バセドウ病の症状と治療
バセドウ病は甲状腺の機能が過剰に亢進する自己免疫疾患です。甲状腺は首の前面、喉ぼとけの下に位置する蝶の形をした内分泌器官で、体の代謝を調節する重要なホルモンを分泌しています。バセドウ病では自己抗体が誤って甲状腺を攻撃し、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることで、様々な症状が現れます。
日本では女性に多く見られ、20〜40代での発症が多いことが特徴です。適切な治療を行わないと、心臓や骨など全身に影響を及ぼす可能性があるため、早期発見・早期治療が重要な疾患といえます。
バセドウ病の代表的な症状と特徴
バセドウ病の三大症状は「甲状腺腫大」「頻脈」「眼球突出」です。しかし、すべての患者さんにこれら3つの症状がすべて現れるわけではありません。症状の現れ方には個人差があります。
甲状腺機能亢進に伴う主な症状には以下のようなものがあります。
- 甲状腺の腫れ(首の前面がふくらむ)
- 動悸や頻脈(脈が速くなる)
- 眼球突出(バセドウ病眼症)
- 体重減少(食欲があるのに痩せる)
- 多汗(特に暑がりになる)
- 手の震え
- 疲れやすさ
- イライラ感や落ち着きのなさ
- 下痢や軟便
- 月経不順
- 微熱
特に眼症状は患者さんの約50%に見られ、QOL(生活の質)に大きく影響することがあります。眼球突出だけでなく、目の充血、乾燥感、違和感、複視(物が二重に見える)などの症状が現れることもあります。
また、甲状腺中毒症の状態が続くと、骨密度の低下や心房細動などの合併症を引き起こすリスクが高まります。
バセドウ病の原因と診断方法の詳細
バセドウ病は自己免疫疾患の一種で、体の免疫システムが誤って甲状腺を攻撃することで発症します。具体的には、TSH受容体抗体(TRAb)という自己抗体が甲状腺を刺激し、甲状腺ホルモンの過剰分泌を引き起こします。
バセドウ病の発症には以下の要因が関与していると考えられています。
- 遺伝的要因(家族歴がある場合はリスクが高まる)
- ストレス
- 妊娠・出産
- 感染症
- 喫煙(特に眼症状を悪化させる)
診断は主に以下の検査によって行われます。
- 血液検査
- 甲状腺ホルモン(FT3、FT4):高値
- 甲状腺刺激ホルモン(TSH):低値
- TSH受容体抗体(TRAb):陽性
- 甲状腺エコー検査
甲状腺の大きさや内部の状態を確認します。バセドウ病では甲状腺が全体的に腫大し、血流が増加していることが特徴です。
- 甲状腺シンチグラフィ
放射性同位元素を用いて甲状腺の機能を視覚化する検査です。バセドウ病では甲状腺全体に均一な集積増加が見られます。
これらの検査結果と臨床症状を総合的に判断して診断が確定します。
バセドウ病の薬物療法と副作用の管理
バセドウ病の治療は、まず薬物療法から開始されることが一般的です。抗甲状腺薬を用いて甲状腺ホルモンの産生を抑制し、血中濃度を正常化させることが目的です。
主に使用される抗甲状腺薬には以下の2種類があります。
- チアマゾール(メルカゾール®)
- プロピルチオウラシル(チウラジール®)
治療開始時は比較的高用量から開始し、甲状腺ホルモン値が正常化するにつれて徐々に減量していきます。通常、内服開始から2週間程度で症状の改善が始まり、1〜2ヶ月でかなり改善されます。その後、維持量で1〜2年程度の継続治療が必要となります。
抗甲状腺薬の主な副作用には以下のものがあります。
- 皮疹(薬疹):最も多い副作用で、数%の患者さんに見られます
- 無顆粒球症:最も重篤な副作用で、約0.1%(1000人に1人)の頻度で発生します
- 肝機能障害
- 関節痛
- 発熱
特に無顆粒球症は生命を脅かす可能性がある重篤な副作用です。38℃以上の発熱や喉の痛み、全身倦怠感などの症状が現れた場合は、すぐに薬の服用を中止し、医療機関を受診する必要があります。
また、治療初期には甲状腺機能亢進症状を緩和するために、β遮断薬(プロプラノロールなど)が併用されることもあります。これにより、動悸や手の震えなどの症状を軽減することができます。
薬物療法の成功率は約50%と言われており、残りの患者さんは薬を中止すると再発する可能性があります。そのため、長期間の服薬が必要な場合や副作用が出現した場合は、他の治療法への切り替えを検討することがあります。
バセドウ病の放射性ヨウ素内用療法と適応
放射性ヨウ素内用療法(アイソトープ治療)は、放射性ヨウ素(131I)を経口摂取し、甲状腺組織を選択的に破壊することで甲状腺ホルモンの産生を抑える治療法です。
この治療法の特徴は以下の通りです。
- 外来で1回の内服で治療が完了する(甲状腺の大きさによっては複数回必要な場合もある)
- 効果が確実で、再発率が低い
- 費用対効果が高い
- 副作用が少ない
放射性ヨウ素は甲状腺に選択的に集積するため、他の臓器への影響は最小限に抑えられます。治療後1〜2ヶ月程度で甲状腺機能は正常化に向かいますが、多くの場合、最終的には甲状腺機能低下症となります。その場合は甲状腺ホルモン剤(レボチロキシン)の内服が生涯必要となりますが、これには副作用がほとんどなく、管理も容易です。
