炎症性腸疾患治療薬一覧と潰瘍性大腸炎の薬物療法

炎症性腸疾患治療薬一覧と効果的な使用法

炎症性腸疾患治療薬の主な種類
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5-ASA製剤

IBD治療の基本薬。軽症〜中等症の寛解導入・維持に使用

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生物学的製剤

中等症〜重症例や従来治療で効果不十分な場合に使用

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新規治療薬

JAK阻害薬やS1P受容体調節薬など新たな選択肢

炎症性腸疾患(IBD)は、潰瘍性大腸炎(UC)とクローン病(CD)を主とする慢性的な消化管の炎症性疾患です。これらの疾患は原因不明で、現在のところ完全な治癒法は確立されていません。そのため、治療の主な目標は炎症を抑え、症状を緩和し、「寛解」と呼ばれる状態を維持することにあります。

IBDの治療には様々な薬剤が使用されており、患者さんの症状の重症度、罹患範囲、過去の治療歴などに応じて適切な薬剤が選択されます。本記事では、IBD治療に使用される主な薬剤を詳しく解説します。

炎症性腸疾患治療薬の基本となる5-ASA製剤の種類と特徴

5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤は、IBD、特に潰瘍性大腸炎の基本治療薬として広く使用されています。これらの薬剤は腸管粘膜で直接作用し、炎症を抑制する効果があります。

サラゾピリン(サラゾスルファピリジン)

1940年代から使用されている歴史ある薬剤で、5-ASAとスルファピリジンがアゾ結合した化合物です。大腸内の細菌によってアゾ結合が切断されることで有効成分である5-ASAが放出される仕組みになっています。錠剤と坐剤の剤形があり、基本的な投与量は1日2,000mg~4,000mgです。ただし、スルファピリジン部分が副作用(発熱、発疹、かゆみ、光線過敏症など)の原因となることがあります。

ペンタサ(メサラジン)

サラゾピリンの副作用を軽減するために開発された、5-ASAのみを有効成分とする製剤です。剤形が豊富で、経口薬(錠剤・顆粒)、坐剤、注腸剤があり、病変の部位や範囲に応じて使い分けることができます。

剤形 特徴
ペンタサ錠 取り扱いが容易だが、通常用量では錠数が多く、錠剤が大きいため飲みにくいことがある
ペンタサ顆粒 1日量をまとめて服用する場合は最も服用しやすいが、顆粒薬が苦手な人もいる
ペンタサ注腸 左側大腸炎型に有効。経口剤と併用することで治療効果を高められる
ペンタサ坐剤 直腸炎型の治療や、経口剤で直腸周囲の治療が不十分な場合に併用

アサコール・リアルダ(メサラジン)

これらは腸内のpHの違いを利用して崩壊するカプセルを用いた製剤で、有効成分を大腸に効率よく届けるよう工夫されています。アサコールは最大用量3,600mg、リアルダは最大用量4,800mgまで使用可能で、病状に応じて5-ASAの使用量を増加させたい場合に選択されます。

5-ASA製剤は軽症から中等症の潰瘍性大腸炎では単独で寛解導入が可能であり、寛解維持のためには継続的な服用が重要です。ただし、投与開始初期にアレルギー反応を起こすことがあるため、服用開始後に症状が悪化する場合は医師に相談することが必要です。

炎症性腸疾患治療薬におけるステロイド製剤の役割と使用法

ステロイド製剤は、5-ASA製剤で効果が不十分な場合や中等症から重症の炎症性腸疾患患者に対して使用される強力な抗炎症薬です。速やかに炎症を抑制する効果がありますが、長期使用による副作用のリスクがあるため、通常は短期間の使用にとどめられます。

経口ステロイド製剤

プレドニゾロン(プレドニン)が代表的な経口ステロイド製剤です。中等症の潰瘍性大腸炎では、通常1日30~40mgから開始し、症状の改善に伴って徐々に減量していきます。効果は比較的早く現れますが、満月様顔貌、にきび、不眠、筋肉痛、骨粗鬆症、糖尿病、高血圧などの副作用が生じる可能性があります。

注腸・坐剤ステロイド製剤

直腸や左側結腸に限局した炎症に対しては、局所製剤が使用されます。

  1. ベタメタゾン注腸剤(ステロネマ):ベタメタゾン3mgまたは1.5mgを含む注腸剤で、液量によって効果が及ぶ範囲が異なります(100mLは脾彎曲まで、50mLは直腸・S状結腸)。
  2. ベタメタゾン坐剤(リンデロン坐剤):ベタメタゾン0.5mgまたは1.0mgを含む坐剤で、直腸病変の活動期の炎症を抑えるために使用されます。
  3. ブデソニド注腸フォーム剤(レクタブル):ブデソニド2mgを含む注腸フォーム剤で、直腸・S状結腸の活動期の炎症に使用されます。腸から吸収されても肝臓ですぐに代謝されるため、全身性の副作用が比較的少ないという特徴があります。
  4. プレドニゾロン注腸剤(プレドネマ):直腸からS状結腸にかけての炎症に対して使用されます。

