洞不全症候群の治療と薬
洞不全症候群の病態と徐脈の種類
洞不全症候群(Sick Sinus Syndrome: SSS)は、洞結節の自動能低下や洞結節周辺部における伝導障害によって生じる異常調律により、めまい、立ちくらみ、動悸、易疲労感、失神、心不全などの症状を伴う症候群です。加齢に伴う変性や線維化が主な病態であり、高齢者に多く見られます。
洞不全症候群の心電図所見はRubenstein分類によって以下の3つに分類されます。
- Ⅰ型: 50回/分以下の洞性徐脈が持続する状態
- Ⅱ型: 洞停止あるいは洞房ブロックを呈する状態
- Ⅲ型: 徐脈頻脈症候群(徐脈と頻脈が交互に出現する状態)
重要なのは、心電図所見だけでは洞不全症候群の診断はできないということです。心電図所見に加えて、失神、痙攣、眼前暗黒感、めまい、息切れ、易疲労感などの脳虚血症状および心不全症状が存在することが診断に必要です。
洞不全症候群の原因としては、特発性の洞房結節の線維化が最も一般的ですが、その他にも薬物、迷走神経緊張亢進、虚血性疾患、炎症性疾患、浸潤性疾患なども原因となります。また、β遮断薬、Ca拮抗薬(ベラパミル、ジルチアゼム)、ジギタリス、抗不整脈薬などの薬剤によっても洞性徐脈が生じることがあります。
洞不全症候群の薬物療法と使用される主な薬剤
洞不全症候群の薬物療法は、主に軽度から中等度の症例に対して行われます。無症状の徐脈に対しては通常治療適応はありませんが、症状を有する場合には治療の対象となります。
洞不全症候群の薬物治療に使用される主な薬剤は以下の通りです。
- アトロピン
- 作用機序:抗コリン作用により迷走神経緊張が関与した例で期待できる
- 用法用量:緊急時は0.5mgを静注(反復投与の場合、総投与量は3mgまで)
- 特徴:半減期は約4時間(筋注で3.8時間)で安定的な効果は得にくい。抗コリン作用による副作用は避けられず、経口投与(1.5~3.0mg/日)はほとんど行われない
- イソプロテレノール(イソプレナリン)
- 作用機序:交感神経作動薬として心拍数を増加させる
- 用法用量:緊急時やペースメーカー植込みまでの橋渡しとして0.01~0.03μg/kg/分を持続点滴。経口投与では45~60mg/日(分3~4)
- 特徴:心臓の酸素需要量を増すので、虚血性心疾患のある場合には慎重に投与する
- アドレナリン・ドパミン
- 用法用量:アドレナリン(2~10μg/分)、ドパミン(2~10μg/kg/分)
- 特徴:アトロピンが無効な場合、イソプレナリンに先立ち使用が推奨される
- シロスタゾール
- 作用機序:フォスフォジエステラーゼ(PDE)III阻害薬で、細胞内のcyclic-AMP(c-AMP)を増加させて陽性変時作用を発揮
- 用法用量:200mg/日
- 特徴:洞結節自動能を亢進させ、さらに洞房伝導を促進する。不整脈薬物治療ガイドライン(2020年改訂版)では推奨クラスⅡaとなっているが、徐脈性不整脈に対する保険適応はない
- テオフィリン
- 作用機序:アデノシン受容体拮抗作用により洞結節の自動能を亢進
- 用法用量:200~400mg/日
- 特徴:小児では成人よりもクリアランスが安定せず血中濃度モニタリングが必要。てんかんを合併している場合は発作誘発の懸念がある
これらの薬剤は主に緊急時やペースメーカー植込みまでの橋渡しとして使用されることが多く、長期的な治療としてはテオフィリンとシロスタゾールが適応外使用ながら推奨されています。
洞不全症候群のペースメーカー治療と適応基準
洞不全症候群の治療において、ペースメーカー植込みは第一選択の治療法として確立されています。特に症状を伴う中等度から重度の症例に対しては、ペースメーカー治療が推奨されます。
ペースメーカー植込みの適応基準。
不整脈非薬物治療ガイドライン(2018年改訂版)によると、以下のような基準が示されています。
