DPP-4阻害薬の一覧と作用機序の特徴

DPP-4阻害薬の一覧と特徴

DPP-4阻害薬の基本情報
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作用機序

インクレチンを分解するDPP-4酵素を阻害し、インスリン分泌を促進して血糖値を下げます

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主な特徴

低血糖リスクが低く、体重増加が少ないため、2型糖尿病の初期治療に適しています

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注意点

腎機能や肝機能に応じた用量調整が必要な薬剤があります

DPP-4阻害薬の作用機序とインクレチンの働き

DPP-4阻害薬は、2型糖尿病治療において重要な位置を占める経口血糖降下薬です。その作用機序は、体内のインクレチンホルモンの働きを強化することにあります。

インクレチンとは、食事摂取時に消化管から分泌されるホルモンの総称で、主にGIP(Glucose-dependent Insulinotropic Polypeptide)とGLP-1(Glucagon-like Peptide-1)の2種類があります。これらのホルモンは以下のような働きを持っています。

  • 膵臓β細胞からのインスリン分泌を促進する
  • 膵臓α細胞からのグルカゴン分泌を抑制する
  • 胃の排出速度を遅らせる
  • 食欲を抑制する

通常、インクレチンは体内のDPP-4(ジペプチジルペプチダーゼ-4)という酵素によって速やかに分解されます。GIPの血中半減期は約5分、GLP-1は約2分と非常に短いのが特徴です。DPP-4阻害薬はこの分解酵素の働きを阻害することで、インクレチンの血中濃度を高め、その作用を延長させます。

重要なのは、インクレチンによるインスリン分泌促進作用は「糖濃度依存的」であるという点です。つまり、血糖値が高い時にのみインスリン分泌を促進し、血糖値が正常範囲内であればインスリン分泌を過剰に促進しません。このため、DPP-4阻害薬は単独使用では低血糖を起こしにくいという特徴があります。

また、インクレチンには副経路として、cAMPがEpac2に結合することで始まる、PKA非依存のインスリン分泌増強作用もあることが知られています。この複数の経路を通じた作用により、効果的な血糖コントロールが可能となっています。

DPP-4阻害薬の一覧と各薬剤の特性比較

現在、日本で承認されているDPP-4阻害薬は9種類あります。それぞれの薬剤には特徴があり、患者さんの状態に合わせて選択することが重要です。以下に各薬剤の特性を比較します。

【DPP-4阻害薬一覧表】

一般名 商品名 用法・用量 主な特徴 薬価(2025年4月時点)
シタグリプチン ジャヌビア・グラクティブ 1日1回 最初に承認されたDPP-4阻害薬 25mg:44円、50mg:82.1円、100mg:119.5円
ビルダグリプチン エクア 1日2回 肝機能障害患者には投与不可 50mg:18.4円(後発品)
アログリプチン ネシーナ 1日1回 配合剤(リオベル、イニシンク)あり 25mg:156.7円
リナグリプチン トラゼンタ 1日1回 肝代謝主体で腎機能低下時も用量調整不要 5mg:118.9円
テネリグリプチン テネリア 1日1回 OD錠あり 20mg:98.3円、40mg:147.3円
サキサグリプチン オングリザ 1日1回 腎機能低下時は用量調整が必要 2.5mg:26.9円、5mg:40.3円
アナグリプチン スイニー 1日2回 高度腎機能障害時は1日1回に減量 100mg:33円
トレラグリプチン ザファテック 週1回 週1回投与で服薬アドヒアランス向上 100mg:806.9円
オマリグリプチン マリゼブ 週1回 週1回投与で服薬アドヒアランス向上 25mg:576円

これらの薬剤は代謝・排泄経路によって大きく分けることができます。

  1. 腎代謝型:シタグリプチン、アログリプチン、サキサグリプチン、アナグリプチン、トレラグリプチン、オマリグリプチン
    • 未変化体および活性代謝物の尿中排泄率が70%以上
    • 腎機能低下時には用量調整が必要なことが多い
  2. 肝代謝型:リナグリプチン
    • 未変化体および活性代謝物の尿中排泄率が30%未満
    • 腎機能低下時でも用量調整が不要
  3. 肝腎代謝型:テネリグリプチン、ビルダグリプチン
    • 肝臓と腎臓の両方で代謝される

