Quick一段法とプロトロンビン時間測定の基本
Quick一段法は、プロトロンビン時間(PT)を測定するための標準的な検査方法です。1935年にQuickによって開発されたこの方法は、現在でも凝固検査の基本として世界中で広く使用されています。日本では加藤らが1938年に微量測定法として改良を加え、小児でも測定可能な方法として発展させてきました。
Quick一段法の基本原理は非常にシンプルです。被検血漿に組織トロンボプラスチンとカルシウムイオンを添加し、血漿が凝固するまでの時間を測定します。この検査は外因性凝固因子(第VII因子)と共通性凝固因子群(第II、V、X因子)の複合した反応を測定する方法であり、これらの因子の異常を検出することができます。
プロトロンビン時間の基準値は一般的に11~15秒とされていますが、使用する試薬や測定機器によって多少の差異があります。検査結果は秒数だけでなく、活性値(%)やINR(International Normalized Ratio)として表示されることも多く、特に抗凝固療法のモニタリングにはINRが広く用いられています。
Quick一段法の歴史的背景と発展
Quick一段法は近代凝固学の初期に開発された検査法であり、血液凝固異常症の診断や研究に大きく貢献してきました。この検査法が考案された当初は、出血傾向の診断が主な目的でしたが、その後は経口抗凝固療法のモニタリングとしての役割も大きくなりました。
日本においては、北欧諸国やベネルクス諸国と同様に、Owren法も使用されていますが、世界的にはQuick一段法が広く普及しており、実施されているPT検査の約95%を占めています。これは、Quick一段法の簡便さや自動化のしやすさ、コスト面での優位性によるものです。
凝固検査の標準化が進む中で、Quick一段法も改良が重ねられてきました。特に国際標準化の観点から、INRシステムの導入により、異なる試薬や測定機器間での結果の比較が可能になりました。しかし、完全な標準化にはまだ課題が残されており、臨床現場では検査結果の解釈に注意が必要です。
Quick一段法によるプロトロンビン時間の測定手順
Quick一段法によるプロトロンビン時間の測定は、以下の手順で行われます。
- 検体の採取と前処理
- クエン酸ナトリウム入り採血管に血液を採取(血液:クエン酸ナトリウム=9:1の比率)
- 採血後は直ちに遠心分離(3,000回転/分で20分間が推奨)
- 分離した血漿は4℃で保存し、数時間以内に測定
- 測定の実施
- あらかじめ、試薬(トロンボプラスチン)と凝固用試験管を加温
- 血漿0.1mlにPT試薬0.1mlを加え、秒時計をスタート
- カルシウム溶液0.1mlを加え、10秒間振盪
- 2~3秒に1回試験管を傾け、フィブリンが析出するまでの時間を測定
- 結果の解釈
- 測定値を秒数で表示
- 必要に応じて活性値(%)やINRに換算
- 基準範囲と比較して評価
測定にあたっては、検体の取り扱いが非常に重要です。凝固因子は不安定なタンパク質であるため、採血後は直ちに遠心分離し、できる限り速やかに検査する必要があります。速やかに測定できない場合は、血漿分離後直ちに-40℃以下に凍結保存します。
また、遠心条件も重要で、遠心時間が短いと血漿中に血小板が多く残存し、特にループスアンチコアグラントの偽陰性や凍結検体の異常検査値の原因となることがあります。
Quick一段法の臨床的意義と検査値の解釈
Quick一段法によるプロトロンビン時間検査は、主に以下のような臨床的意義を持っています。
- 凝固異常の診断
- 肝機能障害(凝固因子の産生低下)
- ビタミンK欠乏症
- 先天性凝固因子欠乏症(第II、V、VII、X因子)
- DIC(播種性血管内凝固症候群)
- 抗凝固療法のモニタリング
- ワーファリンなどのビタミンK拮抗薬による治療の効果判定
- 適切な投与量の調整
プロトロンビン時間が延長する主な疾患としては、肝機能障害、ビタミンK欠乏症、ワーファリン療法中、DIC、先天性凝固因子欠乏症などが挙げられます。一方、プロトロンビン時間が短縮する状態としては、血栓塞栓症(心筋梗塞、狭心症、脳血管障害など)や過凝固状態が知られています。
