目次
透析しないという選択肢について
透析しない選択肢の提示と患者の意思決定支援
慢性腎臓病が進行し、末期腎不全に至った場合、従来は透析療法が標準的な治療選択肢として提示されてきました。しかし、近年では患者の価値観や生活の質(QOL)を重視する観点から、透析を行わない選択肢も積極的に提示されるようになってきています。
この「透析をしない」という選択肢は、主に高齢の患者さんや、他の重篤な疾患を抱えている方々に対して検討されることが多くなっています。特に、透析によって得られる生命予後の延長よりも、現在の生活の質を維持することを重視する場合に考慮されます。
透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言(日本透析医学会)
透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについて詳細な提言が記載されています。
患者の意思決定を支援するためには、医療チームによる丁寧な説明と情報提供が不可欠です。具体的には以下のような点について、患者と家族に十分な理解を促す必要があります:
・透析を行う場合と行わない場合の予想される経過
・症状管理の方法と可能性
・生活の質への影響
・家族や介護者への負担
・経済的な側面
意思決定のプロセスでは、患者の価値観や人生観を尊重しつつ、医学的な見地からの助言を行うことが重要です。また、一度決定した後でも、状況の変化に応じて選択を変更できることを伝えることも大切です。
透析しない場合の保存的腎臓療法の概要
透析を行わない選択をした場合、「保存的腎臓療法」(Conservative Kidney Management: CKM)という治療アプローチが取られます。これは、腎臓の機能を可能な限り維持しながら、症状の緩和に主眼を置いた治療法です。
保存的腎臓療法の主な内容は以下の通りです:
・食事療法:タンパク質や塩分、水分の摂取を調整
・薬物療法:高血圧や貧血、骨ミネラル代謝異常などの管理
・症状緩和:むくみ、呼吸困難、かゆみなどの症状に対する対症療法
・心理的サポート:患者と家族への精神的ケア
・アドバンス・ケア・プランニング(ACP):今後の治療や療養について話し合い、計画を立てる
保存的腎臓療法について(亀田メディカルセンター)
保存的腎臓療法の具体的な内容や、どのような場合に検討されるかについて詳しく解説されています。
保存的腎臓療法を選択した場合、定期的な医療機関への通院や、在宅での管理が必要となります。医療チームは患者の状態を細かくモニタリングし、必要に応じて治療内容を調整していきます。
特筆すべき点として、保存的腎臓療法を選択した患者の中には、予想以上に長期間にわたって比較的良好な状態を維持できる方もいることが分かってきています。これは、個々の患者の状態や管理の質によって大きく異なりますが、透析を行わないことが即座に生命予後の短縮につながるわけではないことを示しています。
透析しないと起こる症状と合併症のリスク
透析を行わない選択をした場合、腎臓の機能低下に伴う様々な症状や合併症が現れる可能性があります。これらの症状は徐々に進行し、最終的には生命に関わる状態に至ることがあります。
主な症状と合併症には以下のようなものがあります:
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体液貯留関連の症状
・全身のむくみ(浮腫)
・肺水腫による呼吸困難
・高血圧
・心不全 -
尿毒症関連の症状
・吐き気・嘔吐
・食欲不振
・かゆみ
・意識障害
・けいれん -
電解質異常
・高カリウム血症(重症の場合、不整脈や心停止のリスク)
・高リン血症(骨の異常や血管の石灰化を引き起こす) -
代謝性アシドーシス
・呼吸が速くなる
・疲労感
・筋力低下 -
貧血
・息切れ
・疲労感
・めまい
透析しないとどうなる?拒否はできるの?(東京透析)
透析を行わない場合に起こりうる症状や合併症について、詳細に解説されています。
これらの症状や合併症は、保存的腎臓療法によってある程度管理することが可能ですが、完全に防ぐことは困難です。医療チームは、患者の状態を注意深く観察し、症状の緩和に努めます。
一方で、透析を行わないことで、透析に伴う身体的・精神的負担や合併症(低血圧、不整脈、感染症など)を回避できるというメリットもあります。特に高齢者や他の重篤な疾患を抱えている患者さんの場合、透析による負担が大きいケースもあるため、個々の状況に応じた判断が重要となります。
