セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)一覧と抗うつ薬の作用機序

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)一覧と特徴

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)の基本
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作用機序

セロトニン2A受容体を阻害しながら、セロトニンの再取り込みを阻害する二重作用を持つ抗うつ薬

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代表的な薬剤

日本では主にトラゾドン(商品名:デジレル、レスリン)が使用されている

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特徴的な効果

抗うつ作用に加え、睡眠改善効果が期待できる

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)の作用機序と特性

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI: Serotonin Antagonist and Reuptake Inhibitor)は、抗うつ薬の一種であり、独特の二重作用メカニズムを持っています。SARIは主に5-HT(セロトニン)2A受容体を遮断(阻害)すると同時に、セロトニンの再取り込みを阻害する作用を有しています。

この二重作用により、脳内のセロトニン濃度を増加させながら、特定のセロトニン受容体の過剰な活性化を防ぐことができます。セロトニンは気分や感情、睡眠などを調節する重要な神経伝達物質であり、うつ病患者ではこのバランスが崩れていることが多いとされています。

SARIの特徴的な点として、他の抗うつ薬と比較して以下の特性があります。

  • セロトニン2A受容体の遮断により、不安や焦燥感の軽減効果がある
  • セロトニン再取り込み阻害作用は比較的穏やかで、SSRI選択的セロトニン再取り込み阻害薬)ほど強力ではない
  • アドレナリン受容体(α1)やヒスタミン受容体(H1)への作用も併せ持つものがある
  • 睡眠改善効果が期待できるため、不眠を伴ううつ病に有用である

これらの特性から、SARIは特に不安や不眠を伴ううつ病患者に対して選択されることがあります。また、SSRIなどで見られる性機能障害などの副作用が比較的少ないという利点もあります。

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)一覧と国内承認状況

日本国内で承認されているセロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)は、現在のところトラゾドンのみとなっています。トラゾドンは以下の商品名で販売されています。

  • デジレル(ファイザー製薬)
  • レスリン(オルガノン製薬)

トラゾドンの基本情報は以下の通りです。

一般名 商品名 製造販売会社 剤形 用量
トラゾドン塩酸塩 デジレル ファイザー 錠剤 25mg、50mg
トラゾドン塩酸塩 レスリン オルガノン 錠剤 25mg、50mg

トラゾドンは化学式C₁₉H₂₂ClN₅Oで表される化合物で、分子量は371.864 g/molです。薬物動態データとしては、生物学的利用能が高く、代謝は主に肝臓で行われ、半減期は3〜6時間程度です。排泄は約80%が尿中、20%が糞便中に排出されます。

KEGGデータベースによると、トラゾドンは日本(JP)と米国(US)で承認されており、国際的にも広く使用されている薬剤です。

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)と他の抗うつ薬との比較

抗うつ薬は作用機序によっていくつかのクラスに分類されます。SARIと他の主要な抗うつ薬クラスとの比較は以下の通りです。

  1. SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
    • 代表薬:フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリン、エスシタロプラムなど
    • 特徴:セロトニンの再取り込みを選択的に阻害し、脳内セロトニン濃度を上昇させる
    • SARIとの違い:セロトニン受容体の遮断作用はなく、再取り込み阻害作用のみ
  2. SNRIセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
    • 代表薬:ベンラファキシン、デュロキセチン、ミルナシプランなど
    • 特徴:セロトニンとノルアドレナリンの両方の再取り込みを阻害する
    • SARIとの違い:ノルアドレナリン系にも作用し、痛みの軽減効果も期待できる
  3. NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬
    • 代表薬:ミルタザピン
    • 特徴:α2自己受容体を遮断してノルアドレナリン・セロトニン放出を促進
    • SARIとの違い:セロトニン再取り込み阻害作用はなく、受容体調節が主な作用機序
  4. 三環系抗うつ薬(TCA)
    • 代表薬:アミトリプチリン、イミプラミン、クロミプラミンなど
    • 特徴:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害に加え、多くの受容体に作用
    • SARIとの違い:作用が非選択的で副作用が多い傾向がある

これらの比較から、SARIは他の抗うつ薬と比較して以下のような位置づけにあります。

  • SSRIよりも選択性は低いが、セロトニン2A受容体遮断による追加効果がある
  • SNRIと比較するとノルアドレナリン系への作用は弱い
  • 三環系抗うつ薬より副作用プロファイルが良好
  • 特に不眠を伴ううつ病に対して有用性が高い

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)の臨床的有効性と適応

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)の臨床的有効性は、主にうつ病やうつ状態の改善に関して認められています。特にトラゾドンについては、以下のような臨床的特徴と適応があります。

主な適応症

  • うつ病・うつ状態
  • 不安を伴ううつ病
  • 不眠を伴ううつ病
  • 他の抗うつ薬で効果不十分または副作用が問題となった症例

臨床的特徴

  1. 睡眠改善効果:トラゾドンはヒスタミンH1受容体遮断作用により、睡眠導入効果があります。このため、不眠を伴ううつ病患者に特に有用です。
  2. 不安軽減効果:セロトニン2A受容体の遮断により、不安症状の軽減効果が期待できます。
  3. 性機能障害の少なさ:SSRIでしばしば問題となる性機能障害が比較的少ないとされています。
  4. 疼痛への効果:一部の研究では、変形性関節症による疼痛に対して効果が示唆されています。BMJ誌に掲載された研究によると、SNRIは変形性関節症による疼痛を軽減する効果が認められています(エビデンスの確実性:低)。SARIについても同様のメカニズムで疼痛緩和効果が期待できる可能性があります。