週1回投与のトレラグリプチンとオマリグリプチンは、服薬回数を減らすことで患者さんのアドヒアランス向上が期待できます。特に高齢者や多剤併用している患者さんにとっては利点となる可能性があります。

DPP-4阻害薬の配合剤と併用療法の選択肢

DPP-4阻害薬は単剤での使用だけでなく、他の糖尿病治療薬との配合剤としても開発されています。配合剤は服薬錠数を減らし、患者さんの服薬アドヒアランスを向上させる利点があります。

【DPP-4阻害薬を含む主な配合剤】

商品名 配合成分 用法 特徴
エクメット ビルダグリプチン+メトホルミン 1日2回 ビグアナイド薬との配合
イニシンク アログリプチン+メトホルミン 1日1回 ビグアナイド薬との配合
メトアナ アナグリプチン+メトホルミン 1日2回 ビグアナイド薬との配合
リオベル アログリプチン+ピオグリタゾン 1日1回 チアゾリジン薬との配合
カナリア テネリグリプチン+カナグリフロジン 1日1回 SGLT2阻害薬との配合
スージャヌ シタグリプチン+イプラグリフロジン 1日1回 SGLT2阻害薬との配合
トラディアンス リナグリプチン+エンパグリフロジン 1日1回 SGLT2阻害薬との配合

配合剤を使用する際の注意点として、以下が挙げられます。

  • 配合剤は用量が固定されているため、細かな用量調整ができません
  • 原則として、単剤または併用療法で用量を調整した後に配合剤へ切り替えるべきです
  • 添付文書には「糖尿病治療の第一選択薬として使用できない」と記載されています

DPP-4阻害薬と他の糖尿病治療薬との併用療法については、以下のような組み合わせが一般的です。

  1. DPP-4阻害薬+メトホルミン:インスリン抵抗性の改善と膵β細胞機能保護の両方が期待できる
  2. DPP-4阻害薬+SGLT2阻害薬:作用機序が異なるため相補的な効果が期待できる
  3. DPP-4阻害薬+SU剤:低用量のSU剤との併用で効果的な血糖コントロールが可能

併用療法を選択する際は、患者さんの病態(インスリン分泌能、インスリン抵抗性の程度など)や合併症、生活習慣などを考慮することが重要です。また、併用によって副作用のリスクが変化する可能性もあるため、注意深い経過観察が必要です。

DPP-4阻害薬の副作用と安全性プロファイル

DPP-4阻害薬は比較的安全性の高い薬剤として知られていますが、いくつかの副作用や注意すべき点があります。

【主な副作用】

  1. 消化器症状
    • 悪心、嘔吐、腹部不快感、下痢などが報告されています
    • 発現頻度は比較的低く、多くの場合は軽度で一過性です
  2. 膵炎
    • 急性膵炎の発症リスクが若干上昇する可能性が指摘されています
    • 膵炎の既往がある患者さんでは慎重に使用する必要があります
  3. 皮膚症状
    • 発疹、そう痒症などの皮膚症状が報告されています
    • 特に注意すべき皮膚症状として「類天疱瘡」があります
    • 医薬品医療機器総合機構(PMDA)によると、2022年には類天疱瘡の報告が149件ありました
  4. 感染症
    • 上気道感染、尿路感染などの感染症リスクが若干上昇する可能性があります
    • 免疫機能への影響が関与している可能性が考えられています
  5. 低血糖
    • DPP-4阻害薬単独では低血糖リスクは低いですが、SU剤やインスリン製剤との併用時には低血糖リスクが上昇します
    • 併用時にはSU剤やインスリン製剤の減量を検討する必要があることもあります

