抗アンドロゲン薬一覧と作用機序
抗アンドロゲン薬一覧と分類の基本知識
抗アンドロゲン薬は、前立腺がんや前立腺肥大症の治療において重要な役割を果たす薬剤群です。これらは男性ホルモン(アンドロゲン)の作用を阻害することで、前立腺がん細胞の増殖を抑制します。
抗アンドロゲン薬は大きく分けて第一世代と第二世代に分類されます。
第一世代抗アンドロゲン薬
- カソデックス(ビカルタミド):前立腺がんに適応
- オダイン(フルタミド):前立腺がんに適応
- プロスタール/プロスタット(クロルマジノン酢酸エステル):前立腺がん(100mg/日)、前立腺肥大症(50mg/日)に適応
第二世代抗アンドロゲン薬
- イクスタンジ(エンザルタミド):去勢抵抗性前立腺がん、遠隔転移を有する前立腺がんに適応
- アーリーダ(アパルタミド):遠隔転移を有しない去勢抵抗性前立腺がんに適応
- ニュベクオ(ダロルタミド):遠隔転移を有しない去勢抵抗性前立腺がんに適応
CYP17阻害薬(アンドロゲン生合成阻害薬)
- ザイティガ(アビラテロン酢酸エステル):去勢抵抗性前立腺がんに適応
これらの薬剤は、それぞれ異なる作用機序や特性を持ち、患者の病態や治療目標に応じて選択されます。特に近年は、去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)に対する新たな治療オプションとして、第二世代抗アンドロゲン薬の開発が進んでいます。
抗アンドロゲン薬一覧における作用機序の違い
抗アンドロゲン薬はそれぞれ異なる作用機序を持ち、これが薬剤選択の重要な判断材料となります。主な作用機序の違いを詳しく見ていきましょう。
第一世代抗アンドロゲン薬の作用機序
カソデックス(ビカルタミド)とオダイン(フルタミド)は、アンドロゲン受容体(AR)に結合することで、テストステロンやジヒドロテストステロン(DHT)などのアンドロゲンがARに結合するのを競合的に阻害します。これにより、アンドロゲン依存性の前立腺がん細胞の増殖を抑制します。
プロスタール(クロルマジノン酢酸エステル)は、以下の複数の作用機序を持ちます。
- 前立腺へのアンドロゲンの取り込み阻害
- アンドロゲンのAR結合阻害
- 高用量(100mg/日)投与時の血中テストステロン低下作用
第二世代抗アンドロゲン薬の作用機序
イクスタンジ(エンザルタミド)は、第一世代よりも強力にARに結合し、以下の複数の作用を示します。
- ARへのアンドロゲン結合阻害
- ARの核内移行阻害
- ARのDNA結合阻害
- コアクチベーターのリクルート阻害
これらの作用により、ARシグナル伝達経路を複数のポイントで阻害し、去勢抵抗性前立腺がんに対しても効果を発揮します。
アーリーダ(アパルタミド)とニュベクオ(ダロルタミド)も同様に、ARシグナル伝達を阻害しますが、それぞれ薬物動態や副作用プロファイルが異なります。
CYP17阻害薬の作用機序
ザイティガ(アビラテロン酢酸エステル)は、アンドロゲン生合成に関与するCYP17酵素を阻害することで、テストステロン産生を抑制します。CYP17は精巣だけでなく、副腎皮質や前立腺腫瘍内にも発現しているため、ザイティガは複数の組織でのアンドロゲン産生を阻害できます。
これにより、去勢抵抗性前立腺がんにおいても効果を発揮しますが、副作用として鉱質コルチコイドの上昇があるため、通常はプレドニゾロンと併用されます。
抗アンドロゲン薬一覧と前立腺がん治療の適応
抗アンドロゲン薬は前立腺がんの病期や状態によって使い分けられます。ここでは、各薬剤の適応と治療戦略について詳しく解説します。
早期前立腺がんへの適応
局所限局性前立腺がんに対しては、第一世代抗アンドロゲン薬が単独または他の治療法と併用して使用されることがあります。
- ビカルタミド(カソデックス):単剤療法として、去勢の代替治療として使用されることがあります。去勢と同等の有効性を持ちながら、性機能や骨密度への影響が少ないという利点があります。
- フルタミド(オダイン):主に複合アンドロゲン遮断療法(CAB療法)の一環として使用されます。
進行性・転移性前立腺がんへの適応
進行性または転移性前立腺がんに対しては、LH-RHアゴニスト/アンタゴニストによる内科的去勢と抗アンドロゲン薬の併用(CAB療法)が標準治療となります。
- ビカルタミド(カソデックス):150mg/日の高用量投与が転移性前立腺がんに対して使用されることがあります。