- クラスⅠ(推奨):失神、痙攣、めまいなどの症状があり、一次性の洞機能低下による場合
- クラスⅡa(妥当):症状はあるが徐脈との関連が明確でない場合や、徐脈頻脈症候群の頻脈への必要不可欠な薬剤による徐脈の場合
- クラスⅡb(考慮可):症状のない洞房ブロックや洞停止の場合
小児の洞不全症候群においては、無症状で最大RR間隔が3秒未満かつ最小心拍数が40bpmを超える場合にはペースメーカー適応とはなりませんが、それ以外の場合にはペースメーカー植込みが推奨されます。
ペースメーカーの種類と選択。
洞不全症候群に対しては、心室ペースメーカーよりも生理的(心房または心房・心室)ペースメーカーを使用した方が、心房細動のリスクが大きく低下します。特に心室ペーシングを最小限に抑えるデュアルチャンバーペースメーカーにより、心房細動のリスクをさらに低減できる可能性があります。
ペースメーカー植込み手術の概要。
一般的には左肩の血管から電極のついたリードを心臓内に挿入し、ペースメーカー本体につないだ後、本体を皮下に植え込みます。この電極で心臓の動きを感知して、脈が遅い場合には本体から電気刺激が流れて、心臓を刺激して動かすという原理です。
手術は局所麻酔で行われ、所要時間は約60~90分程度です。本体は500円玉より一回り大きい程度のサイズで、皮下に植え込まれるとほとんど目立ちません。本体は電池で動いているため、一般的な作動で約7~8年程度の寿命があり、電池がなくなりそうになったら本体のみ交換する必要があります。
洞不全症候群の治療選択と効果判定
洞不全症候群の治療選択においては、症状の有無と程度、徐脈の種類と程度、基礎疾患の存在などを総合的に評価して決定することが重要です。
治療選択のフローチャート。
- 無症状の徐脈:通常、治療適応はなく経過観察
- 軽度の症状を伴う徐脈。
- 薬剤性の場合:原因薬剤の中止または減量
- 電解質異常の場合:電解質の補正
- 上記以外の場合:薬物療法(テオフィリン、シロスタゾールなど)を検討
- 中等度から重度の症状を伴う徐脈。
- 一時的ペーシングを行いながら原因への対処
- ペースメーカー植込みの適応を評価
- 適応がある場合:ペースメーカー植込み
- 適応がない場合:薬物療法を継続
効果判定の指標。
治療効果の判定には以下の指標が用いられます。
- 症状の改善(めまい、失神、易疲労感などの消失または軽減)
- 心拍数の増加(特に最小心拍数の増加)
- 心電図上の改善(洞停止やRR間隔の短縮)
- 運動耐容能の改善
- 生活の質(QOL)の向上
薬物療法を行う場合は、定期的に心電図検査やホルター心電図検査を行い、効果を評価します。効果不十分な場合は薬剤の変更や増量、あるいはペースメーカー植込みの検討が必要です。
洞不全症候群の治療における最新の知見とシロスタゾールの可能性
洞不全症候群の治療において、近年注目されているのがシロスタゾールの有効性です。シロスタゾールは本来、抗血小板薬として末梢動脈疾患などに使用される薬剤ですが、洞不全症候群に対する陽性変時作用(心拍数を増加させる作用)が注目されています。
シロスタゾールの作用機序。
シロスタゾールはフォスフォジエステラーゼ(PDE)III阻害薬で、細胞内のcyclic-AMP(c-AMP)を増加させることにより、以下の効果を発揮します。
- 血管拡張作用
- 陽性変力作用(心筋収縮力増強)
- 抗血小板作用
- 洞結節に対する陽性変時作用
洞結節に対する陽性変時作用の機序は完全には解明されていませんが、以下のような機序が推測されています。
- 末梢循環改善、冠血流量増加による洞結節への血流増加
- 血管平滑筋弛緩による血圧低下から引き起こされる交感神経緊張亢進
- 副交感神経緊張抑制効果
- 洞結節細胞内c-AMPの直接的電気生理作用による洞結節自動能の亢進
- 洞房伝導の促進
