感染性心内膜炎と脳梗塞の合併症と診断治療

感染性心内膜炎と脳梗塞

感染性心内膜炎と脳梗塞の関連性
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発症頻度

感染性心内膜炎患者の20~40%に脳梗塞などの神経学的合併症が発生

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主なリスク

弁膜や心内膜に形成された疣腫が塞栓源となり脳血管を閉塞

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重要性

早期診断と適切な治療が予後改善に不可欠

感染性心内膜炎(IE)は、心臓の弁膜や心内膜、大血管内膜に細菌集落を含む疣腫(vegetation)を形成する全身性敗血症性疾患です。この疾患は多彩な合併症を引き起こしますが、その中でも脳血管障害は最も重要な合併症の一つとして知られています。特に脳梗塞は、感染性心内膜炎における神経合併症の半数以上を占めており、患者の予後に大きな影響を与えます。

感染性心内膜炎に伴う脳梗塞は、心臓内に形成された疣腫の一部が剥がれ、血流に乗って脳血管に到達し、血管を閉塞することで発生します。この塞栓症は感染性心内膜炎の初期段階で発症することが多く、しばしば感染性心内膜炎の初発症状となることもあります。

感染性心内膜炎の疣腫による脳塞栓症のメカニズム

感染性心内膜炎における脳塞栓症は、心臓弁に形成された疣腫(ゆうしゅ)が原因で発生します。疣腫はフィブリンと血小板が固まったなかに細菌が定着したもので、心臓の拍動によって一部が剥がれ落ち、血流に乗って脳血管に到達します。

疣腫の特徴として、以下の点が挙げられます。

  • フィブリンと血小板の凝集体に細菌が定着した構造
  • 可動性があり、心臓の拍動で剥離しやすい
  • 大きさや形状は様々で、複数の血管に多発性に塞栓を起こすことがある
  • 特に左心系(僧帽弁大動脈弁)の感染で脳塞栓のリスクが高い

脳塞栓症は感染性心内膜炎患者の20~40%に発生するとされており、その多くは皮質枝領域に認められます。また、多発性の小梗塞として現れることも特徴的です。

感染性心内膜炎による脳塞栓症の特徴として、通常の心原性脳塞栓症と異なり、細菌を含む塞栓子であるため、血管壁への感染性炎症を引き起こし、二次的な血管障害や出血性変化を伴うことがあります。

感染性心内膜炎の脳梗塞における臨床症状と診断方法

感染性心内膜炎に伴う脳梗塞の臨床症状は、通常の脳梗塞と同様に梗塞部位によって異なりますが、いくつかの特徴的な症状があります。

主な臨床症状:

  • 突然の片麻痺や失語症などの局所神経症状
  • 意識障害(軽度の混濁から昏睡まで様々)
  • 頭痛(特に出血性変化を伴う場合)
  • けいれん発作(皮質領域の梗塞で生じやすい)
  • 感染性心内膜炎の全身症状(38℃以上の発熱、悪寒、倦怠感など)

注目すべき点として、感染性心内膜炎患者の中には神経症状がなくても無症候性脳梗塞が存在することがあります。そのため、感染性心内膜炎と診断された場合は、神経症状の有無にかかわらず頭部画像検査を行うことが推奨されています。

診断方法:

  1. 頭部MRI/MRA検査
    • 拡散強調画像(DWI)で新鮮梗塞巣の検出
    • T2*強調画像でmicrobleeds(微小出血)の評価
    • MRAで血管閉塞部位の同定
  2. 心臓検査
    • 経胸壁心エコー検査(TTE)
    • 経食道心エコー検査(TEE):TTEより高感度で疣腫の検出が可能
    • 心電図検査
  3. 血液検査
    • 血液培養(複数セット):原因菌の同定
    • 炎症マーカー(CRP、白血球数、赤沈
    • 凝固系検査

フランスからの症例報告では、発症前2ヶ月間の食欲低下と体重減少を認めていた68才男性が、突然の右片麻痺と失語症を呈し、頭部MRIで左中大脳動脈領域のDWI高信号とMRAにおけるM2での閉塞を認めた例が報告されています。この症例では当初感染性心内膜炎の診断がつかず、tPA療法が行われましたが、翌日に神経症状の増悪と多発脳出血を合併しました。

