抗うつ薬四環系の薬理特性
抗うつ薬四環系の化学構造と分類
四環系抗うつ薬は、その名前が示すとおり化学構造に4つの環状構造を持つ抗うつ薬の分類です。1964年にマプロチリンが合成されたことを皮切りに、三環系抗うつ薬の副作用軽減を目的として開発されました。
日本で臨床使用されている四環系抗うつ薬は以下の3種類です。
- マプロチリン(商品名:ルジオミール)
- 最初に開発された四環系抗うつ薬
- ノルアドレナリン再取り込み阻害作用が主体
- 薬価:先発品25mg錠12円、後発品8.7円
- ミアンセリン(商品名:テトラミド)
- α2受容体遮断によるノルアドレナリン放出促進
- 併用療法での有効性が報告されている
- 薬価:先発品30mg錠25円
- セチプチリン(商品名:テシプール)
- 最も軽度の作用を持つ四環系抗うつ薬
- 薬価:先発品1mg錠8.4円、後発品6.1円
これらの薬剤は三環系抗うつ薬と比較して、抗コリン作用や心血管系副作用が軽減されており、特に高齢者での使用において安全性の観点から有利とされています。
抗うつ薬四環系の作用機序とノルアドレナリン系
四環系抗うつ薬の最大の特徴は、主にノルアドレナリン神経系に作用し、セロトニン神経系への影響が限定的である点です。この作用特性により、気力や意欲の低下に対して特に効果が期待できる一方、落ち込みや不安に対する効果は比較的マイルドとされています。
マプロチリンの作用機序。
- ノルアドレナリン再取り込み阻害作用
- セロトニン系への作用はほとんどなし
- パニック障害への効果は認められない
ミアンセリンの作用機序。
- α2受容体遮断によるノルアドレナリン放出促進
- ヒスタミンH1受容体阻害作用(眠気の原因)
- セロトニン5HT2C受容体阻害作用
- アミトリプチリンと同程度の抗うつ作用を有する
セチプチリンの作用機序。
- α2受容体遮断によるノルアドレナリン放出促進
- 他の四環系と比較して最も軽度の作用
従来の三環系・四環系抗うつ薬も、セロトニン・トランスポーターやノルアドレナリン・トランスポーターの阻害作用を持っており、その意味ではSNRIとして作用していることが指摘されています。
抗うつ薬四環系の副作用と安全性プロファイル
四環系抗うつ薬の副作用プロファイルは、三環系抗うつ薬と比較して改善されているものの、特徴的な副作用パターンを示します。
主要な副作用。
- 眠気
- ヒスタミンH1受容体阻害作用による
- 抗うつ薬の中でも特に強い眠気を示す
- この特性を活用して睡眠薬として使用されることがある
- ふらつき・血圧低下
- α1受容体阻害作用による
- 高齢者では特に注意が必要
- 抗コリン作用
- 三環系と比較して軽度
- 口渇、便秘は比較的軽微
安全性の特徴。
- 三環系抗うつ薬より起立性低血圧や心血管系副作用が少ない
- 初老期以降のうつ病治療において選択肢となる
- 依存性のない睡眠改善薬として代用可能
重要な安全性情報。
2014年に厚生労働省より、三環系・四環系抗うつ薬についてもSSRI・SNRIと同様の攻撃性等に関する注意喚起が必要とされました。これは、類似の薬理作用により抗うつ作用が得られていることを考慮した措置です。
日本うつ病学会の治療ガイドラインでは、児童思春期においては、成人で有効性が示されている三環系・四環系抗うつ薬などに対する反応がユニークであることが指摘されており、特別な注意が必要とされています。
抗うつ薬四環系の臨床適応と処方選択
四環系抗うつ薬の臨床応用は、その薬理学的特性を踏まえた適切な症例選択が重要です。
適応となる症例。
- 初老期以降のうつ病
- 心血管系副作用のリスクが低い
- 三環系抗うつ薬の代替として有効
- 不眠症状を伴ううつ病
- 眠気の副作用を治療効果として活用
- H1受容体拮抗作用を持つミルタザピンと同様の使用法
- 併用療法
- 他の抗うつ薬で改善が得られない場合
- 特にミアンセリンの併用療法での有効性が報告されている
- せん妄治療
- ミアンセリンの適応外使用
- 不眠やせん妄に対する有効性が報告されている
処方選択の指針。
- 気力・意欲低下が主症状の場合
- ノルアドレナリン系作用により効果が期待できる
- セロトニン系作用が弱いため、不安症状には限定的
- 睡眠障害併用時
- 5HT2Aや5HT2Cを遮断して深睡眠増強作用
- ベンゾジアゼピン系睡眠薬を使いたくない場合の選択肢
注意すべき点。
- 抗うつ作用は三環系より弱い
- パニック障害にはマプロチリンは効果なし
- 用量調整を慎重に行う必要がある(特にミアンセリン)
アルツハイマー型認知症患者への使用については、最近の研究で四環系抗うつ薬(マプロチリン、ミアンセリン、セチプチリン)についても検討が行われており、高齢者医療における重要な選択肢として位置づけられています。
抗うつ薬四環系の薬価と後発品の活用戦略
四環系抗うつ薬の薬価情報と後発品の普及状況は、医療経済的な観点から重要な処方選択要因となります。
薬価比較(2025年5月版)。
マプロチリン。
- 先発品(ルジオミール):10mg錠6.1円、25mg錠12円
- 後発品(アメル):10mg錠6.1円、25mg錠8.7円
- 後発品価格差:25mg錠で約27%のコスト削減
ミアンセリン。
- 先発品(テトラミド):10mg錠9.1円、30mg錠25円
- 後発品の選択肢は限定的
セチプチリン。
- 先発品(テシプール):1mg錠8.4円
- 後発品(サワイ):1mg錠6.1円
- 後発品価格差:約27%のコスト削減
処方戦略における考慮点。
- 長期処方時の経済的メリット
- 慢性期治療では後発品選択による医療費削減効果が大きい
- 患者負担軽減により服薬継続率の向上が期待できる
- 先発品と後発品の選択基準
- 薬物動態学的同等性は確認されているが、添加物の違いによる個人差
- 初回処方時は先発品、安定期には後発品への切り替えを検討
- 他の新規抗うつ薬との比較
- SSRI/SNRI:レクサプロ10mg錠(先発品)と比較して大幅に安価
- NaSSA:リフレックス15mg錠76.3円と比較して四環系は大幅に経済的
医療機関での活用指針。
- DPC病院では薬価差益の観点から後発品選択のメリットが大きい
- 外来処方では患者の経済状況を考慮した薬剤選択が重要
- 入院治療での導入後、外来継続時の薬剤変更タイミングの検討
四環系抗うつ薬は、新規抗うつ薬と比較して薬価が大幅に安価であり、医療経済的な観点から重要な選択肢となっています。特に高齢者や長期治療が必要な症例において、治療効果と経済性のバランスを考慮した処方戦略が求められます。
日本うつ病学会の治療ガイドラインでも、中等症・重症うつ病の推奨治療として「TCA/non-TCA」(三環系・四環系抗うつ薬を含む)が位置づけられており、現在でも重要な治療選択肢として認識されています。