- クロルマジノン酢酸エステル(プロスタール):100mg/日の高用量で前立腺がんに適応があります。
去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)への適応
去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)とは、内科的または外科的去勢によりテストステロン値が去勢レベル(50ng/dL未満)に低下しているにもかかわらず、疾患の進行が認められる状態です。CRPCに対しては、第二世代抗アンドロゲン薬やCYP17阻害薬が重要な治療オプションとなります。
- エンザルタミド(イクスタンジ):去勢抵抗性前立腺がん、遠隔転移を有する前立腺がんに適応
- アパルタミド(アーリーダ):遠隔転移を有しない去勢抵抗性前立腺がんに適応
- ダロルタミド(ニュベクオ):遠隔転移を有しない去勢抵抗性前立腺がんに適応
- アビラテロン酢酸エステル(ザイティガ):去勢抵抗性前立腺がんに適応
これらの新世代薬剤は、従来の抗アンドロゲン薬に耐性を獲得した前立腺がんに対しても効果を示すことが臨床試験で証明されています。
抗アンドロゲン薬一覧における副作用と対策
抗アンドロゲン薬は効果的な治療薬である一方、様々な副作用を引き起こす可能性があります。ここでは、各薬剤の主な副作用とその対策について解説します。
第一世代抗アンドロゲン薬の副作用
ビカルタミド(カソデックス)の主な副作用。
- 肝機能障害(定期的な肝機能検査が必要)
- 女性化乳房(乳房痛、乳房腫大)
- ほてり
- 性欲減退
- 倦怠感
フルタミド(オダイン)の副作用。
- 肝機能障害(ビカルタミドより頻度が高い)
- 下痢
- 女性化乳房
- ほてり
フルタミドは肝機能障害の頻度が高く、また1日3回の服用が必要なため、現在ではビカルタミドが優先して使用されることが多いです。
クロルマジノン酢酸エステル(プロスタール)の副作用。
- 肝機能障害
- 性欲減退
- 女性化乳房
- 血栓症のリスク
第二世代抗アンドロゲン薬の副作用
エンザルタミド(イクスタンジ)の副作用。
- 疲労感
- 高血圧
- 転倒・骨折リスクの上昇
- 痙攣発作(脳梗塞や痙攣性疾患の既往がある患者では注意が必要)
- 認知機能障害
アパルタミド(アーリーダ)の副作用。
- 疲労
- 皮膚発疹(重度の場合は投与中止が必要)
- 転倒・骨折
- 甲状腺機能低下症
ダロルタミド(ニュベクオ)の副作用。
- 疲労
- 四肢痛
- 発疹
- エンザルタミドやアパルタミドと比較して、痙攣発作や認知機能障害のリスクが低いとされています
CYP17阻害薬の副作用
アビラテロン酢酸エステル(ザイティガ)の副作用。
- 高血圧
- 低カリウム血症
- 浮腫
- 肝機能障害
- 心血管系有害事象
ザイティガは単独投与すると鉱質コルチコイド過剰症を引き起こすため、必ずプレドニゾロンと併用する必要があります。その機序は以下の通りです。
- ザイティガがCYP17を阻害し、糖質コルチコイドの生成を抑制
- 糖質コルチコイド不足を補うため、副腎皮質からのステロイド産生が亢進
- CYP17阻害により糖質コルチコイド合成経路が遮断されているため、鉱質コルチコイドが過剰に産生
- 結果として高血圧や低カリウム血症などの症状が出現
これを防ぐため、外因性の糖質コルチコイドであるプレドニゾロンを併用することで、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌を抑制し、鉱質コルチコイドの過剰産生を防ぎます。
抗アンドロゲン薬一覧と交替療法の臨床応用
抗アンドロゲン薬による治療を長期間継続すると、薬剤耐性が生じることがあります。この耐性メカニズムの一つとして、アンドロゲン受容体の変異によって抗アンドロゲン薬が逆にアゴニスト(刺激薬)として作用する「アンチアンドロゲン離脱症候群」が知られています。このような状況に対応するための戦略として「交替療法」があります。
抗アンドロゲン薬の交替療法とは
交替療法は、使用していた抗アンドロゲン薬を中止したり、別の抗アンドロゲン薬に切り替えたりすることで、がん細胞の増殖を抑制する治療法です。例えば、ビカルタミド(カソデックス)からフルタミド(オダイン)への切り替え、あるいはその逆の切り替えが行われることがあります。
交替療法の臨床的意義
