アディポネクチンとインスリン抵抗性の関係性とメカニズム

アディポネクチンとインスリン抵抗性の分子メカニズム

アディポネクチンとインスリン抵抗性の重要なポイント
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分子メカニズム

アディポネクチンがIRS2の発現を上昇させ、インスリンシグナル伝達を改善する

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受容体の特殊性

AdipoR1/AdipoR2は7回膜貫通型で膜内に亜鉛イオンを結合する新規構造

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治療の展望

アディポネクチン受容体活性化薬AdipoRonの開発により新しい治療戦略が期待される

アディポネクチンによるインスリン感受性改善のメカニズム

アディポネクチンは脂肪細胞から分泌される約30kDaの糖タンパク質で、インスリン抵抗性の改善において中核的な役割を担っています 。このホルモンは肝臓や筋肉などの標的組織において、インスリンシグナル伝達タンパク質IRS2の発現を選択的に上昇させることが最新の研究で明らかになりました 。

参考)「アディポネクチン」が食欲を抑える 血糖値が高いと作用が切り…

アディポネクチンの補充実験では、腹腔内投与後2時間で一過性にIRS2のmRNAが急激に増加し、これに伴ってPI3キナーゼ活性とAktリン酸化が改善されることが確認されています 。この現象は既知のアディポネクチン受容体AdipoR1およびAdipoR2を介さず、未知の受容体によるインターロイキン6の一過性誘導によって担われているという興味深い発見があります 。

参考)アディポネクチンはマクロファージに由来するインターロイキン6…

肥満状態では脂肪細胞の肥大化に伴いアディポネクチンの分泌が低下し、インスリン抵抗性の主要な原因となります 。アディポネクチンノックアウトマウスを用いた研究では、肝臓におけるIRS2の発現が選択的に低下し、これがインスリン抵抗性発症の重要なメカニズムであることが実証されています 。

参考)https://www.jasso.or.jp/data/topic/topics8_36.pdf

アディポネクチン受容体の構造的特性と機能

アディポネクチン受容体AdipoR1とAdipoR2は、2015年に理化学研究所と東京大学の共同研究により、世界で初めて結晶構造が解明されました 。これらの受容体は7回膜貫通型の膜タンパク質でありながら、従来のGタンパク質共役受容体(GPCR)とは全く異なる構造を持つことが判明しています 。

参考)糖・脂質代謝に重要なアディポネクチン受容体の立体構造を解明 …

最も特徴的な点は、7本のαヘリックスに取り囲まれた膜貫通部位に細胞内へと続く空洞が形成され、その中心に亜鉛イオン(Zn²⁺)が配位していることです 。受容体タンパク質で膜貫通部位に亜鉛を結合したものは他に知られておらず、まったく新規の構造であることが確認されています 。

参考)ヒトのアディポネクチン受容体の結晶構造 : ライフサイエンス…

AdipoR1は主に骨格筋に、AdipoR2は肝臓に強く発現しており、組織特異的な機能分担を担っています 。これらの受容体を介してAMPK(AMP-activated protein kinase)とPPARα(Peroxisome proliferator-activated receptor α)が活性化され、脂肪酸の燃焼やグルコースの取り込みが促進されます 。

参考)Adiponectin

インスリン抵抗性における炎症性メカニズムとアディポネクチンの抗炎症作用

インスリン抵抗性の発症には、脂肪組織における無菌性の慢性炎症が深く関与しています 。肥満状態では脂肪細胞が一定の大きさに達すると変性を受け、細胞死が生じることで炎症反応が惹起されます 。さらに近年の研究では、高脂肪食摂取により内臓脂肪の炎症が起こる前段階から、大腸において炎症性マクロファージが増加し、慢性炎症が生じることが明らかになっています 。

参考)肥満に伴う大腸マクロファージによる炎症が糖尿病発症につながる…

アディポネクチンは強力な抗炎症作用を有し、インスリン抵抗性を引き起こす悪玉アディポサイトカインであるTNF-αの産生を抑制します 。血中アディポネクチン濃度が高い人では、抗炎症とインスリン感受性が増強され、2型糖尿病発症リスクが有意に低下することが大規模なメタ解析により確認されています 。
興味深いことに、アディポネクチンによるインスリン感受性改善効果の一部は、マクロファージに由来するインターロイキン6に依存的であることが報告されています 。これは従来の抗炎症作用とは異なる、炎症性シグナルを利用した新たな調節メカニズムの存在を示唆しています。

アディポネクチン受容体作動薬AdipoRonの開発と臨床応用

2013年、東京大学の研究グループは614万種類の化合物ライブラリーから、アディポネクチン受容体を活性化する低分子化合物「AdipoRon(アディポロン)」を発見しました 。AdipoRonはAdipoR1とAdipoR2の両方に低濃度で結合し、経口投与で吸収されやすい特性を持っています 。

参考)https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/adiporon-enz.asp?entry_id=13978

動物実験では、AdipoRonは高脂肪食や過食による糖尿病を改善し、運動持久力を増加させ、糖尿病モデルマウスの短縮していた寿命を延伸させることが確認されています 。特に注目すべきは、AdipoRonがインスリン感受性を誘導し、脂質合成を阻害し、糖代謝を増加させる「運動模倣薬」としての効果を発揮することです 。

参考)アディポネクチン受容体を活性化する低分子化合物AdipoRo…

最新の研究では、アディポネクチン受容体を活性化する抗体の開発も進められており、従来の内服薬にはない半減期の長い抗体により、月1回投与で糖尿病・非アルコール性脂肪性肝炎を治療する新しいアプローチが検討されています 。これらの治療法は高齢や過度な肥満などで運動できない患者にとって革新的な治療選択肢となる可能性があります 。

参考)「アディポネクチン」が運動と同じ効果をもたらす 東大チームが…

運動療法と食事療法によるアディポネクチン分泌促進戦略

アディポネクチンの分泌を自然に促進する最も効果的な方法は、適切な運動療法と食事療法の組み合わせです 。J-MICC佐賀地区研究の約12,000名を対象とした大規模調査では、座位時間60分を低強度の身体活動・運動60分に置き換えることで、高活性型アディポネクチンの血中濃度が10%程度高値を示すことが明らかになりました 。

参考)https://jmicc.com/plus/?p=817

運動の種類では、有酸素運動とレジスタンス運動の両方がアディポネクチン分泌に有効ですが、特に食後1時間程度の軽い運動が食後高血糖の抑制と併せて効果的とされています 。興味深いことに、コーヒー摂取により身体活動・運動によるアディポネクチン上昇効果が増大することも判明しており、女性においてコーヒーを1日1杯以上飲む人の方が、低強度身体活動によるアディポネクチンを増やす効果が大きいことが示唆されています 。

参考)インスリンが効かないのはなぜ?「インスリン抵抗性」の仕組みと…

現在使用されているインスリン抵抗性改善薬であるチアゾリジン薬ピオグリタゾン)は、脂肪組織におけるアディポネクチンの分泌を増加させることでインスリン抵抗性を改善する作用機序を持っています 。また、スタチン系薬剤とEPA(イコサペント酸エチル)の併用により、2型糖尿病患者におけるアディポネクチン値の改善と血管合併症予防効果が報告されています 。