用量設定と投与方法

トラゾドンの一般的な用量は以下の通りです。

  • 初期用量:75〜150mg/日(分1〜3)
  • 維持用量:75〜300mg/日(分1〜3)
  • 高齢者では低用量から開始し、慎重に増量する

就寝前に投与することで、睡眠導入効果を活かしつつ、日中の眠気を軽減することができます。効果発現までには通常1〜2週間程度を要し、十分な効果判定には4〜6週間の投与が必要とされています。

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)の副作用と安全性プロファイル

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)、特にトラゾドンの副作用と安全性プロファイルについて理解することは、適切な薬剤選択と患者管理において重要です。

主な副作用

  1. 中枢神経系への影響
    • 眠気・鎮静(最も一般的な副作用)
    • めまい
    • 頭痛
    • 倦怠感
  2. 循環器系への影響
  3. 消化器系への影響
    • 悪心・嘔吐
    • 口渇
    • 便秘
  4. 特徴的な副作用
    • 持続勃起症(まれだが重要な副作用)
    • 霧視などの視覚障害
    • 体重増加(ヒスタミンH1受容体遮断作用による)

安全性に関する注意点

  1. 高齢者への投与
    • 高齢者では起立性低血圧のリスクが高まるため、低用量から開始し慎重に増量する
    • 転倒リスクの増加に注意が必要
  2. 薬物相互作用
    • MAO阻害薬との併用でセロトニン症候群のリスク
    • CYP3A4阻害薬(一部の抗真菌薬マクロライド抗生物質など)との併用でトラゾドンの血中濃度上昇
    • 中枢神経抑制薬との併用で鎮静作用の増強
  3. 妊婦・授乳婦への投与
    • 妊娠中の安全性は確立していないため、ベネフィットがリスクを上回る場合のみ投与
    • 授乳中は乳児への影響を考慮し、授乳を中止するか投与を中止する
  4. 過量投与
    • 過量投与では重度の鎮静、呼吸抑制、低血圧などが生じる可能性
    • QT延長や不整脈のリスクも

他の抗うつ薬との安全性比較

SARIは三環系抗うつ薬と比較して、コリン作用や心毒性が少ないという利点があります。また、SSRIと比較して性機能障害や激越などの副作用が少ない傾向にあります。一方で、眠気や起立性低血圧などの副作用は他の新規抗うつ薬よりも出現しやすい点に注意が必要です。

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)の今後の展望と研究動向

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)は、現在日本ではトラゾドンのみが承認されていますが、世界的には新たなSARIの開発や既存薬の新たな適応に関する研究が進んでいます。ここでは、SARIの今後の展望と最新の研究動向について考察します。

新規SARI化合物の開発

現在、トラゾドン以外にもSARIとして分類される可能性のある化合物がいくつか研究されています。これらの新規化合物は、より選択的な作用や副作用プロファイルの改善を目指しています。特に、起立性低血圧や過度の鎮静作用などの副作用を軽減しつつ、抗うつ効果を維持または強化する化合物の開発が注目されています。

痛みの管理における可能性

BMJ誌に掲載された研究によると、SNRIは変形性関節症による疼痛を軽減する効果が示されています。SARIも同様のメカニズムで疼痛管理に役立つ可能性があり、特にうつ病と慢性疼痛を併せ持つ患者への応用が期待されています。今後、SARIの疼痛管理における有効性を検証する臨床研究の進展が期待されます。

セロトニン受容体サブタイプへの選択性向上

セロトニン受容体には多くのサブタイプが存在し、それぞれ異なる生理学的役割を担っています。国際薬理学連合(IUPHAR)の分類によると、構造、伝達および作動上の特徴に基づいて13種類のセロトニン受容体ヒトサブタイプが認められています。

今後のSARI開発では、特定のセロトニン受容体サブタイプに対する選択性を高めることで、より標的を絞った治療効果と副作用の軽減が期待されています。特に5-HT1A受容体アゴニスト作用と5-HT2A受容体アンタゴニスト作用のバランスを最適化した化合物の開発が注目されています。

デジタルヘルスとの統合

抗うつ薬治療の効果をモニタリングするデジタルヘルスツールとの統合も今後の重要な方向性です。スマートフォンアプリや装着型デバイスを用いて患者の活動量、睡眠パターン、気分変動などをリアルタイムで追跡し、SARI治療の効果や副作用を客観的に評価するシステムの開発が進んでいます。

個別化医療への応用

遺伝子多型や代謝酵素の個人差に基づいた、より個別化されたSARI治療の確立も重要な研究課題です。特にCYP3A4などの代謝酵素の活性に個人差があるため、遺伝子検査に基づいた用量調整や薬剤選択が今後重要になると考えられています。

長期的な安全性と有効性の評価

SARIの長期使用における安全性と有効性に関するデータはまだ限られています。特に高齢者や複数の合併症を持つ患者における長期使用の影響について、さらなる研究が必要とされています。また、維持療法としての最適な投与期間や減量・中止方法についても、エビデンスの蓄積が期待されています。

これらの研究動向は、SARIが今後のうつ病治療においてより重要な役割を果たす可能性を示唆しています。特に、既存の抗うつ薬で十分な効果が得られない患者や、特定の症状プロファイル(不眠や不安を伴ううつ病など)を持つ患者に対する選択肢として、SARIの価値が再評価される可能性があります。