第一世代抗アンドロゲン薬を長期投与している患者で、PSA値の上昇など治療効果の減弱が見られた場合、以下のような対応が考えられます。
- 抗アンドロゲン薬の中止(アンチアンドロゲン離脱)。
使用していた抗アンドロゲン薬を中止することで、約15-30%の患者でPSA値の低下が見られることがあります。これは、変異したアンドロゲン受容体に対して薬剤がアゴニストとして作用していた場合、その刺激を取り除くことで効果が現れるためです。
- 別の抗アンドロゲン薬への切り替え。
ビカルタミドからフルタミドへ、あるいはフルタミドからビカルタミドへの切り替えにより、一時的にPSA値が低下することがあります。これは、アンドロゲン受容体との結合様式が異なるため、交差耐性が完全ではないことによると考えられています。
- 第二世代抗アンドロゲン薬への切り替え。
第一世代抗アンドロゲン薬に耐性を示した場合、エンザルタミドなどの第二世代抗アンドロゲン薬への切り替えが効果的なことがあります。第二世代薬剤はARシグナル伝達をより強力に阻害するため、第一世代薬剤に耐性を獲得したがん細胞に対しても効果を示すことがあります。
交替療法の実践例
臨床現場では、以下のような交替療法の実践例が見られます。
- ビカルタミド単剤療法からCAB療法(LH-RHアゴニスト+ビカルタミド)への切り替え
- CAB療法で使用していた第一世代抗アンドロゲン薬の中止(アンチアンドロゲン離脱)
- 第一世代抗アンドロゲン薬から第二世代抗アンドロゲン薬への切り替え
- 抗アンドロゲン薬からCYP17阻害薬(アビラテロン)への切り替え
交替療法は一時的な効果にとどまることが多いですが、次の治療選択肢を検討する時間的余裕を得られるメリットがあります。また、患者の全身状態や副作用の発現状況に応じて、より適切な治療法を選択できる可能性も高まります。
抗アンドロゲン薬一覧と前立腺肥大症治療の関連性
抗アンドロゲン薬は前立腺がん治療だけでなく、前立腺肥大症(BPH)の治療にも使用されることがあります。前立腺の成長と機能はアンドロゲンに依存しているため、抗アンドロゲン作用を持つ薬剤は前立腺肥大症の症状改善に寄与します。
前立腺肥大症に適応のある抗アンドロゲン薬
日本で前立腺肥大症の治療に承認されている抗アンドロゲン作用を持つ薬剤には以下のものがあります。
- クロルマジノン酢酸エステル(プロスタール、エフミンなど):50mg/日の用量で前立腺肥大症に適応があります。
- アリルエストレノール(パーセリン、ベリアスなど):前立腺肥大症に対して使用されます。
これらの薬剤は、前立腺組織におけるアンドロゲンの作用を抑制することで、前立腺の縮小や排尿症状の改善をもたらします。
5α-還元酵素阻害薬との比較
前立腺肥大症の治療には、抗アンドロゲン薬以外に5α-還元酵素阻害薬も使用されます。5α-還元酵素はテストステロンをより強力なジヒドロテストステロン(DHT)に変換する酵素で、この阻害薬はDHTの産生を抑制します。
主な5α-還元酵素阻害薬。
- フィナステリド(プロペシア、プロスカーなど)
- デュタステリド(アボルブなど)
抗アンドロゲン薬と5α-還元酵素阻害薬の比較。
特性 | 抗アンドロゲン薬 | 5α-還元酵素阻害薬 |
---|---|---|
作用機序 | アンドロゲン受容体への結合阻害 | DHTの生成阻害 |
前立腺縮小効果 | 中程度 | 顕著(約20-30%) |
効果発現 | 比較的早い | 3-6ヶ月と遅い |
性機能への影響 | 性欲減退、勃起障害 | 勃起障害、射精障害 |
PSA値への影響 | 軽度低下 | 約50%低下 |
α1遮断薬との併用療法
前立腺肥大症の治療では、α1遮断薬(タムスロシン、シロドシンなど)と抗アンドロゲン薬または5α-還元酵素阻害薬の併用が行われることがあります。
α1遮断薬は前立腺や尿道の平滑筋を弛緩させることで、比較的早期に排尿症状を改善しますが、前立腺のサイズ自体は縮小しません。一方、抗アンドロゲン薬や5α-還元酵素阻害薬は前立腺を縮小させる効果がありますが、効果の発現には時間がかかります。
併用療法のメリット。
- α1遮断薬による早期の症状改善
- 抗アンドロゲン薬や5α-還元酵素阻害薬による前立腺縮小効果
- 長期的な症状コントロールの向上
- 急性尿閉リスクの低減
特に前立腺が大きい(40ml以上)患者や、PSA値が高い患者では、併用療法がより効果的であるとされています。