透析しない選択をする際の医療チームの役割
透析をしないという選択肢を検討する際、医療チームは患者と家族に対して重要な役割を果たします。その主な役割は以下の通りです:
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情報提供と教育
・透析と保存的腎臓療法それぞれのメリット・デメリット
・予想される経過と生活の質への影響
・症状管理の方法と限界 -
意思決定支援
・患者の価値観や希望の傾聴
・家族との対話の促進
・意思決定のための十分な時間の確保 -
多職種連携
・医師、看護師、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカーなどによるチームアプローチ
・各専門家の視点からの助言と支援 -
症状管理と緩和ケア
・薬物療法や非薬物療法による症状コントロール
・QOLの維持・向上のための支援 -
心理的サポート
・患者と家族の不安や悩みへの対応
・精神的ケアの提供 -
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の実施
・今後の治療や療養に関する話し合いの促進
・患者の意思を尊重した計画の立案
腎代替療法選択の共同意思決定において重要な “Deciding Not to Decide” の概念(日本透析医学会雑誌)
透析しない選択を含む腎代替療法の意思決定プロセスにおける医療チームの役割について詳細に論じられています。
医療チームは、患者が十分な情報を得た上で自己決定できるよう支援することが求められます。同時に、患者の状態や意思が変化する可能性を考慮し、定期的に再評価を行うことも重要です。
特に注目すべき点として、近年では「Deciding Not to Decide(決定しないことを決める)」という概念が重要視されています。これは、即座に透析の開始や中止を決定するのではなく、現在の治療を継続しながら、状況の変化に応じて柔軟に対応していくという考え方です。この approach により、患者と医療チームが協力して最適な治療方針を模索していくことが可能となります。
透析しない選択と終末期ケアの関係性
透析をしないという選択は、必ずしも即座に終末期ケアに移行することを意味するわけではありません。しかし、腎機能の低下が進行するにつれて、終末期に向けた準備や計画を考慮する必要が出てきます。
透析しない選択と終末期ケアの関係性について、以下の点が重要です:
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緩やかな移行
・保存的腎臓療法から終末期ケアへの移行は、個々の患者の状態に応じて緩やかに行われます。
・明確な境界線はなく、症状の進行に合わせて徐々にケアの重点が変化していきます。 -
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の重要性
・患者の意思や価値観を尊重した終末期ケアを提供するため、早い段階からACPを行うことが推奨されます。
・治療の目標や、望む/望まないケアについて、患者・家族・医療チームで話し合います。 -
症状緩和の継続
・終末期に近づくにつれ、症状緩和がより重要になります。
・痛み、呼吸困難、不安などの症状に対して、適切な緩和ケアを提供します。 -
心理的・スピリチュアルケア
・患者と家族の心理的サポートや、スピリチュアルな側面へのケアが重要になります。
・必要に応じて、心理士や宗教家などの専門家と連携します。 -
在宅ケアと入院の選択
・患者の希望や状態に応じて、在宅での看取りや緩和ケア病棟への入院など、適切な場所でケアを受けられるよう調整します。 -
家族へのサポート
・患者のケアだけでなく、家族への支援も重要です。
・介護負担の軽減や、グリーフケア(死別後のケア)なども考慮します。
「透析をしない」という選択をとある腎臓内科医はどう思うか?(腎臓内科専門医ブログ)
透析をしない選択と終末期ケアの関係性について、現場の医師の視点から詳しく解説されています。
透析をしない選択をした患者の終末期ケアにおいては、個々の患者の価値観や希望を尊重しつつ、医学的な観点からの適切なケアを提供