感染性心内膜炎による脳梗塞の画像所見の特徴として、以下の4つのパターンが報告されています。

  1. 単一病変(single lesion)
  2. 領域性梗塞(territorial infarction)
  3. 散在性の点状病変(disseminated punctate lesions)
  4. 複数の血管領域にわたる多数の小~中~大サイズの病変

感染性心内膜炎の脳梗塞に対するtPA療法のリスク

感染性心内膜炎に伴う脳梗塞に対する組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)による血栓溶解療法は、大きな議論の的となっています。「rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法適正治療指針第二版」によると、感染性心内膜炎による脳塞栓症に対するtPA療法は「慎重投与」とされています。

tPA療法のリスク:

感染性心内膜炎による脳塞栓症に対するtPA療法の最大の懸念は、症候性脳出血のリスク増加です。その理由として以下が考えられます。

  1. 感染性動脈瘤の存在
    • 感染性心内膜炎では、細菌性塞栓子が血管壁に感染を起こし、感染性動脈瘤を形成することがあります
    • tPA投与により、これらの脆弱な動脈瘤が破裂するリスクが高まる
  2. 血管壁のびらん
    • 感染性血管炎により血管壁が脆弱化している
    • 血栓溶解療法により出血リスクが増大
  3. 多発性微小出血の存在
    • 感染性心内膜炎では無症候性の微小出血が既に存在していることがある
    • tPA投与により、これらの出血巣が拡大する可能性

フランスからの症例報告では、発症3時間以内にtPA療法を行った後に、症候性の多発脳出血を合併した例が報告されています。この症例では、発症時に感染性心内膜炎を示唆する発熱や心雑音がなく、MRIでもmicrobleedsが認められなかったため、tPA療法が行われました。しかし翌日、神経症状の増悪(NIHSS 12→22点)とCT上の多発脳出血を認め、後に心エコーで僧帽弁に疣腫が確認され、感染性心内膜炎と診断されました。

この症例報告は、症状の増悪をきたした症候性脳出血としては初めての報告とされており、感染性心内膜炎に伴う脳塞栓症に対するtPA療法の危険性を示唆しています。

感染性心内膜炎の脳梗塞における血栓回収療法の有用性

感染性心内膜炎による脳塞栓症に対する治療として、近年、機械的血栓回収療法の有用性が注目されています。tPA療法のリスクが高い感染性心内膜炎患者において、血栓回収療法は代替治療として考慮されることがあります。

血栓回収療法の利点:

  1. 出血リスクの低減
    • 全身的な血栓溶解薬を使用しないため、出血性合併症のリスクが低い
    • 感染性動脈瘤が存在する場合でも比較的安全
  2. 診断的価値
    • 回収した血栓の病理学的検査により、感染性心内膜炎の診断確定に寄与
    • グラム染色や培養検査で原因菌の同定が可能
  3. 高い再開通率
    • 特に大血管閉塞に対して効果的
    • 早期再開通による神経学的予後の改善

日本からの症例報告では、80歳女性の左中大脳動脈M2閉塞に対して、rt-PA静注療法後に血栓回収療法を行い、回収した血栓からグラム陽性球菌の集塊を認め、感染性心内膜炎による脳塞栓症と診断した例が報告されています。この症例では、回収した血栓の病理学的診断が感染性心内膜炎の確定診断に重要な役割を果たしました。

血栓回収療法により菌塊が確認された感染性心内膜炎による脳梗塞の症例報告は非常に少なく、文献上でも数例しか報告されていません。しかし、感染性心内膜炎の診断が不明確な急性期脳梗塞患者において、血栓回収療法は治療と診断の両面で有用である可能性があります。

感染性心内膜炎の脳梗塞予防と抗菌薬治療の重要性

感染性心内膜炎に伴う脳梗塞の予防において、早期診断と適切な抗菌薬治療が最も重要です。適切な抗菌薬治療により、疣腫の増大を防ぎ、新たな塞栓症のリスクを低減することができます。