【特定の患者集団における注意点】

  1. 腎機能障害患者
    • 腎代謝型のDPP-4阻害薬では、腎機能低下に応じた用量調整が必要です
    • 中等度腎機能障害では通常の1/2量、高度腎機能障害では1/4量に減量する薬剤もあります
    • リナグリプチンは肝代謝型であるため、腎機能低下時でも用量調整が不要です
  2. 肝機能障害患者
    • ビルダグリプチンは肝機能障害患者への投与は禁忌とされています
    • 他のDPP-4阻害薬も肝機能障害患者には慎重投与とされていることが多いです
  3. 高齢者
    • 高齢者では腎機能低下を伴うことが多いため、腎機能に応じた用量調整が必要な場合があります
    • 高齢者では多剤併用による相互作用にも注意が必要です
  4. 妊婦・授乳婦
    • 妊婦または妊娠している可能性のある女性への投与に関しては、安全性が確立していません
    • 授乳中の女性への投与も避けるべきとされています

DPP-4阻害薬と併用薬の相互作用については、特にビルダグリプチンで注意が必要です。医薬品副作用データベース(JADER)の解析によると、ビルダグリプチンと特定の薬剤との併用で肝障害のリスクが上昇する可能性が示唆されています。

DPP-4阻害薬の臨床的位置づけと処方時の独自視点

DPP-4阻害薬は2型糖尿病治療において重要な位置を占めていますが、処方する際には患者さん個々の特性を考慮した選択が重要です。ここでは、臨床現場での実践的な視点から、DPP-4阻害薬の選択と使用について考察します。

【患者特性に応じたDPP-4阻害薬の選択】

  1. 腎機能に基づく選択
    • 腎機能正常~軽度低下:基本的にどのDPP-4阻害薬も選択可能
    • 中等度~高度腎機能低下:リナグリプチン(用量調整不要)が第一選択となることが多い
    • 透析患者:リナグリプチンまたは適切に減量したDPP-4阻害薬
  2. 服薬アドヒアランスに基づく選択
    • 服薬管理が難しい患者:週1回投与のトレラグリプチンやオマリグリプチンが有用
    • 多剤併用中の患者:配合剤の使用で錠数を減らすことが可能
    • 嚥下困難な患者:テネリアOD錠などの口腔内崩壊錠が適している
  3. 併存疾患に基づく選択
    • 心血管疾患リスクの高い患者:大規模臨床試験で心血管安全性が確認されている薬剤(シタグリプチン、リナグリプチンなど)
    • 肝機能障害のある患者:ビルダグリプチンは避け、他の薬剤も慎重に使用
    • 膵炎の既往がある患者:DPP-4阻害薬全般で注意が必要
  4. 費用対効果に基づく選択
    • 長期治療を考慮すると、後発品のあるビルダグリプチン(18.4円/錠)やサキサグリプチン(26.9円/錠)が経済的
    • 週1回製剤は1錠あたりの薬価は高いが、月間の薬剤費では他剤と同等になることも

【処方時の独自視点:時間軸を考慮したDPP-4阻害薬の選択】

糖尿病治療は長期にわたるため、患者さんの将来的な変化も見据えた処方戦略が重要です。例えば。

  • 若年発症の2型糖尿病患者:将来的な腎機能低下の可能性を考慮し、腎機能低下時にも使いやすい薬剤(リナグリプチンなど)を選択
  • 高齢者:加齢に伴う腎機能低下、多剤併用の増加、服薬管理能力の低下などを見据えた選択
  • 妊娠の可能性がある女性:妊娠時の薬剤切り替えを考慮した治療計画

また、DPP-4阻害薬の長期使用による膵β細胞保護効果についても注目されています。インクレチンの作用を介して膵β細胞のアポトーシスを抑制し、増殖を促進する可能性が基礎研究で示されていますが、臨床的な長期効果についてはさらなる研究が必要です。

