小児がんの治療と薬における免疫療法の進展と課題

小児がんの治療と薬

小児がん治療の現状と課題
🏥

希少疾患としての課題

小児がんは稀少疾患だが、5~14歳の病死原因の第一位。薬剤開発が進みにくい状況がある。

💊

治療薬の選択肢

従来の化学療法に加え、免疫療法や分子標的薬など新たな選択肢が登場している。

🔬

研究開発の現状

臨床試験の実施や国際協力により、小児がん専用の薬剤開発が徐々に進展している。

小児がんの現状と治療薬開発の課題

小児がんは子どもの病死原因の第一位を占める重要な疾患です。日本では年間2,000〜2,500人の子どもが小児がんと診断されています。小児がんは成人のがんとは異なる特徴を持ち、白血病、脳腫瘍、神経芽腫などの特定のがん種が多いことが知られています。

小児がん治療薬の開発には大きな課題があります。まず、各がん種の患者数が少なく、特に固形腫瘍では製薬企業による開発が進みにくい状況があります。患者団体からは「小児がん薬剤の治験や臨床試験を成人と並行して行うことを義務付ける法制度の整備」や「海外で有効とされている小児がんの薬の早期承認」を求める声が上がっています。

また、遺伝子プロファイリング検査が保険適用となり、小児がん患者でも治療薬候補が見つかるようになりましたが、多くの場合、実際には承認薬がなかったり、参加可能な臨床試験・治験がなかったりするため、治療薬へのアクセスが困難な状況が続いています。

小児の身体は成長過程にあるため、強い副作用や長期的な後遺症が将来の発達に深刻な影響を及ぼす可能性があります。そのため、効果的かつ安全な治療法の確立が急務となっています。

小児がんにおける免疫療法の役割と最新動向

免疫療法は、小児がん治療の新たな選択肢として注目を集めています。特に以下の免疫療法アプローチが小児がん治療に導入されつつあります。

  1. 免疫チェックポイント阻害薬:PD-1やPD-L1などの分子をブロックする薬剤です。成人のがん治療では広く使用されていますが、小児がんへの適用はまだ研究段階のものが多く、今後の臨床試験結果が待たれています。
  2. CAR-T細胞療法:患者自身のT細胞を遺伝子改変し、がん細胞を狙い撃ちできるようにする治療法です。特に急性リンパ性白血病(ALL)において顕著な効果が認められており、小児がん領域で大きく注目されています。
  3. 抗体療法:2022年の臨床試験では、高リスク神経芽腫の小児患者約1,200人を対象とした研究で、免疫療法薬ジヌツキシマブ(販売名:ユニツキシン)が小児患者の生存期間を延長させることが確認されました。ジヌツキシマブと2種類の免疫賦活薬およびイソトレチノインの併用療法は、有望な治療選択肢となっています。
  4. がんワクチン・樹状細胞療法:成人向けに研究が進んでいるがんワクチンや、樹状細胞を用いた免疫療法を小児に応用する試みも行われています。まだ数は少ないものの、将来的には有効な選択肢となる可能性があります。
  5. 腫瘍溶解性ウイルス療法:2021年の研究では、放射線療法と改変型ヘルペスウイルスの併用療法が、高悪性度神経膠腫の患児において忍容性が良好で臨床効果の徴候も認められたことが報告されています。

小児がんにおける免疫療法の最新研究についての詳細はこちらで確認できます

小児がんの分子標的薬と個別化医療の進展

小児がん治療において、分子標的薬の開発と個別化医療のアプローチが進んでいます。2023年3月には、米国食品医薬品局(FDA)が全身療法を必要とするBRAF V600E変異陽性の低悪性度グリオーマに対して、ダブラフェニブとトラメチニブの併用療法を承認しました。これは遺伝子変異に基づいた治療選択の重要な一歩となりました。

遺伝子プロファイリング検査の普及により、小児がん患者の腫瘍の遺伝子変異パターンを特定し、それに基づいた治療選択が可能になりつつあります。しかし、検査で効果が期待できる薬剤が見つかっても、実際にはその薬剤が小児に適応承認されていないケースが多く、「がん遺伝子パネル検査で効きそうな薬が見つかった場合には、小児がん患児に対しても最適な分子標的薬を使えるようにしてほしい」という要望が患者・家族から出されています。

分子標的薬の中でも、ALK阻害薬、NTRK阻害薬、RET阻害薬などが、特定の遺伝子異常を持つ小児がんに対して研究されています。これらの薬剤は、従来の化学療法と比較して、より特異的にがん細胞を標的とするため、健康な細胞へのダメージが少なく、副作用の軽減が期待されています。

また、液体生検(血液サンプルからのがん細胞や腫瘍DNAの検出)技術の進歩により、侵襲性の低い方法で腫瘍の遺伝子変化をモニタリングできるようになりつつあり、小児がん患者の治療効果判定や再発モニタリングに新たな可能性をもたらしています。

