sGC刺激薬一覧と慢性心不全治療の可能性

sGC刺激薬一覧と作用機序

sGC刺激薬の基本情報
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作用機序

可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)を刺激し、cGMP産生を促進することで血管拡張などの効果をもたらします

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主な適応疾患

慢性心不全、肺動脈性肺高血圧症(PAH)、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)

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注意点

低血圧のリスクがあり、他の血管拡張薬との併用には注意が必要です

sGC刺激薬は、可溶性グアニル酸シクラーゼ(soluble Guanylate Cyclase:sGC)を標的とする新しいクラスの治療薬です。これらの薬剤は、従来の治療法とは異なる作用機序を持ち、特に慢性心不全や肺高血圧症などの循環器疾患の治療において新たな選択肢として注目されています。

sGC刺激薬の作用機序は、細胞内のNO-sGC-cGMP(一酸化窒素-可溶性グアニル酸シクラーゼ-環状グアノシン一リン酸)経路を活性化させることにあります。この経路は血管拡張や抗炎症作用、抗線維化作用など多様な生理学的プロセスに関与しています。

sGC刺激薬リオシグアトの特徴と適応症

リオシグアト(商品名:アデムパス)は、日本で承認されている代表的なsGC刺激薬です。この薬剤は可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)に直接作用し、一酸化窒素(NO)の存在下でもNOが存在しない状況でもsGCを刺激することができます。

リオシグアトの主な適応症は以下の通りです。

  • 肺動脈性肺高血圧症(PAH)
  • 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)

リオシグアトの作用機序は非常に特徴的です。このsGC刺激薬はsGCのヘム結合部位に結合し、その活性を増強させます。この過程は以下のステップで進行します。

  1. リオシグアトがsGCのヘム部位に結合
  2. sGCの構造変化による活性化
  3. GTPからcGMPへの変換促進
  4. cGMP依存性プロテインキナーゼの活性化

この一連の反応により、血管平滑筋の弛緩が促進され、肺血管抵抗が低下します。これが肺高血圧症の症状改善につながるメカニズムです。

リオシグアトの用法・用量は、通常成人には1回0.5mgから開始し、1日3回経口投与します。その後、2週間間隔で1回用量を0.5mgずつ増量し、最大用量は1回2.5mg(1日7.5mg)までとされています。患者の状態や血圧の変動に応じて適宜調整が必要です。

sGC刺激薬ベルイシグアトと慢性心不全治療

ベルイシグアト(商品名:ベリキューボ)は、慢性心不全治療に特化したsGC刺激薬です。2021年6月に日本で承認され、慢性心不全の適応で初めて承認されたsGC刺激剤という点で画期的な薬剤といえます。

ベルイシグアトの主な特徴は以下の通りです。

  • 可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)に作用してNO-sGC-cGMP経路を活性化
  • 一酸化窒素(NO)受容体であるsGCを直接刺激する作用と内因性NOに対するsGCの感受性を高める二重の作用機序
  • 1日1回投与が可能な経口剤

ベルイシグアトの臨床的有効性は、VICTORIA試験という大規模な国際共同第Ⅲ相試験で実証されました。この試験では、心不全増悪の既往を有する左室駆出率の低下した慢性心不全(慢性HFrEF)患者を対象に、ベルイシグアトの効果が検証されました。

VICTORIA試験の結果、ベルイシグアトはプラセボと比較して、主要評価項目である心血管死または心不全による初回入院の複合エンドポイントの発現リスクを有意に低下させました(ハザード比 0.90[95%信頼区間:0.82~0.98]、p=0.019)。

ベルイシグアトの用法・用量は、通常成人にはベルイシグアトとして1回2.5mgを1日1回食後に経口投与から開始し、2週間間隔で1回投与量を5mg、10mgへと段階的に増量します。患者の血圧等の状態に応じて適宜減量することも重要です。

sGC刺激薬の作用機序とNO-sGC-cGMP経路

sGC刺激薬の作用機序を理解するためには、NO-sGC-cGMP経路について知ることが重要です。この経路は循環器系において重要な役割を果たしています。

NO-sGC-cGMP経路の基本的なステップは以下の通りです。

  1. 一酸化窒素(NO)の産生:血管内皮細胞などでNO合成酵素(NOS)によりL-アルギニンから産生
  2. NOと可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)の結合:NOがsGCのヘム部位に結合
  3. sGCの活性化:NOとの結合によりsGCの構造が変化し活性化
  4. cGMPの産生:活性化したsGCがGTPからcGMPへの変換を触媒
  5. 細胞内シグナル伝達:cGMPがcGMP依存性プロテインキナーゼ(PKG)を活性化
  6. 生理学的効果:血管拡張、抗炎症作用、抗線維化作用など