【最新の研究動向】

DPP-4阻害薬の研究は現在も進行中で、以下のような新たな知見が報告されています。

  • 微小血管合併症への影響:DPP-4阻害薬が糖尿病性腎症や網膜症の進行を抑制する可能性
  • 認知機能への影響:DPP-4阻害薬が認知機能低下を抑制する可能性(GLP-1の中枢神経系での作用を介して)
  • 免疫系への影響:DPP-4は免疫細胞にも発現しており、DPP-4阻害薬が免疫系に与える長期的影響

これらの研究結果は、将来的にDPP-4阻害薬の適応拡大や、より個別化された処方戦略の開発につながる可能性があります。

DPP-4阻害薬の最新動向と今後の展望

DPP-4阻害薬は2000年代後半から臨床使用が始まり、現在では糖尿病治療の重要な選択肢として確立されていますが、研究開発は今なお続いています。ここでは、DPP-4阻害薬の最新動向と今後の展望について解説します。

【ジェネリック医薬品の登場】

DPP-4阻害薬の中で最初に承認されたシタグリプチン(ジャヌビア/グラクティブ)の特許が満了し、ジェネリック医薬品の開発が進んでいます。また、ビルダグリプチン(エクア)やサキサグリプチンのジェネリック医薬品もすでに市場に登場しています。ジェネリック医薬品の普及により、DPP-4阻害薬の経済的アクセスが向上することが期待されます。

【新たな配合剤の開発】

DPP-4阻害薬と他の糖尿病治療薬との配合剤開発も進んでいます。特に注目されているのは。

  1. DPP-4阻害薬+SGLT2阻害薬:作用機序の異なる薬剤の組み合わせによる相乗効果
  2. DPP-4阻害薬+GLP-1受容体作動薬:インクレチン関連薬の組み合わせによる強化療法
  3. トリプル配合剤:DPP-4阻害薬+SGLT2阻害薬+メトホルミンなど、3剤配合による服薬錠数の削減

【新たな適応の可能性】

DPP-4阻害薬の糖尿病以外の疾患への応用も研究されています。

  1. 非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD):DPP-4阻害薬が肝脂肪化や炎症を改善する可能性
  2. 心不全:一部のDPP-4阻害薬で心不全患者の予後改善効果が検討されています
  3. 神経変性疾患:アルツハイマー病など認知症の予防や進行抑制効果の可能性
  4. 自己免疫疾患:DPP-4の免疫調節作用を利用した治療法の開発

【長期的な安全性と有効性】

DPP-4阻害薬の長期使用による安全性と有効性のデータが蓄積されつつあります。

  1. 心血管安全性:大規模臨床試験(TECOS、CARMELINA、SAVOR-TIMI 53など)により、主要なDPP-4阻害薬の心血管安全性が確認されています
  2. 癌リスク:初期に懸念された癌リスクの上昇は、長期的な観察研究では確認されていません
  3. 膵β細胞保護効果:長期使用による膵β細胞機能の維持効果についての研究が進行中です

【個別化医療への応用】

遺伝子多型や代謝プロファイルに基づいた、DPP-4阻害薬の効果予測や副作用リスク評価の研究も進んでいます。将来的には、患者さん個々の特性に基づいた最適なDPP-4阻害薬の選択が可能になるかもしれません。

【今後の課題】

DPP-4阻害薬の研究開発における今後の課題

  1. 長期的な費用対効果の評価:特に合併症予防効果を含めた総合的な評価
  2. 他の糖尿病治療薬との最適な併用順序や組み合わせの確立
  3. 特定の患者集団(高齢者、腎機能障害患者など)における安全性と有効性のさらなる検証
  4. DPP-4以外のインクレチン関連酵素をターゲットとした新規薬剤の開発

DPP-4阻害薬は、その比較的良好な安全性プロファイルと使いやすさから、今後も2型糖尿病治療の中心的な役割を担い続けると考えられます。同時に、新たな知見の蓄積により、より効果的で個別化された使用法が確立されていくことが期待されます。

DPP-4阻害薬による肝障害発症リスクの評価とビルダグリプチンの併用薬の影響に関する研究