ステロイド製剤は強力な抗炎症効果を持つ一方で、長期使用によるステロイド依存や抵抗性の問題があります。そのため、ステロイド依存例や抵抗例では、次に紹介する免疫調節薬や生物学的製剤などの代替治療が検討されます。

炎症性腸疾患治療薬としての生物学的製剤の進化と選択肢

生物学的製剤は、従来の治療で効果が不十分な中等症から重症の炎症性腸疾患患者に対して使用される先進的な治療薬です。これらは特定の炎症性サイトカインやその受容体を標的とし、より選択的に炎症を抑制します。2010年以降、様々な作用機序を持つ生物学的製剤が次々と承認され、IBD治療の選択肢は大きく広がりました。

抗TNFα抗体製剤

TNF(腫瘍壊死因子)αは炎症を引き起こす重要なサイトカインです。抗TNFα抗体はこのTNFαの作用を阻害することで炎症を抑制します。

  1. インフリキシマブ(レミケード):2010年に潰瘍性大腸炎に対して承認された最初の生物学的製剤で、点滴静注で投与します。
  2. アダリムマブ(ヒュミラ):皮下注射で投与する抗TNFα抗体製剤です。
  3. ゴリムマブ(シンポニー):皮下注射で投与する抗TNFα抗体製剤で、4週間に1回の投与が基本です。

抗インテグリン抗体製剤

インテグリンは白血球が血管から腸管組織へ移行する際に重要な役割を果たすタンパク質です。これを阻害することで炎症細胞の腸管への浸潤を抑制します。

  1. ベドリズマブ(エンタイビオ):α4β7インテグリンを特異的に阻害する抗体製剤で、腸管選択的に作用するため全身性の免疫抑制が少ないという特徴があります。点滴静注または皮下注射で投与します。
  2. カロテグラストメチル(カログラ):経口α4インテグリン阻害剤で、錠剤として服用します。

抗IL-12/23抗体製剤

IL-12やIL-23は炎症性腸疾患の病態に関与するサイトカインです。これらを標的とする抗体製剤も開発されています。

  1. ウステキヌマブ(ステラーラ):IL-12とIL-23の共通サブユニットであるp40に対する抗体製剤です。初回は点滴静注、2回目以降は2~3ヶ月に1回の皮下注射で投与します。
  2. ミリキズマブ(オンボー):IL-23のp19サブユニットに対する抗体製剤です。3回目投与までは点滴静注、4回目以降は4週に1度の皮下注射で投与します。
  3. リサンキズマブ(スキリージ):IL-23のp19サブユニットに対する抗体製剤です。

生物学的製剤は効果的な治療法である一方、免疫抑制に伴う感染症リスクの増加や、投与時反応、注射部位反応などの副作用に注意が必要です。また、効果の減弱(二次無効)が生じることもあり、その場合は別の生物学的製剤への切り替えや、次に紹介するJAK阻害薬などの新たな治療選択肢が検討されます。

炎症性腸疾患治療薬の新たな選択肢:JAK阻害薬と免疫調節薬

近年、炎症性腸疾患の治療薬として、JAK(ヤヌスキナーゼ)阻害薬や免疫調節薬など、新たな作用機序を持つ薬剤が登場しています。これらは従来の治療で効果不十分な患者さんに新たな選択肢を提供しています。

JAK阻害薬

JAKは細胞内のシグナル伝達に関わる酵素で、様々な炎症性サイトカインの作用を仲介しています。JAK阻害薬はこの酵素の働きを阻害することで、複数のサイトカインの作用を同時に抑制し、炎症を抑える効果があります。

  1. トファシチニブ(ゼルヤンツ):2018年に潰瘍性大腸炎に対して承認された最初のJAK阻害薬です。経口薬であるため、注射や点滴が不要という利点があります。
  2. フィルゴチニブ(ジセレカ):JAK1を選択的に阻害する経口薬で、1日1回の服用です。
  3. ウパダシチニブ(リンヴォック):JAK1を選択的に阻害する経口薬で、1日1回の服用です。

JAK阻害薬は経口薬であるため服用が容易で、効果の発現も比較的早いという利点がありますが、帯状疱疹などの感染症リスクの増加、血栓症のリスク、脂質異常症などの副作用に注意が必要です。

免疫調節薬(チオプリン製剤)

免疫調節薬は免疫系の過剰な反応を抑制することで炎症を抑える薬剤です。

  1. アザチオプリン(イムラン、アザニン):ステロイド依存例や頻回再燃例に使用されます。効果の発現までに3~6ヶ月程度かかることがあります。
  2. 6-メルカプトプリン(ロイケリン):アザチオプリンと同様の作用を持ちますが、日本では潰瘍性大腸炎に対しては保険適用外です。

カルシニューリン阻害薬

T細胞の活性化を抑制することで炎症を抑える薬剤です。

  1. タクロリムス(プログラフ):重症の潰瘍性大腸炎に対して使用されます。血中濃度のモニタリングが必要です。
  2. シクロスポリン(サンディミュン):急性重症の潰瘍性大腸炎に対して使用されることがありますが、日本では保険適用外です。

