肝細胞がんの治療と薬
肝細胞がんの薬物療法の変遷と現状
肝細胞がんの薬物療法は、この10年間で劇的な進化を遂げています。2009年にソラフェニブが保険適用となって以来、長らく進行肝細胞がんに対する薬物療法の選択肢は限られていました。いわゆる「進行肝細胞癌に対する薬物治療開発の不毛時代」と呼ばれる時期が続いたのです。
この時期、スニチニブ、brivanib、linifanibなど複数の分子標的薬の開発が試みられましたが、いずれもソラフェニブに対する優位性を示すことができませんでした。しかし、2018年にレンバチニブがソラフェニブと比較して生存期間延長に対する非劣性を示し、切除不能肝細胞がんに対する新たな一次治療薬として承認されました。
現在の一次治療薬としては、以下の3つの選択肢があります。
- ソラフェニブ(チロシンキナーゼ阻害薬)
- レンバチニブ(チロシンキナーゼ阻害薬)
- アテゾリズマブ+ベバシズマブ併用療法(免疫チェックポイント阻害薬+血管新生阻害薬)
特に2020年9月に承認されたアテゾリズマブ+ベバシズマブ併用療法は、ソラフェニブと比較して統計学的に有意な全生存期間の延長を示し、現在の肝細胞がん治療ガイドラインでは事実上の第一選択となっています。
二次治療以降の選択肢としては、レゴラフェニブ、ラムシルマブ、カボザンチニブなどが使用可能となっており、「マルチ・チロシンキナーゼ阻害薬時代」と呼ばれる新たな時代に突入しています。
肝細胞がんにおける免疫チェックポイント阻害剤の役割
免疫チェックポイント阻害剤は、肝細胞がん治療の最前線に立つ革新的な治療法です。これらの薬剤は、がん細胞が免疫系から逃れるために利用している経路を遮断することで、体の自然な防御機構ががん細胞を認識し攻撃できるようにします。
テセントリク(一般名:アテゾリズマブ)は、免疫細胞の働きを活性化させ、がん細胞への攻撃を助ける薬剤です。アバスチン(一般名:ベバシズマブ)と併用することで、がんの成長に必要な新しい血管の形成を阻害し、相乗効果を発揮します。この併用療法は、約40%の患者さんに効果(腫瘍の縮小または消失)を示し、これは従来の経口抗がん剤を上回る成績です。
2025年4月には、米国食品医薬品局(FDA)が切除不能または遠隔転移を有する肝細胞がんに対するファーストライン治療として、オプジーボ(一般名:ニボルマブ)とヤーボイ(一般名:イピリムマブ)の併用療法を承認しました。第Ⅲ相CheckMate-9DW試験において、この併用療法はレンバチニブまたはソラフェニブと比較して統計学的に有意な全生存期間の延長を示しました。特筆すべきは、3年生存率が対照群の24%に対して、免疫療法薬2剤併用群では38%だったことです。
また、2024年初頭には「イミフィジン」と「イジュド」という新しい免疫チェックポイント阻害剤も臨床使用が始まっており、肝細胞がんに対する免疫療法の選択肢はさらに広がっています。
肝細胞がんの分子標的薬:作用機序と効果比較
肝細胞がんの治療に用いられる分子標的薬は、それぞれ異なる作用機序を持ち、効果や副作用のプロファイルも異なります。ここでは主要な分子標的薬の特徴を比較します。
ソラフェニブは、マルチキナーゼ阻害薬として血管新生に関わるVEGFR、PDGFR、Rafキナーゼなどを阻害します。SHARP試験とAsia-Pacific試験で生存期間の延長が示され、長らく標準治療として使用されてきました。
レンバチニブは、VEGFR1-3、FGFR1-4、PDGFRα、RET、KITなどを阻害するマルチキナーゼ阻害薬です。ソラフェニブとの非劣性試験で、全生存期間においてソラフェニブと同等の効果を示しながら、無増悪生存期間や奏効率ではソラフェニブを上回りました。
レゴラフェニブは、ソラフェニブ治療後に進行した肝細胞がんに対する二次治療薬として承認されました。RESORCE試験では、プラセボと比較して全生存期間中央値が10.6カ月 vs 7.8カ月と有意な延長を示しています。