国立がん研究センターによる小児がんゲノム医療の取り組みについての情報はこちらで確認できます

小児がん治療における副作用対策と支持療法の進歩

小児がん治療では、効果的な治療を行いながら副作用を最小限に抑えることが重要な課題です。近年、治療に伴う副作用対策や支持療法に関する研究も進んでいます。

2022年9月、FDAは限局した非転移性固形がんをもつ生後1カ月以上の小児患者を対象に、シスプラチンに伴う聴器毒性(難聴)のリスクを低減する薬剤として、チオ硫酸ナトリウム(販売名:Pedmark)を承認しました。これは小児がん治療における重要な支持療法の一つとなります。

抗がん剤治療に伴う吐き気・嘔吐に対しては、5-HT3受容体拮抗薬やNK1受容体拮抗薬などの制吐剤が小児用量で使用できるようになり、治療の質が向上しています。また、G-CSF製剤の使用により、化学療法後の好中球減少症のリスク軽減が可能になっています。

さらに、小児がん経験者の長期フォローアップの重要性も認識されるようになってきました。治療終了後も、心臓毒性、二次がん、内分泌障害、不妊などの晩期合併症のモニタリングと適切な介入が行われるようになっています。

小児がん治療中の子どもの生活の質(QOL)向上のための取り組みも進んでいます。院内学級の整備や、治療中でも学習や遊びの機会を確保するための支援体制が充実してきています。また、痛みのコントロールや心理的サポートなど、総合的な支持療法の提供も重視されるようになっています。

日本小児血液・がん学会による小児がん支持療法ガイドラインについての情報はこちらで確認できます

小児がん臨床試験の現状と国際協力の重要性

小児がんは希少疾患であるため、単一施設や一国内だけでは十分な症例数を集めることが難しく、国際協力による臨床試験の実施が重要となっています。

日本では、小児がんに対する適切な抗悪性腫瘍薬の臨床評価方法を記載したガイドラインの作成が進められています。このガイドラインは、小児がん用の医薬品の薬事承認への道筋を明らかにし、ガイドラインに沿った臨床試験の実施によって、小児がん分野で使用できる薬剤を増やすことを目的としています。

小児がんの臨床試験では、造血器腫瘍、固形腫瘍、脳腫瘍など、各疾患群の背景の違いに応じた開発戦略が必要とされています。また、稀少疾患である小児がんにおける薬剤開発では、効率的な試験デザインの検討も重要な課題となっています。

国際的には、Children’s Oncology Group(COG)やInternational Society of Paediatric Oncology(SIOP)などの組織が中心となり、国境を越えた臨床試験ネットワークが構築されています。日本も国際共同治験への参加や、アジア地域での臨床試験ネットワークの構築に取り組んでいます。

また、小児がん治療薬の開発を促進するための法的枠組みも整備されつつあります。欧米では、小児がん治療薬の開発を製薬企業に義務付ける法律が制定されており、日本でも同様の取り組みを求める声が高まっています。

医薬品医療機器総合機構(PMDA)による小児医薬品開発の推進に関する情報はこちらで確認できます

小児がん治療における家族支援と心理社会的ケアの統合

小児がんの治療は、患児本人だけでなく、家族全体に大きな影響を与えます。近年、医学的治療と並行して、心理社会的ケアの重要性が認識されるようになってきました。

小児がんと診断された際、家族は大きな精神的ショックを受けます。適切な情報提供と心理的サポートが重要であり、専門のソーシャルワーカーや心理士による支援体制が整備されつつあります。米国国立がん研究所(NCI)が制作した「子どもががんと診断されたら」という動画には、小児がん専門病院の見つけ方やセカンドオピニオンについての情報が提供されており、日本語字幕版も公開されています。

治療中の子どもの教育機会の確保も重要な課題です。院内学級の整備や、オンライン学習の活用により、治療中でも学習の継続が可能になっています。実際に、ある病院では院内学級で小中合同の学習発表会的なコンサートが開催されるなど、子どもの社会性や自己表現の機会を大切にする取り組みが行われています。

きょうだい児へのサポートも見過ごせない課題です。がんの子どものきょうだいは、親の注目が患児に集中することで、孤独感や不安を抱えることがあります。きょうだい児を含めた家族全体へのサポートプログラムの開発と実施が進められています。

また、治療終了後の社会復帰支援や、晩期合併症に対する長期フォローアップ体制の整備も重要です。小児がん経験者が成人になった後も適切な医療とサポートを受けられるよう、小児科から成人診療科への移行(トランジション)プログラムの開発も進められています。

公益財団法人がんの子どもを守る会による家族支援プログラムについての情報はこちらで確認できます

小児がんの治療は医学的側面だけでなく、心理的、社会的、教育的側面を含めた総合的なアプローチが必要です。医療従事者、教育者、心理専門家、ソーシャルワーカーなど多職種が連携し、患児と家族を中心としたケアを提供することが、治療成績の向上と生活の質の維持・向上につながります。

治療の進歩により小児がんの生存率は向上していますが、治療中および治療後の生活の質を高めるための支援体制の充実が、今後ますます重要になってくるでしょう。