S1P受容体調節薬

最新の治療薬として、スフィンゴシン1-リン酸(S1P)受容体調節薬も登場しています。

  1. オザニモド(ゼポジア):2025年3月に「中等症から重症の潰瘍性大腸炎(既存治療で効果不十分な場合に限る)」の適応で発売された新薬です。S1P1受容体およびS1P5受容体に選択的に結合し、リンパ球の体内循環を制御することで、炎症部位へのリンパ球の浸潤を阻害します。1日1回の経口投与という利便性があります。

これらの新たな治療薬の登場により、炎症性腸疾患の治療選択肢は大きく広がっています。患者さんの病態や生活スタイル、副作用のリスクなどを考慮して、最適な治療法を選択することが重要です。

炎症性腸疾患治療薬の個別化医療と将来展望

炎症性腸疾患(IBD)の治療は、近年急速に進歩しており、患者さん一人ひとりの病態や特性に合わせた「個別化医療」の重要性が高まっています。ここでは、IBD治療薬の選択における個別化アプローチと今後の展望について考察します。

バイオマーカーを用いた治療薬選択

IBD患者の血液や便、腸粘膜などから得られるバイオマーカーを分析することで、どの治療薬が最も効果的かを予測する研究が進んでいます。例えば、特定の遺伝子多型や血清中のタンパク質レベルが、抗TNFα抗体製剤への反応性と関連しているという報告があります。将来的には、治療開始前にこうしたバイオマーカー検査を行うことで、最適な治療薬を選択できるようになる可能性があります。

治療薬の組み合わせと逐次療法

複数の作用機序の異なる薬剤を組み合わせることで、より効果的な治療が可能になる場合があります。例えば、5-ASA製剤と免疫調節薬の併用や、生物学的製剤と免疫調節薬の併用などが検討されています。また、初期治療で効果が不十分な場合に、どのような順序で次の治療薬に切り替えるべきかという「逐次療法」の最適化も重要な課題です。

新たな治療標的と開発中の薬剤

IBDの病態解明が進むにつれ、新たな治療標的も見出されています。現在開発中または臨床試験が進行中の薬剤には以下のようなものがあります。

  1. 抗IL-17抗体:IL-17は炎症性サイトカインの一つで、特にクローン病の病態に関与している可能性があります。
  2. 抗TL1A抗体:TL1A(TNF-like ligand 1A)は腸管炎症に関与するサイトカインで、これを標的とした抗体薬の開発が進んでいます。
  3. SMAD7アンチセンスオリゴヌクレオチド:SMAD7は抗炎症性サイトカインであるTGF-βのシグナル伝達を阻害するタンパク質です。SMAD7の発現を抑制することで、TGF-βの抗炎症作用を増強する治療法が研究されています。
  4. マイクロバイオーム修飾療法:腸内細菌叢(マイクロバイオーム)の異常がIBDの病態に関与していることから、プロバイオティクスや糞便微生物移植(FMT)などによる腸内環境の改善が新たな治療アプローチとして注目されています。

治療薬の安全性向上と副作用管理

効果的な治療を継続するためには、副作用の管理も重要です。特に免疫抑制作用を持つ薬剤では感染症リスクの増加が懸念されるため、適切なスクリーニングとモニタリングが必要です。また、長期使用における安全性データの蓄積も進んでおり、より安全な治療戦略の確立が期待されています。

患者参加型の治療決定プロセス

最終的な治療法の選択においては、医学的な要素だけでなく、患者さんの価値観や生活スタイル、治療に対する希望なども考慮することが重要です。投与経路(経口、注射、点滴など)の違いや通院頻度、費用負担なども、治療アドヒアランスに影響する要素です。医療者と患者さんが情報を共有し、共同で意思決定を行う「Shared Decision Making」の考え方が広まりつつあります。

炎症性腸疾患の治療は、単に症状を抑えるだけでなく、粘膜治癒や深い寛解を目指す方向に進化しています。今後も新たな治療薬の開発や治療戦略の最適化が進み、患者さんのQOL(生活の質)向上に貢献することが期待されます。

日本消化器病学会による炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン2020 – 最新の治療アルゴリズムが掲載されています

炎症性腸疾患の治療は日々進化しており、新たな治療薬の登場によって治療の選択肢は大きく広がっています。しかし、どの治療薬も万能ではなく、それぞれに特徴や適応、副作用があります。患者さん一人ひとりの病態や生活スタイルに合わせた最適な治療法を選択するためには、医療者と患者さんの緊密なコミュニケーションが不可欠です。また、治療薬の効果を最大限に引き出すためには、規則正しい服用や定期的な通院、生活習慣の改善なども重要です。

炎症性腸疾患と共に生きる方々が、適切な治療によって症状をコントロールし、充実した生活を送れるよう、今後も治療の進歩に期待したいと思います。