放射性ヨウ素内用療法が特に適している患者さんは以下の通りです。
- 抗甲状腺薬による副作用が出現した方
- 抗甲状腺薬で2年以上治療しても再発する方
- 高齢の方
- 手術のリスクが高い方
- 甲状腺腫が大きい方
一方、以下の方には適応とならない場合があります。
- 妊婦または授乳中の女性
- 近い将来に妊娠を希望している女性
- 重度のバセドウ病眼症がある方
- 若年者(特に小児)
治療前には一定期間のヨード制限が必要で、治療後も一定期間は放射線防護のための生活上の注意が必要となります。具体的には、他の人との距離を保つ、生活用品を共有しない、衣類の洗濯を別にするなどの注意が必要です。
バセドウ病の手術療法と術後管理のポイント
手術療法は甲状腺を外科的に切除する治療法で、甲状腺亜全摘出術または全摘出術が行われます。迅速かつ確実に甲状腺機能を正常化できる方法です。
手術療法が適している患者さんは以下の通りです。
- 大きな甲状腺腫がある方
- 妊娠を希望している女性
- 抗甲状腺薬で副作用が出現した方
- バセドウ病眼症がある方
- 若年者で放射性ヨウ素内用療法が適さない方
- 悪性腫瘍の合併や疑いがある方
手術の流れは以下の通りです。
- 術前準備
手術前には抗甲状腺薬やヨード剤を用いて甲状腺機能を正常化しておく必要があります。これにより、手術中の甲状腺クリーゼ(甲状腺中毒症の急性増悪)のリスクを減らすことができます。
- 手術
全身麻酔下で首の前面に5〜6cm程度の横切開を加え、甲状腺を露出させます。神経や副甲状腺を温存しながら、甲状腺の大部分または全部を摘出します。手術時間は通常2〜3時間程度です。
- 術後管理
術後は約1週間の入院が必要です。術後の合併症としては、一過性または永続性の副甲状腺機能低下症(低カルシウム血症)、反回神経麻痺(声がかすれる)などがありますが、経験豊富な外科医による手術では発生率は低いとされています。
手術後の甲状腺機能は、残存甲状腺の量によって異なります。
- 亜全摘出術の場合:約10%の患者さんは術後も甲状腺機能亢進症が持続し、約20%は甲状腺機能低下症となります。
- 全摘出術の場合:全例が甲状腺機能低下症となるため、甲状腺ホルモン剤の内服が生涯必要となります。
手術の利点は効果が確実で即効性があること、再発率が低いことですが、全身麻酔のリスクや手術痕が残ること、合併症の可能性があることなどが欠点として挙げられます。
バセドウ病患者の日常生活とストレス管理
バセドウ病はストレスとの関連が深いとされています。そのため、日常生活でのストレス管理は治療の一環として非常に重要です。
ストレスを軽減するための具体的な方法として、以下のようなことが挙げられます。
- 十分な睡眠と休息を取る
- 規則正しい生活リズムを維持する
- リラクゼーション法(深呼吸、瞑想、ヨガなど)を取り入れる
- 適度な運動を行う(過度な運動は避ける)
- 趣味や楽しみを持つ
- 必要に応じてカウンセリングを受ける
また、バセドウ病患者さんの食事については、以下のポイントに注意することが推奨されます。
- ヨード摂取について
治療法によってはヨード制限が必要な場合があります。特に放射性ヨウ素内用療法の前後は、海藻類(昆布、わかめなど)の摂取を控える必要があります。
- カルシウム摂取
バセドウ病では骨密度が低下しやすいため、カルシウムを積極的に摂取することが重要です。乳製品、小魚、大豆製品、緑黄色野菜などを意識して摂るようにしましょう。
- エネルギー摂取
バセドウ病の活動期には代謝が亢進しているため、通常より多くのエネルギーが必要です。しかし、治療によって甲状腺機能が正常化すると代謝も正常化するため、それまでと同じ量を食べていると体重が増加しやすくなります。適切な食事量の調整が必要です。
- ビタミン・ミネラル
抗酸化作用のあるビタミンC、ビタミンE、セレンなどを含む食品を積極的に摂ることも推奨されています。
また、バセドウ病と診断された場合、以下のような生活上の注意点も重要です。
- 処方された薬は医師の指示通りに服用する(自己判断で中断しない)
- 定期的な通院と検査を欠かさない
- 症状の変化や副作用と思われる症状が現れたら速やかに医師に相談する
- 妊娠を希望する場合は事前に医師に相談する
- 他の病気で受診する際は、バセドウ病の治療中であることを医師に伝える
バセドウ病は適切な治療と生活管理によって、多くの場合コントロール可能な疾患です。医療従事者は患者さんの生活背景や価値観も考慮しながら、最適な治療法を提案し、継続的なサポートを行うことが重要です。
近年では、デジタル機器の使用時間を減らすことがストレス軽減につながる可能性も指摘されています。スマートフォンやパソコンなどの電磁波が電磁波過敏症(めまいや頭痛など)を引き起こす可能性があるという報告もあります。情報過多によるストレスを避けるためにも、デジタルデトックスの時間を設けることも一考に値するでしょう。