カボザンチニブは、VEGFR1-3、MET、AXLなどを阻害するマルチキナーゼ阻害薬で、特にMET経路の阻害によりソラフェニブ耐性の克服が期待されています。
これらの薬剤の選択は、患者さんの全身状態、肝予備能、腫瘍の状態、前治療歴などを総合的に判断して行われます。特に注目すべきは、これらの薬剤が単独で使用されるだけでなく、免疫チェックポイント阻害剤との併用療法の開発も進んでいることです。
肝細胞がんの治療選択:患者状態に応じた最適化
肝細胞がんの治療選択は、腫瘍の大きさ・数・進行度だけでなく、背景にある肝機能(Child-Pugh分類)や全身状態(Performance Status)を考慮して決定する必要があります。
まず、腫瘍の状態による治療選択の目安は以下の通りです。
- 単発で3cm以内:外科的切除またはラジオ波焼灼療法(RFA)
- 3個以内で各3cm以内:ラジオ波焼灼療法
- 3cmを超えるもの:肝切除または肝動脈塞栓療法
- 4個以上:肝動脈塞栓療法または薬物療法
- 肝外転移あり:薬物療法
薬物療法の選択においては、肝予備能が重要な要素となります。多くの臨床試験はChild-Pugh Aの患者さんを対象としており、Child-Pugh BやCの患者さんでの有効性・安全性データは限られています。
一次薬物療法の選択基準
- アテゾリズマブ+ベバシズマブ併用療法:Child-Pugh A、食道静脈瘤のリスクが低い患者
- レンバチニブ:腫瘍量が多い、腫瘍縮小効果を期待する場合
- ソラフェニブ:高齢者や合併症のある患者
二次治療以降の選択肢としては、一次治療の種類や効果、副作用の発現状況などを考慮して、レゴラフェニブ、カボザンチニブ、ラムシルマブなどから選択します。
特に注目すべきは、免疫チェックポイント阻害剤の登場により、治療シークエンスが複雑化していることです。今後は、一次治療で免疫チェックポイント阻害剤を使用した後の二次治療の選択や、分子標的薬と免疫チェックポイント阻害剤の最適な順序について、さらなるエビデンスの蓄積が期待されています。
肝細胞がん治療の未来:新規併用療法と個別化医療
肝細胞がん治療の未来は、新規併用療法の開発と個別化医療の進展にあります。特に注目すべきは、免疫チェックポイント阻害剤と分子標的薬の併用療法の発展です。
2025年に入り、オプジーボとヤーボイの併用療法が切除不能または遠隔転移を有する肝細胞がんに対するファーストライン治療として米国FDAに承認されました。この承認は、CheckMate-9DW試験の結果に基づいており、従来のチロシンキナーゼ阻害薬と比較して死亡リスクを21%低下させることが示されています。
また、現在進行中の臨床試験では、以下のような新たな併用療法が検討されています。
- 免疫チェックポイント阻害剤同士の併用(デュアル免疫療法)
- 免疫チェックポイント阻害剤と新規分子標的薬の併用
- 局所療法(TACE、RFAなど)と全身療法の併用
個別化医療の観点からは、バイオマーカーに基づく治療選択が重要になってきています。例えば、PD-L1発現状況、腫瘍変異負荷(TMB)、マイクロサテライト不安定性(MSI)などのバイオマーカーが、免疫チェックポイント阻害剤の効果予測に役立つ可能性があります。
さらに、肝細胞がんの分子プロファイリングに基づく治療選択も進んでいます。肝細胞がんは分子生物学的に不均一な腫瘍であり、その遺伝子変異パターンによって治療反応性が異なることが明らかになってきています。例えば、FGF19増幅を持つ腫瘍はレンバチニブに、WNT経路の活性化を持つ腫瘍は免疫チェックポイント阻害剤に対する感受性が異なる可能性があります。
このような個別化医療の進展により、「肝細胞がんになっても諦めない」時代が本格的に到来しつつあります。今後は、より効果的で副作用の少ない治療法の開発と、適切な患者選択によって、肝細胞がん患者の生存期間と生活の質のさらなる向上が期待されます。
肝細胞がん治療の最新情報については、日本肝臓学会のガイドラインを参照することをお勧めします。