心不全や肺高血圧症などの病態では、NOの産生能低下やsGC活性の低下が生じていることが示唆されています。sGC刺激薬はこの経路を直接活性化することで、これらの病態を改善すると考えられています。

sGC刺激薬には大きく分けて2つのタイプがあります。

  1. sGC刺激薬:NOの存在の有無にかかわらずsGCを直接刺激する(例:リオシグアト、ベルイシグアト)
  2. sGC活性化薬:酸化したヘムを持つsGCを標的とし、NOに依存しない経路でsGCを活性化する(現在開発中)

これらの薬剤は、従来の治療薬とは異なる作用点を持つため、既存治療で十分な効果が得られない患者に新たな治療選択肢を提供する可能性があります。

sGC刺激薬の副作用と安全性プロファイル

sGC刺激薬は有効性が期待される一方で、その作用機序に関連した副作用にも注意が必要です。主な副作用と安全性プロファイルについて理解しておくことは、これらの薬剤を適切に使用するために重要です。

リオシグアト(アデムパス)の主な副作用。

  • 頭痛(10%以上)
  • 浮動性めまい(1~10%未満)
  • 消化器症状:消化不良、悪心、嘔吐など
  • 低血圧(注意が必要な重大な副作用)
  • 鼻閉、鼻出血などの鼻症状

ベルイシグアト(ベリキューボ)の主な副作用。

  • 低血圧(7.4%、重大な副作用)
  • 浮動性めまい(1~10%未満)
  • 頭痛(1%未満)
  • 消化器症状:消化不良、胃食道逆流性疾患、悪心、嘔吐(1%未満)
  • 貧血(頻度不明)

これらの副作用の中でも特に注意すべきは低血圧です。sGC刺激薬は血管拡張作用を持つため、血圧低下を引き起こす可能性があります。そのため、以下の点に注意が必要です。

  • 投与開始時は低用量から開始し、段階的に増量する
  • 定期的に血圧をモニタリングする
  • 他の血圧降下薬との併用には注意する
  • 低血圧症状(めまい、ふらつき、失神など)が現れた場合は医師に相談する

また、sGC刺激薬には重要な薬物相互作用があります。特に注意すべき併用禁忌薬として。

  1. 硝酸剤およびNO供与剤(ニトログリセリン硝酸イソソルビドなど)
  2. PDE5阻害剤(シルデナフィル、タダラフィルなど)
  3. アゾール系抗真菌剤(イトラコナゾール、ボリコナゾールなど)
  4. 他のsGC刺激薬(リオシグアトとベルイシグアトの併用は禁忌)

これらの薬剤との併用により、重度の低血圧を引き起こす可能性があるため、厳重な注意が必要です。

sGC刺激薬の臨床的位置づけと将来展望

sGC刺激薬は比較的新しい薬剤クラスであり、その臨床的位置づけは今後さらに明確になっていくと考えられます。現時点での臨床的位置づけと将来展望について考察します。

現在の臨床的位置づけ

リオシグアト(アデムパス)。

  • 肺動脈性肺高血圧症(PAH)治療における選択肢の一つ
  • 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に対する唯一の経口治療薬
  • 他の肺高血圧症治療薬で効果不十分な場合の追加治療としても考慮される

ベルイシグアト(ベリキューボ)。

  • 慢性心不全、特に最近心不全の増悪を経験した患者に対する治療選択肢
  • 標準治療(ACE阻害薬/ARBβ遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬など)に追加する形で使用
  • 特に重症心不全患者での予後改善効果が期待される

将来展望

sGC刺激薬の今後の展開として、以下のような可能性が考えられます。

  1. 適応拡大の可能性
    • 心腎連関に着目した慢性腎臓病への応用
    • 肺線維症や肺高血圧症を伴う間質性肺疾患への適応
    • 全身性強皮症などの血管病変を伴う膠原病への応用
  2. 新規sGC刺激薬の開発
    • より選択性の高いsGC刺激薬
    • 組織特異的に作用するsGC刺激薬
    • 長時間作用型製剤の開発
  3. 併用療法の最適化
    • 他の心不全治療薬との最適な併用方法の確立
    • 個別化医療に基づく治療戦略の開発
  4. バイオマーカーの開発
    • sGC刺激薬の効果予測因子の同定
    • 治療効果モニタリングのためのバイオマーカー開発

日本の心不全患者数は約120万人にのぼり、2035年には132万人に達すると予測されています。高齢化社会の進行に伴い、心不全患者はさらに増加すると考えられ、sGC刺激薬のような新規作用機序を持つ薬剤の重要性は今後も高まっていくでしょう。

また、肺高血圧症は希少疾患ながら予後不良な疾患であり、新たな治療選択肢の開発は患者のQOL向上と生命予後改善に大きく貢献する可能性があります。

sGC刺激薬は、NO-sGC-cGMP経路という生体内の重要なシグナル伝達経路を標的とする革新的な薬剤です。今後の研究開発と臨床経験の蓄積により、その真価がさらに明らかになっていくことが期待されます。

日本内科学会雑誌に掲載されたベルイシグアトに関する詳細な解説
アデムパス(リオシグアト)の添付文書(PMDA)
VICTORIA試験の詳細結果が掲載されたNew England Journal of Medicine論文