスペルギルス症 – 13. 感染性疾患 – MSDマニュア…
侵襲性肺アスペルギルス症の第一選択薬はボリコナゾールまたはイサブコナゾールです。イサブコナゾールはボリコナゾールと同等の効力を持ちながら、有害作用がより少ないとされています。アムホテリシンB(特に脂質製剤)も効果的ですが毒性が強いため、救済療法としてキャンディン系薬剤が使用されることもあります。
参考)注目論文:ICU重症患者における侵襲性肺アスペルギルス症(I…
慢性肺アスペルギルス症では、ミカファンギンとボリコナゾールが第一選択となっています。長期治療が必要となるため、内服薬の剤形があるアゾール系抗真菌薬が中心的な役割を担います。初期治療として点滴投与を行い、その後は内服による維持療法に移行し、6ヶ月以上の治療継続が推奨されています。
参考)https://higashinagoya.hosp.go.jp/files/000232743.pdf
単純性肺アスペルギローマは全身的抗真菌療法に奏効しないことが多く、喀血などの局所的影響がある場合には外科的切除が適応となります。手術療法は呼吸機能が保たれ全身状態が良好な患者が最も良い適応です。
侵襲性アスペルギルス症の特徴とリスク因子
侵襲性肺アスペルギルス症(IPA)は免疫抑制状態の患者において、アスペルギルスが肺組織内へ侵襲する重篤な疾患です。主な発症リスクとして、遷延性好中球減少(好中球<500/μl)、同種造血幹細胞移植後、生理的量以上のステロイド治療、免疫抑制剤投与などが挙げられます。
参考)https://www.radionikkei.jp/kansenshotoday/__a__/kansenshotoday_pdf/kansenshotoday-131211.pdf
臨床症状としては発熱、咳嗽、喀痰、血痰、呼吸困難、胸痛などがみられます。広域抗菌薬を投与しても症状改善に乏しいことを契機として疑われることも少なくありません。適切な治療が行われない場合の予後は極めて不良で、画像所見は急速に増大する特徴があります。
高リスク患者(移植片対宿主病の患者や急性骨髄性白血病による好中球減少患者)には、ポサコナゾールまたはイトラコナゾールの予防投与が考慮されます。完全な治癒を得るには免疫抑制状態の改善が必要で、好中球減少が再発すれば再燃の頻度が高くなります。
アレルギー性気管支肺アスペルギルス症の診断と管理
アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA)は、アスペルギルス属(一般にA. fumigatus)に対する過敏反応であり、ほとんどが喘息患者に発症します。気道に吸入されたアスペルギルス菌体に対するアレルギー反応により、気道内に菌体と粘液・好酸球などのアレルギー産物が一体となった粘液栓を形成します。
参考)アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA. Aller…
診断は病歴と画像検査に基づいて疑われ、アスペルギルス皮膚テスト、血清総IgE値、血清中沈降抗体、A. fumigatus特異的抗体の測定により確定されます。画像所見では気管支内の粘液栓や気管支拡張がみられることが特徴です。
参考)アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA) – 05.…
標準的治療は副腎皮質ステロイド剤の全身投与であり、疾患活動性や治療の指標として血清総IgE値が有用とされています。疾患が難治性の場合はイトラコナゾールが併用されます。治療せずに放置すると気管支拡張症や肺線維症を引き起こすため、早期診断と適切な管理が重要です。
参考)https://is.jrs.or.jp/quicklink/journal/nopass_pdf/039060383j.pdf
基礎疾患として喘息や嚢胞性線維症が深く関わっており、これらの疾患がある場合は気管支や肺にアスペルギルスが残りやすくなります。エアコン内部や枯れ葉の山など、アスペルギルスが生息する環境への曝露が発症の必須条件となります。
アスペルギルス症の予防と環境管理
アスペルギルス芽胞は環境中に広く存在するため、高リスク患者に対する環境管理が予防の要となります。空調施設にアスペルギルスが存在することや、病院工事中に頻度が増すこと、観賞用鉢植えの土、生花やドライフラワーの表面、花瓶の水からアスペルギルスが培養されることが知られています。
免疫抑制状態の患者に対しては、工事中の手術を控える、生花の持ち込みを制限するなどの対策が推奨されます。ただし、アスペルギルス症患者から他の患者への伝播防止という理由で個室隔離する必要はなく、標準予防策で対応します。
室内環境では湿度管理が重要で、湿度計を使用して常に60%以下に保つよう心がけます。特に梅雨や夏の湿度が高い時期には除湿器やエアコンの除湿機能を積極的に利用することが効果的です。窓を開けて定期的に空気の入れ替えを行い、バスルームやキッチンなど湿気がこもりやすい場所では換気を徹底することが求められます。
参考)アスペルギルス症の脅威と対策方法 〜MIST工法®で安心な住…
感染リスクの高い人々や免疫力の低下した人々への配慮も必要で、アスペルギルスについて正しい知識を持ち、環境に対する意識改革を行うことが健康な共存の第一歩となります。早期の健康管理と異常時の迅速な対応により、重症化を防ぐことが可能です。
日本内科学会雑誌の慢性肺アスペルギルス症の分類と診断基準に関する詳細な解説
亀田メディカルセンターによる慢性進行性肺アスペルギルス症の概念と分類の解説
北海道大学病院の感染対策マニュアルにおけるアスペルギルス感染症の治療ガイドライン