臨床現場での検査値の解釈においては、単独のPT値だけでなく、APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)や血小板数、出血時間などの他の凝固検査と組み合わせて総合的に判断することが重要です。例えば、血友病の診断においては、PTは正常範囲内であるのに対し、APTTが延長するという特徴があります。
Quick一段法とOwren法の比較と特徴
プロトロンビン時間を測定する方法としては、Quick一段法とOwren法が広く知られています。両者の主な違いと特徴は以下の通りです。
特徴 | Quick一段法 | Owren法 |
---|---|---|
測定対象因子 | 第II、V、VII、X因子、フィブリノゲン | 第II、VII、X因子 |
使用試薬 | トロンボプラスチン+カルシウム | トロンボプラスチン+第V因子+フィブリノゲン+カルシウム |
普及地域 | 世界的に広く普及(約95%) | 北欧、ベネルクス諸国、日本など |
特徴 | 簡便、コスト効率が良い | 第V因子、フィブリノゲンの影響を受けない |
Quick一段法は、その簡便さと自動化のしやすさから世界的に広く普及していますが、第V因子やフィブリノゲンの影響も受けるため、これらの因子に異常がある場合は結果の解釈に注意が必要です。一方、Owren法は第V因子とフィブリノゲンを試薬側に添加することで、これらの影響を排除した測定が可能ですが、試薬がやや複雑になるというデメリットがあります。
日本では両方の方法が使用されていますが、特に北欧諸国やベネルクス諸国ではOwren法が好まれる傾向にあります。臨床現場では、使用している測定法を理解した上で検査結果を解釈することが重要です。
Quick一段法の最新動向と標準化への取り組み
Quick一段法を含むプロトロンビン時間測定の分野では、検査の標準化に向けた取り組みが進んでいます。特にINR(International Normalized Ratio)システムの導入は、異なる試薬や測定機器間での結果の比較を可能にする重要な進展でした。
INRは以下の式で計算されます:
INR = (患者の凝固時間/標準血漿の凝固時間)^ISI
ここでISI(International Sensitivity Index)は、使用する試薬の感度を表す指標です。このシステムにより、異なる施設間での検査結果の比較が可能になりました。
しかし、最近の研究では、市販のINR法間で必ずしも一致が得られず、臨床的に過剰なINRの変動が生じる場合があることが指摘されています。これは患者の適切な治療を危険にさらす可能性があり、さらなる標準化の必要性が認識されています。
最新の取り組みとしては、PIVKAの影響を補正する方法や、遺伝子多型による感受性の違いを考慮した個別化医療の研究が進んでいます。また、POC(Point of Care)デバイスの開発により、自宅でも簡便にPT-INRを測定できるようになってきており、抗凝固療法の管理がより身近になっています。
これらの進展により、Quick一段法は今後も凝固検査の基本として重要な役割を果たしていくと考えられます。しかし、検査の標準化や結果の解釈については、さらなる研究と改良が必要とされています。
血液凝固能亢進状態に関する臨床的研究 – J-Stageでは、Quick一段法による凝固検査の臨床的意義について詳しく解説されています
凝固検査の標準化の現状:プロトロンビン時間(PT)- このPDFでは、PT検査の歴史と標準化に関する詳細な情報が提供されています
Quick一段法は、その簡便さと臨床的有用性から、今日でも凝固検査の基本として広く使用されています。しかし、検査の標準化や結果の解釈には課題も残されており、臨床現場では検査方法の特性を理解した上で、適切に活用することが重要です。特に抗凝固療法のモニタリングにおいては、INRの適切な解釈と、患者個々の状態に応じた治療調整が求められます。
凝固検査は医療の進歩とともに発展を続けており、Quick一段法も今後さらに改良されていくことが期待されます。医療従事者は最新の知見を取り入れながら、患者ケアの質の向上に努めることが大切です。