シロスタゾールの臨床的有効性。
成人領域では洞不全症候群に対してシロスタゾール内服がペースメーカー植込みを回避するために有効であるとの報告が多く、不整脈薬物治療ガイドライン(2020年改訂版)において推奨クラスⅡaとなっています。ただし、現在までに徐脈性不整脈に対する保険適応はありません。
小児においても洞不全症候群に対するシロスタゾール内服の有効性の報告が散見されます。特に重症心身障害児の洞不全症候群に対してシロスタゾール内服によりペースメーカー植込みを回避できた症例も報告されています。
シロスタゾールの投与により、平均心拍数の増加、最大RR間隔の短縮が認められ、一時的ペーシングから離脱しペースメーカー植込みを回避できた症例が報告されています。また、シロスタゾールは最大心拍数はあまり上昇させず、最小心拍数、平均心拍数を上昇させる特徴があります。
シロスタゾール使用上の注意点。
シロスタゾールは抗血小板作用を有するため、出血リスクのある患者では慎重に使用する必要があります。また、催不整脈作用も報告されているため、投与量や副作用の検討が必要です。
小児の洞不全症候群に対する薬物治療として、シロスタゾールは安全に使用できペースメーカー植込み回避に有効な選択肢となりうる可能性がありますが、長期的な効果や安全性については今後の観察と症例の蓄積が必要とされています。
洞不全症候群の予後と長期管理の重要性
洞不全症候群の予後は様々であり、無治療での死亡率は年間約2%で、主な死因は基礎にある構造的心疾患です。また、1年当たり約5%の患者が心不全および脳卒中のリスクを伴った心房細動を発症するとされています。
予後に影響する因子。
- 基礎心疾患の有無と重症度
- 年齢
- 徐脈の程度
- 心房細動の合併
- 治療介入の有無と種類
洞不全症候群は加齢や併発する器質的心疾患など様々な原因によって洞機能が低下し、病的な徐脈や徐脈頻脈をきたす不整脈です。罹患率は年齢とともに上昇し、65歳以上では人口の600人に1人に見られるコモンな不整脈で、年間約4万人の新規ペースメーカー植え込み患者の約4割を占めます。
特に注目すべき点として、ペースメーカー治療がなされた洞不全症候群患者の半数以上に心房細動や心房粗動などの心房不整脈を合併してくることが挙げられます。そのため、抗凝固療法や除細動などの追加治療が必要になることがあります。
長期管理の重要性。
洞不全症候群の患者は、適切な治療と管理により、多くの患者は活動的な生活を続けることができます。しかし、定期的なフォローアップと検査が重要であり、症状の変化に応じて治療計画の調整が必要になることがあります。
長期管理において重要なポイントは以下の通りです。
- 定期的な心電図検査とペースメーカーチェック。
- ペースメーカー植込み患者は3~6ヶ月ごとのデバイスチェック
- 薬物療法患者は定期的な心電図検査やホルター心電図検査
- 心房細動の監視と管理。
- 心房細動の早期発見と適切な治療
- 必要に応じた抗凝固療法の導入
- 基礎心疾患の管理。
- 虚血性心疾患、心不全、弁膜症などの基礎心疾患の適切な管理
- 薬物療法の調整。
- 効果不十分な場合の薬剤変更や増量
- 副作用モニタリングと対応
- 生活指導。
- 過度の運動や疲労の回避
- 症状悪化時の対応方法の指導
- ペースメーカー植込み患者への日常生活上の注意点の指導
洞不全症候群は完治することは少なく、多くの場合は長期的な管理が必要となります。特に高齢者では加齢に伴い洞機能がさらに低下する可能性があるため、継続的な経過観察が重要です。また、薬物療法で管理している患者も、症状の変化や効果不十分な場合にはペースメーカー植込みの再検討が必要になることがあります。
適切な治療と管理により、洞不全症候群患者の生活の質を維持し、心房細動や心不全などの合併症を予防することが長期管理の目標となります。