抗菌薬治療の原則:

  1. 血液培養結果に基づく適切な抗菌薬選択
    • 原因菌に対して殺菌的に作用する抗菌薬を選択
    • 複数の抗菌薬の併用が必要な場合も多い
    • 血中濃度を適切に維持するための投与量調整
  2. 長期間の治療
    • 通常4~6週間の抗菌薬投与が必要
    • 人工弁感染の場合はさらに長期間の治療が必要
  3. 治療効果のモニタリング
    • 定期的な血液検査(炎症マーカー)
    • 繰り返しの心エコー検査による疣腫の評価
    • 神経症状の定期的な評価

感染性心内膜炎の治療において、心臓は血液の流れを作る壁の一部であり、肝臓や腎臓などのように薬が集まりやすい臓器ではないため、血流中の薬物濃度を「きわめて高い濃度に常に維持」する必要があります。これが、感染性心内膜炎の治療が難しい理由の一つです。

脳梗塞発症後の抗凝固療法・抗血小板療法:

感染性心内膜炎に伴う脳梗塞発症後の抗凝固療法や抗血小板療法については、出血性合併症のリスクがあるため慎重な判断が必要です。特に感染性動脈瘤の存在が疑われる場合は、抗血栓療法による出血リスクが高まるため、通常は避けられます。

日本の症例報告では、感染性脳動脈瘤の合併が疑われたため、長期的な再発予防としての抗血栓療法は行わなかった例が報告されています。

感染性心内膜炎の脳梗塞における外科的治療の適応と時期

感染性心内膜炎に対する外科的治療(弁置換術など)は、内科的治療が効果不十分な場合や、特定の合併症がある場合に考慮されます。しかし、脳梗塞を合併した感染性心内膜炎患者の手術時期については、脳出血のリスクとのバランスを考慮する必要があります。

外科的治療の主な適応:

  1. コントロール困難な感染
    • 適切な抗菌薬治療にもかかわらず持続する菌血症
    • 抗菌薬抵抗性の病原体による感染
  2. うっ血性心不全
    • 弁破壊による重度の弁逆流
    • 内科的治療で改善しない心不全症状
  3. 塞栓症の高リスク
    • 大きな可動性疣腫(>10mm)
    • 抗菌薬治療にもかかわらず疣腫が縮小しない
    • 既に塞栓症を起こしている場合
  4. 弁周囲膿瘍や瘻孔形成
    • 心臓内の構造的損傷が進行している場合

脳梗塞合併例における手術時期:

脳梗塞を合併した感染性心内膜炎患者の手術時期については、脳梗塞発症からの時間経過が重要です。

  • 出血性変化のない脳梗塞
    • 小~中程度の梗塞:状態が安定していれば早期手術も検討可能
    • 大きな梗塞:2~4週間の延期が推奨される場合が多い
  • 出血性変化を伴う脳梗塞
    • 通常4週間以上の延期が推奨される
    • 個々の症例に応じたリスク・ベネフィット評価が必要

    一方で、心不全が進行性で生命を脅かす状態であれば、脳梗塞合併の有無にかかわらず緊急手術が必要となる場合もあります。このような場合、脳保護を考慮した麻酔管理や体外循環管理が重要となります。

    感染性心内膜炎の治療においては、循環器内科医、心臓血管外科医感染症専門医、神経内科医などの多職種によるチームアプローチが不可欠です。特に脳梗塞を合併した症例では、神経学的予後と心臓の状態を総合的に評価し、最適な治療戦略を立てることが重要です。

    感染性心内膜炎に伴う脳梗塞は、早期診断と適切な治療により予後改善が期待できますが、依然として高い死亡率と後遺症リスクを有する重篤な合併症です。医療従事者は、不明熱や原因不明の脳梗塞を診た際には、感染性心内膜炎の可能性を常に念頭に置き、適切な検査と治療を行うことが重要です。

    感染性心内膜炎の診断と治療に関するより詳細な情報については、以下のガイドラインが参考になります。

    日本循環器学会:感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2017年改訂版)